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たそのつぶやき
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ドルオタ続き、新エピソードです。

3話


なろうカスタム序盤が一応完成しました。

プロローグ
1話
2話

プロローグは字数を減らして少し調整したくらいです。1話以降は大幅に変わっているので、興味があってどちゃくそ暇なら確認してみてください^^
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たそのネタ帳
題名候補。
『ただの無職デブでしたが、突然異世界国家のブラック公務員にさせられました。乙!』
『パンピードルオタ、異世界に立つ!』
『天命のファルンレシア』

1個めはちと長いんだけど、一応最近のなろうの傾向としては問題ない長さ。
2個めは無難。
3個めはちと気取り過ぎというか、なろうでは受けない傾向の題名。

う、うーん……こんなかだと2個めかしらねえ……。
『天命のファルンレシア~パンピードルオタ、異世界に立つ!~』とか合体させてもいいかもしれんな。
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インターネッツの端の端で、今日も一人の男が淡々とゲームをしている。
そんな場所があってもいいじゃない。だってようつべだもの。

マリオ&ルイージRPG最終回身内向け版
こちら

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「あー……っす」

 熱い湯に身を任せながら、俺は深い息を吐いた。

「いや~まさか異世界でこんなでかくていい風呂に入れるとは思わなんだわ」

 見渡す限りの白亜。その広大な空間に、100人は余裕で入れそうな程のバカでかい風呂がドカンと据えられていた。そしてさらにその中央には、巨大なチョコファウンテンのような三段構えの噴水がこれ見よがしと鎮座している。
 今日本で流行りの巨大スーパー銭湯ですらも、ここまでのものはおそらくない。そんなものを俺は今独占している。贅沢なことこの上ない。

「しかしまあ……さっきはやばかったな……」

 そうして温まる体とは裏腹に、凝り固まった冷たい焦燥が、心の芯に未だにほぐれずに残っている。
 本当に、今思い出しても背筋が凍る。
 俺の初めての就職先が決まったあの瞬間、同時に俺はこの世界での最大の危機を迎えてしまったのである。
 
 固い握手を交わし、満足そうな女王様が玉座に戻るまではよかった。しかしこれから細かい詰めの話が始まるのかなと、輝かしい前途に思いをはせながら思っていたその時だ。
 玉座に座った女王様が頬杖を突こうとした瞬間、なぜか突然糸が切れたようにがくりとうなだれてしまったのである。 

「陛下!?」

 国家元首の一大事だ。唖然とする俺に対して、周囲の反応は早かった。
 貴族的な人達が女王様の周りにわらわらと集まり、その中の一人が女王様の肩をゆする。

「陛下! 陛下! どうされました! ……うっ!?」

 と、ゆすっている最中にその人が何かに気づき、苦悶の声を上げた。

「ぐぅ!? 何だこのほったらかした厩舎のようなひどい臭いは!? 毒の類か!?」

 それを聞いたところで、俺はようやく思い出したのだった。
 女王様の手を取った自分の右手が、リーサル・ウェポン状態のままだったことを……。
 女王様は俺と握手したせいで、その匂いが手に伝染ってしまったのである。そしてそれを直に嗅いだことにより、彼女は失神してしまった。嘘みたいな本当の話である。

 全てを理解したその時の俺は、さぞかし綺麗に顔面蒼白だっただろう。ザーッという頭から血の気が引いていく音を、俺はその時初めて聞いた。
 そして速攻で俺が原因なのがバレて詰め寄られ、マスコミに追求を受ける悪徳弁護士のごとく詰問される俺……。マジで終わったなと思いました。

「マール氏には感謝しないとなあ……」

 しかし結局俺は、こうして事なきを得て、のんきに風呂にまで入れている。それもこれも全て、マール氏のおかげだ。
 マール氏は俺の体をペタペタと触りまくったせいで、俺のあのやばい匂いに気づいていたらしい。早々に事情を察し、間に入って助け舟を出してくれたのだ。

 そして途中で女王様の意識が戻ったこともあり、俺は得意の言い訳を駆使してなんとか無罪を勝ち取った。
 いやほんと危なかった。せっかく職が決まったのに、始まった瞬間に終わるところだったぜ。もうアイドルと握手できたとしても、その手に封印を施すのは絶対にやめておこう……。

「ふいー……」

 そしてまた俺は、凝り固まった緊張を解すように深く息を吐く。もうすでに綺麗になった手で、顔を湯でばしゃりとやった。
 一度思い出して考えを整理したせいか、体の硬さはいくぶんマシになったようだ。

(とりあえず生き残ることはできたけど。さて、どうしますかねこれから)

 今考えてみると、やはり安請け合いをしてしまったかなと思うところはある。あるが、向こうの世界でいろいろ詰んでいた俺からすると、全く悪い話ではないようにも思えるので判断が難しいところだ。

(しかしただの無職デブだった俺が、国を救う、か……)

 本当にそんなことができるのだろうかと、そう思う自分はまだ当然のごとく心の中にいる。
 だがあんな衆目に晒されたところで大々的に引き受けてしまった以上は、もう引き下がる訳にはいかない。諦めて腹をくくるしかない。

(まあ周りのあの反応を見ると、俺にけっこうな力があるっていうのはほぼほぼ間違いなさそうだからな。なるようになるか)

 風呂は命の洗濯とはよく言ったものである。
 そうして早々に頭を切り替えた俺は、とりあえずとばかりに、改めて周囲を見渡してみた。
 切り替えが早いのが俺の数少ないいいところだ。

(ふむう……成金感あふれる景色なはずなんだけど、不思議とそういう下品さはないんだよな。石造りで統一されてるからかしら)

 大理石のような、薄く模様の入った石が全面に張り巡らされていた。つい、っと何気なく風呂のへりに指をはしらせてみて、その滑らかな質感に驚く。
 体に石鹸を塗りたくれば人間カーリングでもできそうなくらいによく磨かれている。やはり技術力はかなり高いようだ。

「……でもまあ、こんなに広くする必要はないわなあ」

 いつも体を折って入らないとならないような貧乏風呂に入っていたせいか、ついつい恨み節のような感想が口から漏れてしまう。
 城の人に聞かれたらまずいわなあ、などとのん気に頭をかこうとすると、しかしふいにそばで声がした。

「それは、ここがわらわ一族にとっての一種の訓練所でもあるからじゃ」

 びっくりして声がした方を見やると、そこにはなぜか一糸纏わぬ姿の彼女が、きょとんとした顔で立っていた。

「? 何じゃその顔は。わらわの顔に何かついておるか?」
「ちょちょちょ! え!? 何してはるんすか!!」

 湯けむりで多少ぼやけてはいるが、俺は可愛い女の子の顔だけは絶対忘れないので、すぐにそれが誰なのか分かった。
 確か、ソフィーリア・ネティス・ファルンレシア……だったか。さっきまで謁見の間で話していた女王様である。

 さすがにタオルのようなもので前は隠しているものの、それでもほぼ全裸だ。嘘みたいに白くて滑らかそうな肌が、見たらまずいとは思いつつもどうしても目に入ってしまう。

「マールからここにいると聞いてな。まだ肝心な話をしていなかったから、浴場は密談にはちょうどよいかと思ったのじゃが……。迷惑じゃったか?」

 そう言いつつも、ちゃぷん、ちゅぷんと音をさせながら、彼女はゆっくりと近づいてくる。
 
「いや別に迷惑じゃないですけど! でもさすがにこれはまずいのでは!?」

 慌てて立ち上がり、自分の視界を遮るように手を振ってみたが、それでも彼女は止まらない。

「ん、何かまずいか?」
「いやいやいやまずいっすよ! あなた様のような綺麗な方がそんな簡単に体を見せたらあかんですって! 急にそんなもの見せられても、俺には払える対価なんてないんスから!!」

