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突如マール氏が、俺の喉を二本指で思い切り突いた。
 
「げぇっほ! ごっほ! ぐひゅ、ごっほぉ!」

 激痛が体中を走り抜け、たまらず俺はその場に膝から崩れ落ちる。冷や汗が滝のように溢れ出して、頬を伝って床にぽとりぽとりと落ちていく。
 まだ何にもしてないのにこの仕打ちである。やはり世界はキモオタに厳しいということなのか。あまりにむごい。

「ちょっときついかもだけど我慢してね。まずは言葉が通じないと君も不便だろうから」
「ぐふぅ……言葉って……それとこれとどう関係が……」
「君の体内のマナの流れが滞ってたから、それをちょっと動かしたんだよ。声にマナを載せられないと、異国同士の人じゃ話が通じないからね」
「マナ……?」

 直後はひどかったが、いくらか咳き込んだらすぐにマシになり、何とか立ち上がる。
 そのタイミングで、壇上から声が掛かった。

「……いささか雑な処置にも見えるが……まあよい」

 まだ少しふらつく俺を見つつ、女王様が言った。

「いきなり荒っぽいことをしてすまないな客人。しかし何とか話せるようにはなったようじゃな」
「え? 別に何かが変わったとかはないんですけど……?」

 言われてつい自分の体を見回してしまったが、やはり別段変わったところはない。
 しかし彼女は、ニヤリと笑って言った。

「いいや、そんなことはないぞ。マールともちゃんと話せていたではないか」
「え? ……あっ」

 ほんまや。二人共俺の言葉にちゃんと答えてくれとる。
 仕組みは何かよく分からんけど、この世界では喉を突くと話が通じるようになるらしい。どういうことやねん。
 
「さて客人。言葉が通じるようになったところで、早速話がしたい。さしあたって、まずは客人の名前を聞かせてもらえないじゃろうか。軽い自己紹介なども加えてくれると嬉しい」
「あ、はい」

 と、流れで軽々しく答えようとしてしまったが、その時俺にまたしても電流走る……!
 名前、このまま教えてしまっていいんだろうか。

 さっきマール氏が口にした『マナ』と言う言葉。俺はそれに聞き覚えがある。確かファンタジー小説とかでよく使われる言葉だ。
 現実には存在しないエネルギーの素みたいなもので、それがある創作世界では、人はそれを使って超常現象を起こす『魔法』を使うことができる。

 マナがあるなら、十中八九魔法もあると考えるべきだ。まだ確定した訳じゃないが、実際もうすでに日本人じゃなさそうな人達と会話できてしまうという魔法のような出来事も起きている。

 そんな中で、自分の名前を正直に教えるというのはとても怖い。真名を他人に教えることによって行動を縛られるようになってしまう……なんてのは、ラノベやゲームでは割とよくある設定だからだ。

「──とはおっしゃいましても、小生は自己紹介をする程大層な経歴は持っておりませぬ。その……せ、拙者はただのドルオタで、一介のデブに過ぎませぬゆえ……」

 慌てて軌道修正を図る。ここは何でもいいからそれっぽい偽名でごまかしておくべきだ。
 と思ったけど、嘘を暴く魔法みたいなものがあったらまずいな。やべえ、どうしよう。何かうまいゴマカシないかしら……。

 もごもごやりながら頭をフル回転させる俺だったが、少々もたつき過ぎたせいか、彼女から先に何ともまずい相槌を打たれてしまった。

「……ふむ。ドルオタ・デヴと申すのか。なかなか珍しい名じゃの」
「えっ」

 いきなり何言ってらっしゃるのかしらこのお方……。
 違うよ! 全然違うよ! そこまで名が体を表しちゃったら親を恨むレベルですよ女王様!

「あ、あのー」
「ではドルオタ。元いた世界ではどういう身分であったか聞いてもいいだろうか。見たところ20代半ばくらいの齢に見えるのじゃが、どういった仕事をしておった?」

 慌てて訂正しようとしたが、時すでに遅し。彼女は俺からようやく名前を聞けた(?)のに満足したのか、喜々として話を再開してしまった。
 押しの弱い俺がここにかぶせて訂正できる訳もない。俺の名前がドルオタ・デヴに大決定した瞬間である。何でやねん! トホホ。

「い、いやあそれが、特に何をしてたということはないんですよ。その辺にあった仕事をてきとーにやっていただけと言いますか……」

 そして突如始まる面接に、途端にしどろもどろになる俺。
 自信を持って話すのが面接の鉄則であるが、正直俺には自信を持って提示できる遍歴がない。嘘はバレるかもしれないし、そもそも嘘をつくのも苦手である。
 したがって詰みになります。本当にありがとうございました……。

 しかしありがたいことに、彼女はそんな俺の様子には気づいていないかのように淡々と話を進めてくれた。

「その辺にあった仕事というと、冒険者のようなものじゃろうか」
「あ、えーと……。まあ、そうなりますかね」

 で、出たー! ファンタジーラノベとかでほぼほぼあるフリーター的な職業ー!
 まあ間違ってはないな。と言っても俺が知ってる冒険者かどうかは分からんけど。

「ふむ。生活ぶりはどうじゃった? その恰幅を見るとかなり裕福そうな感じを受けるのじゃが」
「あー……これはただの不摂生と言いますか……。決して裕福ではなかったです。生きるのに必死という訳でもありませんが、お金にはいつも苦労してました」

 やばいぞやばいぞ。このままだとどんどん俺の評価が下がっていってしまう。使えないやつだと分かったらその辺にぽいっと放り出されてしまうかもしれない。
 養われることに定評のある俺がそんなことになれば、俺は即日で死ぬ自信がある。何せ日本ですら親の仕送りに頼って生きていましたからねえテヘペロォ!

