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「い、命を落とすって……」

 はりつく喉を無理やり震わせ、何とか声を絞り出した。

「ど、どういうこと? 俺死ぬの?」

 図体のでかい裸のデブ男がそうして詰め寄っても、彼女は俺から全く目をそらすこともせず、ただ静かに告げるだけだった。

「うむ。あくまでも仕事が全うできなければだが、その場合は間違いなく死ぬ」

 憐れみ、だろうか。その目は相変わらず強い光をたたえていたが、そういったネガティブ寄りな感情もいくらか含まれているように見えた。
 その目により真実味を感じて絶句していると、彼女の形のいい唇が動いた。

「まあいきなりこんなことを言われても納得いかないだろうな。順を追って説明しよう」

 そこで彼女はやっとタオルを自分の体にしっかりと巻きつける。しかし羞恥からというよりは、話すのに邪魔といったような体だった。
 
「その前に一つ聞いておかなければならないことがある。君はこの世界に来る直前の自分の状態を覚えているだろうか」
「直前の状態?」
「そう。君はこちらに来た時に寝ている状態だったのだが、あちらの世界で寝ている時に召喚されたのだろうか。それとも別の何かをしている時だったのか。その辺りの記憶はあるかな」
「ああ、はい。最初は何が何やらだったんですけど、一応あらかた思い出しました」

 ほんとについさっきまで曖昧だったけどね。謁見の間でのリーサルウェポンのくだりで思い出しました。はい。
 妹から仕送り打ち切り宣言を受けて絶望。そして公園へ禊へ行こうとした矢先、自分で解放したゲキクサ右手の臭気によってよろけ、道路の真ん中に出て大型車に轢かれそうになる……。

 これが俺の覚えてる限りの最後の記憶だ。そっから先の記憶はない。

「そうか。それは説明しやすくて助かる。……ああ、別に言わなくていいぞ。私は君が直前にどういう状態だったかを知っているからな。詳しい状況まではさすがに分からないが、君はおそらく死の間際にいたのだろう?」
「え!? 何で分かるんですか!?」
 
 あのアホみたいな場面、もしかして見てたの? すごい恥ずかしいんだが……。
 いや、詳しい状況までは分からないってことはそういうことじゃないな。どういうことだ。

「……ん? 女王様、どうされました?」

 そこで俺は、女王様の様子が少しおかしいことに気づく。
 女王様は何やら不満そうに俺を見つめていた。
 
「女王様?」

 やだ、何か変なこと言ったかしら……とちょっと不安になりながらもそう重ねると、彼女はますます眉をひそめる。

「……敬語禁止」
「えっ?」
「敬語禁止だと、言った。さっきからまた敬語に戻っているじゃないか」

 彼女はギリギリ聞き取れるくらいの小さな声でそうつぶやき、頬をぷくっと膨らませた。

「女王様は、もっと、絶対禁止」

 一体どうしたというのか。最初の雰囲気とはまるでかけ離れたその仕草に、俺の心臓は大きく高鳴った。

(何というあざとさ……! 狙ってやってない感じもレベルが高い!)

 グループのお姉さんキャラの子が急に女の子っぽい仕草をすると、ギャップ萌えでドルオタは結構やられてしまうものである。
 まして今回は本物の女王様だ。ギャップがあるなんてもんじゃない。

 ファンタジー世界にしかないだろうその新境地をもっと堪能していたかったが、彼女をこのままにしておくわけにもいかない。少し残念に思いつつも、俺は彼女に答えた。

「あー……すみません。いや、ごめん、かな」

 たどたどしくもそう言うと、彼女は満足そうにうむと頷いた。

「まあやはりいきなりは無理があったかもな。私も普通の町娘のようには話せないし、お互い様といったところか」

 と、納得しつつも少し寂しそうにそう言う彼女がちょっと気になった。
 しかし彼女は、話の腰を折ったな、と早々に話し出してしまい、俺のその疑問は流されてしまう。

「さて、なぜ私が君の召喚前の状況を知っているか、だったな。それは単純に、私がそういう死の間際にいる人間を召喚しようとしたからなのだ」
「えっ、それはまたどうして」
 
 何だそりゃ。何でわざわざ死にそうなやつを召喚する必要があるのか。
 俺がたまたま健康体だったからいいものの、仮に病気で死にそうなやつを召喚しちゃったらどうするんだ。すぐに死んじゃったら意味ないですやん。それともそういう状態でも治す自信がある、ということなのか。

