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襲われないという自信がある訳ではなかった。襲われても全く問題ない。むしろ早く襲って来いと、彼はそう思っていたのである。

先日彼がシスターに提案した、警察組織の知り合いうんぬんの話は全くの嘘だった。里を出たばかりの彼に、そんな人間がいようはずもない。道中誰かに挨拶をする度に無視されてきた彼にとっては、本当にあのシスターくらいが、かろうじて知り合いと言っていいかもしれない人間だったのだから。
では、なぜ彼がこんな嘘をついたのかと言えば……。

彼の背負っていたリュックには、看板の材料ともう一つ、荷物があった。
一見何の変哲もない筋肉トレーニング用のプロテインのように見えるものだが、彼がそれを使うと、まさに文字通りの圧倒的な“力”を発揮することが出来る。彼のこの筋骨隆々の姿と、看板作りの時のあの力は、これによってもたらされたものだ。
兵器『サバス』。容器に入っている粉を定期摂取することで、筋力操作をすることが出来るようになる。
そう。彼もまた、兵器を扱う人間の一人なのであった。彼は自分の力をもってして、この事態にかたをつけようとしたのである。

物にもよるが、兵器はひとたび行使すれば神のような力を発揮できる。シスターによれば、その力を悪用している人間が外界には多いようだった。
しかし、兵器を使う人間にも色々な種類の人間がいるのだ。全部が全部人にあだなす悪人という訳ではない。それを使って人の役に立っている人も確かにいるのだが、それを説明するには、シスターやここの人間は兵器の偏った面を見過ぎていた。だから彼は、自らもまた兵器使いであると言ってしまう事に躊躇したのだった。

それにもし、彼があの場で自分を兵器使いだと言ってしまったとしたら、きっと質問攻めにあっていただろう。そうなれば義理深い彼のこと、きっと色々なことを話してしまっていただろうと思われる。
しかしこの界隈の状況から見て、そうなることは避けた方が良さそうだった。知らないなら知らないでいた方が安全なのだ。兵器使いは自分の情報が漏れることを嫌うものが多いから、下手に知り過ぎてしまうと、この辺りで襲われた人達のように……

「止まれ」

消されてしまうかもしれないのだ。

(……!)

村から1,2キロ手前の雑木林の中をとぼとぼ歩いていると、突然低い声に彼は呼び止められた。
レインコートのフードの下ではあったが、これには彼も驚きを隠せなかった。

(……おかしいな)

彼の聴覚は、普通の人間のそれより遥かに優秀なはずだった。近づいてくる人間の足音などは容易に分かる。それは雨や何かしらの雑音が混ざっていても、同様である。別種類の音を聞き分ける能力も、同じように高いのだ。
彼は確かに警戒していた。なのに、気付けなかった。こうしてすっかり不利な状況になってしまった後で、ようやく気付いたのだった。

(囲まれてやがる)

バシャ、バシャ、という複数の足音が、彼の周囲でこれみよがしに鳴らされる。「囲んでいるぞ」「逃げられないぞ」というメッセージを発して、動きを制限するためだろう。そのくせ絶妙に姿が見えない距離でいるらしく、誰一人として姿を確認することは出来なかった。

「近くの村の人間だな。我々のことはもう聞いているだろう。10秒やる。その間に、荷を置いて去ればよし。しかし逆らえば……」
殊更低く、声の主は言った。
「死ぬことになる」

考える暇もなく、直後から無慈悲なカウントダウンが始まった。

「10、9……」
(さてと)
「8、7……」
(どうすっかな)

こんな状況でも、彼は冷静だった。ここまでの動きが事前に情報を得ていた通りであったのももちろんだったが、こんなにも彼が落ち着いてるのには、訳があった。
彼は、自分の力に絶対的な自信を持っていた。実際彼はとても強く、その自信から来る鉄のメンタルが、彼をまた強くしていた。兵器を持つ彼は当然ながら、一騎当千のつわものなのだった。
その超人的なタフネスさで、里では敵なしだった彼。最初は違ったのだが、絶えず修行をこなしていくうちに、いつしか彼の戦闘スタイルは常人のそれとは全く異質のものへと変わっていく。
『相手の攻撃を受けきった上で倒す』
普通に考えればとんでもなく不合理なやり方だが、これが今の彼の基本スタイルなのだった。