 そう。急に異世界に召喚されてしまった俺には、先立つものが何もない。こっちに持ってこられたのは、せいぜいその時着ていたスウェット上下とポケットに入っていたメガネくらいのものだ。
 そんな状態の俺にこんなものを見せてどうするつもりなのか。拝見料いちおくまんえんローンも可とか言い出して奴隷化するつもりなのだろうか。

 内心ブルブル震えていると、遮った手の先で彼女が息を漏らす気配がした。

「綺麗、か」

 それから彼女はふふっと口元に手を当て、控えめに笑う。

「え、何かおかしなことを申し上げたでしょうか……?」

 理由が分からなくてとまどう俺に、彼女がその手を上げて制する。

「いや何、今まであまり外に出ない生活を送ってきたせいか、自分の容姿を客観的に見る機会がなかったのでな。少しびっくりしてしまった」

 彼女は瞑目し、また同じように笑みをこぼした。

「ふふっ、そうか。わらわの容姿は、異世界から来たはずのそなたにもそう言わしめる程のものなのか。そのことが知れただけでも、そなたをこちらに喚んだかいがあったかもしれんの」

 静かに首を振り、ゆっくりと、彼女は目を開く。

「何とも、面映いとはこのことじゃな」

 どこまでも澄み渡る、はるかなる蒼。
 大空を凝縮したかのようなその綺麗な瞳を細めたかと思うと、彼女はそうして少し恥ずかしそうに笑った。

 静かで、淑やかで、それでいて花が咲くように。
 マール氏のものとはまた違う種類のその笑顔に、俺は魅入られたように目が離せなくなった。やっぱりちょっと、妹に似ている。

 最近は全く見ることがなかったけれども、もしかしたら妹も、こんなふうに笑ったりすることが今でもあるのだろうか。
 そう考えたら少し、妹に会いたくなった。

「──ドルオタ?」
「あはい! サーヤセン!!」

 突然声を掛けられ、とっさに謝ってしまった。そんな俺に、彼女は目を丸くする。

「大丈夫か? 急にぼーっとし始めたようじゃが、何か気になることでも?」
「あ、いえ。別に何でもないです。お気になさらず」

 俺がもしリア充男だったら、女王様に見惚れてしまって……くらい言えたのかも知れない。しかし童貞クソデブオタクにはそんなの絶対無理なので、ここはごまかす他ない。
 
「ふうむ……? どうも含みのある言い方じゃが……」

 納得はしていないようだったが、まあよいか、と流してくれた。

「さて、わらわがわざわざここに来たのは、何もそなたに自分の体を見せびらかしに来たわけではない。先程も言ったが、話をするためじゃ。そなたにとってもわらわにとっても、重要な話じゃ」

 そこで彼女は何かを思いついたようにふむ、と俺を見ながら顎に手を当てた。

「せっかくこういう場所なんだ。無粋な敬語はやめにしよう。その方が君も話しやすいだろう」
「えっ、別に僕は構いませんけど」
「まあそう言うな。正直に言うと、私もまだ女王となってから日が浅く、さっきまでの女王然とした喋り方を続けるのがきつくてな。それに、私と君はこれからきっと長い付き合いになる。できるところでなるべく親交を深めておいた方がいい。そうは思わないか?」
「ふむう。まあ確かに」
「では決定だ。これよりこの場所では敬語は禁止。私のこともソフィーと気軽に呼ぶように」
「え、それはさすがに……」

 ちょっと急には難しいなあと思って口を挟もうとしたが、彼女がなぜか予想外にキラキラした顔で俺を見るものだから、言葉が寸前で喉に引っかかって止まった。
 その顔にほだされる形で、俺はそのままその言葉を飲み込んだ。

「分かりまし……分かった、んで」

 彼女はそれを聞くと、満足そうに頷いた。

「よろしい。では早速始めよう。君と、私の話を」

 すると彼女はおもむろに目を瞑り、何かを持ち上げるように右手を上げた。

「たゆたう無垢の者達よ。その静けき心のままに、静寂の礎となれ。ヴァルナ・マーレ」

 その呟きを契機に、異変が起こった。

「うわっ、なになに!?」

 ザザザ、と音を立てながら、周囲の水が噴水のようにせり上がっていく。そしてそれはあっという間に俺の背丈を通り越して、すっぽりと俺達の上面までをも覆ってしまった。
 まるで水のドームだ。揺らめく水面が影となって湯の上に落ち、何とも言えない幻想的な景色を作り出していた。

「ほわぁ……」

 感動から思わずそうして間の抜けた声を漏らしてしまうと、少し嬉しそうな色を帯びた声が耳に届いた。

「ふふ、まるで少年のような目だな。気に入ってもらえたようで何よりだ」
「すごい……ほんとにすごい!」

 ここが異世界だということはとうに信じている俺だったが、やっぱり本物の魔法を見るとテンションが上がる。
 そうして興奮する俺を見て、女王様がふふんとタオルの下でちょっと控えめな胸を張る。

「私の一族は水魔法が得意でな。王族は皆幼少の時より、ここで湯浴みをしながら魔法の訓練をしてきた。先程も言ったが、浴場がこうして広くとられているのはそういうわけなのだ」
「なるほど……。しかし何でまた急にこのような魔法を? これってどういう魔法なの?」

 もしかして観賞用の魔法とかあるのかな? と思ったが、全然違った。

「これは私独自の魔法でな。本来はさまざまな攻撃から身を守るための魔法なのだが、これはそれを応用して密閉空間を作るということに特化させたもの、と言ったところか。これからする話は私達二人の急所にもなりうる話だからな。念には念を……ということだよ」
「急所……?」
 
 思わずこぼれ落ちた俺のその言葉は、彼女にしっかりと届いたはずだった。しかし彼女はただ少し困ったような笑みを一瞬浮かべるのみで、それに答えてはくれなかった。
 何だろう。何だかすごい嫌な予感がする。

「さて、早速だが始めよう。いろいろ話すことはあるのだが、まずはどうしても君に伝えておかなければならないことがあるのだ」
「な、何でつか……?」

 こうやって改まった感じで何かを言われる時は、ろくなことにあった例がない。コンビニの前に働いていたスーパーの店長にクビを言い渡された時も、ちょうどこんな感じで切り出された。

「端的に言うと君の仕事に関する話なのだが、これ以上隠すのは私の良心が痛むし、率直に言うぞ」
「は、はい……」

 まさかホントにクビなのか? やっぱりリーサルウェポンによる一撃がアカンかったんか……?
 嫌だなあ嫌だなあ、と某ホラーの語り手のように戦々恐々としていると、彼女がコホンと咳払いをしてからゆっくりと口を開く。

「君は……」

 しかし彼女はそこで、少しのためらいを見せた。
 せっかく開いた口を引き結び、眉をひそめて困り顔。気まずそうに、視線を湯に落とす。
 謁見の間の時といい、もったいぶる癖でもあるのだろうか。そう思ったが、彼女は胸元のタオルを強く握ると、すぐに俺の方に向き直る。
 その目には、すでに迷いの色はなかった。

