「ほれほれ。こっちぢゃこっち」
ムカイのその言葉に、彼は躍起になってその懐に飛び込んでいく。だがそれでも彼の攻撃は、空を切り続けた。
「……はは!すげえ!」
彼は生来負けず嫌いの気質だったはずだが、こうまで自分の攻撃をうまくかわされると、もはや感心を通り越して笑ってしまう。
「マジで当たんねえ!なんぞこれわろたwwwwww」
ここは遺跡都市バンガローに無数にある遺跡の一つ。東の遺跡。
至るところから水蒸気が吹き出し、硫黄の匂いが鼻を突く。都市を取り囲むようにある火山の中でも、最も活発な活動が観測される場所。そこに、その遺跡はあった。
そんな場所で、先刻彼は、ムカイから組手をやらないかと誘われた。
シノとウォンは黙々と発掘作業をしているだけで、何も起こらない。それなら、お互いの力量を確かめて連携を強化するためにも、やっておくべきだと言われたのだった。
そうして始められた組手だったが、どうにも。
「ふん!」
「ほい」
彼の攻撃は面白いほどに空を切る。もちろん彼もムカイも本気ではなかったが、力はともかく、技術については天と地程の差があることは明白だった。彼の攻撃はことごとくかわされ、ムカイの攻撃はことごとく彼の身体をとらえた。
「どうも、おかしなやつじゃのおおぬしは」
その攻防の中で、ムカイがぼそりと呟いた。
「何がだ?」
ムカイの正拳が彼の胸に当たる。彼はそれを筋肉で弾き返しながら答えた。
「なんで攻撃を避けないんじゃ?」
組手をやり始めて数刻。彼の戦闘スタイルにいち早く気付いたムカイは、彼にそう疑問を呈した。
「別に避けなくても大丈夫だからぞ」
彼はそれにしれっとそう答えたが、ムカイの方は、やはり納得がいかないようだった。
「まあ、そうなんじゃろうけど……」
それだと組手の意味があんまりないんじゃけどのお……。
と、ムカイはぼやいた。
実戦では攻撃を実際にその身に受けて相手の力を知ることが出来、なおかつ自分の本当の実力は隠すことが出来るという彼の戦闘スタイル。しかしそれは、お互いの実力を知るという目的の組手には、やはり適さない。ムカイが不満を漏らすのも、仕方のないことだった。
ムカイはしばらくそのまま黙って彼と組み合っていたが、その状態は長くは続かなかった。
ムカイが、突然しびれを切らしたかのように動きを見せたのである。
「うお!……っと」
ふいにムカイの動きが鋭くなり、凄まじい勢いを持った何かが、彼の頬をかすめた。
彼はそれを間一髪で何とか避け、とっさに体制を整えようと、ムカイから距離を取った。
正体は、恐ろしいほどに研ぎ澄まされた貫手だった。攻撃を受けた頬に違和感を感じて、彼が何となくそこを撫でてみると、ぬるりとした感触があった。
彼の目が見開かれる。
かすっただけのはずである。なのに、そこは鋭利な刃物で切られたかのようにぱっくりと割れて、出血していたのだ。
「おいおい爺さん!危ねえな!」ごしごしと頬を撫でながら彼は言った。「当たってたら死んでたんじゃねえか今の」
幸いにもそう深い傷ではなく、そうして拭うとすぐに血は止まった。だがこの切れ味を見ると、やはり楽観視は出来ない。彼が思わず引いてしまうくらいの、凄まじい一撃だったのだ。
しかしムカイは、その貫手の形を維持した右手と彼を見比べながら、
「……やっぱりのお」
と、悪びれる様子もなく言った。
「おぬし、何か隠してるじゃろ?」
「隠す?」
何をだよ、と彼は言った。
急に何を言い出すのか。
「わしは何回か今みたいな攻撃をおぬしに撃っとるんじゃが、そういうおぬしの防御力を突き抜けられるような一撃の時だけ、なぜかきっちり逃げられるんじゃよなあ。しかも相当にいい動きで」
ムカイはおそらく、誉めたつもりだった。
彼も、それは分かっていた。しかしあの言葉が出ると、やはり彼はそちらに気を取られ、過剰に反応してしまうのだった。
「……逃げてねえ」
「なんじゃって?」
ムカイにけげんな顔を向けられると、彼は繰り返し言った。
「逃げてねえ。ちょっと、かわしただけだ」
彼のその台詞に、ムカイは何かを理解したかのように腕を組み、頷いた。
「……なるほどの。少しおぬしのことが分かったような気がするのお」
でも分からんのお……とムカイは続け、またも。
「!おい!じいさん!」
長い前髪の奥で、ムカイの目がギラリと光る。その瞬間、数十メートルは離れていた二人の距離が、一気に縮められた。
ムカイの猛烈な連打が、彼を襲った。
「ぐっ……ぬ……」
