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「と、言ってみたはいいものの、どうしたもんかね……」

 俺は周りを見渡しつつ、ひとりごちた。
 やる気が出たのはいいものの、俺が異世界の中で一人取り残されたという事実に全く変わりはない。ハードモードは継続中である。

(まずは仕事……いや、宿確保が先か?)

 拠点、寝る場所がないのは怖い。しかし仕事がないまま宿に泊まるという状態もなかなかに気持ちが悪い。
 今持っている金でどれだけ生活できるのかも分からないし、まずは情報収集が先だろうか。

(となると、酒場かギルド的なところだな)

 我ながら安直な思考だとは思うが仕方ない。まずはファンタジー世界の王道の概念を頼ってみることにする。何にもアタリをつけないでさまようよりかは全然マシなはずだ。

 完全にそれでなくとも、それっぽいところがあるだけでもいいんだけど……ととりあえず周りに目を配ってみる。

「うーん……」

 しかしどうもこの広場の辺りは市場のようになっているらしく、周囲には食べ物や果物のようなものを売っている露店しか見当たらない。となると、少し奥まったところに行かないとダメかもしれない。

 ただ太陽の広場とはよく言ったもので、俺の周りにはこの広場を中心に何本もの道が放射状に伸びている。考えなしにその全てを行ったり来たりしていると、日が暮れてしまうかもしれない。
 どれか道に入るにしても、誰かに聞き込みくらいはした方がよさそうだが……。

「うう……」

 と、そんなことは探し始めた瞬間に理解していたのだが、とうの足が全く動こうとしない。
 だって、どういう文化があるかも分かってないのに、不用意に話しかけられないスよ。どんな地雷があるか分からんじゃない……。 

 でもそんなことを言っていたら仕事を得るなんて夢のまた夢だ。やらなきゃ死ぬんだからやるしかない。
 俺は決心し、そこらを歩いている通行人に話しかけようと歩み寄った。

「あ、あのぉ……すいません」
「はい?」

 人の良さそうな恰幅のいい中年女性。我ながらいい人選である。
 こちらに顔を向けたおばさんの表情は悪くなかった。少なくとも嫌がったりめんどくさがったりしているような表情ではない。これならいけるか……?
 俺はそうして少し緊張しつつも、何とか口を開いた。 

「僕今日初めてここに来たんですけども、ここら辺に仕事を紹介している場所とかってありますかね?」

 そう聞くと、彼女は少し怪訝そうな顔を俺に向けた。

「あなた、どこかの騎士さんとか?」
「え?」

 騎士? なぜに? この太鼓っぱら野郎のどこをどう見たらそういうふうに見えるん?
 思わぬ返答に疑問が尽きないが、とりあえず俺はおばさんに違いますよと答えた。
 すると彼女は、また少し物珍しそうな顔で俺を見た。

「あらそうなの。騎士さん達って大体髪を黒に染めてるでしょう? だからあたしゃてっきり」
「あ、あ~なるほど。そういうことでしたか。まあそっち系のやつ? みたいな感じではあるかもしれなくはないですね」

 案の定と言うべきか、急に知らない情報が出て来て困惑する。しどろもどろになりながらも返したが、怪し過ぎる。我ながらアドリブがきかない。
 しかし運のいいことに、おばさんはそれをいい感じに誤解してくれた。

「ああ、もしかして冒険者さん? それならそうと早く言ってよもう~」
「あ、そうですそうです! いや~紛らわしくて申し訳ない! アッハッハ!」

 何とか受け答えしつつ、俺は思考を巡らせる。
 黒髪だと騎士ってのは一体どういう理屈だ。自分に関することだし、早めに知っておきたいな。どこでボロを出すか分からんし。

 さり気なく探りを入れてみるか、と俺は再びおばさんに聞いた。

「一応お聞きするんですけど、こっちでも騎士さんとか冒険者は黒髪なんですか? 実は僕少し遠くの方から来たので、この辺りの世情に疎くて」
 
 するとおばさんは、それにあっさりと答えてくれた。

「あらそうなのね。でもその辺りはこっちでも変わらないと思うわよ。冒険者の人はそうでもないけど、騎士さん達は大体黒く染めてるわねえ」
「あ~やっぱりそうなんですねえ」

 なるほど、少し分かった。黒髪の人が軍人や冒険者になることが多いって訳じゃなくて、あくまで染めてるってことなのね。
 まあ天然の黒髪の人がいないってことで女王様が俺を召喚した訳だから、そこは当たり前っちゃ当たり前か。

 でもなぜに染める必要があるんだ。軍人に多いってことは戦いに関係してるってことなのだろうか。どうにかその辺りの話も聞いておきたい。

「ちなみにですけど、その染める理由とかも変わらないんですかね」

 試しにそう聞いてみると、おばさんはまたしても親切に教えてくれた。

「あたしも詳しい訳じゃないから分からないけど、それも変わらないんじゃないかしら。扱えるマナとか魔法って髪色に出ちゃうじゃない? それを隠すために軍人さんは黒く染めてるってことらしいからねえ」
「ああ、じゃあやっぱり変わらないんですね。わざわざ教えていただいてありがとうございます」
「いいのよぉこのくらい」