 クエスチョンマーク丸出しの俺に、彼女は言った。

「実は召喚魔法というのはまだまだ未完成な魔法でな。行使するには莫大なマナが必要なんだ。考えなしにやろうとすれば、個人ではまずまかないきれない程のマナが必要となってくる。それがいかにマナを豊富に持つ人間であろうともだ。ここまではいいか?」
「えっーっとえーっと……。うん、何とか」

 まだマナやら魔法やらという単語に慣れていないせいか、内容がまっすぐに頭に入ってこない。
 必死に頭をフル可動させながら答えると、彼女は頷きつつ続けた。

「しかし私は、古い文献からその消費マナを抑える方法を発見した。召喚する相手が生物、人間である場合は、ある条件を魔法に加えることによってその消費マナを抑えることができる、という方法だ」
「つまりその条件というのが、“今にも死にそうなやつであること”だったってこと?」
「そういうことになる」

 ほっほーん? 分かるような分からないような……。
 俺は首を捻りつつ、また彼女に聞いた。
 
「まあ、何となくは分かったよ。でもそれってさっきの仕事ができなかったら死ぬっていう話とはあんまり関係ないように思えるんだけど、そこら辺はどうなの? 現に今俺は普通に生きてる訳じゃない」
 
 そう言うと、彼女は少し驚いたように俺を見た。

「ふむ。やはり、そうなのか。マナがないと言っている時点でよもやと思っていたが……」

 と、何やら思わせぶりなことを言ったかと思うと、彼女は神妙な面持ちになりながら続けた。

「関係はある。なぜなら私が魔法に込めた条件は、正確には“天命が尽きかけている者”だからだ」
「天命が尽きかけている者?」
 
 またうまく頭に入ってこなくて、俺はそれをただ復唱した。
 天命っていうのはつまり、何だ。神様からもらった寿命みたいなもの、でいいんだろうか。
 そのまま聞いてみると、彼女は然り、と頷く。

「与えられた天命は、どの世界においても同じだと言われている。つまり、君が向こうの世界で天命が尽きる運命であったなら、こちらの世界でも同じく天命が尽きる運命にある、ということだ」
「ええええ!? それまずいじゃないですか!」
「うむ。しかしそれはあくまでも何もしなかった場合の話だ。先程仕事を全うできなければ死ぬと君に言ったが、言い方を変えるとこれはむしろ、仕事さえきちんとしてもらえればその天命を伸ばすことは可能、という話なんだ」
「天命を、伸ばす……?」

 彼女がまた頷く。

「人が天命を全うする時、それが持つマナは急速に失われていく。病死だろうが事故死だろうがそれは変わらない。マナが完全になくなった時に、人は死ぬ」

 そこで彼女がふいに俺のそばに寄り、みぞおちの辺りにぺたりと手を置いた。

「……ぉぅ」

 女の子にしてはひんやりとした手のひら。その柔らかな感触に、俺は思わずくぐもった声を上げてしまう。
 圧倒的にモテない人生を送ってきた俺からするとかなりビックリドッキリシチュなのだが、彼女の方はどうということもないという感じで、淡々と話を続けていく。
 
「では天命が近く、マナがどんどん失われていく者に、こうして他人がマナを供給し続けたとしたらどうなると思う? やはり死ぬのだろうか。それとも生きながらえるのだろうか」

 手のひらの温度に気を取られそうになったが、何とか答えた。
 
「……生きながらえる?」

 すると彼女は目を細め、「正解だ」と薄く笑う。

 男と裸に近い格好でこんな距離にいるのに、堂々としたものである。さすが王族といったところだろうか。それに対してめっちゃドキドキしてる俺、やはり童貞力が高い。高過ぎてスリップダメージが入って来てて正直つらい。

 そうして悶々とする俺をよそに、彼女はなおも説明を続ける。

「ただ、並大抵のマナ量では全く効果がない。加えて自分のマナを誰かに分け与えるということもかなり難しい。神を謀るにはそれ相応の力が必要ということだが……」

 そこで一度区切り、彼女は俺を見上げた。

「私には、その力がある」

 蒼の瞳に揺らめく水面が写り、その無限の海に吸い込まれそうになる。
 男女の距離感などどこ吹く風。彼女はそうしてまたも無遠慮に、俺を真っ直ぐに見つめた。

「じゃあ、その……ソフィーが俺を助けてくれるってこと?」

 どぎまぎしてしまいつつもそう聞くと、彼女はようやく俺から手を離し、2、3歩距離を取ってくれた。

「正確には私の力ではないがな。私が操る魔術、“盟約の秘術”がそれを可能としてくれる」
「盟約の秘術?」

 またも知らない言葉である。ただ不思議なことに、聞いた先からそれが頭の中で漢字に変換され、どういう意味合いの言葉なのか大体予想がつくから面白い。
 とは言っても実際の内容は聞いてみなければ分からない。目で続きを促すと、彼女は続けた。

