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「それではまず何からお話しましょうか」

「ええっと……。まずはすごい基本的なことで申し訳ないんですけど、このギルドでの仕事の受け方についてお願いします」

 そう言うと、おじさんは承知いたしましたと人懐っこい顔で笑った。

「と言いましても、そんなに難しいことはありませんよ。名前を登録してギルド員になってしまえば、後は仕事を受けるだけですから」

 来た。ここだ。

「その名前を登録する時には、何か本人確認などはあるんですか?」

 そう聞いてみると、彼は首を横に振った。

「そういったことはないですよ。やろうと思えば偽名などでの登録も全然可能です」

「え、そうなんです?」
 
「まあもちろん、あまりやる人はいませんよ。名義変更には莫大なお金がかかりますし、何か特別な理由でもなければ偽名で登録するのは避けた方がいいと思いますが……何かその辺り、困る理由がおありなんですか?」

「あ、いえ。別にそういったことは……」

 いかん、ちょっと聞き方がまずかったか。
 ここで下手をすると不審人物扱いされて通報されてしまうかもしれない。何かうまい言い訳が欲しいところだが……。
 と、もごもごと口ごもっていると、

「もしかして、どこかの貴族のご出身とか、そういうことでしょうか」
「え?」

 下手に答えられないので眉を上げることで応答すると、おじさんは続けてくれた。

「いえね、貴族のご子息達が腕試しに冒険者として一時的に活動する、というお話はよく聞くものですから。あなたは身なりもいいですし、何より黒髪なのでそう思ったわけですが、違いましたか?」
「あー……」

 さっきの道案内をしてくれたおばさんと同じように、またしても勝手に向こうが勘違いしてくれる流れである。
 その期待通り、おじさんは俺のそれを肯定と取ったのか、一人でウンウンと頷きどんどん話を進めていく。
 
「まあ私達のような平民とは違って貴族の方はいろいろありますからなあ。これ以上多くは聞きますまい。私も商人として、大口のお客様になり得る貴族の方ににらまれたくはありませんから」

 さも事情通の商人にようにふるまっているが、残念ながら大ハズレ。正体はただのデブニートである。おじさんの商人としての資質が危ぶまれる……。
 しかし俺は現状、彼にすがっていくしかない。何とかあははと乾いた笑いを返しつつ、俺は言った。

「ま、まあ、そういう感じです。他には何か注意するようなことはありますか?」

 これ以上追求を受けるとボロが出そうなので、早々に質問でかぶせていく。
 するとおじさんはそれに少し考え込むような仕草を見せたが、その後すぐに何かを思いついたようにポンと手を叩いた。

「ああ! そう言えば重要なことを忘れていました!」

 自分のカバンの中から何かを取り出し、おじさんはそれをテーブルの上に乗せた。

「これは?」
「これは魔鋼紙と言う紙の束です。よく高級な本などに使われておりますが、ご実家などで見たことはありませんか?」

 言われてしげしげとそれを見つめてみるが、別段普通の紙と違わないように思える。少し分厚いかな、くらいの感想しかない。

「いや、ちょっと分かんないですね。紙は紙としてしか認識してなかったんで、種類とかはあんまり」
「ああ、まあそうでしょうね。しかし冒険者の方からしますと、これはとても重要なものなんですよ」

 そう言うとおじさんは懐から羽ペンのようなものを取り出し、その紙にさらさらと何かを書きつける。

「あっ」

 ペン先から光が漏れ出し、その光が文字となる。さっき俺がやったのと同じものだろうか。

「冒険者の人達はこの魔鋼紙を使って仕事を受けるんです。こうしてムクロ鳥の羽ペンで魔鋼紙に署名して、その上から別の魔鋼紙をかぶせると……」

「おお!」

「これこの通り。魔鋼紙は、書かれたマナ文字をそのままの形で別の魔鋼紙に複写することができるんです。ギルドは魔鋼紙のこの性質を利用して冒険者への報酬などを管理しています。つまり、これがないと始まらないわけですな」
 
 なるほど。これでコピーを取って誰にどういう仕事を斡旋したか記録しておく、って感じか。
 羽ペンによるマナ文字と、魔鋼紙。ちょっと面白い。この世界では活版印刷とかじゃなくて、これで本を作っているということなんだろうか。