 めまぐるしく変わる彼女の表情に、嫌な予感が募る。
 そうして彼女から出てきた言葉は、やはり俺にとってまたしても重い、衝撃的な“宣告”だった。

「君は、私達が課した仕事を全うできなかった場合、命を落とすことになる」
 
 気づけばぎょっとする程強い光を帯びた蒼い瞳が、俺を真っ直ぐに見据えていた。








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突如マール氏が、俺の喉を二本指で思い切り突いた。
 
「げぇっほ! ごっほ! ぐひゅ、ごっほぉ!」

 激痛が体中を走り抜け、たまらず俺はその場に膝から崩れ落ちる。冷や汗が滝のように溢れ出して、頬を伝って床にぽとりぽとりと落ちていく。
 まだ何にもしてないのにこの仕打ちである。やはり世界はキモオタに厳しいということなのか。あまりにむごい。

「ちょっときついかもだけど我慢してね。まずは言葉が通じないと君も不便だろうから」
「ぐふぅ……言葉って……それとこれとどう関係が……」
「君の体内のマナの流れが滞ってたから、それをちょっと動かしたんだよ。声にマナを載せられないと、異国同士の人じゃ話が通じないからね」
「マナ……?」

 直後はひどかったが、いくらか咳き込んだらすぐにマシになり、何とか立ち上がる。
 そのタイミングで、壇上から声が掛かった。

「……いささか雑な処置にも見えるが……まあよい」

 まだ少しふらつく俺を見つつ、女王様が言った。

「いきなり荒っぽいことをしてすまないな客人。しかし何とか話せるようにはなったようじゃな」
「え? 別に何かが変わったとかはないんですけど……?」

 言われてつい自分の体を見回してしまったが、やはり別段変わったところはない。
 しかし彼女は、ニヤリと笑って言った。

「いいや、そんなことはないぞ。マールともちゃんと話せていたではないか」
「え? ……あっ」

 ほんまや。二人共俺の言葉にちゃんと答えてくれとる。
 仕組みは何かよく分からんけど、この世界では喉を突くと話が通じるようになるらしい。どういうことやねん。
 
「さて客人。言葉が通じるようになったところで、早速話がしたい。さしあたって、まずは客人の名前を聞かせてもらえないじゃろうか。軽い自己紹介なども加えてくれると嬉しい」
「あ、はい」

 と、流れで軽々しく答えようとしてしまったが、その時俺にまたしても電流走る……!
 名前、このまま教えてしまっていいんだろうか。

 さっきマール氏が口にした『マナ』と言う言葉。俺はそれに聞き覚えがある。確かファンタジー小説とかでよく使われる言葉だ。
 現実には存在しないエネルギーの素みたいなもので、それがある創作世界では、人はそれを使って超常現象を起こす『魔法』を使うことができる。

 マナがあるなら、十中八九魔法もあると考えるべきだ。まだ確定した訳じゃないが、実際もうすでに日本人じゃなさそうな人達と会話できてしまうという魔法のような出来事も起きている。

 そんな中で、自分の名前を正直に教えるというのはとても怖い。真名を他人に教えることによって行動を縛られるようになってしまう……なんてのは、ラノベやゲームでは割とよくある設定だからだ。

「──とはおっしゃいましても、小生は自己紹介をする程大層な経歴は持っておりませぬ。その……せ、拙者はただのドルオタで、一介のデブに過ぎませぬゆえ……」

 慌てて軌道修正を図る。ここは何でもいいからそれっぽい偽名でごまかしておくべきだ。
 と思ったけど、嘘を暴く魔法みたいなものがあったらまずいな。やべえ、どうしよう。何かうまいゴマカシないかしら……。

 もごもごやりながら頭をフル回転させる俺だったが、少々もたつき過ぎたせいか、彼女から先に何ともまずい相槌を打たれてしまった。

「……ふむ。ドルオタ・デヴと申すのか。なかなか珍しい名じゃの」
「えっ」

 いきなり何言ってらっしゃるのかしらこのお方……。
 違うよ! 全然違うよ! そこまで名が体を表しちゃったら親を恨むレベルですよ女王様!

「あ、あのー」
「ではドルオタ。元いた世界ではどういう身分であったか聞いてもいいだろうか。見たところ20代半ばくらいの齢に見えるのじゃが、どういった仕事をしておった?」

 慌てて訂正しようとしたが、時すでに遅し。彼女は俺からようやく名前を聞けた(?)のに満足したのか、喜々として話を再開してしまった。
 押しの弱い俺がここにかぶせて訂正できる訳もない。俺の名前がドルオタ・デヴに大決定した瞬間である。何でやねん! トホホ。

「い、いやあそれが、特に何をしてたということはないんですよ。その辺にあった仕事をてきとーにやっていただけと言いますか……」

 そして突如始まる面接に、途端にしどろもどろになる俺。
 自信を持って話すのが面接の鉄則であるが、正直俺には自信を持って提示できる遍歴がない。嘘はバレるかもしれないし、そもそも嘘をつくのも苦手である。
 したがって詰みになります。本当にありがとうございました……。

 しかしありがたいことに、彼女はそんな俺の様子には気づいていないかのように淡々と話を進めてくれた。

「その辺にあった仕事というと、冒険者のようなものじゃろうか」
「あ、えーと……。まあ、そうなりますかね」

 で、出たー! ファンタジーラノベとかでほぼほぼあるフリーター的な職業ー!
 まあ間違ってはないな。と言っても俺が知ってる冒険者かどうかは分からんけど。

「ふむ。生活ぶりはどうじゃった? その恰幅を見るとかなり裕福そうな感じを受けるのじゃが」
「あー……これはただの不摂生と言いますか……。決して裕福ではなかったです。生きるのに必死という訳でもありませんが、お金にはいつも苦労してました」

 やばいぞやばいぞ。このままだとどんどん俺の評価が下がっていってしまう。使えないやつだと分かったらその辺にぽいっと放り出されてしまうかもしれない。
 養われることに定評のある俺がそんなことになれば、俺は即日で死ぬ自信がある。何せ日本ですら親の仕送りに頼って生きていましたからねえテヘペロォ!

 と、若干やけになりつつある俺だったが、彼女からは意外な反応が返ってきた。
 彼女は俺のその言葉に対し、またもニヤリと笑ったのである。

「なるほど。大体分かった。今回勝手にそなたを召喚したということに、わらわとしてもやはり少し罪悪感があったのじゃが、そういうことであればちょうどよかったのかもしれんな」
「ちょうどいい……? っていうか召喚? 僕は召喚されたんですか?」

 彼女はその綺麗な足を組み替えてから続ける。

「そうじゃ。わらわがそなたをこの世界に喚んだ。我が王国のため、稀有な力を持つ異界の人間の助力を得るために、な」

 やはり迷惑じゃったか? という続く問いに、俺は少し考えて首を振った。
 確かに家族はいるし、向こうに何も未練がないというわけでもない。しかしもし召喚なんてものが本当にできるなら、帰すこともまたできるはずだ。そんなに深刻に考える必要はないように思える。

 彼女とか子供がいたら別なんだろうけど、そんなもんはおらんし。自分を頼ってもらえるなら、そこで頑張って働いてみてもいいかなという気持ちはある。
 そんなふうなことを伝えると、彼女は朗らかに笑った。

「そうか、そうか。ならばよい」

 そうして安心したように息を吐く彼女に、しかし俺は言った。

「ただ、先程陛下は稀有な力とおっしゃいましたが、そんな力は僕にはないと思うんです。なので大したことはできないと思うのですが、一体僕に何をさせるつもりなんでしょうか……?」

 当然話の流れ的に聞いていいだろうと思っていた質問だった。しかしそれを聞いた瞬間の彼女の反応が劇的で、全身にじんわりと嫌な汗が沸き立つ。

 彼女の顔が、あからさまに真顔になった。
 背もたれに深く背を預け、肘掛けにしっかりと両手を起き、深呼吸を一つ。それから何かを噛みしめるように、静かに目を閉じる。

(ええ……)