まず彼は聞き耳を立てながら、相手の細かい位置を探ろうとした。木による音の反射と雨のせいで確定は出来なかったが、声はどうやら、彼の正面の方から聞こえてくるようだった。

「3、2……」

カウントが進んでも、彼に動く気配はなかった。一応どうするか考えるそぶりは見せたものの、やはりいつもの方法でいくらしい。足を大きく開いて、何かしらの攻撃に備えている。

一見合理性を欠くこのプロレスラーのような手法だが、彼の耐久力からすると、一概に道理に合わないと断ずることも出来ない。
攻撃を受けるという行為は、ダメージが蓄積してしまうというデメリットに目を瞑れば、情報を得る最上の手段と言えなくもない。攻撃は相手の情報を多く含んでいる要素であるから、耐えられるのであれば受けてみた方が良い一面もあるだろう。実際彼はその戦法で相手の分析をして、幾度と無く勝利を収めてきている。少なくとも彼にとっては、有用なスタイルなのだと言うことは出来るのではないだろうか。

「1……」

しかしこの戦法にも、やはり弱点というべきものはある。

「ゼロ」

相手の攻撃が彼の耐久力を超えるもの、もしくは、耐久力とは関係の無い類のものだった場合。つまり……

「!ゴボ……ッ!」

必殺の一撃だった場合である。

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逃亡街道に雨が降る。

「かぁ~!気持ちわりいなあ!」
彼は、もうすでに役に立たなくなってしまっているレインコートをつまみながらぼやいた。
「あー……くっそ」
足元のぬかるみを、おおげさにばしゃばしゃと蹴り上げるようにして歩く。
「はぁ……」
心なしか、ここまで普通に引いてきたはずの荷車も重く感じる。闇には人の力を吸い取るような何かがあるのかもしれない。何となくそんな風に思ってしまうくらい、このまとわりつく雨と暗闇は、彼を少しづつ疲弊させていったのだった。
彼の溜息は、その夜の暗黒と、生ぬるい雨の音に吸い込まれるようにして、静かに消えていった。


ここは逃亡街道8号線。村と村の間を結ぶ、およそ5キロ程の短い道路である。
彼は、その中程に居た。一人で引いてくるにはかなり大きめの荷車をともなって、雨の中をゆっくりと歩いている最中だ。

荷車には、当然ながら荷物も積んであった。雨よけのカバーの下には、いくらかの食料、酒、薪などの生活用品が積まれている。簡単に見積もっても、百キロ以上はゆうにある荷物である。
普通ならそれは、大人が数人で引くか、馬を使わなければならない重量になるはずだったが、何がどうなったのか、彼はこれを一人で引くことになっているのだった。

「うひー」

このままぼやく彼を見ていてもそれは分からないままなので、少し説明を加えることにする。
彼はあの炊き出しの後、シスターに向かって、ある役を買って出ていたのだ。

「ちっと金が無さ過ぎてな。この先またこんな感じでただ誰かの厄介になるのもまずいから、何かちょっとした仕事か何かあればお願いしたいんだが。金はほんと、少しでいいし」

力が自慢だから、荷運びがいい。彼がそう言うと、彼女は喜んで彼に仕事を割り振ってくれた。
しかし、いざ彼がその仕事に出ようとすると、彼女は途端に慌て出した。

「え、あの……?」

彼が割り当てられたのは、隣村との通商の一端であった。村の名産品を別の村に持っていって物々交換し、持って帰ってくるという簡単なものである。人並みのコミュニケーション能力がありさえすれば、誰がやっても特に何も問題は出ない仕事だった。
しかし前述のとおり、物量はかなりのものとなるから、彼が一人で荷車を引こうとするのを見て、彼女は声をかけたのだった。

「あの、馬があちらにいますから、使ってください。重いですよ?あと一応あちらに警備の方もいるので」

昼間でも最近は物騒だということで、通商の時はそれなりの人をともなって行なっているらしい。最低4、5人は同行者を連れていかねばならないらしかったが、彼はなぜか、これを頑なに拒んだ。


