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そうしてしばらくの間二人と談笑しているうちに、竜車がどこかへと到着する。
 道がきっちり整備されているのか、あまり揺れは感じなかった。ただかなり下っていくような道のりだったため、客車の後ろ側に座っていた俺は足をふんばっている場面が多くてちょっと疲れた。

 やれやれどっこいと腰をあげようとすると、

「あ、君はそのままここに残って」

 マール君に呼び止められる。なぜに? と眉上げだけで応じると、マール君は言った。

「さすがにそのままの格好だと目立っちゃうから、ここで着替えていって。座席の下に君に合いそうなものを見繕ってもらって用意してあるから」
「おおそうですか。それはありがとうございます」

 確かに目立ち過ぎるのはよくない。目立つとろくなことがないのは、齢25にもなる俺ならとうに理解している。ここはお言葉に甘えることにしよう。
 座席の布をめくり、その下の板のでっぱりを持ち上げると、布にくるまれた荷物が入っていた。結構な大荷物だ。

 二人が外に出たのを見計らい、早速俺は着替えを開始する。
 開いて見た限りでは、向こうの衣服とそう大差なかった。何とか一人で着ることはできそうだ。

 これは長袖のTシャツみたいなもので、これがズボン。んでこれが、ちょっと短めのマントみたいなやつ。羽織る感じで着ればいいのだろうか。あとこれは何だろう。リュックサック? 何これ。俺荷物持ちでもすんの? まあせっかくだし、一応脱いだスウェットはここに入れとくか……。

「あのー、一応着替えれました」

 少しもたつきはしたが、何とか形にはなった。
 外に向かって声を掛けると、はぁいとマールくんの声がして客車のドアが開く。

「ほお、なかなか様になっているではないか」

 客車から少し気恥ずかしい感じで降り立ってくる俺に、いつの間にやらフードを目深に被った女王様がそう声を掛けてくれた。女王様も街仕様ということだろうか。

 鏡がないから実際のところは分からないが、たぶん俺のこれは、いわゆる『旅人の服』というやつだ。最初の村で買えるちょっとだけいい装備、みたいな。
 しかしこの妙にでかいリュックサックはマジで何なんだろうか。これ背負ってるとマジで俺ト○ネコみたいになってるだろうからちょっと嫌なんだが……。

「タツキ」

 と、自分の格好を訝しげに見回していると、女王様から本名の方で呼ばれる。
 また密談だろうか。ちょいちょいと手招きされたのでそばに寄ると、彼女はおもむろにすっと自分の前を指差した。

「見るがよい。我が城と、我が国民達の脈動を」

 そう言われ、俺はそこに初めて目を向けた。

「ほわぁ……」 

 誰もが一度は思い描いたことがあるはずの“幻想”が、目の前に広がっていた。

 木造や石造りの家が大通りに沿って整然と立ち並び、かと思えば、簡素ながらも色鮮やかな衣服に身を包んだ人間達が、活気を振りまきながら雑然と道を闊歩している。腕や顔が体毛で覆われた獣人と思われる人も、普通にそこらを歩いていた。

 人が居て、家がある。構成要素は同じものなのに、そこに漂う空気感が全く違う。ここが日本ではないということを、改めて強く意識させられた。

(どっかの何とか村なんかじゃあこうはいかんよなあ)

 そして何より、遠景に鎮座するそれが美しかった。

 その圧倒的物量によるダイナミックさと、全体に施されたガウディ建築を思わせる緻密な意匠には、賞賛を通り越して呆れにも似た感情が湧いてくる。
 一体どれだけの時間をかければ、こんな代物が出来上がるのか。想像すらも容易ではなく、ただあんぐりと口を開ける他ない。
 天を衝く摩天楼。巨大な三叉槍のような城が、快晴の青をバックに威容を誇っていた。

「やはり綺麗じゃな、この国は」

 三つ編みをわずかに揺らしながら、そう思わんかと彼女が俺を見る。
 よほど自分の国が自慢なのか、ちょっと誇らしげに綻んだその笑顔は可愛らしさに満ちていて、思わず俺は目を見張ってしまう。

「そう、ですね。そう思います」

 景色も綺麗ですけど、あなたも綺麗ですよ……なんてことは言えるはずもなく、少し歯切れの悪い言葉を返してしまう。
 しかし彼女は俺のそれに全く気づかない。その景色に見惚れるように目を細めていたかと思うと、彼女はそのまま少し表情を険しくした。

「私はな、この光景を守りたいんだよ。タツキ」

 周囲を気にしてか、一段低くなった声で彼女は言った。

「美しい街に、人々が思い思いに動き、生活している。市井の人間からすれば何ということはない景色なのかもしれん。だが私は、この景色が大好きでな」
「分かるような気がします。いろんな人達が仲良さそうにしてていいですよね」
 
 そう言うと、彼女が満足そうにうむと頷く。

「しかし瘴気の広がりを野放しにしておけば、この光景はいともたやすく失われてしまうだろう。そうならぬように、私達は全力でことに及ばねばならない」

 そこで彼女はようやく景色から視線を外し、俺の方を見た。

「そのために、まず君にはこの世界で名を上げてもらわねばならない」
「え、名を上げる?」

 わざわざ目立たないように着替えたばっかりなのに? なぜに?