 何それ。そんな改めて居直らないといけない程重いことなんですか。怖いのでやめてくだたい……。
 十数秒程だろうか。そうしてたっぷりと時間を取って彼女から出てきたのは、案の定、それに見合う重さのある言葉だった。

「この国を救って欲しい」

 と、彼女は険しく眉を寄せつつ言った。
 
「我が国は現在、ある脅威に苛まれている。瘴気と呼ばれる毒のようなものが、我が国を覆い尽くさんとしているのじゃ」
「毒……ですか」
「うむ。人の内に侵食し、心を蝕み、やがては死に至らしめる。今はわらわが魔法障壁を展開しているゆえ、国土の大半の町村は無事じゃ。しかしそれもいつまでもつか分からん。実際に放棄しなければならなくなったところもある」

 ああ、やっぱり魔法あるのねえと思いながら半ば他人事のように聞いていると、女王様が「そこで」、と手をたたく。

「そなたの力を貸して欲しい。そなたには、この現状を打破するための礎となって欲しいのじゃ」

 せっかく座り直したのに、そう言ってまたも身を乗り出す女王様。
 彼女に触発されてか、周囲も俺に熱を帯びた視線を集中させる。
 うええ……そんな目で見られましても。何か微妙に言葉濁されてるけど、すごい危険なことやらそうとしてない? 俺ただの一般ピーポーなんでつけど……。

 それでもここは何か言わないと場が進みそうにない。俺は意を決して口を開いた。

「そんなこと急に言われても……。聞く限りでは僕なんかの手には余りそうですし、正直自信がありません。そもそもここが本当に異世界なのかもまだ信じられてないですし」
「ふむ。ではどうすれば信じられる?」
「そうですねえ……。僕がいた世界では、先程からそちらが申し上げているマナ、魔法などというものは存在しないので、その辺りを実際に見せていただければ」

 言葉が通じるようになったくだりはマナとか魔法のおかげかなとも思うんだけど、まだちょっと怪しいのよね。
 だって、最初から皆日本語使ってたし。ちゃんと俺の言葉が通じてるのに、異世界に来たと思わせるためにわざとあの喉突きのくだりをやった、ってことも全然考えられるじゃん。

 と、そんなことを思いながら答えた俺だったが、女王様は俺のその言葉に、その大きな目をことさらに見開いた。

「なんと! マナが存在しないと? 確かに古い文献にはそういう記述もあるにはあったが……」

 そう言うと、彼女はマール氏に目配せを送る。
 マール氏はそれを受け、ふるふると首を横に振った。
 何かまずいこと言ったかなと不安になったが、彼女はそれを見ると、何かに安心したかのようにほっと息を吐き、またこちらに向き直る。

「……なるほど。分かった。マール!」
「はい!」
「彼に示してやれ。ここはまごうことなき異世界なのだと。彼自身の力をもって!」

 まるで全軍突撃でもかけるかのような手振りでそう言う女王様に、一瞬頭にクエスチョンマークを浮かべるマール氏。
 しかしさすがの側近と言うべきなのか、すぐに何かに気づいたかのようにポンと手を叩く。

「な、なるほど! 合点承知です!」

 何をするのかと思って見ていると、またマール氏がこっちに近づいてきて、「ちょっと失礼しますね~」と俺の体をペタペタ触り始める。

 先程と同じくいい匂いが漂うが、喉突きの件ですっかり疑心暗鬼になっていた俺は、反射的に体を強張らせてしまう。
 まるで食肉の下ごしらえでもするかのように、ひとしきり俺を撫で回した後、マール氏は俺の胸の辺りに両手を置く。それから瞑目しつつ、何やらぶつぶつとつぶやき始めた。

「い、一体何を……」
「いや何、そなたの懸念をまとめて取り除いてやろうと思ってな」

 と、彼女がそう俺に薄く笑いかけた時。
 ふいに俺の体が、淡く光り始めた。

「な、なん……!?」
「先程そなたは自分の世界にはマナが存在しないと言ったが、どうやらそれは少し違うようじゃぞ。そもそもそなたの中にマナがなければ、マールの処置があってもわらわ達と会話はできんのじゃからな」

 だんだんと力強くなっていくその光が、今度は俺の体から水蒸気のように立ち上り始めた。
 青、赤、黄……と、さまざまな色のそれが足元から股、股から脇と、体の上を這うように縫っていく。

「見えるか? それがそなたのマナじゃ」
「これが、俺の?」
「そうじゃ。これでここが異世界だということ、少しは信じることができたじゃろ」

 マール氏が俺から離れてもその光は消えなかった。どうやらこの光は本当に俺から湧いているらしく、皮膚の下をくすぐられているような感覚がある。
 確かにこれは、信じざるを得ないかもしれない。

「それからそなたは自信がない、と言ったな。それを見た今でもそう思うか?」
 
 彼女がそう言った瞬間、また俺に変化が起きた。
 
「うおお!?」   

 今まで穏やかな流れを見せていたその光が、突然バシュウ! と間欠泉のような大きな音を立て、天井に向かって立ち上り始めたのだ。
 2、30メートルはあろうかという天井にまで到達する七色のそれは、さながら屹立する虹だ。

 この世界の人間からしても珍しい光景ということだろうか。唖然としながらそれを見上げていると、周囲からも驚嘆するような声が漏れ聞こえてくる。

「マナは魔法の源。その膨大なマナの量だけを見れば、一国の最高戦力にも匹敵する力をそなたは持っている。臆することなど何もあるまい」

 何……だと……?
 この俺が、そんな主人公感のある力を?

 言われてみれば、何だかすごい力が湧いて来ているような感じがする。今ならパーリーピーポーの輪に入って朝までドンペリ片手に踊り狂うことすらできそうだ。
 何だこの謎の全能感。やばい。やばいぞ。

「むむう……」

 やってもいいかもな……と心が揺れ始める。確かにこの力があれば、大抵のことはできそうな気がする。
 そうして迷う俺に好機と見たか、女王様が追撃を加えて来る。

「それからそなたはこうも言ったな。自分は基本その日暮らしで、適当に生きて来た人間だと。しかしここでは違うぞ。そなたは力を持っている。力のある者には相応の責任と働きが要求されるが、相応の対価も支払われてしかるべきだ」

 む。対価、対価か……。

「それはつまり、何らかの大きな報酬もある、と?」

 彼女はそれにはっきりとは答えなかったが、しかし肯定するかのように薄く笑った。
 この感じ……あるぜ! どでかい報酬がよぉ!! 我が望みしは三色昼寝付きの王宮ハーレムウハウハ生活! この一点のみ! 頼んますぜ女王様!