「や、でも一人で運べるし。ほらほら」

馬でもそうは速く動けない荷車を、彼はそう言って軽々と引いて見せた。一人で引けるなら、人件費も削減できていいだろうと彼は言った。
その主張に、最初はううむと唸っていた彼女だったが、ぐるぐると驚異的な速さでその場を回り続ける彼に、全く折れる様子がないのを感じ取ったのか、ついには根負けした。

「では、こうしましょう」
そうは言ってもやはり危険。だから彼女は、彼がその仕事を一人でやるにあたり、条件を出した。

まず一つは、一番近い村との通商だけを担うこと。遠くなるとどうしても危険度が増してしまうということだったが、これには特に、彼にも異論は無かった。
しかし二つ目。この条件には、彼は眉をひそめた。
夜にまでかかりそうな時は、絶対に仕事に出てはいけない。彼女は強く光る目で、彼にそう言ったのだった。
彼がこの仕事を始めようとした理由。その動機からすれば、この条件は非常に困ったものだったが、彼はとりあえずその場では了承したのだった。

彼が仕事を請け負った経緯に関しては以上である。問題は、どうして彼が今こんな状況の中にいるのかだが、これについては簡単だ。単なる命令違反である。

もし今回彼が盗賊に襲われ、荷物を奪われてしまった場合は、全て彼の責任となる。運んでいた荷物の時価相当の金額を、彼自身が補償することになるだろう。彼は本当に路銀の類を一切持っていないから、この場合、しばらくタダ働きの刑にでもなってしまうと思われる。

しかしとうの彼は、そういう心配はしていなかった。絶対にそんな事にはならないと思っていたのである。






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旅は道連れ世は情け。彼は、目の前の食事にがっつきながら言った。

「やー、助かったわマジで」

汁物と、米飯を配る若いシスターに彼は感謝した。

「そらそうだわな。旅に出るのに食い物一切持ってかないとか、完全にアホだよな」

彼がそう恥ずかしそうに笑うと、シスターも口に手を当てながら、静かに笑った。

「ふふっ。本当に良かったですね」

腹が減っては戦は出来ない。戦じゃなくても、何かをするのであればそれは同じなのだ。

何個目かの看板を直し終えた後、彼は街道の途中にあった村で行われていた、この大規模な炊き出しに遭遇していた。
それまでまるで意識していなかった彼だったが、道行く人が湯気の立ち上る、大変いい匂いのするものを持っているのを見て、その時気が付いてしまったのだ。

(あ、俺食い物もってねえ……)

看板のことに夢中で、彼は一切の水食料を持たずに旅に出てしまったのだった。リュックの中身は看板改変のための材料のみで、本当に水の一滴さえも入ってはいなかった。
気付いてしまうと、空腹という原始的欲求には抗い難いものがあった。彼はダメ元で炊き出しにあやかれないかと、ふらふらとおぼつかない足取りでこのシスターの元に向かい、助けを乞うた。
結果、今に至る。

「シスター!俺にも!」
「おじょうちゃんわしにもくれるかのぉ」
「このスープうまいですね!何使ってるんです?マヨネーズ??」

シスターと談笑していると、次々と炊き出しに群がってくる者の言葉の中から、場にそぐわない言葉が出てきて彼の耳が反応した。
普段なら気にも留めなかったかもしれない。しかし炊き出しという、人との距離感が縮まりやすいロケーションというのも手伝って、いやこれ味噌汁だしさすがに使ってねえだろう……と、何となくそれにツッコんでやりたくなり、彼は後ろを向いた。

「んげ!もうこんな時間かよ!やばいやばい!」

しかしその違和感の声の主は、もうとっくに人混みの遥か遠くに行ってしまっていた。街道中の人間が集まっているのではないかというくらいの混雑で、誰とも知れない一人の人間を目で追うのは、視力のいい彼でも難しかった。
さすがに追いかけて行ってまでツッコむのもおかしいと思った彼は、仕方なく、また持っている食事に目を落とした。