 おばさんはそう言うと、朗らかに笑った。
 この世界の人達は結構いい人が多いのかもしれない。第一街人にして結構重要な情報を聞くことができた。

 おばさんの話からすると、俺みたいな黒髪のやつは染めてる人がいるせいでそんなに珍しくもないらしい。これは結構いい情報だ。だってこのまま俺が髪色を偽装したりしなくても、特に怪しまれることはないってことだからね。 

 しかしなるほど、扱えるマナは髪色に出ちゃうのか。そりゃあ確かに隠さないとまずいよなあ。戦う相手に自分の属性知られてたら対策取られちゃうかもだし。

(そう言えば城の謁見の間で少し見えた騎士っぽい人達は皆フルヘルムだったな。あれももしかしたら髪色を見せないようにするためのやつなのかもな)

 ファンタジー世界ならではの事情というやつだろう。いきなり外に放逐されてマジで不安だったけど、こういうことがだんだんと分かっていくのは、RPG感があってちょっと面白い。

 ともあれ、そう楽しんでばかりもいられない。無職のままでは天命が尽きる前に野垂れ死ぬ可能性だってある訳で。
 まずはお仕事……とちょっと前の俺ならあり得ない考えを抱きつつ、俺はおばさんにまた聞いた。

「それで、僕みたいな人間に合った仕事斡旋所みたいなのってありますかねえ」
「それならこの道の先にある冒険者ギルドに行くのがいいんじゃないかしら。ちょうどこの時間ならそんなに混んでないでしょうし」

 冒険者ギルド! やっぱりあるのか!

「この道ですか? どれぐらいで着きますかね」
「そんなに遠くないわよ。ちょうど市場が途切れたくらいのところにあったかしらね」
「おおそうですか! 早速行ってみます!」

 ありがとうございました! と少し大げさに腰を折ると、おばさんはいいのよーと笑いながら俺を送り出してくれた。
 第一街人があのおばさんで本当によかった。これでもし邪険に扱われてたら、せっかくちょっと回復した心がぽっきりと折れてたかもしれん。

 早速俺は歩き出し、おばさんの言った道へと向かい始めた。
 マジでどうなることかと思ったが、意外とことはスムーズに運んでいる。着実に一歩づつ進めば、もしかしたらこのハードモードもどうにか打開できるかもしれない。

「よーしよし! 幸先いいぞ~!」

 鬱屈とした気持ちがなりを潜めたせいか、俺の足は軽やかに前へと進んでいく。
 市場は活気にあふれていた。この辺りはどうも食べ物を売っている屋台が多いらしく、そこかしこからいい匂いが漂って来る。

 肉のような香ばしい匂いもあれば、何かの果物が放つ甘い匂いも合間に香って来る。日本の祭りの中を歩いているみたいで、少し懐かしい気分になった。

(うーん。ちょっと何か買ってみようかなあ……)

 と、そこでデブ特有の買い食い癖が顔を出しそうになったが、俺はふるふると頭を振り、その雑念を追い払った。

 金はある。しかしまだその価値が全く分かっていない。そんな状態でいきなり店に行けば、アホな俺はほぼ間違いなくボラれる自信がある。金を得られる手段がない今、そうした無駄が発生するようなことは避けるべきだ。

(ぐう……ここは我慢だ。我慢だぞタツキぃ!)

 そんなデブに堪える食い物ロードは、しかし幸いなことに俺が耐えきれなくなる前に何とか終わりを告げた。十分程歩くと、おばさんが言った通りに連なっていた屋台が途切れ、視界が一気に開ける。

 実は結構な大通りだったらしい。これは探すのに骨が折れるか……? と少し思ったが、そこで周りを見渡してみると、それは案外割と簡単に見つかった。

 周りに石やレンガ造りの家が多い中、その建物だけが周りから浮いていた。
 木造ながら、しっかりと漆喰のようなものも塗られた大建築だった。周囲に比べると明らかに建物の規模が違う。日本の一般的な4LDK住宅の4倍から5倍はゆうにある。

 上を見れば、他の建物にはない何かマークの付いた看板もぶら下がっていた。おそらくここで間違いない。
 その扉の前に立つと、自然と体が震えてしまった。

「まさかこの俺が、こいつの前に立つ日が来るとはな……」 

 親から言われてもなんだかんだとお茶を濁し、行くことを避けていた。行ったら負けとさえ思っていた、忌避すべき場所。
 そんな場所に、世界が変わっても来る羽目になってしまった。これはもう本当に年貢の納め時というやつなのだろう。運命と思って諦めるほかない。

「ごくり……」

 覚悟を決め、俺は扉のドアノブを握る。
 そうして俺は内心ドキドキしながらハローワーク、もとい、冒険者ギルドの中へと足を踏み入れた。









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