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声のした方向を適当に歩いてみると、すぐに彼女は見つかった。

「ちゅーっす。……どうした?」

軽い感じで話しかけた彼だったが、途中でその態度を変えた。
眉間に皺。腕を組みながらの仁王立ち。
彼女がそうして射るような鋭い目つきで、彼を見つめてきていたのだ。

彼女はその姿勢を崩さぬまま、彼に言った。

「遅い」じろりと、圧倒的な目力をもった視線が彼を射抜く。「何してたのよ」

彼はそれを見て思わず後退りそうになるが、何とかそれをこらえながら、それに答えた。

「いや、ちょっと爺さんと組手を……」
「遊んでたのね」

言葉の途中で、有無を言わさずぴしゃりと遮られる。

「いや、遊んでた訳じゃ……」

そう言っても、彼女が折れることはなかった。

「……遊んでたのね?」

その顔を見て、彼は理解する。
無駄だ。
彼は、言い訳を早々に諦めた。

「hai……」

彼は肩を落とし、力無く言った。
いい加減普通に接して欲しいと彼は思ったが、まだまだ彼がシノに許されるのには、時間が必要のようである。
シノは彼のそのへこんだ様子を見ると、満足そうにむふーっと鼻から息を吐く。そしてようやく、彼をその問答から開放した。

「ま、いいわ。ちょっと手伝って欲しいことがあって呼んだの」
「どうしたんぞ」

彼がそう訊くと、シノは自分が今掘っていたのだろう場所を、彼に見せた。
ちらと彼がそこを見やる。すると、4~5m四方の、階段状に掘り進められた地面が彼の目に入った。

一人でここまで掘るのはかなり骨が折れただろうと思われるが、シノとウォンによると、この一帯の発掘はそう大変なものでもないらしい。
大規模な噴火はこれまでに一度も無いらしいが、度重なる小規模噴火のせいで、ここの遺跡は火山灰で埋もれてしまっている。それでも大体が軽石が降り積もった地面なので、シノのような華奢な人間でも、こうして割と簡単に掘り進めるようだ。

「ちょっと固い岩盤にあたったから砕いて欲しくて。出来るでしょ?」

と彼が思っていたら、そんなこともあるらしい。最初の剣幕から一体何をやらされるのかと不安だった彼は、なんだそんなことかと、安心して息を吐いた。

「どれ……」

彼が実際にそこに降り立ち、砂を少し払ってみる。するとそこには、見るからに硬そうな岩盤が、どんと邪魔になりそうな場所に鎮座していた。
これは確かに、シノにはどうにも出来ないだろう。そんな大きさだ。

「んー……」

彼になら、これくらいのものはすぐに排除できる。しかし彼は、その岩を見ながら首を捻った。

「壊せるっちゃ壊せるけど、いいのか?」

何が?と首を傾げるシノに、彼は言った。

「奥に何かあった場合、それも壊れちまうかもしれん。岩だけ壊すっつうのは、結構難しい。こういうのは、繊細な技術のあるムカイ爺さんの方が適任かもしれねえ」

一挙一投足が、極限まで練られた動き。加えてあの技の冴えは、里で長く修行を続けてきた彼から見ても、目を見張るものがあった。
そう思って提案した彼だったが、シノはそれに、露骨に顔を曇らせた。

「どうかしたか?」

そう訊くと、彼女は居心地悪そうに目を伏せる。
なぜそんな顔をするのか、彼には分からなかった。彼は、けげんそうに眉根を寄せた。

つい先日、全員で顔合わせをしたばかりなのである。だから意見の衝突なども起こってはいないし、誰かを苦手だとか、嫌いになるというようなことには少なくともまだならないはずなのだ。
なのにこれはどうしたことかと、彼は首を傾げた。明らかに彼女は、ムカイを避けようとしている。

「あの人には、あんまり頼みたくない」

いくらか逡巡した後、彼女はそう言った。
やはり、何か気に入らないことがあるようだ。

「……何でぞ?」

彼がそう訊くと、彼女は地面に目を落としながら答えた。

「だってあの人、よく分からないんだもん」
「何がぞ」

そうして訊いてばかりくる彼に少しうんざりしたのか、彼女はむっとした顔で言った。

「あんたは何も疑問に思わなかったの?どうしてあの人にあんなにすごい力があるのか。私ぐらいしか無い小さな身体で、年だってそこそこ高齢そうなのに。おかしいじゃない物理的に」

シノの言葉に、ふむ、と彼は、腕を組みながらそれに相槌を打った。
彼女が今言ったことは、確かに彼にとっても、気になるところだった。
ただ、彼女は少し勘違いをしているが、ムカイはただの老人ではない。一見するだけでは分からないが、相当身体を鍛えているのはまず間違いない。

しかしそれでも、疑問は残る。いくら鍛えていると言っても、兵器で強化した自分の体を、ああもやすやすと貫けるような一撃を放てるものだろうか、と。
同じ兵器使いというのであれば、合点がいく。しかしムカイは、どうもそういう感じではなさそうなのだ。

そうして彼が思案していると、彼女が言った。

「あんたが強いのは分かるのよ。兵器使ってるんだから」

突然彼女から出てきた言葉に、彼はぎょっとした。

「……え?」

意表を突かれ、間の抜けた返事をしてしまった彼に、シノはまた言った。

「え?じゃないわよ。使ってるんでしょ?兵器」
「俺そんなこと言ったか?」
彼女は首を振った。
「言ってないわよ。でも私には分かるの。何となく」
「何となく分かる?」彼は言った。「どういうことぞ。兵器を使ってるかどうかが分かるってことか??」