「ほんと、すごい人だな。大盛況って感じだなあ」

何の気なしに、ふとこぼれた言葉だった。彼がそう言うと、シスターは味噌汁を装いながら、「ええ」とだけ小さくこぼした。

「?」

汁をすすりながら、彼は顔を上げた。シスターの声色に、少しの違和が感じられた。
彼が再びシスターに目を向けると、先程までの心からの笑顔は、もうそこにはなかった。あれ程周りに笑顔を振りまいていたというのに、彼女はいつの間にか眉を深く寄せ、ぎこちない笑顔で配膳をしているのだった。
自分の言葉の直後にこんな反応をされたものだから、彼は不安になった。

「……なんか俺、変なこと言ったか?」

シスターは、彼のその言葉にハッとして、慌てて作り笑顔で彼に向いた。

「あ、いえ!違うんです」
「違う?」

わざわざ疑問符で返したのに、それでもなぜか彼女は、彼に先を言おうとはしなかった。

「何が違う?」

彼は先を促した。ついさっきまで、自分が当然のように享受していた彼女の笑顔が曇ったままでいるのは、これから炊き出しにあやかろうという後続の者達に申し訳ない気がした。きちんと理由を聞いて、出来るものなら解決して、また元のように笑って欲しかったのだった。

だから彼は諦めなかった。彼はずい、と彼女のパーソナルスペースにまで寄り、得意の変顔までしてみせた。
そこまでしてようやく、彼女に苦笑ながらも少しの笑顔が戻る。彼の勝利であった。執拗にせまられて観念した彼女は、やっと理由を話し出してくれた。

「難民が流れてきているんです」と、それでもまだ重そうに彼女は言った。
「難民?」
「ええ」

話している間にも、彼女の腕はせわしなく動く。まだまだ次から次へと、彼女の前に色んな人間が恵みを求めてやってきているからだ。

この村の遥か先、どこか大きな国で何かが起き、その結果多くの難民がこの辺りに流れてきてしまっているのだと、彼女は言った。

「?何か、えらくはっきりしないんだな」
不確定情報の多さに、この辺りにいるやつに聞けばいいのにと彼が言うと、彼女は首を横に振った。
「家を奪われて疲弊している人達に、これ以上鞭打つようなことは」
言われて彼は、納得した。
「出来ねえ、か……」

周りを見ると、確かに彼のようなただの旅人ばかりではないのだった。家財道具一式とも思えるような大きな荷車を引く人達がちらほら目につき、寄り集まっては静かに食事に口を付けている。中にはもっと酷い、本当に着のみ着のままのような人達まで居た。

「こりゃ悪いことしたかな……」
気付けなかったこの惨状に、嬉々として施しを受けてしまった事を悔やむ彼。そんな彼に、しかし彼女はまた首を横に振った。
「気になさらないでください。お祭りみたいなものだと思って頂ければ」

歩き疲れて元気を失くした人も、活気のある場所で元気を取り戻して欲しい。そういう願いで、彼女らはこの炊き出しを始めたらしい。

「なるほどな」
「でもやっぱり、全然足りないんです」

足りない?と彼は首を傾げた。施しを受けてしまった者が言うのも何だが、炊き出しの量は十分のように思えた。

「確かに、炊き出しだけなら全然問題はないんです。ですけど……」彼女は、ボロボロの衣服で辺りを駆け回る子供に目を移した。「一時的なものでしかないですから。本当の意味で助けてあげることが出来ないのが、心苦しいです」

今いる大体の人間に行き渡ったのか、炊き出しを受け取りに来る人がまばらになってくる。そのタイミングで、彼女は近くに居たさらに若いシスターにそこを任せた。

「生活が立ち行かなくなって、盗賊化している人達がいるくらいで。そういう人達が平和な村を襲ったりして、難民が新しい難民を生んでいっている状況なんです。だからそんな状態でこんな炊き出しなんかしているだけでは、焼け石に水に過ぎないんです」

彼女は本当にシスターなのだった。精神的に自分が削れてしまうことなど気にもせず、周りの痛みを共有してしまうのだ。
彼女は唇を歪ませ、今にも泣き出しそうな顔で遊んでいる子供達を見つめている。

「せめて大きな盗賊団さえ抑えることが出来れば、この周辺の土地に定住を勧めることも出来るのですが……今はまだ……」

彼はまた、首を傾げた。
この辺りにだって、警察組織くらいはあるだろうと彼は言った。対人用にきっちりと訓練された人間が、どの地域にも必ずいるはずだからだ。今は街でも村でも、どこもなにがしかの国にきちんと所属していて、無法地帯などはないはずだった。
しかし、彼女の深刻そうな顔を見ると、ことはそう簡単なものでもないらしいのだった。