「さあどうする! 持てる力を振るわず、腐らせ、元の地を這うような生活に戻るか! あるいはその持てる力を存分に発揮し、この世界で英雄として生きるか! 二つに一つ!」

 周囲を鼓舞するかのように声を張り上げたかと思うと、女王様は壇上から下りて来て、俺に向かって手を伸ばした。

「さあ選べ! ドルオタ!」

 何とも演出のうまいお方である。
 自身の演説と俺のマナを利用することにより、一瞬で劇場の千秋楽のような熱をこの場に作り出してしまった。
 皆が皆、演者の最後の言葉を固唾を呑んで見守っている。
 そんな熱い空気を、バシバシ肌に感じる。

「う、うう、おおおおお……っ!」
 
 そんな空気に、流されやすい俺が抗えるはずもなかった。

「俺、やりまぁす!!」

 その差し出された細い手を、俺はガシリと力強く握り返した。
 それが、俺の記念すべき初めての就職先が決定した瞬間だった。

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「う、うーん……」

 俺は寝ぼけ眼をごしごしと擦りながら、いつものように枕元の時計に手を伸ばした。
 しかしあるはずのそれはそこにはなく、俺の手は空を切る。寝ている間にどこかへやってしまったか。しつこく手を振って探してみたが、やっぱりない。

 手のひらがベッドに触れた瞬間、なぜかひんやりとした冷たい感触が返ってきてびっくりする。やばいな窓開けっ放しで寝ちまってたかなと思い、仕方なく起き上がる。すると……。

「起きたぞ! 陛下をお呼びしろ!」

 なぜか俺は、どことも知れない広間で大勢の人間に囲まれていた。

「え! なになに!?」

 誰かが大声を上げたのを発端に、周囲がざわざわと色めき立つ。中世の貴族のような格好をした人達が、全身ねずみ色のスウェット姿の俺を興味深そうに見つめてくる。

 四方八方を囲まれ、その視線から逃れることができないとは分かりつつも、しかし俺はじりじりとその場で後ずさる。
 自分の部屋では絶対にない。自分の尻の下にはベッドではなく、滑らかな感触の赤い絨毯が敷かれていた。

(え、マジでどこなんここ……)

 全面石造り。その縦長の広間の奥には、何やらものものしい椅子が置かれていた。
 少し小高くなった場所に置かれたそれは、まるでファンタジー映画に出てくる王様が座るような、豪奢極まる代物だった。 
 一体どこの成金セレブのための椅子なんだしょうもねえと思いつつそれを見上げていると、広間に大きな重々しい音が響き渡った。

 発生源は後ろ。びびりながら振り返ると、数メートルはありそうな巨大な扉がゆっくりと開かれるところだった。

「女王陛下のおなりである!」

 同時に上がった大声に、周囲の人間達が一斉にその場に膝をつく。

(女王陛下だって……?)

 んなバカな。そんなもの日本にはいない。映画か何かの撮影か?
 いやでも、そんなとこに俺が放り込まれる理由はないしなあ。意味が分からん。デブが急遽必要になったとしても、そんなんそこらのデブタレ使えばいいわけだし……。

 そう不審に思いながらも、小心者な俺は同調圧力に屈して端に寄り、同じように膝をつく。
 とりあえず長そうなものには巻かれておけ精神は、どんなところでも有用である。たとえそれが実際には短かったとしても、俺はそれ以上に短いものである自信があるので、全く問題はない。

 開ききった扉の外には、鎧を着た兵士のような人間が両サイドにずらりと並んでいた。
 フルヘルムをかぶっていて個々の表情は伺い知れないが、それがかえって俺の不安を煽る。腰には長物、剣のようなものをそれぞれ帯びていて、遠くにいても威圧感が半端ない。

 俺なら物怖じしてしまいそうなそんな景色の中、その中央を堂々とした足取りで歩く影があった。
 全員が微動だにしない。時が止まったかのようなその世界で、ただ一人歩みを進める。その姿を見れば、彼女がその女王陛下、絶対者であるということに、もはや疑問を挟む余地はなかった。
 
(どうなってんだ……映画の撮影でもないだろこんなの)

 それにしては、全てが真に迫り過ぎている。
 一体こりゃあ何なんだ。そもそも俺は何でこんなところで寝てたんだ。クロロフロムでも嗅がされて拉致られたんか? 
 そうして一人苦悩していると、ふと、額にふわりと風がよぎった。

(ふおおっ?)

 その風に誘われるように顔を上げると、ちょうど彼女が俺の前を通りかかったところだった。
 甘い匂いの花とミントが合わさったかのような、何とも言えない清涼な、それでいて強烈に女の子を感じさせる香りが漂ってきて、思わず鼻をハスハスしてしまう俺。
  
「……えっ?」

 しかしその時、俺に電流走る……!
 そのまま通り過ぎるのかと思いきや、彼女は俺の前で立ち止まり、こちらを見下ろす。
 その顔が、俺の知っている人物によく似ていたのだ。

(さやちゃん!?)

 思わず叫びそうになったが、その名前はすんでのところで喉元に引っかかって止まった。

(いや……)

 別人、か?
 大きな目に小ぶりの鼻、口。そしてまだ幼さの残る丸みのある顔のライン。確かにパーツや造形は彼女──我が妹の織部さや──のそれに激似だったが、同時に全く似ても似つかないところもあって判断がつかなかった。
 まず瞳が、日本人には絶対にいない綺麗な蒼色をしている。加えて髪色もおかしい。

「ふむ。成功……のようじゃな」

 彼女がそう何事かをぽつりとこぼすと、その不思議な色をしたロングヘアーがきらりと煌めく。
 白髪……と言うには、それはあまりにも綺麗過ぎた。光をよく反射する艷やかなその髪は、角度を変えると、美しい陶器のような青白磁色がほんのりとのっているのが分かった。
  
 妹がコスプレを始めたなんて話は聞いていない。それにコスプレにしては、個々のパーツが浮いた感じが全くしない。むしろ完全にハマっている。俺には彼女が、ただそこに自然に存在しているようにしか見えなかった。

(こりゃ一体……)

 彼女は俺をひとしきり見回すと、ふいに俺に顔を寄せた。
  
「突然のことで混乱していることと思う。しかし今は、わらわがこれから言うことにうまく合わせて欲しい。悪いようにはせぬ」

 それだけささやくと、彼女は俺が聞き返す間もなくすぐに踵を返し、きびきびとした足取りでまた歩を進めてしまう。

「苦しゅうない」

 そして何を思ったか、彼女は周囲に向けてそう言った後、歩きながら器用に服を脱ぎ始め、

「楽にせよ」

 あっという間に下着姿になる。すると、両サイドから侍女のような人達が慌てた様子でわらわらと出てきて、これまた器用に彼女に服を着せていく。
 彼女が壇上にあるあの椅子──おそらく玉座なんだろう──に座るまでの、たった数十秒。その短い間に、彼女は華麗に変身を遂げた。

 羽衣のような、淡い水色のドレスだった。
 丈は膝が少し隠れるくらいで、首元も大胆にさらけ出されているが、あくまでも全体は上品にまとめられている。シルクのような光沢を放つそのドレスは、彼女の青白磁色の髪と白い肌とが相まってよく映えた。

 そこらの少女が少しおめかしをした……なんて形容は間違ってもできなかった。可憐の一言で済ますには、彼女が纏うその空気は静謐に過ぎる。
 まるで悠久の時を生きる、妖精か何かの王のようだった。たとえどれだけ演技に長けていようとも、この雰囲気はそこらの女子高生が出せるものでは断じてない。

 そこから導かれる答えは、もはや一つしかなかった。
 彼女は妹でも、ましてやどこかの映画俳優なんかでもない。
 ……“本物”だ。

「わらわがこのファルンレシア王国の王、ソフィーリア・ネティス・ファルンレシアである」

 組まれたおみ足が美しい。
 いくらか高さがあるが、そのスカートの奥は全く見通せない絶妙な角度だった。
 まあさっきモロに着替え見ちゃったけどね。でも一瞬で隠されちゃったし、モロ見えとパンチラは全く異質のものなので残念なことに変わりはない。っちい!

