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「ふむ。まさかこれ程とは……」

 目頭を抑えつつ、苦々しげに彼女王様が漏らした。

「まさかこれ程までに才能がないとは……」

 その圧倒的低評価に膝が折れそうになる。俺は半ば泣きそうになりながらも、またそれを口にした。

「わ、我が深淵の底にて燃ゆる真なる意志よ、我がマナをもって……その片鱗を顕現? せよ! イグ・ラーカ!」

 手のひらを前に突き出し、大声で叫ぶ。
 しかし先程と同じように、やっぱり何も起こらない。うんともすんとも言わない。
 
「うーん。間違いなくマナはあるんだけどなあ。詠唱がたどたどしいっていうのはあるけど、それにしても何も起こらな過ぎだねえ。何でだろう」

 がっくりとうなだれる俺にそう言って声を掛けたのは、彼女の隣にいるメイドさんだ。
 何だかやたらとフランクな感じの子だが、ショートボブの金髪、可愛らしい顔立ちの顔に、白を基調としたメイド服がよく似合っている。
 胸は正直控えめのサイズ(というかほぼゼロ)だが、ちょっと短めのスカートから伸びる細くて白いおみ足は目に眩しい。スタイル良好、器量もよし。女王様と比較しても遜色のない、特A級の逸材と言っていい存在だ。

 しかしそんな可愛い子に、なぜか俺はさっきからずっとダメ出しを受けていた。

「魔法は想像力が大事だっていうのはさっき言った通りだけど、どうかな。きちんとイメージしながら詠唱しないとダメだよ。もう一回やって見せてもらう?」
「やー、それはもうだいじょぶです。何とかやってみます」

 もしかしたら恥ずかしがっているのがダメなのかもしれない。それならはるか昔、厨二真っ盛りだったころの俺を思い出せばなんとか……!

「我が深淵の底にて燃ゆる真なる意志よ、我がマナをもってその片鱗を顕現せよ! イグ・ラーカ!」

 き、決まった! 実に10年ぶりの完璧な魔法詠唱!
 家族にバレないようにミニコンポで音楽を流しながら練習していたあの時間が、まさかここに来て生きてこようとは!

「…………あれ?」

 しかし突き出された俺の右手からは、やはり何も出ることはなかった。
 うなだれを通り越し、ついに俺はそこにどしゃりと膝をついた。

(な、なぜ……)

 あの女王様と契約の握手をしてから、そろそろ一時間程になろうか。仕事をするにあたり、実際に俺の力はどんなもんなのかとこうして城の外の広場にて魔法の試し打ちを始めたのはいいものの、このザマである。

 何ということか。どうも俺には魔法の才能がないらしい。つまり俺はこの一時間、ただずっと張り手の練習をしていただけということになる。こんなん魔法どころかどう見てもデブ御用達の物理攻撃です。本当にありがとうございました(泣)。

 しかし俺が魔法を使うためのエネルギーであるマナをかなりの量持っているのは確からしく、女王様とメイドさんはずっと首を左右に傾げ続けている。

「その黒髪とマナ量は、まさに伝承にある黒の賢者と特徴が一致しておるのじゃがな……」

 そう言う女王様は謁見の間の時とは違い、少しカジュアルな白ドレスに着替えていた。威厳ばかりが前に出ていたあの時とは違い、少し普通の少女っぽく柔らかい印象になったものの、その言葉にはやはりいくらかの重みがある。
 だからかは分からないが、俺は再び彼女の口から出てきたその単語に眉をひそめて見せるしかなかった。

 この世界では黒髪の人間というのは貴重らしく、その特異な能力からその人間を『黒の賢者』と呼び、重用してきた歴史があるらしい。

 少し話を聞いたところによると、彼女は今回の国の危機を受け、その黒の賢者を国中探しまわったようだ。しかし結局該当する人物は見つからなったらしく、それならばと手を出したのが、あの召喚魔法だったらしい。

「やっぱり俺、そんな大それたものじゃないんじゃ……」

 つい弱音をこぼすと、女王様が困り顔ながらも慰めるように俺に言う。

「黒の賢者に関してはかなり不確定な部分も多いからの。なに、実際に七色のマナはもっておるのだ。それだけでもすごいことじゃとわらわは思うがな」
「うーん……。実感は皆無なんですが、そういうものですかね……」

 この世界には火、水、土、風等のファンタジーにお約束のマナと魔法があるらしいが、普通の人間はその内の一つか二つしか扱えないところを、黒の賢者はその全てを高いレベルで扱うことができるというチートな存在であるらしい。

