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 扉を開くと、そこは絵に描いたような異世界だった。

「ふおお……」

 さっきまで歩いてきた広場や通りはまだ人間の方が多かったが、この中は本当にカオスだ。

 分厚そうな鎧を着込んだ騎士風の男。スカウト風軽装のエルフっぽい耳長女性。ドワーフのように体格がよくて背の低い男に、犬や猫のようなもふもふとした顔の亜人達……。

 ざっと見ただけでも4、50人はいるが、これで空いてるのだろうか。天井は合掌造りのようになっていて高く、狭苦しくは感じないが、奥にある吹き抜けにも多くの人がいて、大盛況状態のように見える。

 テーブルやイスの置き方の感じからすると一見酒場のようにも見えるが、カウンターで職員のような人と話をしている人間達の顔はそこそこ真剣である。まるで役所と酒場が一緒になったかのような景色で、ちょっと不思議な空間だ。

「ふ、ぬう……」

 本来なら真っ先にそのカウンターに向かうべきところだが、職探しへのプレッシャーからか、またもや足が動かない。おばさんに話しかけるくらいなら何とかなったが、ハロワの職員に話しかけるのはやはり少し心の準備がいる。

(と、とりあえず座るか。あそこならちょうど全体見渡せそうだし。まずは偵察。偵察が大事)

 カウンター周辺のテーブル席はかなりの賑わいだ。しかし吹き抜けの下の一階部分は、ちょっと暗がりのようになっているせいかそこそこ空いている。
 それを見つけると、俺の足は一直線にそこに向かった。さすがデブニート俺氏。嫌なことからの逃げ足だけは一級品である。

「ちょっとここ、失礼しますねえ」

 部屋の最奥にあるテーブルには誰も座っていなかったが、楽器のようなものを持った青年がなぜかその後ろの床に座っていたので、一応声をかけておく。
 青年は少し驚いたような顔をしたが、すぐにどうぞと俺を席へと促してくれた。

 何でそんなところに座ってるんだ? と、ちょっと不思議に思いながらもとりあえずそこに腰を下ろすと、青年が何やら嬉しそうにニコリと笑う。

「それでは聞いてください。英雄王グランの詩」
「へっ?」

 俺が座ったのを確認すると、青年はそう言って突如持っていた小型のハープのような楽器をポロロンと鳴らし始めた。

「時は遡ること500年前。一人の英雄が、世界の危機に立ち上がった……」

 何か始まっちゃった。もしかしてこれって吟遊詩人ってやつかな? わーお。本物初めて見た。
 帽子にマント、流浪の民っぽい格好に楽器。よく見ればほぼほぼ間違いなく吟遊詩人のそれである。

「名声、富、美しき伴侶、全てを自らの力で得た英雄グラン。しかしその最期は、あまりにも無残なものだった……」 

 せっかくだからちょっと聞いててみようかなとおもったが、しかし俺はすぐにその考えを改めた。なぜなら大変遺憾なことに、

「ああ~~あ"あ"あ"~~かな~しきえいゆ~~お"お"お"~~う"……」

 歌声が、ひどい……。
 どうなってんだこれ。いくら何でも下手過ぎるだろ。音程どこ行っちゃったの?
 とは言えそう大きな声で歌っている訳でもないので、そこが救いではある。とりあえず彼のことは置いておいて、周囲の観察に集中することとする。そのうち歌も終わるだろう。

 と、そう思って人間観察を始めようとした時、ふいに向かいの席に人が立った。

「こちら、よろしいですかな?」

 見れば恰幅のいい商人風の男が、人のよさそうな笑顔をこちらに向けていた。
 相席の申し出、ということだろう。特に断る理由もないので承諾すると、彼は口元のヒゲを撫でつつニコリとし、俺の対角線上に腰を下ろした。

 彼はそのまま隣のテーブルの人と話し始めたので、俺も偵察と言う名のサボりを開始する。
 とりあえずはやはりカウンターの様子を見るべきだろう、と俺はそちらの方へと視線を向ける。

(ふうむ、何か書いてるな)

 仕事の請負書みたいなものだろうか。カウンターにいる人間達は職員さんと何度かやり取りした後、何やら書類のようなものを書いてそれを職員さんへと渡している。
 
(まあ特別変わったようなところはないな。俺が行っても問題なさそうに見えるけど……) 

 やぶへびにならないように、とりあえず偽名で登録できるのかどうかだけでもあらかじめ知っておきたいところである。
 なぜなら俺は、あの浴場での会話の折に女王様から本名を名乗ることを禁じられてしまっているのだ。

(こんなことになるんなら、あそこでちゃんと訂正しておけばよかったよなあ……)

 とにもかくにも、謁見の間で大勢の貴族、要人達に偽名の方で認知されてしまったのが痛かった。
 後から訂正するにしても、なぜその場ですぐに訂正しなかったのか、何かやましいことがあるんじゃないか、という勘ぐりを貴族達の間に生んでしまうのだ。
 