「ようこそ客人。ようこそ黒の賢者よ。我が国はそなたを歓迎する!」

 彼女のよく通るソプラノの声が、部屋中に響き渡った。するとその声に呼応するように、後ろの入り口付近からうおお! と歓声のようなものが上がる。先程の兵士のような人達だ。

(あわわわ……)

 周囲の貴族のような人達もそれに触発され、ざわざわとなにがしかを周りの人間と話し出す。しかしその視線だけは全て俺の方に向けられていてマジで怖い。
 そんな一種異様な雰囲気の中、彼女のそばに控えていた人物に手招きされた俺は、恐る恐る玉座の方へと向かう。
 うう、視線がちりちりと痛い。頬がいい感じに焼けてチャーシューになりそう……。

 玉座から数メートル程離れた場所で止まれというようなジェスチャーを受け、言われた通りに止まる。
 一応膝もついておく。こんな空気の中でボッ立ちではいられん。
 そうして俺の準備ができると、彼女がさっと腕を上げる。すると、一瞬で場が嘘のように静まり返った。

「客人におかれては、急にこうした形でこんな場所に連れてこられ、大いに混乱していることと思う。まずはそれについて詫びたい。すまなかった」

 そう言って彼女が頭を少し下げると、しかし少しだけどよめきが起こる。
 「陛下が頭を下げることなんて滅多にないのに!」みたいな感じ? やだなあ。居心地悪いなあ……。
 何も言えずにびくびくとしていると、彼女がふむと息を吐く。

「何、そう怯えなくともよい。少し話をしたいだけなのじゃ。遠い異世界から来たそちに、相談があってな」

 彼女は狼狽しきっている俺を見かねたのか、少し表情を和らげてそう言った。
 しかし俺は彼女の口から出て来たその言葉に不信感を覚え、より一層警戒心を強めてしまう。

(異世界……だと?)

 いきなり何を言っているんだ、このお人は。
 確かにここは日本っぽくはない。女王様は雰囲気からして本物っぽいし、周囲の人間も日本人離れした顔、格好をしている。
 でもだからと言って、急に異世界というのは俺からしたらあまりにも突飛過ぎる。まだどこかの海外に拉致られたとかの方が説得力がある。

 でも、ファルンレシア王国なんて国は聞いたことないんだよなあ……。

「どうした客人。何か言いたそうに見えるが」
「えっ……いや、まあ」

 もちろん言いたいことだらけっすよ。ただそれを真っ直ぐに聞いた場合、どういう反応が返ってくるか分からんから怖いんだよなあ。やぶへびになったら元も子もない。あと言いたいことが多過ぎて、正直何から聞いたらいいか分からん。  

(まあでも……)

 まずここだけは、やはりしっかり聞いておかなければなるまい。

「異世界と言……おっしゃいましたが、ここは僕がいた世界とは違う場所なんですか?」

 こんな超絶アウェイ環境の中、陰キャな俺にしては割とはっきりと言葉にできたと思う。
 しかし彼女は、そんな俺の渾身の言葉に対して大きく首を傾げた。何でなん。

「ふむ。やはり何を言っているのか分からんな」
「えっ」

 うそん。めっちゃ日本語ですやん。絶対通じてますやん。
 そう思ったが、しかし彼女の顔は真剣そのものだった。

「マール。ちょっと彼をみてやってくれ」

 彼女がそう言うと、横から一人の人間がはいはい、と漫才の入りのように軽い感じで出て来る。

 少年なのか少女なのか、判断に困る出で立ちをしていた。ポンチョのような貫頭衣を羽織っていて体型が分かりにくく、さらに声も変声期のようなハスキー声。さらさらな金髪と白い肌は女の子っぽかったが、丈はショートボブくらいの長さだし、やっぱりどちらとも取れるので断定できない。

「ふむう……ほほお……」

 そのマールと呼ばれた人物は俺の前へと来ると、やたらと近い距離で俺の体を興味深そうに眺め回す。
 女王様は妹と同じく凛とした優等生のような美人さんだが、こちらは純粋に可愛らしい顔をしている。そのポンチョが揺れる度、風に乗ってちょっといい匂いが漂って来て、少し複雑な気分になった。

 その新しい刺激につい俺は鼻息を荒くしてしまったが、目の前の彼女だか彼だかの方も、かなり興奮した様子で俺を舐め回すように見る。
 デブが珍しいのかな? ハハッ、ワロス!

「なるほどなるほど。こいつは興味深いですね~」
「何とかなりそうか?」

 女王様がそう声を掛けると、マール君さん(?)は、「はい! もちろんです!」と小学生のような元気のいい返事をする。

「ではでは早速」

 元気っ子キャラなのかな? 可愛いじゃない。などとのんきに構えていると、その可愛い顔がふいにこちらにぐりんと振り向く。
 その顔に、俺は何か不穏なものを感じた。

「な、何でつか……?」

 顔は本当に可愛らしい。しかしそこに浮かべられた笑顔が、どうしようもなく俺を不安にさせた。
 何だろう。とてもマッドサイエンティスト感のある笑顔である。正直ちょっと怖い。
 そんなことを考えていたら、案の定俺に悲劇が起こった。

「一体何を……ってコポォwwwwwwwww」

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これで何人目だろうか。大好きだった推しが電撃引退したのは。

「うわああああああああああぁぁぁあああ!!」

 俺は我慢できず、子供のように床の上を転がり周ってだだをこねた。

「いやだ! いやだあああああああああああああ!!」 

 俺の巨体が、狭い部屋をブルドーザーのようにどっすんばったんとかき回していく。雑誌やゲームソフトの束がドミノのように倒れていくが、止められない。

「嘘じゃん! 学業に専念とか嘘じゃん! 彼氏出来ただけじゃああああああああああああん!!」

 アキバで売り出し中だった地下アイドル、俺の大好きだったくるみ咲ちゃん。一時期は完全芸能界デビューなんて噂もあったのに、彼女は手のひらを返すかのように突然引退した。

 彼女は当初留学のため、というもっともらしい理由をHPで発表していたが、有志の手によってすぐにそれが嘘だということが判明した。
 理由はお決まりの、恋愛絡みのアレであった。

「金返せ! 俺の金返せよおおおおおおお!!」

 彼女に使ったうん十万もの金は、もう戻ってこない。残ったのは、彼女と抽選で握手出来るという券を得るために買いまくった、この大量のCDだけ……。
 あの時は得意になってそのCDに埋もれる画像をSNSにアップしたものだが、今となってはそれも黒歴史だ。マジで今すぐ記憶から消えてもらいたい。

 って言うかあれがネット上にずっと残るとかもう死にたい。一応顔は隠したけど、見る人が見れば体型とかで丸分かりだし……。

「はあ、はあ……」

 と、少し現実的なことを考えたら、ちょっと頭の血が引いていった。
 散々当たり散らして溜飲を下げた俺は、またいつものように、黙って部屋を片付け始めた。ドルオタ歴も長くなってきたせいか、切り替えもだんだんと早くなってきた。
 アイドルは他にもたくさんいるしな。次だ。次に行けばいいのだ。

 そうして一人頷き、しばらく黙々と片付けを行っていると。
 六畳半のワンルームの部屋に、ふいに玄関のチャイムが鳴り響いた。

「うん?」

 宅急便でも来たか。今日って何か頼んでたっけか。アメゾンで頼んでおいた抱きまくらか? それとも予約してたフルプライスのエロゲかな? だとしたら今日は頑張っちゃうぞ! デュフフゥ……。

 おざなりに返事をして玄関のドアを開けると、しかしそこには俺の予想に反し、一人の少女が立っていた。

 年は16、7歳くらい。オーソドックスなセーラー服の上に、濃紺のセーターを着込んでいる。スカートの丈は長過ぎず、短過ぎずと、男からしたらもっとも足が綺麗に見えるバランスを保っていて好感度が高い。

 ソックスもセーターと同じく濃紺であり、ギャルっぽさは皆無。しかし地味という訳では全くなく、上等そうなカシミヤのセーター、磨き抜かれてピカピカなローファーなどなど、個々のパーツがマニアの着せ替え人形のように洗練されていて、思わず心の中で唸らされてしまった。