一撃一撃が、自分の分厚いはずの筋肉の鎧を突き抜ける威力であることは、見ればすぐに分かった。彼はその全てを避けることを、余儀なくされた。
彼らのような強者の攻防は、よく将棋に例えられる。適度な攻撃と防御の配分を取らないと、一気に勝負が決まってしまうというとても奥の深い遊戯であるが、それは盤上の戦いではない現実の武闘においても、同じようなことが言える。
ある程度の達人の戦いになると、攻めているだけではだめだし、防御しているだけでもだめなのだ。今の彼にように、攻撃をかわし続けているだけではすぐにジリ貧になってしまう。いつかは詰まされてしまうだろう。
彼も、それは重々分かっていた。
だから彼は、不本意ながら、その一撃をムカイに放つしかなかった。
「!?ほほお!!」
彼のその一撃に、ムカイは顔色を変えた。
その正拳は、ムカイの右肩の辺りにえぐるように突き刺さった。そしてその突きの威力により、ムカイは大きく地面を擦るようにして、後退させられる。
硫黄の匂いに混じって、少し焦げ臭い匂いが周囲に漂う。ムカイの右肩からは、薄く煙のようなものも上がっていた。
彼の攻撃が、初めてムカイに当たった瞬間だった。
「……やっぱり、そうじゃの」
ムカイから発せられていた殺気は、そこでついと消えた。
「すまんの急に。ちょっと、どうしても確かめたかったからの」
ムカイはそう言って、近くにあったちょうどいい高さの岩に腰を下ろした。
何を確かめたかったと言うのか。ここまでする必要があったのか。
しかしとにかく、謝られると文句は言いづらかった。仕方なく彼は、自身もその場に座り、ムカイの次の言葉を待った。
「“逃げる”という言葉が、どうもおぬしには重いようじゃな」彼がしばらく息を整えていると、ムカイが口ひげを撫でながら言った。「まあどうしても通したい意地があるというのは、分かるんじゃがの。わしにもそういうものはある。じゃが、おぬしのは意味あるのかのお……」
やはりムカイは、達人の域にいる人間なのだった。一回の組手で、彼の持つ力がどの程度なのか、彼がどういう人間なのかを、しっかりと看破してきた。
「攻撃をかわすことは、確かに厳密には逃げることとは違う。しかしそれが分かっているのに、なぜおぬしは最初から今のような動きをしなかったんじゃろうか」
それもそのはず。会った当初はただの好々爺だと思っていたムカイだが、実はとんでもない人物なのだった。
今は暇をもらって大陸を気ままに旅しているが、普段は門下生が100人程いる道場の最高師範をやっている。組手を始める前に、彼はムカイから事もなげにそう打ち明けられていた。
そんな肩書を持つ男だから、さすがの彼も、ムカイのその意見を聞き流すことは出来なかった。
「避けられるのであれば、敵の攻撃は避けるもんじゃ。おぬしの戦闘スタイルには限界があるんじゃないかのお。今のわしの攻撃のように、見ればすぐに当たったらまずいものだと分かるものじゃったらいいが、当たってみないとそれが分からないようなものにあったらどうするつもりなんじゃ?当たった瞬間ゲームオーバーなんてこともあるかもしれんのに」
ムカイの言っていることは正論である。現に彼は、先の戦いで似たような場面に遭遇している。助かったのはただ単に、相手の攻撃に打開方法がたまたまあっただけ。運が良かっただけだ。
理屈では、彼も分かっている。だから彼は、ムカイのそれに少し詰まりながら屁理屈を返すしかなかった。
「……避けるってことは、逃げることに繋がるんぞ。心が負けることになりかねねえ」
「さっきそれは違うことだと自分で言うたばっかりじゃぞ?」
「ぬっ……」
「今のお主の動きは、よく練られたいーい動きじゃった。一朝一夕で出来たものではない。それを訳の分からない意地で封印するのは、ちょっともったいないんじゃないかのお」
まるであの人みたいなことを言う。
よくこんな風にして、教えを説かれたことがあった。彼はそれが少し懐かしくて、ムカイのその説教をなんとか我慢して聞いていた。
しかし、次にムカイからふいに出てきたその言葉には、どうしても堪えられなかった。
「何より、一介の賊ですら大きな力を持っていることもあるこの大陸では、いつ死んでもおかしくない。そんな言葉遊びのようなまねは、即刻やめるべきじゃ」
その瞬間、彼の全身の毛が逆立った。
自分が一人の男として、一人の武人として命を賭けて守ろうとしている誓約。それに対して、よりにもよって、“言葉遊び”とはどういうことか。自分にも守っているものがあると言うのだから、もう少し言葉を選ぶべきじゃないのか……?
