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旅は道連れ世は情け。彼は、目の前の食事にがっつきながら言った。

「やー、助かったわマジで」

汁物と、米飯を配る若いシスターに彼は感謝した。

「そらそうだわな。旅に出るのに食い物一切持ってかないとか、完全にアホだよな」

彼がそう恥ずかしそうに笑うと、シスターも口に手を当てながら、静かに笑った。

「ふふっ。本当に良かったですね」

腹が減っては戦は出来ない。戦じゃなくても、何かをするのであればそれは同じなのだ。

何個目かの看板を直し終えた後、彼は街道の途中にあった村で行われていた、この大規模な炊き出しに遭遇していた。
それまでまるで意識していなかった彼だったが、道行く人が湯気の立ち上る、大変いい匂いのするものを持っているのを見て、その時気が付いてしまったのだ。

(あ、俺食い物もってねえ……)

看板のことに夢中で、彼は一切の水食料を持たずに旅に出てしまったのだった。リュックの中身は看板改変のための材料のみで、本当に水の一滴さえも入ってはいなかった。
気付いてしまうと、空腹という原始的欲求には抗い難いものがあった。彼はダメ元で炊き出しにあやかれないかと、ふらふらとおぼつかない足取りでこのシスターの元に向かい、助けを乞うた。
結果、今に至る。

「シスター!俺にも!」
「おじょうちゃんわしにもくれるかのぉ」
「このスープうまいですね!何使ってるんです?マヨネーズ??」

シスターと談笑していると、次々と炊き出しに群がってくる者の言葉の中から、場にそぐわない言葉が出てきて彼の耳が反応した。
普段なら気にも留めなかったかもしれない。しかし炊き出しという、人との距離感が縮まりやすいロケーションというのも手伝って、いやこれ味噌汁だしさすがに使ってねえだろう……と、何となくそれにツッコんでやりたくなり、彼は後ろを向いた。

「んげ!もうこんな時間かよ!やばいやばい!」

しかしその違和感の声の主は、もうとっくに人混みの遥か遠くに行ってしまっていた。街道中の人間が集まっているのではないかというくらいの混雑で、誰とも知れない一人の人間を目で追うのは、視力のいい彼でも難しかった。
さすがに追いかけて行ってまでツッコむのもおかしいと思った彼は、仕方なく、また持っている食事に目を落とした。

「ほんと、すごい人だな。大盛況って感じだなあ」

何の気なしに、ふとこぼれた言葉だった。彼がそう言うと、シスターは味噌汁を装いながら、「ええ」とだけ小さくこぼした。

「?」

汁をすすりながら、彼は顔を上げた。シスターの声色に、少しの違和が感じられた。
彼が再びシスターに目を向けると、先程までの心からの笑顔は、もうそこにはなかった。あれ程周りに笑顔を振りまいていたというのに、彼女はいつの間にか眉を深く寄せ、ぎこちない笑顔で配膳をしているのだった。
自分の言葉の直後にこんな反応をされたものだから、彼は不安になった。

「……なんか俺、変なこと言ったか?」

シスターは、彼のその言葉にハッとして、慌てて作り笑顔で彼に向いた。

「あ、いえ!違うんです」
「違う?」

わざわざ疑問符で返したのに、それでもなぜか彼女は、彼に先を言おうとはしなかった。

「何が違う?」

彼は先を促した。ついさっきまで、自分が当然のように享受していた彼女の笑顔が曇ったままでいるのは、これから炊き出しにあやかろうという後続の者達に申し訳ない気がした。きちんと理由を聞いて、出来るものなら解決して、また元のように笑って欲しかったのだった。

だから彼は諦めなかった。彼はずい、と彼女のパーソナルスペースにまで寄り、得意の変顔までしてみせた。
そこまでしてようやく、彼女に苦笑ながらも少しの笑顔が戻る。彼の勝利であった。執拗にせまられて観念した彼女は、やっと理由を話し出してくれた。

「難民が流れてきているんです」と、それでもまだ重そうに彼女は言った。
「難民?」
「ええ」

話している間にも、彼女の腕はせわしなく動く。まだまだ次から次へと、彼女の前に色んな人間が恵みを求めてやってきているからだ。

この村の遥か先、どこか大きな国で何かが起き、その結果多くの難民がこの辺りに流れてきてしまっているのだと、彼女は言った。

「?何か、えらくはっきりしないんだな」
不確定情報の多さに、この辺りにいるやつに聞けばいいのにと彼が言うと、彼女は首を横に振った。
「家を奪われて疲弊している人達に、これ以上鞭打つようなことは」
言われて彼は、納得した。
「出来ねえ、か……」