 今回女王様はその黒の賢者が召喚されるように魔法を行使したらしいが、喚ばれた俺が実際にはこんな感じなので、女王様もメイドさんもちょっと困惑しているようだ。

 俺はそのマナを持っていても、肝心の魔法が使えない点でその黒の賢者に大きく劣っているのだ。これでは宝の持ち腐れ、召喚ガチャに失敗したと言われても仕方がない。

「ふむ。まだ伝えきれていないものも多いが、残念ながら時間じゃの」

 マジでこんなんでやっていけるのかと不安に思っていた時、彼女がふと俺の後ろの方に目を向ける。なんだろうと思いながらそれを追うように振り返ると、

「うおわぁ!?」

 ついさっきまでは何もなかったはずなのに、いつの間にやらすぐそばに馬車のようなものがあり、俺は裏返り気味の素っ頓狂な声を上げてしまった。
 普通の馬車ならもちろんこんなに驚いたりはしない。俺が驚いたのは、その馬がいるはずの部分に全く別のものがいたからだ。

「オオサンショウウオ……?」

 自然と口に出たそれが一番近いものの気がしたが、それにしてはあまりにもでかい。そもそも2本の足で立ち上がっている時点で全く別の生物であることは明白だ。

 俺が少し見上げるくらいだから、2メートルはゆうにあるだろうか。エメラルド色のぬめぬめとした体はちょっと気持ち悪いが、とぼけた感じの顔はちょっと可愛らしいと言えなくもない。何とも判断に困らされる姿だ。
 訝しげに眺めていると、その大きな瞳と目が合った。

「キュキュキュキュ!」

 俺に文句でもあるのか、そいつは空に向かって甲高い声を上げた。そのまま鼻からふんすと大きく息を吐くと、こちらにその巨大な体躯を見せつけるように仁王立ち。

 ……おい。まさかとは思うが、これ同類だと思われてないか。動物がよくやるマウンティング的なやつだろこれ。確かに魔法の練習でいつの間にやらまた汗まみれだけど、俺はそこまで両生類じみたぬめぬめ肌ではない。断じてない。

 そうだよね? と思わず女王様とメイドさんの方へ顔を向けてしまう。するとメイドさんがそれを解説希望と勘違いしたのか、俺に教えてくれた。 

「驚いた? この子はマンダっていう水竜の一種だよ。頭がよくて人の言葉も分かるから、王都では竜車って言って、こういう車を引いて人とか物を運ぶ仕事を担っているんだ」
「ほ、ほほー……」

 竜! コレが!? 俺のイメージしてたのと違う!
 つい反射的にそんなことを思ってしまったが、そんなささいなディスりでも相手に伝わるような気がして、俺はその感想を心の中にそっとしまい込んだ。

「俺の世界にも似たようなのはいましたが、サイズ感が全然違ってたんでちょっとびっくりしました」
「へ〜君の世界にもいたんだ。可愛いよねえマンダ。小さい頃はよく水のかけっことかして遊んだなあ〜」
「ほ、ほほお。水のかけ合いですか。そいつはぜひともご一緒したかったですねえ」

 何せ子供の頃は特有の無防備さで服とか透けちゃっても気にしなかったりするからね。 特にこのメイドさんは天真爛漫系キャラだし、ちょっとエッチなイベントがたくさんありそう!

 と、ロリ時代の彼女に思いを馳せてデュフっていると、ふと視界の端で大きな物体が動いた。
 見ると、何やら件のマンダ氏が大きくのけぞりながら腹を膨らませている。

(これは……)

 何か嫌な予感がする。引き気味に様子をうかがっていると、マンダ氏がこちらに体を向けた。

「一体何を……ってぶええええあああああああああ!?」
「ああほら、ちゃんと僕らの言ってること分かってるでしょ?」
 
 何をするのかと思ったら、あろうことかマンダは口の中から大量の水を俺に吐き出してきた。
 結構な力のある水流をもろに顔に受けた俺は、そのまま数メートル後方に吹き飛ばされる。
 めちゃくちゃやこいつ。俺が何をしたって言うんや……。

 しばらく放心状態のまま大の字で空を仰いでいたら、メイドさんが手を差し伸べてくれた。

「大丈夫?」
「な、何とか」
「マンダは遊び好きだからね。少しでも遊びの気配がしたら、こうやって誘ってくるから気をつけてね」
「なるほど……気をつけます」

 マンダのそばでは口を滑らせないように、か。やはり異世界生活はいろいろ覚えることがありそうだ。
 今回は何とか大丈夫だったが、もう少し慎重に立ち回った方がいいかもしれない。知らずに即死案件に当たったら終わりだしな……。

