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「やばい……やばいやばいやばい!」

 マジでどうすんだこれ! 俺この世界のこと全然何も分かってないんだが! まず何をするべきなのか全く見当がつかん!!

「何か、何かないのか!?」

 半ばパニック状態になりながら自分の体をまさぐったが、当たり前のように何もない。
 マントとシャツにはそもそも収納スペースがない。ズボンにはポケットがあったが、そこにも何も入っていなかった。
 血の気がサーッと引いていく音が耳の奥で響いた。

「! いや待て! リュックは!?」

 着替えた時にあまり中身を確認せずにスウェットを入れてしまったが、実は探せば何か入ってたんじゃないだろうか。
 早速リュックを下ろし、スウェットを引っ張り出して中をごそごそとやってみる。すると……。

「あ!」

 底の方を見渡してみると、そこに小さな内ポケットがあることに気づく。
 逸る気持ちを抑えつつ中をあらためてみると、指に何かコツンと当たるものがあった。

「おおおお!?」

 そうだよな! さすがに何もないわけないよな! 全く女王様ってば人が悪い! 何かあるなら一言言ってくれればいいのに!
 そんな不敬なことを思いつつ、そのポケットにあるものをさらってみる。何やら紐のようなものと硬い感触、それから布っぽいものと紙のようなカサカサとしたものがあった。

「な、何だろ……。役に立つものあるかしら……」

 それらを拾い上げ、石畳の上に広げてみる。
 何やお前露天でも開くんかという目で周りから覗き込まれたが、中身が気になり過ぎて構っていられない。
 
「ん……これは!?」

 まず目についたのは、巾着袋のような何かの革っぽい袋だ。手のひらに乗るくらいのサイズだが、持ってみると少し重い。加えて、中から何か金属っぽい音がする。
 これはひょっとして、と紐を緩めてみると、案の定だった。中には硬貨と思われるものが数枚入っていた。

「あ、あぶねえ……さすがに一文無しじゃどうにもならんところだった」

 実際どんなもんなのかと中身を拾い上げようとしたが、寸前で思い留まる。
 こんな往来で金をみせびらかしたりしたら、何があるか分からん。ここは日本じゃないのだ。見たところ無法者のような格好のものは見当たらないが、用心しておくことに越したことはない。 

(つっても、他に大したものはないっぽいけどな……。この紐が通った金属の羽みたいなのはただのネックレスみたいだし。あと気になるのは、この手紙っぽいやつだけか)

 何の変哲もない白い封筒だったが、結構上質なもののようにも見えた。この世界にも普通に紙はあるらしい。

 裏返すと、幾何学模様っぽい刻印のなされた赤い蝋で封が施されていた。
 女王様からの手紙だろうか。そう思って開封してみると、やはり手紙と思われる便箋が一枚入っていた。
 早速綺麗に折り畳まれたそれをいそいそと開いてみる。しかし……。

「……読めねえ」

 完全に失念していた。俺は今異世界にいるのだ。こちらの文字で手紙なんか書かれても分かるわけがない。こんなテトリスみたいな文字、言語学者でもなきゃ解読できないよ女王様……。

 と、そうしてぽりぽりと頭をかいた時、ふいに手紙に異変が起きた。

「えっ?」

 日の光で少し分かりにくいが、文字が淡く光っていた。書かれた文字、筆跡に沿って光を放っている。

「あれ……?」

 そして少しすると、さらに不思議な事が起こった。書かれている文字にそれ以上の変化はないのに、なぜか頭の中でそれを理解することができるようになったのだ。
 喉を突かれてから喋れるようになったのと同様に、これもマナがどうこうして読めるようになったのだろうか。

 疑問に思いながらも、俺はとりあえずそれに目を通し始めた。今はとにかく、内容の方が気になる。

『タツキへ
 
 まずは改めて謝罪させて欲しい。やむを得なかったとは言え、こんな形で別れることになってしまって本当に申し訳ないと思っている。
 ただ、これまで私が君にしたことは、一応君のためを思ってやったことだ。それだけは信じて欲しい。