 ほええ、と異世界の文明に感心していると、おじさんが何やら意味深に笑う。

「冒険者ギルドが初めてということは、おそらくこちらも持っていませんよね。 粗相をしたお詫びにこちらお安くしますが、いかがですか?」

 む、なるほど。そう来たか。
 流れるような商談の入り方に、心中で唸ってしまった。必要なものなら正直助かるし、ここで手に入れておくのもやぶさかではないが……。

 一つ、問題がある。
 俺はリュックからお金らしきものの入った巾着袋を取り出し、おじさんに言った。

「それは願ってもないお話ですけど、実はその……お恥ずかしい話なんですが、僕お金を自分でまともに使ったことがないんです。一応お金は持ってるんですけど、その価値がどれくらいなのか分からなくて……」 

 さすがに怪しまれるかと思ってビクビクしながらそう言ってみたが、おじさんは特に怪訝な顔も見せず、ただ朗らかに笑った。

「ああ、そうでしたか。まあ貴族の方は基本使用人に雑用をやらせるものですし、こまごまとした金勘定をやることはないのでしょうな。ではまずはそこから説明いたしましょう」

 そちらのお金、ここに出していただいても? そう言われ、言われるがままに俺はその巾着袋の中身をテーブルの上に広げた。
 そうして広げられたものを見て、おじさんは少し驚いたように目を見開いた。

「青銀貨が2枚に金貨が1枚。その他は3枚づつ、ですか。ふむう、結構な大金ですな」

 おじさんは口元のヒゲを撫でつつ、呟くようにそう言ってから続けた。

「王都で流通している通貨は、この5種類の硬貨で全てです。価値が一番高いのはこの淡く光を放っている青銀貨で、あとはこの金貨、銀貨、銅貨、それに黒鉄銭という順番で価値が下がっていきます。同じ硬貨が10枚あると、その一つ上の硬貨と同価値になります」

「ふむふむ。例えば黒鉄銭が10枚あると、銅貨一枚と同じ価値になる訳ですね」

「その通りです」

 なるほどなるほど。金貨よりこの青銀貨ってやつの方が価値が高いのはちょっと意外だったけど、それ以外は日本の金事情に近いな。覚えやすくて助かる。

「ちなみにこの青銀貨が一枚あると、どれぐらいのことができるんですか? 僕はこれからしばらくどこかで宿を取ることになると思うんですけど、このお金でどれぐらい宿に泊まれるかを知っておきたいんですけど」

 そう聞くと、おじさんは教えてくれた。

「青銀貨一枚であれば、そうですな……。中等以下の宿なら、4周期程ですか。大体30日、といったところですな」
「おお! 結構いけるんですね」

 となると、俺は青銀貨を2枚持っているから2ヶ月は宿に泊まれるということになる。俺の天命1ヶ月で尽きるのに、女王様結構くれたわね。ありがたし。

 そうして俺の頬が緩んだのを見てか、おじさんはここぞとばかりにそこでセールストークをぶち込んできた。

「これだけあれば当面の衣食住には困らないでしょう。しかしギルドで仕事を受けるには、どうしてもこの魔鋼紙が必要になります。おそらくこれから何度も仕事をうけるでしょうし、どうでしょう。こちらの50枚の束、通常金貨2枚のところを、金貨1枚でご奉仕させていただきますが、いかがですか?」

「ふむ、金貨1枚……」

 言われて俺は、広げられている自分の全財産を改めて見つめた。
 
 青銀貨が二枚。
 金貨が一枚。
 それから銀貨と銅貨と黒鉄銭が3枚づつ。
 これが俺の今の全財産だ。

 青銀貨1枚で1ヶ月宿に泊まれるなら、食費などの雑費を入れても、おそらく青銀貨2枚あれば余裕で1ヶ月過ごせるだろう。

 そう考えると、ここで金貨1枚を使ったとしてもさして問題ないように思える。多少足りなくなったとしても、仕事でのプラスもある訳だから、素寒貧になることはほぼほぼないはずだ。

(……よし)