 と、若干やけになりつつある俺だったが、彼女からは意外な反応が返ってきた。
 彼女は俺のその言葉に対し、またもニヤリと笑ったのである。

「なるほど。大体分かった。今回勝手にそなたを召喚したということに、わらわとしてもやはり少し罪悪感があったのじゃが、そういうことであればちょうどよかったのかもしれんな」
「ちょうどいい……? っていうか召喚? 僕は召喚されたんですか?」

 彼女はその綺麗な足を組み替えてから続ける。

「そうじゃ。わらわがそなたをこの世界に喚んだ。我が王国のため、稀有な力を持つ異界の人間の助力を得るために、な」

 やはり迷惑じゃったか? という続く問いに、俺は少し考えて首を振った。
 確かに家族はいるし、向こうに何も未練がないというわけでもない。しかしもし召喚なんてものが本当にできるなら、帰すこともまたできるはずだ。そんなに深刻に考える必要はないように思える。

 彼女とか子供がいたら別なんだろうけど、そんなもんはおらんし。自分を頼ってもらえるなら、そこで頑張って働いてみてもいいかなという気持ちはある。
 そんなふうなことを伝えると、彼女は朗らかに笑った。

「そうか、そうか。ならばよい」

 そうして安心したように息を吐く彼女に、しかし俺は言った。

「ただ、先程陛下は稀有な力とおっしゃいましたが、そんな力は僕にはないと思うんです。なので大したことはできないと思うのですが、一体僕に何をさせるつもりなんでしょうか……?」

 当然話の流れ的に聞いていいだろうと思っていた質問だった。しかしそれを聞いた瞬間の彼女の反応が劇的で、全身にじんわりと嫌な汗が沸き立つ。

 彼女の顔が、あからさまに真顔になった。
 背もたれに深く背を預け、肘掛けにしっかりと両手を起き、深呼吸を一つ。それから何かを噛みしめるように、静かに目を閉じる。

(ええ……)

 何それ。そんな改めて居直らないといけない程重いことなんですか。怖いのでやめてくだたい……。
 十数秒程だろうか。そうしてたっぷりと時間を取って彼女から出てきたのは、案の定、それに見合う重さのある言葉だった。

「この国を救って欲しい」

 と、彼女は険しく眉を寄せつつ言った。
 
「我が国は現在、ある脅威に苛まれている。瘴気と呼ばれる毒のようなものが、我が国を覆い尽くさんとしているのじゃ」
「毒……ですか」
「うむ。人の内に侵食し、心を蝕み、やがては死に至らしめる。今はわらわが魔法障壁を展開しているゆえ、国土の大半の町村は無事じゃ。しかしそれもいつまでもつか分からん。実際に放棄しなければならなくなったところもある」

 ああ、やっぱり魔法あるのねえと思いながら半ば他人事のように聞いていると、女王様が「そこで」、と手をたたく。

「そなたの力を貸して欲しい。そなたには、この現状を打破するための礎となって欲しいのじゃ」

 せっかく座り直したのに、そう言ってまたも身を乗り出す女王様。
 彼女に触発されてか、周囲も俺に熱を帯びた視線を集中させる。
 うええ……そんな目で見られましても。何か微妙に言葉濁されてるけど、すごい危険なことやらそうとしてない? 俺ただの一般ピーポーなんでつけど……。

 それでもここは何か言わないと場が進みそうにない。俺は意を決して口を開いた。

「そんなこと急に言われても……。聞く限りでは僕なんかの手には余りそうですし、正直自信がありません。そもそもここが本当に異世界なのかもまだ信じられてないですし」
「ふむ。ではどうすれば信じられる?」
「そうですねえ……。僕がいた世界では、先程からそちらが申し上げているマナ、魔法などというものは存在しないので、その辺りを実際に見せていただければ」

 言葉が通じるようになったくだりはマナとか魔法のおかげかなとも思うんだけど、まだちょっと怪しいのよね。
 だって、最初から皆日本語使ってたし。ちゃんと俺の言葉が通じてるのに、異世界に来たと思わせるためにわざとあの喉突きのくだりをやった、ってことも全然考えられるじゃん。

 と、そんなことを思いながら答えた俺だったが、女王様は俺のその言葉に、その大きな目をことさらに見開いた。

「なんと! マナが存在しないと? 確かに古い文献にはそういう記述もあるにはあったが……」

 そう言うと、彼女はマール氏に目配せを送る。
 マール氏はそれを受け、ふるふると首を横に振った。
 何かまずいこと言ったかなと不安になったが、彼女はそれを見ると、何かに安心したかのようにほっと息を吐き、またこちらに向き直る。

