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すでにその活動を止めた休火山とは違い、活火山にはマグマ溜まりと呼ばれるものがある。

「ぐう……」

それは山の内部、中心辺りにあることが多い。山によっては、そこから人の毛細血管のようにして山全体にマグマを供給しているものもある。彼らが発掘をしていたこの山も、そういう火山だった。

「大丈夫か……?」

彼が頭をさすりながらそう言うと、シノが舞った埃に咳き込みながら言った。

「うん、まあ。ちゃんとあんたが守ってくれたしね」

珍しく殊勝なことを言う。彼は一瞬そう思ったが、彼女のその口を尖らせた不満顔を見て納得し、苦笑した。
少し意地の悪いところもあるが、こういうふうに素直で可愛いところもあるので彼女は憎めない。

「さて、と」

怒るので笑うのはそこそこにしておき、彼はゆっくりと立ち上がって、目の前の断崖を仰ぎ見た。

「……大分落とされちまったなあ」

本来なら人が落ちたらひとたまりもない高さ。二人の前には、20メートルはあろうかという切り立った崖があった。

「登るのは……無理か」

点在する鉱石が淡く光を放っているので、何とか周りのものは見える。まだパラパラと小石が降ってきているところを見ると、まだ崩れてくるかもしれない。

毛細血管のように山にはりめぐらされたマグマは、マグマ溜まりの状況により、その様相を大きく変化させる。
中心のマグマが落ち着いている時には、末端にマグマが供給されていないことがある。その時には地下にこのように空洞が出来てしまい、巨大な落とし穴のような場所が出来上がってしまう。彼らはまんまとそういう場所に立ってしまい、この場所に落とされてしまったのだった。

登ること自体は出来なくも無さそうだったが、崩落の危険性がある限り、やめておいた方が良さそうだった。もし実際にそうなった場合、自分だけだったらともかく、シノを守れるかどうか分からない。少なくとも、少し時間を置いてからにすべきだ。
彼はそう考え、まずはとりあえずと、シノを引っ張り起こした。

「さあて、どうするよ」

彼ははっきりとそう言ったはずだった。しかし彼女はなぜか、その彼の問いかけにまるきり反応を示さなかった。
気付くと彼女は、遠い目をしながら、まるで何かに魅入られたかのようにどこか一点を見つめているのだった。

「シノ……?」

一体何があるのかとその視線をたどってみて、彼はようやく自分達がどういう場所にいるのかを理解した。

「こんなところに、遺跡……?」

石畳の跡のようなものと、石の円柱が折れて半壊したもの。動物のようなものを象った彫刻もある。それらが淡い光に照らされて、不気味に暗闇に浮かび上がっていた。
明らかに人工的に造られたものだった。ただの遺跡ではなく、何かを祀っているような場所に見えなくもない。

「シノ、これは……?」

彼はてっきり、彼女がこの景色に目を奪われているのだと思った。こんな場所に遺跡のようなものがあることに驚いて、それに夢中になっているのだと。
だが、違うのだった。

「なにこれ……」

彼女の視線は、そこを見てはいなかった。もっと別の何かを見つめていた。

「あり得ない……」
「どうしたんぞ」

彼がそう言うと、彼女がパッと視線を彼に向ける。

「分からないの?」
「何がぞ」
彼女はそれに、心底呆れたような顔をした。
「嘘でしょ?こんなに重くて押し潰されそうな空気に気が付かないなんて」

少し肩を震わせながら、彼女は視線を暗闇の奥に戻し、静かに言った。

「……ある。間違いない」

険しい顔でそう言った彼女に、彼はそこでようやく彼女が何を言っているのか理解する。
彼女がその存在を感知出来るというのがもし本当であれば、おそらく、この先にあるということなのだ。
兵器が。

「マジでか」

まだ半信半疑ではあった。しかし彼がそう言うと、彼女は力強く頷いた。

「うん。しかももし本当にこの先にあるとしたら、とんでもなくすごいものがあると思う。見つけたら歴史に残るくらいの」

彼女は少し興奮気味にそう言ったが、彼はそれを聞いて、眉をひそめた。
彼女とウォンの話からすると、発掘した兵器は国に送られて、技術を生み出すための研究をされるらしい。そしてもちろん、武器として有用なのであれば、そのまま兵器として使われることもある、とのことだ。