「……兵器」

ぼそりとシスターがこぼした言葉に、彼の耳がぴくりと動く。

「何だって?」

思わず彼が聞き返すと、彼女は眉をひそめながら、彼の方に向いた。

「あなたは、“兵器”というものを御存知ですか?」

怖いくらいの真っ直ぐな瞳で見上げられた。敵か味方か、品定めでもしているかのように。

「……いや」

名前くらいはさすがに知っている。しかしどういうものかについては、具体的には分からない。彼はあえて、そう答えた。

「……そうですか」

ひと目で分かるくらい、彼女はそれに対して嫌悪の感情を抱いていたのだった。
「私にもよくは分からないのですが……」
と、伝聞でしかないとしながらも、彼女は苦虫を噛み潰したような顔で、それについて説明し始めた。

ボロボロになってここにたどり着いた人達は、誰もが口々に言うそうである。
あれは天変地異だ。神の怒りだ。
いやいや違う。何かの奇術だマジックだ……。
当を得ない彼らの主張だったが、それでも長い間の情報の蓄積で、最近朧気ながらも分かってきたことは……

「武器です」苦々しい顔のまま、彼女は言った。「それも、とても強力な」
刀や剣。槍などとは一線を画す。持っているだけで一騎当千の力を持ち得るもの。そう彼女は付け加えた。
「……ふむ」
「普通の人が持っていても、ですよ?」

あまり驚かなかったのを不自然に思ったのか、彼女は彼に強調した。
だから彼は、少し驚いたふりを付け加えた。

「なるほど。そりゃあぶねえもんだな」
「そうでしょう」
「でもよ、それを強力な武器だって断定したのは何でだ?誰かが実際にそれを行使しているのを見たやつがいるってことか?」

彼がそう訊くと、彼女は頷き、また話し出した。
どうも襲われる人々には、ある共通点があるらしい。

「ナハトイェーガー」
単語のせいか、彼には、その彼女の声も静かに耳に響いた気がした。

暗い夜。雨の日にだけ、それは襲ってくる。

おかしなことに、近づく音は聞こえない。気付いた頃にはもう遅く、いつの間にやら多くの足音が自分たちを囲んでいる。なのに、姿形はまるで見えない。
そのうち暗い闇の奥から声がして、積み荷か命か、選ぶことを強いられる。
拒めば死。迷っているだけでも殺される。隣の人間が、次々と悲鳴もなしに崩れ落ちていく。
夜の狩人、盗賊団『ナハトイェーガー』である。

「……おいおい物騒だな」
これにはさすがの彼も、驚きを隠せなかった。
「気付いたら死んでるってことだろそりゃ。どうしようもないじゃねえか」
「はい。本当に。恐ろしいことです」
彼女は諦めたように首を振る。
「正確には、突然人が苦しみ出して倒れていくんだそうです。特に何かをされた訳でもなく」
それで、やられた人はそのまま……と、先は言わずに彼女は十字を切った。

「……なるほど」
彼はそれを聞いて、もはや確信した。
「確かに、そりゃ“兵器”だ」

心臓が一度、大きく脈打つ。彼は体に力が入るのを、どうしても抑えることが出来なかった。

使い方によっては手品や奇術に見えるだろう。もっとうまく使えば、魔法のように見せることも可能だ。状況的に見て、その盗賊団が使っているのは兵器だとみていいと、彼は思った。
そうして高揚感を抑えきれない彼とは対照的に、シスターは話していくうちにすっかり暗い顔になってしまっていた。神職に属する彼女にとっては、これ以上胸の痛むこともないのだろう。この世の終わりみたいな顔をしている。