「……なるほど。分かった。マール!」
「はい!」
「彼に示してやれ。ここはまごうことなき異世界なのだと。彼自身の力をもって!」

 まるで全軍突撃でもかけるかのような手振りでそう言う女王様に、一瞬頭にクエスチョンマークを浮かべるマール氏。
 しかしさすがの側近と言うべきなのか、すぐに何かに気づいたかのようにポンと手を叩く。

「な、なるほど! 合点承知です!」

 何をするのかと思って見ていると、またマール氏がこっちに近づいてきて、「ちょっと失礼しますね~」と俺の体をペタペタ触り始める。

 先程と同じくいい匂いが漂うが、喉突きの件ですっかり疑心暗鬼になっていた俺は、反射的に体を強張らせてしまう。
 まるで食肉の下ごしらえでもするかのように、ひとしきり俺を撫で回した後、マール氏は俺の胸の辺りに両手を置く。それから瞑目しつつ、何やらぶつぶつとつぶやき始めた。

「い、一体何を……」
「いや何、そなたの懸念をまとめて取り除いてやろうと思ってな」

 と、彼女がそう俺に薄く笑いかけた時。
 ふいに俺の体が、淡く光り始めた。

「な、なん……!?」
「先程そなたは自分の世界にはマナが存在しないと言ったが、どうやらそれは少し違うようじゃぞ。そもそもそなたの中にマナがなければ、マールの処置があってもわらわ達と会話はできんのじゃからな」

 だんだんと力強くなっていくその光が、今度は俺の体から水蒸気のように立ち上り始めた。
 青、赤、黄……と、さまざまな色のそれが足元から股、股から脇と、体の上を這うように縫っていく。

「見えるか? それがそなたのマナじゃ」
「これが、俺の?」
「そうじゃ。これでここが異世界だということ、少しは信じることができたじゃろ」

 マール氏が俺から離れてもその光は消えなかった。どうやらこの光は本当に俺から湧いているらしく、皮膚の下をくすぐられているような感覚がある。
 確かにこれは、信じざるを得ないかもしれない。

「それからそなたは自信がない、と言ったな。それを見た今でもそう思うか?」
 
 彼女がそう言った瞬間、また俺に変化が起きた。
 
「うおお!?」   

 今まで穏やかな流れを見せていたその光が、突然バシュウ! と間欠泉のような大きな音を立て、天井に向かって立ち上り始めたのだ。
 2、30メートルはあろうかという天井にまで到達する七色のそれは、さながら屹立する虹だ。

 この世界の人間からしても珍しい光景ということだろうか。唖然としながらそれを見上げていると、周囲からも驚嘆するような声が漏れ聞こえてくる。

「マナは魔法の源。その膨大なマナの量だけを見れば、一国の最高戦力にも匹敵する力をそなたは持っている。臆することなど何もあるまい」

 何……だと……?
 この俺が、そんな主人公感のある力を?

 言われてみれば、何だかすごい力が湧いて来ているような感じがする。今ならパーリーピーポーの輪に入って朝までドンペリ片手に踊り狂うことすらできそうだ。
 何だこの謎の全能感。やばい。やばいぞ。

「むむう……」

 やってもいいかもな……と心が揺れ始める。確かにこの力があれば、大抵のことはできそうな気がする。
 そうして迷う俺に好機と見たか、女王様が追撃を加えて来る。

「それからそなたはこうも言ったな。自分は基本その日暮らしで、適当に生きて来た人間だと。しかしここでは違うぞ。そなたは力を持っている。力のある者には相応の責任と働きが要求されるが、相応の対価も支払われてしかるべきだ」

 む。対価、対価か……。

「それはつまり、何らかの大きな報酬もある、と?」

 彼女はそれにはっきりとは答えなかったが、しかし肯定するかのように薄く笑った。
 この感じ……あるぜ! どでかい報酬がよぉ!! 我が望みしは三色昼寝付きの王宮ハーレムウハウハ生活! この一点のみ! 頼んますぜ女王様!

「さあどうする! 持てる力を振るわず、腐らせ、元の地を這うような生活に戻るか! あるいはその持てる力を存分に発揮し、この世界で英雄として生きるか! 二つに一つ!」

 周囲を鼓舞するかのように声を張り上げたかと思うと、女王様は壇上から下りて来て、俺に向かって手を伸ばした。

「さあ選べ! ドルオタ!」

 何とも演出のうまいお方である。
 自身の演説と俺のマナを利用することにより、一瞬で劇場の千秋楽のような熱をこの場に作り出してしまった。
 皆が皆、演者の最後の言葉を固唾を呑んで見守っている。
 そんな熱い空気を、バシバシ肌に感じる。

「う、うう、おおおおお……っ!」
 
 そんな空気に、流されやすい俺が抗えるはずもなかった。

「俺、やりまぁす!!」

 その差し出された細い手を、俺はガシリと力強く握り返した。
 それが、俺の記念すべき初めての就職先が決定した瞬間だった。

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