襲われないという自信がある訳ではなかった。襲われても全く問題ない。むしろ早く襲って来いと、彼はそう思っていたのである。
先日彼がシスターに提案した、警察組織の知り合いうんぬんの話は全くの嘘だった。里を出たばかりの彼に、そんな人間がいようはずもない。道中誰かに挨拶をする度に無視されてきた彼にとっては、本当にあのシスターくらいが、かろうじて知り合いと言っていいかもしれない人間だったのだから。
では、なぜ彼がこんな嘘をついたのかと言えば……。
彼の背負っていたリュックには、看板の材料ともう一つ、荷物があった。
一見何の変哲もない筋肉トレーニング用のプロテインのように見えるものだが、彼がそれを使うと、まさに文字通りの圧倒的な“力”を発揮することが出来る。彼のこの筋骨隆々の姿と、看板作りの時のあの力は、これによってもたらされたものだ。
兵器『サバス』。容器に入っている粉を定期摂取することで、筋力操作をすることが出来るようになる。
そう。彼もまた、兵器を扱う人間の一人なのであった。彼は自分の力をもってして、この事態にかたをつけようとしたのである。
物にもよるが、兵器はひとたび行使すれば神のような力を発揮できる。シスターによれば、その力を悪用している人間が外界には多いようだった。
しかし、兵器を使う人間にも色々な種類の人間がいるのだ。全部が全部人にあだなす悪人という訳ではない。それを使って人の役に立っている人も確かにいるのだが、それを説明するには、シスターやここの人間は兵器の偏った面を見過ぎていた。だから彼は、自らもまた兵器使いであると言ってしまう事に躊躇したのだった。
それにもし、彼があの場で自分を兵器使いだと言ってしまったとしたら、きっと質問攻めにあっていただろう。そうなれば義理深い彼のこと、きっと色々なことを話してしまっていただろうと思われる。
しかしこの界隈の状況から見て、そうなることは避けた方が良さそうだった。知らないなら知らないでいた方が安全なのだ。兵器使いは自分の情報が漏れることを嫌うものが多いから、下手に知り過ぎてしまうと、この辺りで襲われた人達のように……
「止まれ」
消されてしまうかもしれないのだ。
(……!)
村から1,2キロ手前の雑木林の中をとぼとぼ歩いていると、突然低い声に彼は呼び止められた。
レインコートのフードの下ではあったが、これには彼も驚きを隠せなかった。
(……おかしいな)
彼の聴覚は、普通の人間のそれより遥かに優秀なはずだった。近づいてくる人間の足音などは容易に分かる。それは雨や何かしらの雑音が混ざっていても、同様である。別種類の音を聞き分ける能力も、同じように高いのだ。
彼は確かに警戒していた。なのに、気付けなかった。こうしてすっかり不利な状況になってしまった後で、ようやく気付いたのだった。
(囲まれてやがる)
バシャ、バシャ、という複数の足音が、彼の周囲でこれみよがしに鳴らされる。「囲んでいるぞ」「逃げられないぞ」というメッセージを発して、動きを制限するためだろう。そのくせ絶妙に姿が見えない距離でいるらしく、誰一人として姿を確認することは出来なかった。
「近くの村の人間だな。我々のことはもう聞いているだろう。10秒やる。その間に、荷を置いて去ればよし。しかし逆らえば……」
殊更低く、声の主は言った。
「死ぬことになる」
考える暇もなく、直後から無慈悲なカウントダウンが始まった。
「10、9……」
(さてと)
「8、7……」
(どうすっかな)
こんな状況でも、彼は冷静だった。ここまでの動きが事前に情報を得ていた通りであったのももちろんだったが、こんなにも彼が落ち着いてるのには、訳があった。
彼は、自分の力に絶対的な自信を持っていた。実際彼はとても強く、その自信から来る鉄のメンタルが、彼をまた強くしていた。兵器を持つ彼は当然ながら、一騎当千のつわものなのだった。
その超人的なタフネスさで、里では敵なしだった彼。最初は違ったのだが、絶えず修行をこなしていくうちに、いつしか彼の戦闘スタイルは常人のそれとは全く異質のものへと変わっていく。
『相手の攻撃を受けきった上で倒す』
普通に考えればとんでもなく不合理なやり方だが、これが今の彼の基本スタイルなのだった。
まず彼は聞き耳を立てながら、相手の細かい位置を探ろうとした。木による音の反射と雨のせいで確定は出来なかったが、声はどうやら、彼の正面の方から聞こえてくるようだった。
「3、2……」
カウントが進んでも、彼に動く気配はなかった。一応どうするか考えるそぶりは見せたものの、やはりいつもの方法でいくらしい。足を大きく開いて、何かしらの攻撃に備えている。
一見合理性を欠くこのプロレスラーのような手法だが、彼の耐久力からすると、一概に道理に合わないと断ずることも出来ない。
攻撃を受けるという行為は、ダメージが蓄積してしまうというデメリットに目を瞑れば、情報を得る最上の手段と言えなくもない。攻撃は相手の情報を多く含んでいる要素であるから、耐えられるのであれば受けてみた方が良い一面もあるだろう。実際彼はその戦法で相手の分析をして、幾度と無く勝利を収めてきている。少なくとも彼にとっては、有用なスタイルなのだと言うことは出来るのではないだろうか。
「1……」
しかしこの戦法にも、やはり弱点というべきものはある。
「ゼロ」
相手の攻撃が彼の耐久力を超えるもの、もしくは、耐久力とは関係の無い類のものだった場合。つまり……
「!ゴボ……ッ!」
必殺の一撃だった場合である。