 こんな言い訳じみた謝罪の言葉では納得いかないかもしれない。しかし今は、まずは君がしっかりとこの世界で生きていけるように、地盤を作ることに注力して欲しい。それが叶った後なら、私は君からのどんな罵倒も受ける覚悟でいる。だから君のためにも、どうか今は耐えて欲しい。

 さて、本来ならこうした謝罪で紙面を埋めたいところなのだが、すまない。伝えなくてはならないことがあるので、勝手ながらここで打ち切らせてもらう。

 何をするにしても、これを知らなければ落ち着いてことにあたれないだろう。
 君の天命が、実際にはあと何日あるのかについてを教えておかなければならない』

「えっ」

 そんなこと分かるの? 確かにそれは聞いておきたい。ていうか聞いておかないと、これからの動きを決めにくい。これからこの世界で生きていく上で、これはほぼほぼ必須な情報だ。

「…………」

 しかし俺は、その先の文になかなか目を向けられないでいた。
 彼女のこの書き方が気になった。これじゃあまるで……。
 瞑目し、深呼吸を一つ。そうしてようやく、俺はその先へと目を向けた。

『紙面も限られているので、率直に書こうと思う。君の天命は、あと33日で尽きる』

「さっ!?」

 え!? は!?
 唐突に出て来た衝撃的な数字に、俺は目を疑った。
 俺は手紙を手のひらを使ってしっかりと伸ばし、もう一度該当箇所を確認した。

『君の天命は、あと33日で尽きる』

「はあああああああああああああああ!?」

 せっかくの女王様からの手紙がくしゃくしゃになってしまう。わずかに冷静な部分のある頭がそう思ったが、しかし俺はわなわなとそれを握りしめてしまった。

「さ、33日!? 嘘だろ!? たったそれだけ!?」

 1ヶ月ちょっとで何者かになれってか!? そんなん向こうの世界でだって無理だ! 

 現実的な数字を突きつけられたせいか、足元がおぼつかない。余命宣告されたがん患者とかってこんな感じなんだろうか。視界もふわふわし出した。
 「あと何日か」という書き方の時点で警戒はしていたが、まさかこれ程までに短いとは……。

 目にちかちかしたものまで見え始めたが、手紙はまだ終わっていない。震える手をバチンと叩き、続きに目を通す。まだ何か希望があるかもしれない。

『荷物に併せて入れておいたペンがある。それを使えば、君の方でもその日にちを確認できる。
 紙とそのペンを持ち、自分が盟約の担い手としていられるのはあと何日か、と念じるのだ。そうすればペンが勝手に動き、その日にちを教えてくれる。試しに封筒の余白にでもやってみるといい』

「ペン……?」

 そんなものあっただろうかと広げたものを見渡す。それらしいものと言えば、あとはこの金属の羽のネックレスみたいなやつしかないけど……。
 手のひらに乗せ、しげしげとそれを見つめてみる。すると、

「あ」

 よく見ると、羽の軸部分がペン先のように尖っていた。もしかしたらこれのことなんだろうか。
 早速封筒とそれを持ち、念じてみた。

「……おっ」

 するとどうだろう。腕が勝手に動き、封筒に何かを書き始めた。
 先から淡い光を漏らしつつ、ペンが氷上のフィギュア選手のようにすらすらと紙の上を滑っていく。
 またテトリスみたいな文字で書かれていくが、さっきと一緒でちゃんと読める。

 ロボットが書いたかのような事務的な文章ではあったが、そこにはこう書かれていた。

『タツキ・オリベ 盟約の担い手としての残り時間 30日』
 
「へっ?」

 ゴシゴシと目をこすって再度見てみたが、やっぱりそこにある数字は変わらなかった。
 
「おい……」

 さらに減ってるんですけど!