 と、そうして自分を改めて戒めつつスウェットを絞っていると、どこかから低い声が聞こえて来た。

「おいおいそんなんで大丈夫なのかぁ? 先が思いやられるぜおいぃ……」

 また何か来たのかと周りをうかがうと、ちょうど客車の後ろから大きな影がぬっと現れた。
 大きい。マンダ程ではないが、それでも2メートル弱はありそうだ。

「ご苦労じゃったなベアード。ぬかりはないか」
「おう。言われた通り客車のグレードは普通のにしといたし、荷物もちゃんと積んであるぜ」

 女王様にそう答えながら、その人物は被っていた外套のフードに手を掛ける。
 そうしてするりと、こともなげにさらけ出された顔に、俺は驚愕した。

(ふぁっ!?)

 声なき声が漏れそうになり、俺は慌てて両手で口を塞いだ。
 フードの中から出てきたのは、人間の顔ではなかった。
 
 黒い鼻に、ω型の口。向こうの世界で言うと、一番近いのは熊だろうか。その顔には肌らしいところが見当たらず、それと見られる場所は一面茶色い毛で覆われていた。
 タレ気味の糸目は一見人が良さそうにも見えたが、ゆったりとした外套の外からでも分かるその筋肉がやばくて、とてもじゃないが気安く近寄る気にはなれない。

(亜人、もしくは獣人……ってやつか。いよいよファンタジーじみてきたな……)

 正直お近づきになりたくないのだが、そうしてびびっている俺を見かねてか、女王様御自らに紹介されてしまった。

「普段王都にはいないのであまり会わんかもしれんが、一応紹介しておこう。こやつはベアード・ベアーズ。少し融通のきかないところはあるが、わらわが最も信頼するこの国最強の矛じゃ」

 それを受け、彼がのそりとその重戦車のような体を動かしてこちらに体を向ける。
 ω型の口元は表情が読みにくいが、俺を見てほのかに笑った気がした。

「──え?」

 が、その瞬間彼の姿がこつ然と消える。
 刹那、視界が何かでかい塊に遮られたと思ったら、凄まじい爆風が俺を襲った。

「ぶろろろろろろろ!」

 風圧で顔の肉がたるみ、ぼけっと口を開いていたところにその爆風が入り込んで、口の中をしこたま蹂躙される。
 何が起こったのかすぐには分からなかったが、次に聞こえてきた声で俺はようやく理解した。

「ほおぉ、これを避けねえってのはちょっと興味深いな。殺気がないと見て棒立ちなのか、当たっても問題ないと見て棒立ちなのか。それとも単に反応できなかっただけなのか……。こんだけ無防備晒されると、逆にどれだか分かんねえな」

 塊の正体は、男の拳だった。岩壁から荒く削り出されたかのように節くれ立った巨大な拳が、俺の鼻先一寸手前で止まっていた。
 理解した今でも信じられないが、彼の姿勢とこの拳を見るに、どうやら俺は彼から文字通りの『寸止めパンチ』を受けたらしい。

 ただのパンチでこれとか、女王様が信頼するだけのことはある。こんなんまともに食らったら即死です。本当にありがとうございました!
 いささか飼い犬のしつけがなってないのでは、と女王様に視線を送ろうとしたが、突然眼の前の彼に右手を強引に取られてしまう。

「ベアードだ。よろしくな、黒の賢者」

 正直怖いのでこれ以上関わりたくなかったが、握手を求めてきた人間を邪険にはできない。
 とりあえず失礼にならない程度に俺はその手を握り返し、にこやかに応じた。

「ああ、はい。ドルオタです。よろしくおねがいしますぅううい!?」

 しかしそうして無難にやり過ごそうとしてる俺に対し、彼はぶんぶんと肩が外れそうになるくらいの強さで腕を振る。
 びびって変な声を上げてしまう俺を見て彼はカラカラと笑い、外套をバサリとなびかせながらさっそうと踵を返した。

「わりぃが名前を覚えるのは苦手なんだ。もし俺が無視できなくなるくらい強くなれたら、そん時また教えてくれ」

 そんじゃ、と軽い調子で右手を上げ、のっしのっしと客車の方へと戻っていく。
 っく! もう少しで肩が外れるところだった。これだから脳筋キャラは……!