二人の間に、再び緊張が走る。
ムカイは彼のその負の感情を感じ取ったのか、おもむろに立ち上がり、再び構えを取った。
彼もゆっくりと、全身に怒気を纏いながら、立ち上がった。
お互いに、自分の考えを曲げるつもりはないらしい。どうやらこの先は、拳を交えての語り合いとなりそうである。
と、そんな時だった。
「くまたそーーー!!」
突如クライアントの声が、天井の高いドーム状になっているその洞窟に、大きく響き渡った。その声に、二人はすぐに自身の構えを解いた。
彼女に何かあったのか。一瞬彼はそうして慌てたが、すぐにそれを思い直した。
その声に、焦りなどは感じられなかった。おそらく、雑用か何かで呼ばれただけだろう。
「くまたそーー!!どこーーー??」
場に似つかわしくない暢気な声色のそれに、二人は顔を見合わせる。
どちらともなく、鼻からふっと息を吐いた。すると、彼らの間にあった張り詰めた空気は、それを合図に次第に綻んでいった。
「……一時休戦、じゃな」
ムカイがそう言うと、彼もやれやれと首を撫でつつ言った。
「……そうだな」
彼の頭が急速に冷めていく。彼は頬を掻きつつ、さっきまでの自分を反省した。
ムカイは、自分に仇なす敵などではない。よかれと思って意見を言ってくれているのだ。そんな人間に対して肩をいからせて向かっていくのは、どう考えても間違っている。
誰にでもつっかかっていってしまうのは、もうやめよう。彼はそう思いつつ、幾分柔らかい声で、ムカイに言った。
「ちょっと、行ってくるわ。爺さんは一応ウォンの方頼む」
彼のそれに、ムカイは別段気にした様子も見せず、うむ、とだけ答えた。
後に大陸を大きく揺るがす二人。彼らの最初の手合わせは、そうして少々の禍根を残しつつ、終わりを告げたのだった。
ムカイのその言葉に、彼は躍起になってその懐に飛び込んでいく。だがそれでも彼の攻撃は、空を切り続けた。
「……はは!すげえ!」
彼は生来負けず嫌いの気質だったはずだが、こうまで自分の攻撃をうまくかわされると、もはや感心を通り越して笑ってしまう。
「マジで当たんねえ!なんぞこれわろたwwwwww」
ここは遺跡都市バンガローに無数にある遺跡の一つ。東の遺跡。
至るところから水蒸気が吹き出し、硫黄の匂いが鼻を突く。都市を取り囲むようにある火山の中でも、最も活発な活動が観測される場所。そこに、その遺跡はあった。
そんな場所で、先刻彼は、ムカイから組手をやらないかと誘われた。
シノとウォンは黙々と発掘作業をしているだけで、何も起こらない。それなら、お互いの力量を確かめて連携を強化するためにも、やっておくべきだと言われたのだった。
そうして始められた組手だったが、どうにも。
「ふん!」
「ほい」
彼の攻撃は面白いほどに空を切る。もちろん彼もムカイも本気ではなかったが、力はともかく、技術については天と地程の差があることは明白だった。彼の攻撃はことごとくかわされ、ムカイの攻撃はことごとく彼の身体をとらえた。
「どうも、おかしなやつじゃのおおぬしは」
その攻防の中で、ムカイがぼそりと呟いた。
「何がだ?」
ムカイの正拳が彼の胸に当たる。彼はそれを筋肉で弾き返しながら答えた。
「なんで攻撃を避けないんじゃ?」
組手をやり始めて数刻。彼の戦闘スタイルにいち早く気付いたムカイは、彼にそう疑問を呈した。
「別に避けなくても大丈夫だからぞ」
彼はそれにしれっとそう答えたが、ムカイの方は、やはり納得がいかないようだった。
「まあ、そうなんじゃろうけど……」
それだと組手の意味があんまりないんじゃけどのお……。
と、ムカイはぼやいた。