周りを見ると、確かに彼のようなただの旅人ばかりではないのだった。家財道具一式とも思えるような大きな荷車を引く人達がちらほら目につき、寄り集まっては静かに食事に口を付けている。中にはもっと酷い、本当に着のみ着のままのような人達まで居た。

「こりゃ悪いことしたかな……」
気付けなかったこの惨状に、嬉々として施しを受けてしまった事を悔やむ彼。そんな彼に、しかし彼女はまた首を横に振った。
「気になさらないでください。お祭りみたいなものだと思って頂ければ」

歩き疲れて元気を失くした人も、活気のある場所で元気を取り戻して欲しい。そういう願いで、彼女らはこの炊き出しを始めたらしい。

「なるほどな」
「でもやっぱり、全然足りないんです」

足りない?と彼は首を傾げた。施しを受けてしまった者が言うのも何だが、炊き出しの量は十分のように思えた。

「確かに、炊き出しだけなら全然問題はないんです。ですけど……」彼女は、ボロボロの衣服で辺りを駆け回る子供に目を移した。「一時的なものでしかないですから。本当の意味で助けてあげることが出来ないのが、心苦しいです」

今いる大体の人間に行き渡ったのか、炊き出しを受け取りに来る人がまばらになってくる。そのタイミングで、彼女は近くに居たさらに若いシスターにそこを任せた。

「生活が立ち行かなくなって、盗賊化している人達がいるくらいで。そういう人達が平和な村を襲ったりして、難民が新しい難民を生んでいっている状況なんです。だからそんな状態でこんな炊き出しなんかしているだけでは、焼け石に水に過ぎないんです」

彼女は本当にシスターなのだった。精神的に自分が削れてしまうことなど気にもせず、周りの痛みを共有してしまうのだ。
彼女は唇を歪ませ、今にも泣き出しそうな顔で遊んでいる子供達を見つめている。

「せめて大きな盗賊団さえ抑えることが出来れば、この周辺の土地に定住を勧めることも出来るのですが……今はまだ……」

彼はまた、首を傾げた。
この辺りにだって、警察組織くらいはあるだろうと彼は言った。対人用にきっちりと訓練された人間が、どの地域にも必ずいるはずだからだ。今は街でも村でも、どこもなにがしかの国にきちんと所属していて、無法地帯などはないはずだった。
しかし、彼女の深刻そうな顔を見ると、ことはそう簡単なものでもないらしいのだった。

「……兵器」

ぼそりとシスターがこぼした言葉に、彼の耳がぴくりと動く。

「何だって?」

思わず彼が聞き返すと、彼女は眉をひそめながら、彼の方に向いた。

「あなたは、“兵器”というものを御存知ですか?」

怖いくらいの真っ直ぐな瞳で見上げられた。敵か味方か、品定めでもしているかのように。

「……いや」

名前くらいはさすがに知っている。しかしどういうものかについては、具体的には分からない。彼はあえて、そう答えた。

「……そうですか」

ひと目で分かるくらい、彼女はそれに対して嫌悪の感情を抱いていたのだった。
「私にもよくは分からないのですが……」
と、伝聞でしかないとしながらも、彼女は苦虫を噛み潰したような顔で、それについて説明し始めた。

ボロボロになってここにたどり着いた人達は、誰もが口々に言うそうである。
あれは天変地異だ。神の怒りだ。
いやいや違う。何かの奇術だマジックだ……。
当を得ない彼らの主張だったが、それでも長い間の情報の蓄積で、最近朧気ながらも分かってきたことは……

「武器です」苦々しい顔のまま、彼女は言った。「それも、とても強力な」
刀や剣。槍などとは一線を画す。持っているだけで一騎当千の力を持ち得るもの。そう彼女は付け加えた。
「……ふむ」
「普通の人が持っていても、ですよ?」

あまり驚かなかったのを不自然に思ったのか、彼女は彼に強調した。
だから彼は、少し驚いたふりを付け加えた。

「なるほど。そりゃあぶねえもんだな」
「そうでしょう」
「でもよ、それを強力な武器だって断定したのは何でだ?誰かが実際にそれを行使しているのを見たやつがいるってことか?」

彼がそう訊くと、彼女は頷き、また話し出した。
どうも襲われる人々には、ある共通点があるらしい。

「ナハトイェーガー」
単語のせいか、彼には、その彼女の声も静かに耳に響いた気がした。

暗い夜。雨の日にだけ、それは襲ってくる。

おかしなことに、近づく音は聞こえない。気付いた頃にはもう遅く、いつの間にやら多くの足音が自分たちを囲んでいる。なのに、姿形はまるで見えない。
そのうち暗い闇の奥から声がして、積み荷か命か、選ぶことを強いられる。
拒めば死。迷っているだけでも殺される。隣の人間が、次々と悲鳴もなしに崩れ落ちていく。
夜の狩人、盗賊団『ナハトイェーガー』である。