 俺は決心し、おじさんに言った。

「分かりました。金貨一枚で魔鋼紙50枚。買わせてください」
「ありがとうございます!」

 俺が金貨を渡すと、おじさんはホクホクとした顔で俺に魔鋼紙を手渡してくれた。

「これで何とか粗相の分はお返しできたでしょうかね」

「ええ。いろいろ教えていただいてありがとうございました。これで何とかやっていけそうです」

 そう言って軽く頭を下げると、おじさんはいやいやと手を振る。

「礼には及びません。私は商人として、きっちりと相手に利益をお返しすることを信条としているだけですから」

 そう言うと、おじさんはカバンを肩に掛けて立ち上がった。

「では私はこの辺りで。冒険者はかなり危ない仕事もあると思いますので、お気をつけて」
「ええ、そちらもでかい商談があるんですよね? 頑張ってください」

 おじさんが手を差し出して来たので、俺はそれをしっかりと握り返した。
 そうしてニコリと俺に笑いかけたのを最後に、おじさんはゆっくりとした足取りでギルドから去っていった。

(頑張るんやでおっちゃん……俺も頑張るぜ……!)

 その大きな背中をたっぷりと見送った後、俺は両手で軽く頬をパチンと叩き、気合を入れた。
 いつまでもうじうじはしていられない。いい加減踏み出さなければ、俺は一生ニートのままだ。

「よし!」

 俺は立ち上がり、早速受付のお姉さんがいる窓口へと向かった。

「すみません、登録お願いします!」

 勢い込んでやって来た俺に目を見開く受付のお姉さん。しかしやはりプロなのか、彼女はすぐに気を取り直して言った。

「新規登録ですね、かしこまりました。魔鋼紙はお持ちですか?」
「あ、はい。ここに」

 登録にも魔鋼紙がいるのかな、そう思いつつ、俺は言われるがままバサリとカウンターの上に買ったばかりの魔鋼紙の束を置いた。

「わっ」

 すると、つい今しがた冷静に俺の勢いをいなしたはずのお姉さんが、今度はそれを見て目を思いっきりまん丸にした。

「すごい数の魔鋼紙ですね。元商人さんか何かなんですか?」
「? 違いますけど……何でですか?」

 聞き返すと、お姉さんは「あれ?」と眉を上げる。

「これだけの魔鋼紙を持ち歩いている人はあまり見ないものですから。すごいですね。これは何に使われるんですか?」
「え? ギルドで使うって教わったので、こちらで全部使う予定ですけど」

 そう言うと、お姉さんがあからさまに怪訝な顔になる。
 
「ギルドで、ですか? こちらでは登録時に魔鋼紙に署名をいただいて、それを別の魔鋼紙に複写して控えさせていただくんですが、その際にご用意していただいた魔鋼紙はそのまま仕事の受注時にもお使いいただけますよ?」
「え?」

 俺のない頭では処理しきれない情報が一気に入ってきて、思わずまた聞き返してしまう。
 するとお姉さんは、少し困ったように眉尻を下げつつ言った。

「もしかして魔鋼紙の利用は初めてですか? つまり、こういうことです」

 お姉さんはそう言うと、羽ペンと魔鋼紙を取り出し、そこに羽ペンを走らせた。
 さっきと同じように、光る文字が次第に紙へと定着していく。

 一体何を見せるつもりなのかと思いつつも黙ってそれを見ていると、お姉さんはその書いた文字の上を、手のひらを擦りつけるようにして強く撫でた。
 すると……、

「あっ!」

 そこには書かれていたはずの文字が消え去り、綺麗さっぱり無地となった魔鋼紙が!

「自分で魔鋼紙に書いたマナ文字なら、こうして自分で消すことができるんです。つまり使い回しができるので、こちらでは魔鋼紙は1枚あれば十分なんですよ」
「ええっ!?」

 何……だと……?
 おいおい商人のおっさん、話が違うじゃねえか。何で俺に50枚も売りつけたんだよ。いらねえじゃんよこれ……。

 もしかして:騙された。
 最初に会ったおばさんがいい人だったので油断していた。まんまとしてやられてしまった。
 でもまあ破産する程ぼったくられた訳ではないし、勉強代だと思えば別にいいか。こっちにはまだ青銀貨が2枚アルヨー。コレユーリデース(古)。

 と、多少落胆しつつもまだまだ余裕綽々の俺だったが、しかしそこにお姉さんが衝撃の事実を叩き込んできた。

「あの……もしかしてですが、こちらの魔鋼紙、このギルド内で買われましたか?」
「え? ええ。さっきまであの辺りに座っていたんですけど、相席になったのが商人をやっている人で、その人から買いました」
「それ、おいくらでした?」
「金貨1枚ですけど……」