実戦では攻撃を実際にその身に受けて相手の力を知ることが出来、なおかつ自分の本当の実力は隠すことが出来るという彼の戦闘スタイル。しかしそれは、お互いの実力を知るという目的の組手には、やはり適さない。ムカイが不満を漏らすのも、仕方のないことだった。
ムカイはしばらくそのまま黙って彼と組み合っていたが、その状態は長くは続かなかった。
ムカイが、突然しびれを切らしたかのように動きを見せたのである。
「うお!……っと」
ふいにムカイの動きが鋭くなり、凄まじい勢いを持った何かが、彼の頬をかすめた。
彼はそれを間一髪で何とか避け、とっさに体制を整えようと、ムカイから距離を取った。
正体は、恐ろしいほどに研ぎ澄まされた貫手だった。攻撃を受けた頬に違和感を感じて、彼が何となくそこを撫でてみると、ぬるりとした感触があった。
彼の目が見開かれる。
かすっただけのはずである。なのに、そこは鋭利な刃物で切られたかのようにぱっくりと割れて、出血していたのだ。
「おいおい爺さん!危ねえな!」ごしごしと頬を撫でながら彼は言った。「当たってたら死んでたんじゃねえか今の」
幸いにもそう深い傷ではなく、そうして拭うとすぐに血は止まった。だがこの切れ味を見ると、やはり楽観視は出来ない。彼が思わず引いてしまうくらいの、凄まじい一撃だったのだ。
しかしムカイは、その貫手の形を維持した右手と彼を見比べながら、
「……やっぱりのお」
と、悪びれる様子もなく言った。
「おぬし、何か隠してるじゃろ?」
「隠す?」
何をだよ、と彼は言った。
急に何を言い出すのか。
「わしは何回か今みたいな攻撃をおぬしに撃っとるんじゃが、そういうおぬしの防御力を突き抜けられるような一撃の時だけ、なぜかきっちり逃げられるんじゃよなあ。しかも相当にいい動きで」
ムカイはおそらく、誉めたつもりだった。
彼も、それは分かっていた。しかしあの言葉が出ると、やはり彼はそちらに気を取られ、過剰に反応してしまうのだった。
「……逃げてねえ」
「なんじゃって?」
ムカイにけげんな顔を向けられると、彼は繰り返し言った。
「逃げてねえ。ちょっと、かわしただけだ」
彼のその台詞に、ムカイは何かを理解したかのように腕を組み、頷いた。
「……なるほどの。少しおぬしのことが分かったような気がするのお」
でも分からんのお……とムカイは続け、またも。
「!おい!じいさん!」
長い前髪の奥で、ムカイの目がギラリと光る。その瞬間、数十メートルは離れていた二人の距離が、一気に縮められた。
ムカイの猛烈な連打が、彼を襲った。
「ぐっ……ぬ……」
一撃一撃が、自分の分厚いはずの筋肉の鎧を突き抜ける威力であることは、見ればすぐに分かった。彼はその全てを避けることを、余儀なくされた。
彼らのような強者の攻防は、よく将棋に例えられる。適度な攻撃と防御の配分を取らないと、一気に勝負が決まってしまうというとても奥の深い遊戯であるが、それは盤上の戦いではない現実の武闘においても、同じようなことが言える。
ある程度の達人の戦いになると、攻めているだけではだめだし、防御しているだけでもだめなのだ。今の彼にように、攻撃をかわし続けているだけではすぐにジリ貧になってしまう。いつかは詰まされてしまうだろう。
彼も、それは重々分かっていた。
だから彼は、不本意ながら、その一撃をムカイに放つしかなかった。
「!?ほほお!!」
彼のその一撃に、ムカイは顔色を変えた。
その正拳は、ムカイの右肩の辺りにえぐるように突き刺さった。そしてその突きの威力により、ムカイは大きく地面を擦るようにして、後退させられる。
硫黄の匂いに混じって、少し焦げ臭い匂いが周囲に漂う。ムカイの右肩からは、薄く煙のようなものも上がっていた。
彼の攻撃が、初めてムカイに当たった瞬間だった。
「……やっぱり、そうじゃの」