「私が持つ最大の切り札、盟約の秘術。私は愛すべき国民一人一人と盟約を結び、その一人一人と常に繋がっている。彼らに王としてきちんと奉仕する約束をする代わりに、私は彼らのマナを毎日少しづつ譲り受け、その莫大なマナを行使することができるのだ」
「国民一人一人と、常に?」
「うむ。そしてそれは、君も例外ではない」

 耳障りのいいソプラノの声が、そこで一段低くなった。

「君はすでにその盟約の秘術の一員となっている。なぜなら君は、その盟約の秘術のマナによって召喚された人間だからだ」

 大きなドーム状のものとは言え、密閉空間にしたからだろうか。こもった熱のせいで、さらけ出された彼女の肩の辺りには玉のような水滴が浮かび、そのいくらか紅潮した顔にも、艶めかしい汗がきらりと光る。

 女の子の汗ってどうしてこうもエロいんすかね……と釘付けになりそうになっていた時、続く彼女の声でハッと我に返った。

「仕事をしなければ死ぬ、というのはつまりそこから来ている。君は私と同じような立場に立ったということだよ。国民達のマナを使って天命を伸ばすことを許されているが、それはあくまでも彼らに奉仕をすることが前提。彼らに認められるような仕事をしなければ、たちまち盟約の外に弾かれ、マナの供給がなくなって死に至る」

 そこで何を思ったか、彼女が指をパチンと鳴らす。するとそれに呼応するかのように、水のドームがまばらに散り、ざあっという音を立てながら瓦解した。
 彼女はシャワーのように降るそれを気持ちよさそうにその身に受けると、再び俺に目を向けた。

「謁見の間では余人の目もあって詳しく説明することはできなかったが、以上が君の置かれている状況の真の概要となる。君は私の右腕、“盟約の担い手”となり、私と共に国民に奉仕するという仕事をこなして欲しい」 

 質問はあるか、という続く問いに、俺は首を振る。
 大抵のことは聞けたように思える。加えて、彼女が嘘を言っているようにも見えない。とりあえずはこんなところだろう。

 しかし彼女はその返答が腑に落ちなかったのか、少し心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「本当か? 本当に何もないか? 理不尽だとは思わないか? 私が全て本当のことを言っているとは限らないんだぞ」

 彼女のそれに、俺は笑いながら返した。

「騙そうとしてる人がそんなふうに念を押したりしないでしょ。それに、ソフィーが俺を救ってくれたってことは事実みたいだし」

 事後報告になってしまっているのが心苦しいのかもしれないが、実際それで俺は助かっているのだから文句などない。何であろうと、死ぬよりかは生きてる方がいいに決まっているのだから。
 そう言うと、彼女はふっと困ったような笑みを浮かべてから、何かを噛みしめるように瞑目する。

「……私にこんなことを言う資格はないのかもしれんが、なんというお人好しか。そんなことでは先が思いやられるぞ、全く」

 そんなことを言いながらも、彼女はどこか嬉しそうに俺を見る。
 
「しかし、本当によいのか? あちらの世界でやりたかったことなどもあったんじゃないか」
「いや~別にそういったことは。本当にだらだら過ごしてただけだからねえ」

 外に出るのはバイトと買い出しの時くらいだったが、そんな生活でも特に不満はなかった。「毎日だらだら過ごせるなんて、なんて素敵なんだ!」という圧倒的ニート魂を持った俺は、やりたいことなんぞなくとも全然生きていけたのだ。
 しかし彼女は俺のその返答に、明確に首を傾げて見せる。
 
「ふむ。だが生きている人間は、誰しもが何かしらの夢を持って生きていると私は思う。本当に何もなかったのか?」
「う~ん。そう言われてもなあ」 
 
 しかしそうして考え始めた瞬間、すぐに俺の頭に去来するものがあった。
 大好きだったもの。衣食を顧みずに金を費やし、追い続けたもの。それが発展して、夢見始めたもの。
 ただ実現可能性が低過ぎて、口に出すのすらも恥ずかしい。そんな夢……。