彼は持っていた箸を置き、頭をかいた。
そうだった。自分は彼女にこんな顔をさせるために、話をしているのではなかった。
そこで、彼は俯く彼女に、ある提案をした。

「……俺の知り合いによ」
「?」
「俺の知り合いに、ある警察組織に属しているやつがいてな」
シスターに嘘をつくというのは少し後ろめたいものがあったが、結果が変わらないのであれば別にいいだろうと彼は思った。
「そいつが、実はその“兵器”専門の機関でな。動けば検挙率100%のスペシャリスト集団なんだ。その盗賊団も言えばたぶん捕まえてくれるはずだから、ちょっと俺が頼んでみようと思う」
彼のそれに、彼女の顔が一気にほころぶ。
「本当ですか!?」
「ああ」

彼女が笑顔になればなるほど、彼の心にプレッシャーがのしかかる。
しかし彼は、くまたそだった。鉄の心臓をもつ男には、それはむしろ心地いいものだった。

「でも、いいんですか?」
「あん?」
「ご迷惑ではないのですか?」
「ああ、そんなの」
彼は手元のトレイをくい、と動かして言った。
「飯の礼だよ。ほんと助かったからなあ」
彼は義理堅い男だった。たとえ些細な恩であっても、必ずきっちり返すのだ。
「あ、ありがとうございます!」
何度も何度も腰を折る彼女に、ひらひらと手を振る彼。
「いいっていいって」

彼女はほんとうに嬉しそうで、もう完全に元の笑顔を取り戻している。それを見て、彼もしたりと笑った。
彼は深くは考えていなかったが、ある意味、彼の旅の方向性が決まってしまったかもしれない瞬間であった。

「こんなうまい米飯とスープをもらっちゃあな。黙ってられねえだろ」
同時に、
「ほんと、うまいなこの味噌スープ。よく出来てるわ」
「あ、ありがとうございます。皆さんにも好評なんですよ」
「何使ってんだ?」
「実はですね。コクを出すためと、あと皆さん不足しているだろうカロリーを簡単に摂取出来るように」
「ふむふむ」
「マヨネーズを使っているんです」
「使ってんのかよ!!」

彼のツッコミ気質が、花開いた瞬間でもあった。

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おもむろに彼は背負っていた大きなリュックをその場に下ろしたかと思うと、中をまさぐって、何か木の角材のようなものを取り出した。

「さて」

口笛を吹きながら、彼はさらにジャラジャラとリュックの中身を地面に広げていく。大小様々な木材と、釘であった。

彼はまず、その取り出した数十センチ四方の長方形の木の板を地面に置いた。その上に、今度は細長い一メートルくらいの角材を重なるように置いた。
立ち上がって、細い角材の方に何個か釘を投げつける。するとそれは見事に垂直に刺さり、あとは打ち込むだけ、という所までになった。

「よし」

彼は、両の拳を腰のあたりに置き、息を吸い込んだ。そしてその息を吐くと同時に、繰り出した。

   (~)
 γ´⌒`ヽ ババババババババ!
  {i∩i:i∩} =つ =つ
 ( `・ω・)=つ≡つ  「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
 (っ ≡つ=つ=つ
 /   ) =つ =つ=つ
 ( / ̄∪    =つ =つ

彼はハンマーやペンチなどの工具類を一切持っていなかった。必要なかったのである。
彼の筋力を持ってすれば、こうして釘は、小刻みに掌底を使って押し込んでしまえばいいのだ。なんとも便利な体である。日曜大工は彼に任せてしまった方が、早く済んでいいだろう。

そして今度は、リュックから大きなハケと缶詰のようなものをいくつか取り出し、その缶詰を彼はこれまた素手で器用にあけた。
缶の中身は、色とりどりのペンキだった。

「ふんふんふーん♪」

口笛から鼻歌へと移行する。上機嫌な彼は、そのままそのペンキとハケを使って、作ってしまったのである。
元の通り、いや、元より断然小奇麗に見やすくなった、道案内の看板を。

「ふっふ……」

しかし彼は、完成した看板を掲げて不敵な笑みを漏らした。もし近くに誰かが居たとしたら、問答無用で通報されていただろう。それはおよそ、良いことをした人間がこぼすような、健全な笑みではなかったのだ。
理由は簡単であった。彼は看板を、完全な元通りにはしなかったのである。ある場所の記述を、改ざんしていたのだ。