「本来なら私と共にすぐにでも瘴気対策に動いてもらいたいのだが、君の場合そうもいかないんだ」
「と言いますと?」

 聞くと、女王様が少し神妙な顔になりつつ俺に身を寄せる。 
 周囲をいくらか確認すると、彼女は声をひそめて言った。

「……先刻盟約の秘術について一通り説明したな」
「ええ」
「あの時君に仕事さえすれば生きながらえると言ったと思うんだが、実は今の君の状態はそう単純なものではなくてな」

 え? この期に及んでまだ何かあるの? これ以上ハードモードになるのは勘弁なのですが……。
 正直先を聞きたくなかったが、さらに深い話になるのか、殊更俺に密着しつつ女王様は続ける。

「君は今秘術により国民達と繋がっている訳だが、この繋がりは彼らの大多数の意に反することをすると弱まり、最後には切れてしまう」

 言いながら、彼女はフードの奥からこちらの顔色を伺うように俺を見上げた。

「彼らの集合意識はとても現実的な思考を持っていて、分を超えた状態をひどく嫌う。つまり今の君の状態は、好ましくないと取られる可能性が高いのだ」

 少し申し訳なさそうにそう言われたところで、俺はようやく彼女が言わんとすることに気づいた。

「……何となく分かりました。要は俺がショボ過ぎるから、早く盟約を結ぶのにふさわしいやつになれ、ってことっすね」
「そういうことになる」

 女王様のそれを聞き、俺は内で凝った緊張の塊をほぐすように深く息を吐いた。
 急に改まって話し出すから何事かと思ったけども、何だ。そう大きな変更はないじゃない。

「まあそれくらいなら、与えられた仕事をこなすうちに何とかなりそうなんで、そこまで気にする必要はなさそうですね。頑張るだけですよ」

 そう言ってみたが、彼女は俺のそれを聞くと、なぜかバツが悪そうに地面に目を落とした。

「いや、違うんだタツキ。そうじゃないんだ。今は私から君に仕事をふることはできないんだ」
「えっ! どうしてです?」

 思わず顔を女王様の方に向けるが、彼女は何か思うところがあるのか、そのまま黙り込んでしまった。
 おいおい何その深刻そうな感じ。まだそんな言い難いことあるの。こっちはもう死の宣告食らってるんですが……。
 
「あの……女王様?」

 呼びかけると、外套の袖からわずかに見える白く小さな手が強く握り締められた。
 表情は見えないが、大きく肩が上下している。呼吸を整えているようだった。

「騙すような形にしてしまって本当にすまないと思っている」

 長い溜めの後、突如として出て来た謝罪の言葉に、俺は目を丸くしてしまった。
 何に対して? なぜ急にこのタイミングで?
 疑問に思いながら次の言葉を待っていると、彼女がぽつりぽつりと、ゆっくり言葉を選ぶようにして話し出した。

「まずなぜ君に私達が仕事をふれないか、だな。これは先程君が言った通りだ。向こうの世界では君も何らかの地位があったかもしれないが、この世界では君はまだ何者でもない。だから私が仕事をふると、国民達の集合意識に反してしまうことになるのだ。何者でもない人間が女王に仕事を与えられるのはおかしいのではないか、とな」  

 俺は呆然としながら、ただ彼女の話に耳を傾けていた。
 そんな、そんなばかな……。そんなこと言い始めたら、今俺が彼女とここにいることすら……。

 嫌な予感が募る。そうして絶句する俺に気づいたか、彼女はチラと俺を見やると、さらに声のトーンを深く落として続けた。

「本当は、魔法やこの世界のことを一から十まで全て君に教えてやりたい。しかしそれも無理なのだ。おそらく私達城の人間と会話して知識を得るだけでも、盟約の秘術による繋がりは弱まってしまう」

 言葉の端々に苦々しいものが見え隠れする。彼女の拳は、いつの間にか外套の裾を絞るように握られていた。

「君がこちらに来てからもう相当な時間が経っている。これ以上君が私達と一緒にいるのは危険だ。だから……ここで一度お別れだ」
「えっ」

 思わず呆けた声を返してしまったが、彼女はそれに全く取り合わず、前に一歩踏み出した。
 
「竜車の中で私は君に言ったな。今から行くのは君の仕事場だと。ここがそうだ。君の仕事場は、この世界だよ。タツキ」
「えっえっ?」
「瘴気についてはとりあえず考えなくていい。まず君はこの世界で、自分の力で、確固たる地位を得るのだ。そして、盟約にふさわしい男になれ」

 彼女は数歩歩み出た後、こちらにゆっくりとした動作で振り返り、フードを取り去った。
 彼女の絹糸のような青白磁色の髪が、陽光に眩しく煌めく。

「この太陽の広場から始まる君の前途が、同じく輝かしいものになることを祈っている。また会おう、タツキ」
「ちょっ、えっ、女王様!?」

 不穏な空気に慌てて声を掛けるが、女王様はそれきりまた踵を返し、竜車の方へと歩いていく。
 そうして呆然とする俺をよそに、彼女はさっさと客車へと乗り込んでしまった。

「え……嘘、でしょ?」

 客車のそばで控えていたマール君も笑顔でこちらにバイバイと手を振り、女王様の後を追う。御者のベアードは不敵な笑みを浮かべると、そのまま御者台に。俺に水をぶっかけたマンダは何を思ったか上に向かって盛大に水を吹き出し、そこに小さな虹をかける。

 それを最後に、彼女達を乗せた竜車はゆっくりと動き出し、遠のいていった。

「あ……あぁ……ぁ……」
 
 追いかけようにも、あんな釘を刺されたら動くに動けない。俺はただ呆然と、そうして竜車が遠ざかっていくのを見送ることしかできなかった。

 何ということだろう。俺みたいなただの穀潰しオタが、あろうことかほとんど着の身着のまま、大した能力も発揮できないまま異世界の真っ只中に取り残されてしまった!

 な、何だってええええええええええええええええ!?





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