もし彼女の言う通り、歴史に残るようなとんでもない兵器がこの先にあった場合。
あまりいいことにはならないのは明白だった。一つの強力な兵器があるだけで、国同士の勢力図が変わってしまうこともある。もしそういうものがギアース国以外に渡ってしまえば、せっかく安定していたこの地方も、また戦乱の時代に逆戻りしてしまうだろう。
しかしかと言って、ギアースに渡ってしまうのうまくない。一つの国が強くなり過ぎるのも、あまり良いことではない。

こうした争いの種となるようなものは、なるべく手を付けずに眠らせておくほうが良いのではないか。
彼は、そう思ったのだった。

「あ、おい」

しかしそういう彼の懸念をよそに、彼女はさっさと歩き出してしまう。

「ここでこうしてても仕方ないし、行ってみましょ」
「いや、なんか危なそうだし行かねえ方がいいんじゃまいか」

彼は一応そう進言してはみたが、正論で返されてしまう。

「ここに居た方が危なそうじゃない。崩れてきたらどうすんのよ」

彼女のそれに、まあそうだよな、と彼は嘆息するしかなかった。
確かにここは危ない。地盤が落ち着くまでは、奥に進んだ方がいくらか安全ではある。

「……分かった。でも危険そうなら引き返すからな」
「分かってる」

もし仮にこの先に進み、とんでもない兵器が見つかってしまった場合には……と、彼は首を捻った。
その場合は、どうにかして掠め取って処分する他ない。その時は彼女達から逃げるような形となってしまうが、仕方ない。背に腹は代えられない。

彼に返事をした後、彼女はもう前しか見ていなかった。発掘したくてうずうずしているのが傍目にも分かる。
彼女のこんな顔を見るのは初めてだったが、こうなってしまった時は、ウォンの時のようにあまりとやかく言わない方がいいだろうと彼は思った。学者とはたぶん、こういう生き物なのだ。
彼はそうしてやれやれとばかりに鼻からふっと息を吐き、黙って彼女に付いて歩いた。

ゆるく勾配のある通路を下っていく。点在していた鉱石が進むごとに増え、周りがにわかに明るくなっていく。その青白い光のせいか、本当に何か神聖なものを祀っている場所のように思えてくる。
これはもしかすると、本当にものすごいものがあるかもしれない。彼がそう思わせられてしまうくらいの神秘さが、この場所にはあった。

「ていうかよお……」

彼はそこで、彼女にずっと気になっていたことを訊いてみた。

「シノは、いいのか?」
彼のそれに、彼女は前を向いたまま答えた。「何が?」
「いや、兵器を発掘するってことに抵抗とかは無いのかと、ちょっと疑問に思ってな」

使い方を誤れば、恐ろしい脅威になるものだ。危険なものを掘り出しているという認識はあるのか。
彼がそう訊くと、

「まあ、無くは無いけど……」と、彼女は言った。「でも実際のところ、あんまりすごいものって見つからないのよね。武器として使えるものは掘り出したものの中で1割未満って感じだし、良心が痛むってことはあんまり無いかな。……まあさすがに、これはまずい!ってものを掘り出しちゃったら、ちょっと考えるかもしれないけど」

「……ふむ」

彼女のそれに、彼は納得はしなかった。が、仕方ないとも思った。
おそらく彼女は、兵器の本当の恐ろしさを知らないのだ。考古学者は発掘をするのみで、兵器を深く研究するということはない。ただ歴史的に見て価値があるかどうかを、彼らは重視する。だからどうしても、危険なものを発掘しているという感覚が薄いのだ。

「それはウォンも同じ……だよなたぶん」

結局のところ、シノはウォンの助手的な立場に過ぎない。だから彼の方にしっかりとした倫理観があれば問題は無いのだが、これもおそらく、期待は出来無さそうだった。
あの嬉々として兵器のことを語る彼を見れば、さすがに分かる。