この街道の名は逃亡街道6号線と言って、『タソ族大逃亡線』上に無数に存在する街道の一つである。世界のどこよりも綺麗に整備されたこの街道は、交易が盛んで人の往来が激しく、活気がある。おかげで安全に旅ができ、なおかつ辿っているだけでタソ族達が残した遺跡に触れることができるとあって、バックパッカーなどの旅人達に人気なのであった。

こんなに素晴らしいものであるにも関わらず、しかし彼は、ある点が気に食わなかったのだ。

「なぁにが、“逃亡”街道だ」

なんと彼は、長年この辺りの住民や、旅人達に慣れ親しまれていた逃亡街道というその名前自体を改ざんしてしまったのである。
『タソ族栄光街道』
彼は、新しい看板にそう記した。

「……俺は逃げん」

ただ明朗快活に見える彼だったが、そんな彼にも、何か色々な想いや、背負っているものがあるようである。
彼はどこまでも続いていくような、街道の先を見据えた。

(まずはここから。俺が塗り替える)

ミシ、と軋む音がするほど、彼は両拳を握りこんだ。
そうして遠い地平線を見やる彼には、並々ならぬ決意が感じられた。

「さて、次いくか」

リュックを背負い、そのまま彼は歩き出した。いつ終わるとも知れない、長い長い旅の始まりであった。






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目の端に何かを捉えた彼は、早速仕事を開始した。

「……ふむ」

彼は道案内のための立て看板と思われるものの前に立ち、何やら構えをとった。
小さい体から、何か闘気のようなものが立ち上る。コオォ、という独特の呼吸をしながら目を瞑るその様は、武道における精神統一のように見えた。

「ムゥン!!」

低い唸り声と共にかっ、と彼が目を見開いた瞬間、彼の体は驚くべき変化を遂げた。
少年のような体が、一気に成長した。子供のような姿から、完全な大人のそれへと変わったのである。

本来、あり得ないことであった。彼の種族は元々、子熊を人型に近づけたような可愛らしい姿をしていて、大人になってもその姿は変わることが無いというもののはずなのだから。
そう。彼は異端児なのだった。ある理由から、彼はそういう能力を持つに至ったのだ。

『変身』した後の彼は、実に2メートルに届こうかというくらいの巨漢となる。目の前に立てば、ツキノワグマやヒグマと対峙した時のように威圧を感じるはずだ。彼のその筋骨隆々の姿には、まさにそんな大熊達が有する所の、圧倒的なパワーやエネルギーが全て内包されているのだ。だから、もし何らかの経緯で彼のこの状態を見るに至り、その結果逃げ出すことを選んだとしても、誰もその者を非難する人間はいないはずである。腕や足などはもう丸太のようであるし、仮になにかしらの攻撃を受けた場合、無事ではすまないのは子供でも分かるだろうから。

逃げれるものは逃げるべきである。しかし残念なことに、今回彼の標的になったものは、逃げることが出来ないのであった。

「オラア!!!」

逃亡街道を中心に据えて、きっと長い間ここで旅人達の道案内をしてきたはずの看板は、彼の咆哮と共に繰り出された無慈悲な拳によって、無残に叩き壊されてしまった。

やはり普通ではないのだった。当たった瞬間、看板は、花火が炸裂するように爆散したのである。

少し自分で想像してみれば分かることだが、並の攻撃力ではこうはならないはずだった。もし普通の大人の人間の男が同じ事をすれば、細い部分は折れるものの、せいぜいそのままの形で看板は吹っ飛んでいって、良くて落下のショックやどこか固い所に当たって壊れるという図式くらいにしか、ならないはずである。こんな風に粉微塵になるようなことは、絶対にないはずである。

つまるところ彼の拳は、何か特別な力を帯びているのだった。一体何が彼にここまでの力を与えているのか。要所をかいつまんで言えば説明することは可能だが、今はまだ、そのことは伏せておくこととする。やはり実際の場面に即して見てみるのが、本当の理解には一番なはずである。この部分については、もう少しだけ待ってみてほしい。


さて、話は目の前のことに戻る。今回、このように公共物を破壊してしまうという暴挙に出た彼だったが、ここで断りをいれておかなければならない。
彼は決して傍若無人得手勝手な人物という訳ではない。加えて、挨拶が返ってこなくてイライラしていたという訳でもない。この破壊行為には、彼なりにではあるが、きちんとした理由があったのだ。







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