彼がそうしてまくし立てるように言うと、シノはんー、と人差し指を顎に当てて思案する。

「使ってるかどうか、って言うか……うーん……。そうじゃなくて、少なくとも持ってるかどうかは分かる、って感じかな」

さもどうということはないという感じで言うシノに、彼は驚きを隠せないでいた。
兵器を持っているかが分かる。しかも、見るだけで。
本当ならとんでもないことだった。それはつまり、あれが見えるということだから。

「あの人はたぶん兵器は持ってない。何か変な感じなだけ」
「変な感じ?」
うん、とシノが頷く。
「あの、台風みたいな風をあの人が起こした時があったでしょ?あの時だけなぜか、“持ってる”感じになったのよね。変でしょ?」

自分が感じた印象と同じだった。これはおそらく、偶然ではない。

「まあとにかくそういうことだから。ちゃっちゃとそれ割っちゃってくれない?あ、ちなみにその岩盤の先にはたぶん何もないから、別に雑なあんたでも大丈夫だから」

早く発掘を再開したいのかそうして話を打ち切ろうとする彼女に、彼はとりあえず、言われた通りに岩盤を少しづつ砕き始めた。

「確かに俺は兵器を使ってるけどよ。マジで分かるんだったらすげえな。具体的には持ってる奴ってのはどう見えるんぞ?」

彼がそう訊いてみると、

「見えるっていうのとは、ちょっと違うかも」と、彼女は答えた。「なんて言うか……実際に兵器を持っている人がいると、その人の周りだけ空気が重いように感じるのよ。最初は気のせいかと思ってたんだけど」

やはり、それはあれを感じることが出来るということだ。
彼は口を開こうとしたが、シノが続けて補足する。

「もちろん、完璧いつでも分かるって訳じゃない。けどこういう発掘の時にも、実際に何か感じた時にそこを掘ってみると大体そこにちゃんと兵器が見つかるし、“分かる”って言っちゃっていいと思う」

だからもっと遠慮無く壊してもいい。彼女は壁に寄りかかりながらそう言い、彼に早く作業出来るようにしてくれと促した。

訊きたいことは山程あった。しかしとりあえず彼は、そうして痺れを切らしつつあるシノを慮って、目の前の岩を排除することに専念する。岩を細かく砕き、発掘の邪魔にならないような場所に放り出していく。

「こんなもんでいいか?」

彼にかかれば、これくらいの作業は朝飯前。
あらかた掃除の終わったその場所を見て、シノはうむ、と満足そうに頷く。

「よし。後は私に任せて、あんたはどっかで適当に遊んでて」
労いの言葉を期待していた訳ではないが、彼女のそれに、彼はさすがに不満を漏らした。
「いや何で子供扱いなんぞ……。ていうかさっき遊んでんなって俺にキレたのシノぞ!」

と、そうして久々の彼のツッコミが、シノに炸裂した時だった。



「おわーーーーーーー!!!!」



またもその場に、突如として大きな声が響き渡る。
悲鳴のようなその声に、二人は目を見開きながら、顔を見合わせた。

「今のって……」

聞いたことのある声だと、彼はすぐに思い当たった。シノもすぐに分かったようで、今の今まで彼をいじって楽しげだったその顔から、一気に余裕が消えた。

「まさか……」彼女が彼を呼んだ時とは訳が違った。すぐに緊急事態だと分かるその声色に、彼女はひどく取り乱した。「ウォン先生……?」

向こうにはムカイが行ったので安心していたが、何か不測の事態でも起こったのだろうかと彼は思う。ムカイは大半のことには対応出来る力を持っているはずなので、もしかすると、かなりまずいことに巻き込まれているかもしれない。

と、彼が対応を考えていると、彼女が急に駆け出した。

「あ、おい!」

彼は慌ててすぐさまそれに並走し、彼女に言った。

「待て待て!どこ行くつもりだ!」
「決まってるでしょ!先生のところよ!!」
「いや落ち着け!爺さんが向こうに行ってるはずなのにウォンの悲鳴があがるって、相当まずいことになってるかもしれねえんだぞ!」

言った瞬間、彼はしまった、という顔をした。
シノはそれを聞くと、荒く息を吐きながら、叫ぶように言った。

「だったらなおさら!早く行かないとまずいじゃない!!」

彼女はウォンをとても大事に思っている。それは十分に分かっていたはずなのに、考えが足らなかったと彼は歯噛みした。
火に油を注いでしまった形となる。おそらくもう、彼女は止まってはくれないだろう。

「……分かった!分かったから、一回止まれ!」

それでも彼は、声をかけ続けた。火事場に飛び込んでいこうとするクライアントを止めない護衛など、木偶の坊と一緒だ。
しかし彼女は、興奮した猪のように前しか見ていなかった。そうして彼がかけ続けた言葉も、全く耳に入っていないように走り続ける。

引っ張ってでも止めるべきか。彼は一瞬そう考えたが、それは思いとどまらざるを得なかった。
出会いが出会いなだけに、これ以上彼女に誤解されたくなかった。たとえ軽くでも、彼女に触れるのは躊躇われたのだ。

しかしこうした緊急時には、そういう一瞬の迷いが明暗を分けるもの。そう思ってしまったのが、いけなかった。

彼がふと足元に違和感を感じた頃には、もう何もかも遅かった。

「……え?」

彼女の身体が、目の前で急にがくんと下がる。

「ぬ!?」

彼は反射的に彼女に手を伸ばしたが、それは意味を成さなかった。
彼と彼女の足元には、さっきまで確かにあったはずの地面が無くなっていたのである。

「きゃああああああああああ!」
「なんぞおおおおおおおおおおお!!」






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無題
急ぎうpなのでミスあったらすみません。。。
たそ 2014/12/11(Thu) 編集
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