 答えると、お姉さんがああ、と首を振りながら力なく頭を垂れた。

「魔鋼紙はそんなに高くありません。これくらいの束でも、大体青銀貨1枚もあれば十分に買えます」
「えっ、青銀貨1枚?? それって高くないです?」

 ん? このお姉さんは何を言っているんだ? 金貨より青銀貨の方が高いんでしょ? ってことは俺、安く買えてるじゃん。
 しかし俺のその言葉を受けてのお姉さんの表情は、「あ、間違ってました、てへっ」みたいな顔じゃなく、ただただ呆気にとられた顔だった。

 それを見て俺はある可能性に思い至り、頭から血の気がさーっと引いていった。

「ま、まさか……普通に金貨の方が価値が上、なの?」

 お姉さんは呆れたように目を瞑り、深く嘆息した。

「当たり前じゃないですか。あなた、一体どこから出てきた方なんです」

「う、うわああああああああああ!!」

 あのくそオヤジ! 温和そうな顔してやることエグすぎだろ!
 俺は猛然と入り口にダッシュし、半ば体当たりする勢いでドアを乱暴に開け、外に転がり出た。

「はあ……はあ……」

 すぐに周囲を見渡してみたが、やはりもうすでにくそオヤジの姿はない。
 やたらと落ち着いて出て行ったが、ギルドから出た途端に走り去ったのだろうか。それともどこか横道に逃れたか……。

「くっそどこだ! ついさっきだしまだ遠くへは…………ってぐお!?」

 な、何だ? 急に体が……!?
 ちょうど走り出そうとしたその時、突如体ががっちりと固まって動けなくなる。顔から上は動くが、そこから下が全く動かない。

「な、なん、だ……コレ……」

 体の感覚がないのに、俺の足は勝手に動いて再びギルド内へと入っていく。そしてそのままロボットみたいなぎこちない動きで、窓口のお姉さんのところへと向かう。

「? どうされました?」

「い、いや……何か体が勝手に動いて……」

 不思議そうな顔で俺を見るお姉さん。
 それとさっきのアレ、吟遊詩人の彼もなぜかそこにいて、何だかやたらと嬉しそうな顔で俺を見ていた。

「……? な、なんすか?」

 怪訝に見つめ返していると、彼は俺がそう言った瞬間、何を思ったか突然くしゃりと顔を歪ませた。
 
「僕は今、猛烈に感動しています!」

 彼は急にそうして涙をぶわっと流し始めたかと思うと、力強く俺を抱きしめつつおいおいと泣く。

「あなたが初めてです! 僕の歌を最後まで聞いてくれたのは!」

「え、なになに? なんなの? なんなのコレ!?」

 状況が分からなくて慌てふためく俺だったが、俺と吟遊詩人の男を見比べていたお姉さんが、ははあんと手を打った。

「もしかして、こちらの方の歌をずっとそばで聞かれてました?」

「え?」

「吟遊詩人の方の中には、歌の神ミューゼ様から与えられた加護、“戒言”を持っている人がいます。戒言は言葉によって人を縛る力ですが、吟遊詩人さん達の場合は、近くで歌を聞いていた人にきちんとお代を払うように強いる力になるんです。ですからお代を払わないとどこへも行けませんよ?」

「な、なん……だと……!?」

 お姉さんの言った通り、体は俺の意志を無視して、巾着袋から金を取り出そうとしている。力を込めようとしてみたが、やはり体はビクともしない。

(ぐぬぬ……)

 ファンタジーの世界、恐るべし。
 こうなっては仕方がない。歌を近くで聞いていたのは事実だし、払うのはやぶさかではない。
 やぶさかではないが、せめてちょい金であって欲しい……。

 そうして某ファンタジー映画のように青銀貨は嫌だ、青銀貨は嫌だ、と念じてみたものの、結局俺の手がつまみ出したのは、

「いやだあああああああああ!!」

「ありがとうございますありがとうございます!」

 案の定、青銀貨だった……。
 俺の指はその青銀貨を、神様から賜るように彼から差し出された両手のひらの上に、ぽとりと落とした。

「あ……あああ……ぁ……」

 これで俺の総資産は、期せずして青銀貨1枚と、それ以下の小銭だけとなってしまった。
 まだ仕事も決まっていないというのに、何と俺はせっかく女王様からもらった結構なお金を、ものの数十分でほとんどなくしてしまった!

 ああああああああああああああああああんんんんんんんんんん!!!!




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