先日彼がシスターに提案した、警察組織の知り合いうんぬんの話は全くの嘘だった。里を出たばかりの彼に、そんな人間がいようはずもない。道中誰かに挨拶をする度に無視されてきた彼にとっては、本当にあのシスターくらいが、かろうじて知り合いと言っていいかもしれない人間だったのだから。
では、なぜ彼がこんな嘘をついたのかと言えば……。
彼の背負っていたリュックには、看板の材料ともう一つ、荷物があった。
一見何の変哲もない筋肉トレーニング用のプロテインのように見えるものだが、彼がそれを使うと、まさに文字通りの圧倒的な“力”を発揮することが出来る。彼のこの筋骨隆々の姿と、看板作りの時のあの力は、これによってもたらされたものだ。
兵器『サバス』。容器に入っている粉を定期摂取することで、筋力操作をすることが出来るようになる。
そう。彼もまた、兵器を扱う人間の一人なのであった。彼は自分の力をもってして、この事態にかたをつけようとしたのである。
物にもよるが、兵器はひとたび行使すれば神のような力を発揮できる。シスターによれば、その力を悪用している人間が外界には多いようだった。
しかし、兵器を使う人間にも色々な種類の人間がいるのだ。全部が全部人にあだなす悪人という訳ではない。それを使って人の役に立っている人も確かにいるのだが、それを説明するには、シスターやここの人間は兵器の偏った面を見過ぎていた。だから彼は、自らもまた兵器使いであると言ってしまう事に躊躇したのだった。
それにもし、彼があの場で自分を兵器使いだと言ってしまったとしたら、きっと質問攻めにあっていただろう。そうなれば義理深い彼のこと、きっと色々なことを話してしまっていただろうと思われる。
しかしこの界隈の状況から見て、そうなることは避けた方が良さそうだった。知らないなら知らないでいた方が安全なのだ。兵器使いは自分の情報が漏れることを嫌うものが多いから、下手に知り過ぎてしまうと、この辺りで襲われた人達のように……
「止まれ」
消されてしまうかもしれないのだ。
(……!)
村から1,2キロ手前の雑木林の中をとぼとぼ歩いていると、突然低い声に彼は呼び止められた。
レインコートのフードの下ではあったが、これには彼も驚きを隠せなかった。
(……おかしいな)
彼の聴覚は、普通の人間のそれより遥かに優秀なはずだった。近づいてくる人間の足音などは容易に分かる。それは雨や何かしらの雑音が混ざっていても、同様である。別種類の音を聞き分ける能力も、同じように高いのだ。
彼は確かに警戒していた。なのに、気付けなかった。こうしてすっかり不利な状況になってしまった後で、ようやく気付いたのだった。
(囲まれてやがる)
バシャ、バシャ、という複数の足音が、彼の周囲でこれみよがしに鳴らされる。「囲んでいるぞ」「逃げられないぞ」というメッセージを発して、動きを制限するためだろう。そのくせ絶妙に姿が見えない距離でいるらしく、誰一人として姿を確認することは出来なかった。
「近くの村の人間だな。我々のことはもう聞いているだろう。10秒やる。その間に、荷を置いて去ればよし。しかし逆らえば……」
殊更低く、声の主は言った。
「死ぬことになる」
考える暇もなく、直後から無慈悲なカウントダウンが始まった。
「10、9……」
(さてと)
「8、7……」
(どうすっかな)
こんな状況でも、彼は冷静だった。ここまでの動きが事前に情報を得ていた通りであったのももちろんだったが、こんなにも彼が落ち着いてるのには、訳があった。
彼は、自分の力に絶対的な自信を持っていた。実際彼はとても強く、その自信から来る鉄のメンタルが、彼をまた強くしていた。兵器を持つ彼は当然ながら、一騎当千のつわものなのだった。
その超人的なタフネスさで、里では敵なしだった彼。最初は違ったのだが、絶えず修行をこなしていくうちに、いつしか彼の戦闘スタイルは常人のそれとは全く異質のものへと変わっていく。
『相手の攻撃を受けきった上で倒す』
普通に考えればとんでもなく不合理なやり方だが、これが今の彼の基本スタイルなのだった。
まず彼は聞き耳を立てながら、相手の細かい位置を探ろうとした。木による音の反射と雨のせいで確定は出来なかったが、声はどうやら、彼の正面の方から聞こえてくるようだった。
「3、2……」
カウントが進んでも、彼に動く気配はなかった。一応どうするか考えるそぶりは見せたものの、やはりいつもの方法でいくらしい。足を大きく開いて、何かしらの攻撃に備えている。
一見合理性を欠くこのプロレスラーのような手法だが、彼の耐久力からすると、一概に道理に合わないと断ずることも出来ない。
攻撃を受けるという行為は、ダメージが蓄積してしまうというデメリットに目を瞑れば、情報を得る最上の手段と言えなくもない。攻撃は相手の情報を多く含んでいる要素であるから、耐えられるのであれば受けてみた方が良い一面もあるだろう。実際彼はその戦法で相手の分析をして、幾度と無く勝利を収めてきている。少なくとも彼にとっては、有用なスタイルなのだと言うことは出来るのではないだろうか。
「1……」
しかしこの戦法にも、やはり弱点というべきものはある。
「ゼロ」
相手の攻撃が彼の耐久力を超えるもの、もしくは、耐久力とは関係の無い類のものだった場合。つまり……
「!ゴボ……ッ!」
必殺の一撃だった場合である。
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