 だから俺は、すぐに思いついた癖に「そう言えば」とわざわざ冠を付けてから彼女に答えた。

「アイドルのプロデューサーになってみたかった……かもしれない」

 異世界であるここにはおそらくない言葉である。突然出て来た訳の分からない単語に、彼女は案の定また小首を傾げた。

「アイドルのプロデューサー? 聞いたことがないな。職業みたいなものか?」
「まあそんな感じかな。簡単に言うと、頑張っている女の子を手助けするような仕事、かな」

 言ってしまったら、何だかあの生活が急に遠い昔のことのように感じられ、ちょっと心にクるものがあった。

 よくよく思えば、この夢を叶えることはもう永遠にできないのである。まだ彼女に確認していないが、彼女の言う理屈通りであれば、もし俺が向こうの世界に帰ることができるとしても、向こうでは俺にマナを供給してくれる人がいないので俺はすぐに死んでしまうのだ。そんな状況では、夢を叶えるどころではない。

 そうしてちょっとセンチメンタルな気分に浸っていると、しかし彼女が俺に言った。

「なんだ。それならちょうどよいな」
「え?」
「まさに今の私と君の関係がそうではないか。頑張っているかどうかは国民達に聞いてみないと正直分からないが、な」

 彼女は少し楽しげにそう微笑むと、

「少し強引だったかな」

 と悪戯っぽく目を細めて俺を見た。
 言葉自体は俺からするとまだ全然硬いが、そのくるくる変わる表情は普通の少女っぽくて可愛らしい。
 その顔にほんわかしつつふるふる首を振ってやると、彼女はまた楽しそうにふふっと笑った。

「君の夢が叶えられるようなものなら、私もできうる限りのことをしよう。その代わり、私のことも助けて欲しい」

 そう言って、彼女は俺に右手を差し出した。
 
「では、先程は周りの空気を使って強引にさせてしまったから、今一度。これからよろしく頼むぞ、ドルオタ」

 一転、今度は真剣な表情。と言うより、少し不安げな顔。この期に及んで、彼女はまだ俺が断る可能性を捨てきれないらしい。
 根が真面目なのかねえと苦笑しつつ、俺は言った。

「こちらこそよろしく! ……と言いたいところなんだけど、ちょっと一つ訂正させて欲しいんだ」

 初めて自分の夢を語ってしまった人には、自分の名前をしっかりと正しく覚えてもらいたい。そう思った。

「俺の名前はタツキ。タツキ・オリベ。うまく流れに割り込めなくて訂正できなかったんだけど、これが俺の本当の名前だから」
 
 やはり断られると思っていたのか、俺がそう言うと、彼女は打って変わって顔を明るくした。

「なんと、そうだったか。それは早とちりしてすまない」

 こほんと咳払いしてから、彼女はまたその蒼い瞳をまっすぐに俺に向けた。

「では改めて。これからよろしく頼む、タツキ」

 それを受け、俺は今度こそその柔らかな手をしっかと握った。

「こちらこそ! 不束者ですが、よろしくお願いします」

 契約条件も明示された今、これが本当の労働契約締結の瞬間である。
 散々怠惰を貪ってきた俺も、これでいっぱしの社会人だ。何だか感慨深いものがある。
 
「それはそうと、君はなかなか豪胆だなタツキ」

 と、達成感から一人拳を握っていた時、ふと彼女の視線が下に行く。

「大昔に父上のを見た時はもうちょっと大きいものなのかと思っていたのだが、君のそれは可愛らしいな。向こうの世界ではこれくらいが普通なのかな?」

 彼女のそれに、俺はああ、と何となく答えた。

「これは俺がデブだからだね。太ってると下腹部の肉に埋没して小さく見えるんだけど、実際はそうでもな…………っておおおおおい!? どこ見てんのおおお!?」 

 カラカラと笑う彼女の視線から逃れるように身を捩り、俺はずっとさらけ出したままだった自分のモノをそこでようやく隠すに至る。
 ちゃんとしたいところで締まらない。何とも俺らしいスタートと言えるのかもしれなかった。

 こうしてちょっとだけ変な女王様を上司とする、俺の異世界社会人生活が始まった。
 始まってしまったのである。






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