 女王様が言った通り、彼女達と話して知識を得たせいだろうか。 
 しかしそれだけで3日も縮まるのはおかしくないか? それだけ俺がしょぼい扱いということなのかもしれないが、ちょっと判定が厳し過ぎやしないだろうか。

 俺はへなへなと地面に膝を落とし、封筒と羽ペンを投げ出し、そこに両手をついた。

(アカン。これはアカン。マジで無理ゲーにも程がある)

 何と言うことか。大の男がちょっと泣きそうである。

 マジでどうすんだこれ……。俺は最近やってたコンビニバイトですら、客として利用してからの顔なじみで採用してもらった感じなのに……。
 この世界では俺のことを知っている人なんていないし、そんな縁故採用もあり得ない。

 何か突出した知識でもあれば別だが、俺は文系人間だからそういう実際的な専門知識はほとんどない。よって現代知識無双とかはほぼ無理だ。
 て言うかそもそも向こうでも落ちこぼれだったってのに、こっち来てそんな急に成り上がれる訳ないですし! そんなんできるんだったら向こうであんな生活してないよ!

「はぁ……」

 こんなことならもういっそのこと、好きに生きて好きに死ぬ生活の方がいいんじゃないだろうか。幸いお金はあるし、このファンタジー世界を楽しく見て回るくらいのことはできるんじゃないだろうか。女王様も瘴気のこととかは気にしなくていいって言ってくれてるし……。

 と、そんなことが頭をよぎり始めた時、ふとそばにあった手紙に目が行く。
 ぼーっとして思考力が落ちた俺は、それを何となく手に取り、ホコリを払ってまた読み始めた。

『盟約にふさわしい者となるには、あまりに短い。おそらく君はそう思っただろう。私も最初そう思った。しかし君と直に話してみて、その考えは変わった。
 自慢じゃないが、私は人を見る目はあると思っている。少し話しただけだが、君のことはある程度理解したつもりだ。

 君はとても誠実で頭がいい。そして何より、君には夢がある。夢を語る君の瞳には、光が溢れていた。あれは未来を切り開く力のある男の目だ。
 私はあの光を信じようと思う。例えこの身が裂けようとも、例え意識が瘴気の海に沈もうとも、ただひたすらに、頑なに、最期まで君を信じようと思う。

 こんな形になってしまい、君は私のことを信じられないかもしれない。それでも構わない。私はそれだけのことをした。
 しかし、君を信じている人間がいるということだけは、どうか忘れないで欲しい。

 君は決して一人じゃない。私はいつでも君を想っている。
 
 
                                      ソフィー   』

「…………」

 それを読み終えると、俺はそのまま地面にあぐらをかきつつ天を仰いだ。

「誠実で頭がいい、ねえ」
 
 確かに俺はどちらかと言えば誠実な方だと思う。しかしそれは、本当の誠実さとは違う。俺のこれは、お人好しと紙一重のまがい物だ。

 頭も別によくはない。たぶんあの浴場での話に対する理解力が少し高かったことを言っているのだろうが、あれは自分の命がかかっている話だったから集中していただけ。普段はどちらかと言うとアホ寄りだ。

 全くもって買いかぶり。そう思いつつも、しかし俺の心にはどこか温かいものが残っていた。

 何となく読み始めた感じだったのに、最後には彼女の弁舌に引き込まれてしまっていた。
 力強い言葉の羅列は、俺を励ますためだろう。そして締めの何の冠もない愛称の名前は、親しみのある呼び名で終わることによって、俺に少しでも寄り添ってくれようとしたのだろうと思う。

「優しい子、だよな……」

 口だけならなんとでも言える。普通ならそう思うところだろうが、不思議とこの手紙からはそういった悪い印象のようなものは受けない。彼女が本当にそう思っているのだということが、何となく伝わってくる。

 俺は自分に自信もないし、彼女が思っているような人でもない。
 でも、こうして誰かに信じられているということだけでも、自分が少しだけ上等な人間になれたようで、何だか救われたような気分になる。

「…………やるか」

 背中に誰かを感じていられるということが、こんなにも人を安らかにするなんて、知らなかった。

 気づくと俺は、広げたものを片づけてリュックを背負い、目の前の異世界然とした世界を、真っ直ぐに見つめていた。









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