「なにあんた。先生に文句でもあるの?」

と、急に目に見えて彼女の機嫌が悪くなる。
いつもの冗談半分のような顔では無く、彼は少し、たじろいだ。

「いや別に、文句って程のことでもないんだがぁ……」

やはり彼女は、ウォンの事になると少し神経質になるようだ。
彼は慌てて話をはぐらかそうとしたが、もう遅かった。

「最初にも言ったけど、もしあんたが先生の邪魔したら、ただじゃ済まさないからね」

ギロリと睨まれて、彼は大きくたじろいだ。

「ど、どうする気ぞ」

実は彼は、この短い間にも、幾度と無く彼女に容赦の無い攻撃を受けてきている。金的はもちろんのこと、すねやみぞおちなどの筋肉で鍛えられない場所も、執拗に攻撃され続けてきた。
結果、彼は危機管理能力を底上げするとともに、金的対策をしているうちに、空手の三戦の構えをマスターする程にまでなってしまった。それ程までに、彼女の一撃は侮れないのだ。

「そうねえ……」

そして例によって、彼女は恐ろしいことを口にするのだった。

「すり潰す、かな」

満面の笑みで、平然と猟奇的なことを言ってのける彼女に、

「すり潰すって……ぶち殺すとか言われるより怖いんだが……」

彼は恐れ慄き、顔を引き攣らせた。
彼が怯えているのが分かると、彼女はニコリと笑い、畳み掛けるように言った。

「たぬきのつみれ汁とかいいんじゃないかしら。ちょっと臭みがありそうだけど」

ひえっ、と思わず身体をのけぞらせる彼に彼女はじりじりと迫り、その鳩尾の辺りに、小さな拳をあてた。

彼はとっさに、全身を硬直させた。
来る。

……しかし、その小さな拳は動かなかった。彼がいくら待ってみても、来るはずの衝撃は来ない。

不思議に思って彼が顔を上げようとした時。ふいに彼女が、優しい声で「大丈夫よ」と言った。
「前にも言ったでしょ。先生は、何も持たない、何も知らない。ただの子供の私を拾ってくれた、聖人みたいな人なの。だからあんたが心配してるようなことにはならない。絶対ね」

そうしてふっと柔らかく微笑んだかと思うと、彼女は彼の肩をポンと優しく叩いてから、また歩き出した。

普段のウォンは、確かに彼から見ても兵器を悪用するような人間には見えなかった。ただ単純に、歴史が好きでしょうがなくて研究をしている。それ程ウォンという人間は、子供のように屈託の無い人間であるように見えた。ああして饒舌に兵器の事を語るのも、子供が新しく得た知識を周りにひけらかしたくなるのと、たぶん同じようなものなのだ。

もし危険そうなものを発掘してしまった時は、何とかして元に戻すように説得すればいい。仮にも研究者なのだから、説明すれば、きっと分かってもらえる。
彼はそう思い直して、自身の心配性に苦笑しつつ、また彼女の後に付いて歩いた。

「あ、ねえ!すごい大きい広間がある!」
「おお?」

そうして二人は、ウォンという人間を認め、ある意味で信用していた。
だからこそ彼らは、そこにあった光景を見て、とまどったのだった。

「あつっ!あっついなここ!」

半球状になったその大広間。中央には先に行ける道のようなものがあるが、その広間の円周上にはマグマがゴポゴポと湧き、そこからぶすぶすと黒い煙が立ち上がっていた。火柱が竜巻のように上がっているところまである。
不思議とガスで空気が悪いということは無かったが、容赦無く渦巻く熱風が、二人を襲った。

「ぐへー……こりゃ戻った方が……」
「ね、ねえ」
彼が腕で熱風を凌いでいると、シノに服の裾を引っ張られた。
「ん?」
どうした?と彼が答えると、シノは部屋の中央の方を指差して言った。
「あれ」

彼はあまりの暑さに顔をしかめながら、何とかそこを見ようとする。
なのにシノの方は、それが全く気にならないかのように、何かに目を奪われていた。

(ああん?)

彼が不思議に思いながらその視線を追ってみると、何やら部屋の中央に、台座のようなものがある。人工的な四本の柱に囲まれ、祭壇のようなものにも見えた。

そして、彼は見た。そこにいる人物を。

「あれは……」

いつもニコニコと笑顔を絶やさない、子供みたいで無邪気な優男。
そんな男だったはずの彼が、そこで一人。


「ふはははははははは!!」


まるで悪魔か何かに取り憑かれたかのように笑っていた。背を向けているので表情は見えないが、いつものあの優しそうな顔で無いのがすぐに分かるくらい、下卑た笑い声だった。

「ウォン……?」





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