「……おいおい物騒だな」
これにはさすがの彼も、驚きを隠せなかった。
「気付いたら死んでるってことだろそりゃ。どうしようもないじゃねえか」
「はい。本当に。恐ろしいことです」
彼女は諦めたように首を振る。
「正確には、突然人が苦しみ出して倒れていくんだそうです。特に何かをされた訳でもなく」
それで、やられた人はそのまま……と、先は言わずに彼女は十字を切った。

「……なるほど」
彼はそれを聞いて、もはや確信した。
「確かに、そりゃ“兵器”だ」

心臓が一度、大きく脈打つ。彼は体に力が入るのを、どうしても抑えることが出来なかった。

使い方によっては手品や奇術に見えるだろう。もっとうまく使えば、魔法のように見せることも可能だ。状況的に見て、その盗賊団が使っているのは兵器だとみていいと、彼は思った。
そうして高揚感を抑えきれない彼とは対照的に、シスターは話していくうちにすっかり暗い顔になってしまっていた。神職に属する彼女にとっては、これ以上胸の痛むこともないのだろう。この世の終わりみたいな顔をしている。

彼は持っていた箸を置き、頭をかいた。
そうだった。自分は彼女にこんな顔をさせるために、話をしているのではなかった。
そこで、彼は俯く彼女に、ある提案をした。

「……俺の知り合いによ」
「?」
「俺の知り合いに、ある警察組織に属しているやつがいてな」
シスターに嘘をつくというのは少し後ろめたいものがあったが、結果が変わらないのであれば別にいいだろうと彼は思った。
「そいつが、実はその“兵器”専門の機関でな。動けば検挙率100%のスペシャリスト集団なんだ。その盗賊団も言えばたぶん捕まえてくれるはずだから、ちょっと俺が頼んでみようと思う」
彼のそれに、彼女の顔が一気にほころぶ。
「本当ですか!?」
「ああ」

彼女が笑顔になればなるほど、彼の心にプレッシャーがのしかかる。
しかし彼は、くまたそだった。鉄の心臓をもつ男には、それはむしろ心地いいものだった。

「でも、いいんですか?」
「あん?」
「ご迷惑ではないのですか?」
「ああ、そんなの」
彼は手元のトレイをくい、と動かして言った。
「飯の礼だよ。ほんと助かったからなあ」
彼は義理堅い男だった。たとえ些細な恩であっても、必ずきっちり返すのだ。
「あ、ありがとうございます!」
何度も何度も腰を折る彼女に、ひらひらと手を振る彼。
「いいっていいって」

彼女はほんとうに嬉しそうで、もう完全に元の笑顔を取り戻している。それを見て、彼もしたりと笑った。
彼は深くは考えていなかったが、ある意味、彼の旅の方向性が決まってしまったかもしれない瞬間であった。

「こんなうまい米飯とスープをもらっちゃあな。黙ってられねえだろ」
同時に、
「ほんと、うまいなこの味噌スープ。よく出来てるわ」
「あ、ありがとうございます。皆さんにも好評なんですよ」
「何使ってんだ?」
「実はですね。コクを出すためと、あと皆さん不足しているだろうカロリーを簡単に摂取出来るように」
「ふむふむ」
「マヨネーズを使っているんです」
「使ってんのかよ!!」

彼のツッコミ気質が、花開いた瞬間でもあった。

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無題
万能調味料マヨネーズか、兵器千戦の彼を思い出しますね。まさか……!
RR 2013/05/06(Mon) 編集
無題
ナハトウェーイwwwwwwwwww
やん 2013/05/07(Tue) 編集
無題
たそ考案の兵器の正体が楽しみですじゃ

助けてくれた名も知らぬタソ族に淡い恋心を抱くシスター
しかしくまたそは彼女を振り返ることなく再び旅に出る
男には、恋より大切なものがあるのだ…
そんなラブロマンス展開はまだですじゃかのう???
のすけ 2013/05/07(Tue) 編集
無題
>RR
さすがロンロンや。しっかり気付くとはな!

>やん
ぶろすぞ?

>のすけ
適当に作ったゴミ兵器ぞwwwwwwww期待するなおwwwwwwww

あ、シスターはもう出てこない予定だったんだが……どうするか……w
くまたそ 2013/05/11(Sat) 編集
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