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両親は自分が幼い頃に亡くなってしまったけれど、それでも何とか生きることが出来た。祖父母が育ての親として、優しくしてくれたおかげで。
でもやっぱり老齢の彼らと一緒にいることが出来た時間は短くて、すぐに一人になってしまった。
ただの子供が一人で生活なんて出来るはずもなく、やがて祖父母が遺してくれた財産も食い潰してしまった。面倒事を背負い込みたくないと周りからも疎まれ、誰にも相談すら出来なかった。

これからどうしようかと、一人で途方に暮れていた。そんな時だったと彼女は言った。

「先生が颯爽と現れて、言ってくれたの。“一緒に来るかい?”って」

夜になるといつも飲みに行くウォンに、その日シノはどうしても着いて行くとせがんでやまなかった。兵器の話をして、浮かない顔をしていたあの日だ。

何か腹に含んでいるらしい彼女は、たぶん気晴らしがしたかったのだ。いつもと違うことをして、気分転換しようと思ったのだろう。
そこでお約束と言うべきなのか、間違って酒を飲んでしまった彼女は、尊敬する先生と自分のことを、そうして嬉しそうに饒舌に語ってくれたのだ。

そう。あんなに嬉しそうに語ってくれた。それなのに。




「先生……?」

何かに取り憑かれたように笑うウォンは、そうしてシノに声を掛けられて、ようやく振り返った。

「……シノ?」

振り返ったウォンの顔はいつも通りのようにも見えたが、彼の目には、何かが少し違って見えた。

「くまたそも。君達もここに落とされたのかい?」

シノもそれは同じようで、ずっと不安そうな顔をウォンに向けている。

「……どうかした?」

そんな彼女に、ウォンはそう聞き返した。
ただ単純に聞いているようにも見える。でも、どこかしらじらしくも見えた。

「……ウォンがこんなところでなんかすごい狂ったように笑ってたから、心配してんだよシノは」と、言葉が出ないでいる彼女に代わって彼は言った。「変なガスでも吸っておかしくなっちまってるのか、とかよ」

彼女は彼のその言葉を聞き、何か物言いたげな顔を彼に向けた。しかし結局何も言わずに、開いた口をそのまま閉じた。

「なんだ、見てたのかい?恥ずかしいところ見られたなあ」

そう言ったウォンは、やはり恥ずかしいとか照れくさそうとかでは全然無くて、ただただ不気味な笑顔を浮かべているだけだった。

「実は、すごいものを見つけたんだ。シノにはもう分かっちゃってるかもしれないけど」

ウォンのそれに、シノは身体をびくりと震わせた。

「……すごいもの?」

彼はシノに目配せを送ってみたが、やはり彼女はそれに気付いても何も答えず、黙って俯いてしまった。

(シノ……)

彼にはもう分かっていた。なぜ彼女がこうなってしまっているのかを。

友達がいたずらするのを、ただ隣で黙って見ている。悪いことだと分かっているのに、大事な友達だから、仲違いをする可能性になるようなことは出来なくて、何も言えない。
今のシノは、ちょうどそんな状態だった。だから彼女が何も言わなくとも、彼はもうほとんど理解していた。彼女のその状態が答えのようなものだった。

“ウォンはすでに、持ってしまっている”

「そこ、祭壇みたいになっているだろう?そこにある台座を見てごらん?」

彼はウォンから目を離さないようにして、そこを見た。部屋の中心。4本の柱に囲まれた中央、その何かの台座らしき場所。
階段で少し高い位置に設置されたその台座には、何も置かれてはいなかった。しかし彼が実際にそこに上がってよく見てみると、その台座の天板にあたる場所に、2、3センチ程の小さな傷のような窪みがあった。

そのサイズからして、あまり大きなものではない。だがここに何かがあったというのは、ほぼ間違い無さそうだった。

「妙な窪みがあるだろう?そこにあったのさ。僕が探し求めていたものが」

彼はそれを聞くと、その台座からゆっくりと下りて、ウォンの前に立った。

「で、それをどこにやった?」

彼がそう言うと、ウォンはニヤリと笑い、手の甲を彼に向けるようにして左手を上げた。

(……指輪?)

ウォンの人差し指には、大きめの何かの石がついた指輪がはめられていた。
水晶のように透き通ったその石は、淡く光を放っていた。

「ここさ」

そうしてくつくつと笑うウォンに、彼は冷たい声で言った。

「……元の場所に戻せ。それはお前が持ってていいものじゃねえ」

そうだろ?と彼がシノに投げかけると、彼女はしばらく答えるのを躊躇した。やはりウォンに咎めるようなことを言うのは、彼女には少し難しいのかもしれない。
しかしやがて、彼女は思い立ったかのよう彼に向けて頷き、弱々しくも言った。

「先生……それは、ダメ。たぶんこの場所から動かしちゃいけない類のものだから……」

彼女がそう言うと同時。彼はウォンに少しにじり寄ってみたが、ウォンはそれに気付いても一歩も引こうとはせず、全く怯まなかった。
彼の眉間に深く皺が寄る。これは、あまり良くない傾向だ。

シノが兵器の存在を感じ取れるというのなら、あれは間違いなく兵器か、もしくはそれ以上のものだ。本来兵器は、どこかで偶然手に入れたからといって使えるような代物じゃない。使い手を選ぶものだ。なのにそれを手にしたウォンが、自分を前にしてこれ程落ち着いているということは、つまり……。

ウォンの今までの言動を見るに、誰かに操られているなどの雰囲気もしない。おそらく、きちんと自分の意志で動いている。
嬉々として兵器のことを語っていた時に気付くべきだったのかもしれない。彼はもう、ずっと前から兵器に魅入られてしまっていたのだ。とっくに。

「嫌だと言ったらどうなるのかな?」
「……戻す気はねえんだな?」

彼は今度はなるべく優しく言ってみたが、やはりウォンの答えは決まっていた。

「もちろんさ。歴史的発見なんだよこれは」

高揚感からか、ずっと笑いを抑えきれないでいるウォンを見て、彼はもう説得を諦めた。

「……じゃあ、力ずくで取り上げるしかねえな」

彼が静かにそう言って構えを取ると、ウォンはもう取り繕うことをやめた。

「出来るかな!この兵器を手にした僕を相手に!!」

ウォンがそう叫ぶと、急にその左手の指輪が、より強い光を放ち始める。

「特別に見せてあげよう……」
「む!?」
「先生!ダメ!!」

指輪の石が、心臓の鼓動のように規則正しく明滅を繰り返す。光はどんどんと力強さを増していき、裸眼で見るにはまぶしすぎる程の光度になる。彼は目をそらすまいと腕で光を遮るようにしたものの、あまりの眩しさに、それもほとんど意味を成さない。

「これが、世界で最強と名高い古代兵器の一つ!」

真っ白なその世界に、ウォンの声だけが高らかに響き渡った。

「兵器“アトラース”!!」




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