 そういう小さな嫌疑でも、おそらく俺はこの世界で動きが取りづらくなってしまう。だからあの時勘違いから生まれた名前、『ドルオタ・デヴ』はこれからも使い続けなくてはならなくなってしまった、という顛末なわけだが……。

 こうして自分で外に出て仕事を取らなければならないとなると、今度はその方針を取り続けたままでいいのか、というのが問題になってくる。

(もしこの国がきっちりと戸籍を管理している場合、そういう届け出を何もしてない人間が偽名で仕事を受けても大丈夫なのか。コレガワカラナイ)

 まあ実際にそれで捕まったりしても、大した罪にはならないかもしれない。しかし少しでも拘束される事態になれば、タイムリミットのある俺にはそれだけで超絶痛手である。やはり不用意な行動は避けるべきだろう。

(うーん。どうしたもんか……)

 と、そうして腕組みしつつ悩んでいると、ふいに視界の端で大きな動きが起こった。

「お! ……っととと!」

 話が弾んで油断したのか、向かいの商人風の男が飲んでいた飲み物を俺に向かって盛大にこぼした。

「うわっ」

 こぼれた飲み物はテーブルを伝い、俺の膝にぽたぽたと滴り落ちる。
 幸いあまり中身が入ってなかったようで、膝先が少し濡れるくらいで済んだ。
 
「ああ! す、すみません!」
「あ、いえいえ。全然大したことないのでお構いなく」

 女王様からもらった一張羅だが、これくらいなら問題なかろう。何せ俺は同じスウェットを一週間着倒すような男だ。精神的汚れ耐性が凡人とは違うのである。

 そんな感じでさっさとやり取りを終えようとした俺だったが、彼の方はそれでは気が済まなかったらしい。
 通りがかったウェイトレスさんみたいな人から布巾を受け取ると、彼はこぼれた飲み物を拭き取りながらなおも謝り続ける。

「いやいやいや、誠に申し訳ない! あ、よかったらこれ使ってください」
「ああ、これはどうも」
 
 彼がカバンから別の布切れを取り出し、こちらに差し出してきたので素直に受け取る。
 
「久しぶりに王都に来れたので、少し興奮し過ぎていたようです。いやはやお恥ずかしい」

 罪悪感からか、彼はそのまま絶え間なく喋り続ける。

「実は大きな儲けになりそうな商談も近づいてまして。先程からワクワクが止まらないんですよ」
「商談、ですか」

 めんどくさいので生返事っぽく返してみたが、彼は察してくれなかった。
 それどころかこちらの相槌に気をよくしたのか、より饒舌になってしまう。

「そうなんです。先程からこの通り、武者震いまで。もううん十年も商いで食べているんですがね。まだまだですねえ私も」

「あはは……」

 いつの間にか頼み直していた飲み物に口をつけつつ、おじさんはそれから話し続けた。

 騙されて損をした話だとか、金に困って希少なドラゴンの鱗を取りに行ったはいいものの死にかけた話だとか。こぼした飲み物を拭き終わっても続く話に少しげんなりしつつも、何とか相づちだけは返す。

 そうして5分程話し続けた頃だろうか。おじさんもそこでようやく自分が喋り過ぎていることに気づいたのか、ふいにこちらに話を振って来た。

「そういえばあなたは今日どうしてこちらに? その大荷物からしますと、冒険者さん? それとも私と同じで行商ですか?」

「ああ、えーっと。まあ、冒険者の方、ですかね」

 一応答えてはみたが、正直なところ今自分の話をするのはなるべく避けたいところだ。
 この人のことだからまた自分の話に戻ってくれるだろうと思ってそう答えたが、そこで彼は意外にも、こちらのことを掘り下げて来た。

「そうでしたか。今日はお仕事を探しに来られたんですか? それでしたらお邪魔してしまいましてすみません」

「ああ、いえいえ。実はギルドに来るのが初めてなもんで、皆がどういうふうに仕事を受けているのかなあと様子見していただけなんで。お気になさらず」

 これくらいなら大丈夫だろうと思ってそう言ってみたが、彼は俺のそれを聞くと、大きく目を見開いた。

「何と、そうでしたか! では今日が冒険者として初めての活動なわけですね!」

「え、ええ。まあそうなりますかね」 

 何でそんなにテンション高いん? 何かまずった? と不安になる俺だったが、その理由は彼の次の言葉で明らかになった。
 彼は一度木製のジョッキをあおると、嬉しそうに言った。
  
「それならどうでしょう。粗相をしてしまったお詫びに、私がこのギルドについて詳しくお教えしましょうか。初めてということであれば、色々分からないことも多いでしょう」

「え、それはありがたいお話ですけど……」

 いいんですか? と聞くと、彼はドンと胸を叩いた。

「お任せください。相手に損をさせたまま去るのは商人の名折れ。必ずやあなたのお役に立ってみせましょう!」

 おおお、何だかすごい頼もしい。見た感じ商人としての歴も長そうだし、こいつは期待できるかもしれん。

「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします」

「ええ。大船に乗ったつもりで、どーんとお任せください!」

 何とまあ、渡りに船とはこのことである。
 かくして、商人先生の異世界講座は始まった。

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