 真っ直ぐ筋の通った小ぶりの鼻、大きな目にたっぷりとしたまつ毛。頬から顎にかけてのラインは女の子らしく丸みを帯び、思わず指を滑らせてみたくなるくらいの綺麗な曲線を描いていて……。
  
 しかし惜しむらくは、その綺麗な瞳が俺を蔑むように見ることである。
 その突然の来訪に何も言えずにいると、彼女はふんと鼻を鳴らし、ますます蔑みの視線を俺に浴びせた。

「何じろじろ見てんのよ。きも」

 体を隠すように腕を組みながら横を向くと、彼女は汚いものでも見るかのような目で俺に言った。

「相変わらずのようねクソ兄貴。あれから全く何も変わってない」

 ずしゃ、とモルタルの廊下に機嫌悪そうにローファーを走らせながら、彼女は――我が妹の織部さやは、今度ははっきりと俺をにらんだ。
 その鋭い視線にたじろぎながらも、俺は何とか声を絞り出してそれに答えた。

「や、やあ妹者よ。急に俺の所に来るなんて珍しいじゃないか。まさかとは思うけど、何か身内に不幸でもあったのかい?」

 それくらいしか、この見目麗しい妹がこんなところに来る理由がない。
 そう思ったが、しかし妹は吐き捨てるように言った。

「そんな訳ないでしょ。その時は逆にあんたには伝えない。あんたと一緒に親戚達の前に立つとかありえないから」

 その容赦のないドSぶりが懐かしかった。実家にいた時はよくこんなふうにして罵られたものだが、ちょっと久しぶり過ぎたせいで、昔はできたはずの愛想笑いがとっさに出なかった。出たのは彼女が特に嫌っていた、にちゃっとした苦笑い……。

 何をどう返せば彼女の機嫌がよくなるのかを考える。しかし彼女はこうしている時間も惜しいのか、俺の返答を待たずにさっさと本題に入ってしまった。

「お母さんからあんたに伝言」
「え、母さんから? はい」
「来月から仕送りはなし。頑張って一人で生きるように、だって」
「え!?」

 ホワッツハプンドゥ。 パードゥン?

「え? 今何て……?」

 ちょっと聞き捨てならないことを言われた気がした。何かさらっと死の宣告のようなものを受けたような気がする。
 しかし我が最愛の妹は、めんどくさそうにやはり同じことを言った。

「だから、来月からあんたへの仕送りはなしになったって言ってんのよ。このクソ兄貴」
「はあああああああああああああああああ!?」
 
 驚きのあまり、俺は妹への配慮も忘れて叫んでしまった。

「ちょっと、うるさい」
「いやいやいや! そんな急に言われても困るんだけど! 嘘でしょ!?」
「嘘なわけないでしょ。何で嘘言うためにわざわざあんたのとこにまで来んのよ。あたしはそんなにバカじゃない」
「いやでも! 万が一ってことがあるじゃない! あ、ほら、そう言えば今日はエイプリルフールじゃん!」
「今日は11月30日。どこの日付を見ているのかしら。まったくかすりもしてないわね」

 冷静に事実を突きつけてくる妹に、しかし俺はめげずに食い下がる。

「いやいや! 次元が歪曲したのであれば可能性は微粒子レベルではあるが存在する! そうだ! だからこんなことになっているんだ!」
「ちょっと、声でかい」
「もしそうならまずい! 俺は今すぐ母者のところへ行って次元を正さなければならない! そうしないと世界が大変なことになる! 可及的速やかにことを行わなければ!」
「おい」
「よし! そうと決まれば今すぐ行こうぞ! ついて来い妹者よ! 我とともに次元の狭間をかいくぐり、魔王と化した母者をぐぎゃあああああああああ!!」
「うるさいっつってんだろこのキモオタがああああああああ!!」
 
 現実逃避しながらわめく俺に、ついに妹の鋭いローキックが襲った。
 狙ってやったのか、綺麗に弁慶の泣き所にそれが入る。俺は突然全身に走った痛みに耐えかねて叫び、玄関を転げ回った。

「ぐあああああいでえ! いでえよおおおおおお!!」

 久しく味わっていなかった痛みに、額から脂汗が流れ出す。
 最近90キロ程にもなってしまったせいだろうか。全身から汗が出汁のようににじみ出てくる。こいつはやばい。かつて味わったことのない痛みかもしれない。
 
「ぐあああああああぁぁぁぁ……あ?」

 このままでは痛みによるショックで死ぬ。そう思って何とか痛みを散らそうと○ート様のように暴れ回っていると。
 神は俺を見放さなかった。ふと視界の端に僥倖、福音来たれり。そのおかげで俺は、何とか命を現世に留めおくことに成功した。

「……?」

 突然ぴたりと動きを止めた俺を見て、妹は不思議そうに俺を見下ろし、その視線を追った。
 しかしまだ気付かれていないようだ。それなら、やることは一つだ。

「ふむ、いいぞ……とてもいい……」

 俺は腕を組みながらうんうんと頷き、その福音、パンチラを余すことなく享受した。
 コットンの白。我が妹ながら、“分かって”いる。

 昨今のJKは制服を超ミニにしている輩がそこそこいるが、そういう連中は大体Tバックとかを履いている上に恥じらいが皆無であり、全く萌えない。
 その点彼女のこいつはどうだ。フォルムは一応シャープ寄りのデザインだが、これは『見られることをほぼ想定していない』油断パンツである。ちゃんとお腹が冷えないようにするための、機能性パンツである。

 男は見てはいけないモノに反応する生き物……。見られたらきっと恥ずかしがるんだろうなあ、という想像もあってこそのパンチラなのである。恥じらいなくしてエロスなし! なのである。

 やはり妹はできる子だった……と感慨深くそれを見上げていると、妹ががようやくその俺の視線の意味に気付き、その綺麗な白い顔をさっと紅くした。
 お、いいですねその恥ずかしそうな表情。めちゃポイント高いですよデュフフゥ……。

「妹者よ……やはり君はアイドルになるべき逸材だ。どうだろう、今からでも俺と一緒に……」

 しかし俺は、その台詞を最後まで言うことができなかった。

「うるさい!」
「ぐうぉっほ!!」

 またしても妹の容赦のない一撃が俺を襲った。
 妹は赤い顔のまま歯を食いしばり、俺の出っ張った腹をうどんのたねでも作るかのように足で踏み倒した。

「きもいきもいきもい! ほんと! まじできもい! しね!!」
「ぐっ! ちょ! 妹者やめっ! ぐっふぅっ!」

 一単語発声するごとに俺の腹を思いっきり踏む妹は、もはや半泣き状態であった。
 やはりアイドルに誘ったのはまずかったか。それとも単に、パンツを見られたことによる憤慨なのか。

 どちらにしても、このままでは俺は死ぬ。いくら俺が脂肪の塊であると言っても、これだけやられればダメージは通る。俺はただのデブなのであって、拳法殺しの○ート様のように物理攻撃無効の特殊体質ボディというわけではないのだ。

「妹者ごめん! もう何も言わないし、パンツも見ないから! ぐふぅ! だから許しごっほぅ!」

 俺が必死になってそう懇願し、ローアングル解消のためにずりずりと壁に背を預けると、ようやく妹は恐怖のデブ殺しストンピングをやめてくれた。
 その目は相変わらず涙がにじんでいたが、散々暴れたおかげか、幾分落ち着いたように見える。
 ふう。危うく屠殺されるところだった。危ない危ない。
  