 こういう武闘派が一人周りにいるとかなり異世界生活の安全性が増しそうなのだが、同時に危険も持ってくる可能性があるので扱いが難しいところだ。
 幸い今のところ俺に興味はないみたいだし、しばらくはノータッチで置いておくのがいいだろう。触らぬ武闘派に祟りなしってやつだ。

「では行くとするか。ベアードは御者を、マールもこのまま引き続き同行せよ」 

 女王様のそれに対し、それぞれがはい、おうと応じる。
 女王様が客車に乗り込んだ後、俺もマールと呼ばれたメイドさんに促されて客車に乗り込む。

 全体が木製の、いたって普通の客車だ。ガラス製と思われる窓とカーテン、4人がけくらいの幅の椅子部分には簡単な布が敷かれ、一応客車としての対面は保たれているといった程度のものだった。
 女王様が乗っているのを隠すためのカモフラージュなのかもしれないが、それでも王族が乗るには正直少ししょぼい。

 広さも普通の体型の人を元に設計されているらしく、俺が入るとかなり狭い。必然、俺が一人で座席を独占し、女王様とメイドさんがその対面に座るという形になってしまう。

 美女二人と足が触れ合うようなその狭さの中、俺はいたたまれなくなって無理やりメイドさんに話を振った。

「そう言えばメイドさんマールって言うんですね。謁見の間にいた人もマールって呼ばれてましたけど、結構よくある名前なんですかね」

 そう聞くと、二人は顔を見合わせた。
 何か変なこと聞いたかな? と思ったその直後、二人が同時に笑い出した。

「な、何で笑うんですか?」
「ふふっ。いやだって……」
「のぉ?」

 と、再び俺を置いてけぼりで笑い合う彼女達。
 何なのこの子達。てか女王様とメイドさんなはずなのに何かお互いに気安すぎひん? どういう関係なの君達……。

「まあこれはわらわの傑作であるからして、気づかぬのも無理はないか」
「女王様、ずいぶん化粧上手くなりましたもんねえ……」

 そうして嬉しそうに胸を張る女王様と、少し複雑そうに苦笑するメイドさんを見ても、やはり俺には何を言っているのか分からなかった。
 ただおろおろとしながら二人を見比べていると、女王様が嬉しそうに言う。

「こやつがそのマールじゃぞ、ドルオタ」
「えっ?」

 俺はメイドさんの方に再び目を向けた。

「そしておそらく気づいていないだろうから教えておくが、マールは男じゃぞ」
「…………え?」 

 嘘だろ? この特A級メイドさんが? マジかよ。完全に女の子にしか見えん。男の娘ってリアルに存在したのか……。
 若干興奮気味に身を乗り出しつつ見ると、彼は少し恥ずかしそうに身を捩った。
 確かによく見ると、あの謁見の間にいた子と瓜二つだった。

 元々素材が良過ぎるところに、彼のその中性的な魅力を高める完璧なまでのナチュラルメイクが施されていた。濃厚なドルオタである俺をもってしても、その完成度に口を挟む余地が一切ない。
 いやマジ、何そのピンクのきらきらした唇。断然正解過ぎてひれ伏してからの土下寝求愛ですわこんなん……。

「ふふん。すごいじゃろう。マールは宮廷魔術師としても、わらわの臨時専属メイドとしても至極優秀じゃからの」
「いやほんとすごいですよ! まさかこんな作品がこの世に存在するとは!」

 これ向こうの世界だったらアイドルになれば世界取れる器やで。今すぐ連れ帰ってプロデュースしたいレベル……。

 感動のあまりがっしと女王様の両手を掴んでしまうと、女王様が目を丸くする。
 数瞬そうして呆気に取られていたと思ったら、女王様はハッとしたように俺の手をぎゅっと握り返し、心底嬉しそうに顔をほころばせた。

「おお……おお! 分かってくれるかこの素晴らしさを!」
「もちろんですよ! この衣装! メイク! 仕草! そしてメイドさんなのにあえて言葉遣いをラフなままにしているのもポイントが高い!」
「おおおお! そこまで分かっているとは!」

 さすがは黒の賢者! と俺を褒め称える女王様に対して、マール君の方は半ば呆れたように俺達を見ながら嘆息一つ。

「何か、すごいコンビが誕生しちゃった気がする……」

 まさか女王様がこっち方面の造詣に深いとは。もしかしたら俺とすごい気が合うんじゃないの。今度ゆっくり話してみたいな。
 と、そんなふうに少し中の雰囲気を和やかにできたところで、ちょうど竜車がゆっくりと動き出す。
 
「そう言えば次はどこに行くんです?」

 聞くと、女王様がふむと思案げに顎に手を当てた。
 街でも紹介してくれるのだろうか。確かにこれからここで生活するとなったら、街の雰囲気くらいはどんな感じなのかは知っておきたいところだ。

 そう思ったが、しかし彼女はううむとしばらく唸った後、なぜか意味深な溜めを作りつつ、こう答えた。
 
「まあ、そなたの仕事場……と言ったところかの」






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