「あの、ほんとごめんね。ジョークのつもりだったんだけど、よく考えたらもうさやちゃんも高校生だし、ちょっとやり過ぎだったね。ごめんごめん」

 そうして立ち上がりつつ改めて謝罪を入れると、彼女は一瞬だけ俺の顔を見た後、「もう、いい」と、何かを諦めるかのように大きく息を吐いた。

「用、済んだから帰る。あとはあんたの好きにして」

 こんなところには長居できん。そう言わんばかりに早々に踵を返そうとする妹に、俺はしかし慌てて食い下がった。

「ちょ、ちょっと待った!」

 俺のその声に、じろりとした視線だけを返す妹。
 一瞬たじろぎそうになったが、ここで引いては俺の明日はない。俺は何とかそこで踏みとどまり、喉奥で引っ掛かる声を押し出すようにして言った。

「い、いやその……何でこんな急にこんな仕打ちをなさるのか、母上は一体何を考えておられるので……?」
「はあ? あんた何言ってんの?」
「え?」

 つい気の抜けた返事を返してしまった俺に、妹は突きつけるように言った。 

「お母さん、ずっと前からあんたに言ってたみたいじゃない。何急にハシゴ外されたみたいな言い方してんの」
「え。そう、だった?」

 言われて俺は、自分の記憶にクローリングをかけてみた。たしか母者と最後に話したのは1ヶ月程前の電話だが……。

「ううーん? いや、妹者よ。やっぱり俺には何のことだか……」

 と、否定しようとしたところで俺ははたと気付いた。
 ここ最近の母者との会話を反芻してみると、何かそれらしいことを言っていたような気がしないでもない。

『――そうなのねえ。でもさやも高校に入って学費が必要になるっていうのもあるし、そろそろ仕送りなしで生活出来るようにならないとね……』

 母者の電話は大半が世間話に終始していたが、たしかに言われてみれば、毎回こんなようなことを内容に滑り込ませる感じで言っていた気がする。
 え? まさかこれなの? こんなん曖昧すぎて決定事項だなんて誰も思わないじゃん!

「思い出したみたいね」

 俺の顔をうかがっていた妹がそう言ったが、それでも俺は認めなかった。

「いや、いやいやいや! あんなの分かるわけないし! て言うかそもそも、何で母者はいつものように電話やメールじゃなくてさやちゃんをここによこしたん? 正直急に母者以外の人にそんなこと言われても、信憑性に欠けると言わざるを得ないんだけど!」

 お、何か流れで出て来ただけだけど、これはうまく返せたのでは?
 そう思ったが、しかし甘かった。

「それは、あんたのそれが原因でしょ」
「え?」

 妹は顔色一つ変えず、淡々と答えた。

「お母さん言ってた。『タツキくんと直接連絡取っちゃうと、最後には言いくるめられてなし崩しになっちゃうから』って。あんたがさっきみたいにぐだぐだわけ分からないことまくし立てて話にならないから、仕方なくこういう措置を取ったってことでしょ。何が信憑性に欠ける、よ」

 少し早口でそう言ってのけたかと思うと、最後に辛辣な一言。

「アイドルのおっかけだか何だか知らないけど、そんなの自分のお金の中で何とかしなさいよ。この穀潰し」
「へぽぉ!!」

 最上級の罵りが、クリティカルな一撃となって俺を襲った。 
 返す刀はもはや必要ない。キモオタフリーター一人殺すには、この上段からの袈裟斬り一本で十分である。と言うかむしろオーバーキルですわこんなん……。

 そうして俺が膝を折るのを見届けると、妹は今度こそはっきりとこちらに背を向け、言った。

「じゃあ私はこれで。せいぜい頑張って生きるのね」

 俺はショックで顔を上げることが出来ず、つむじ辺りに妹の捨て台詞が降って来るのをただ黙って受けることしか出来なかった。
 うう、今までJKの罵りとかご褒美だとか思ってたけど、これはちょっときつい。こんなのずっと受けてたら俺の頭はいつかカッパみたいに禿げ上がってしまう……。 

「ねえ、どうしてそんなふうになっちゃったの? 昔はもっとさ……」

 自分の頭皮の行く末を案じていると、ふいに少し悲しげな声が耳に響き、思わず俺は顔を上げた。

 その声は、薄暗い廊下に吸い込まれるようにして消えていった。そうして再び静寂に包まれた廊下に、ゆっくりと歩き出した妹のきびきびとした足音が冷たく響き渡る。
 その背中が見えなくなると、やがてその音も世界から消え、俺はまたいつものように独りになった。

(さやちゃん……)

 俺は力なく立ち上がり、廊下の手すりにもたれかかった。
 何だかひどくダメージを受けてしまった。今あのめちゃくちゃに散らかった部屋に戻ったら、さらに打撃を受けて立ち直れなくなってしまうかもしれない。

 そう思った俺は、そのまま部屋の鍵もかけずに外へと歩き出した。
 行き先なんぞない。でもとにかくこうしないとダメだという気持ちに引っ張られ、足が勝手にどこかへと動いていく。

(はあ、これからどうしよう……)

 希望のない現実に、俺は一人ため息をついた。
 仕送りがなければ、俺は割とリアルに死ぬ。かろうじてやっていたコンビニのバイトも、馬の合わない同僚にレジ金のマイナスを俺のせいにされて居づらくなり、先週辞めてしまったばかりだ。
 
 この世は理不尽でいっぱいだ。大好きなアイドルは突然引退するし、仕事はなくなるわ仕送りは止まるわで全くいいことがない。本気で自分の周りだけ次元的な何かが歪んでしまったんじゃないだろうかと思えてくる。

(……ん) 

 と、うなだれながらとぼとぼと歩いていて、俺はふと気付いた。
 幽鬼のように力なく揺れる腕の先。右手には、未練がましくあの革手袋がはめられていた。

 必死で集めた券のかいあってくるみ咲ちゃんと握手出来てから、間違って手を洗ってしまわないようにと常に身につけてきた相棒である。しかし彼女がああなり、俺がこうなってしまった今、これはむしろ忌むべきもの、呪いの装備となってしまったのではないだろうか……。

 俺は思い至り、きょろきょろと周りをうかがった。
 俺のここ最近の不幸は、こいつのせいかもしれない。ちょうどここは公園の近くだ。水道で手を洗い、口をすすいで禊をしよう。心機一転するための神聖な儀式を執り行うのだ。

 思いつきにしてはいい考えだと思ったが、俺はそこで重大なミスを犯した。
 道路を挟んで公園があるというところで、俺はふと好奇心に駆られ、先走ってその悪魔の右手を解放してしまったのだ。 

「どれ、どんなもんに…………ってくっさ!!」

 ほんの出来心だった。昔腕を骨折した時のギプスを外した時もかなりのものだったが、今回のこれはどんな臭いなんだろう。なんとはなしに、そう思ってしまった。
 俺の最大の失敗は、見誤ったことだった。長き封印により、俺の右手は想像以上の悪魔の香りを放つ、リーサルウェポンと化していたのだ。

 俺はそのあまりの臭気にのけぞり、その勢いでふらふらと数歩たたらを踏んだ。そしてそのまま、あろうことか車道へと出てしまった。

「ぐっ……まさかこれ程とは……!」

 時刻は午後6時頃。まだまだ車の往来のある時間である。
 俺はそんな中、いつの間にやら車道の真ん中に立っていた。そしてそれに気付いた時には、もう全てが遅かった。

 眩しい光と、甲高いブレーキ音。 
 突如として目の前に現れた大型車に、俺は轢かれる寸前だった。

「ぎゃ、ぎゃあああああああああああああああああ!?」


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