ムカイから発せられていた殺気は、そこでついと消えた。
「すまんの急に。ちょっと、どうしても確かめたかったからの」
ムカイはそう言って、近くにあったちょうどいい高さの岩に腰を下ろした。
何を確かめたかったと言うのか。ここまでする必要があったのか。
しかしとにかく、謝られると文句は言いづらかった。仕方なく彼は、自身もその場に座り、ムカイの次の言葉を待った。
「“逃げる”という言葉が、どうもおぬしには重いようじゃな」彼がしばらく息を整えていると、ムカイが口ひげを撫でながら言った。「まあどうしても通したい意地があるというのは、分かるんじゃがの。わしにもそういうものはある。じゃが、おぬしのは意味あるのかのお……」
やはりムカイは、達人の域にいる人間なのだった。一回の組手で、彼の持つ力がどの程度なのか、彼がどういう人間なのかを、しっかりと看破してきた。
「攻撃をかわすことは、確かに厳密には逃げることとは違う。しかしそれが分かっているのに、なぜおぬしは最初から今のような動きをしなかったんじゃろうか」
それもそのはず。会った当初はただの好々爺だと思っていたムカイだが、実はとんでもない人物なのだった。
今は暇をもらって大陸を気ままに旅しているが、普段は門下生が100人程いる道場の最高師範をやっている。組手を始める前に、彼はムカイから事もなげにそう打ち明けられていた。
そんな肩書を持つ男だから、さすがの彼も、ムカイのその意見を聞き流すことは出来なかった。
「避けられるのであれば、敵の攻撃は避けるもんじゃ。おぬしの戦闘スタイルには限界があるんじゃないかのお。今のわしの攻撃のように、見ればすぐに当たったらまずいものだと分かるものじゃったらいいが、当たってみないとそれが分からないようなものにあったらどうするつもりなんじゃ?当たった瞬間ゲームオーバーなんてこともあるかもしれんのに」
ムカイの言っていることは正論である。現に彼は、先の戦いで似たような場面に遭遇している。助かったのはただ単に、相手の攻撃に打開方法がたまたまあっただけ。運が良かっただけだ。
理屈では、彼も分かっている。だから彼は、ムカイのそれに少し詰まりながら屁理屈を返すしかなかった。
「……避けるってことは、逃げることに繋がるんぞ。心が負けることになりかねねえ」
「さっきそれは違うことだと自分で言うたばっかりじゃぞ?」
「ぬっ……」
「今のお主の動きは、よく練られたいーい動きじゃった。一朝一夕で出来たものではない。それを訳の分からない意地で封印するのは、ちょっともったいないんじゃないかのお」
まるであの人みたいなことを言う。
よくこんな風にして、教えを説かれたことがあった。彼はそれが少し懐かしくて、ムカイのその説教をなんとか我慢して聞いていた。
しかし、次にムカイからふいに出てきたその言葉には、どうしても堪えられなかった。
「何より、一介の賊ですら大きな力を持っていることもあるこの大陸では、いつ死んでもおかしくない。そんな言葉遊びのようなまねは、即刻やめるべきじゃ」
その瞬間、彼の全身の毛が逆立った。
自分が一人の男として、一人の武人として命を賭けて守ろうとしている誓約。それに対して、よりにもよって、“言葉遊び”とはどういうことか。自分にも守っているものがあると言うのだから、もう少し言葉を選ぶべきじゃないのか……?
二人の間に、再び緊張が走る。
ムカイは彼のその負の感情を感じ取ったのか、おもむろに立ち上がり、再び構えを取った。
彼もゆっくりと、全身に怒気を纏いながら、立ち上がった。
お互いに、自分の考えを曲げるつもりはないらしい。どうやらこの先は、拳を交えての語り合いとなりそうである。
と、そんな時だった。
「くまたそーーー!!」
突如クライアントの声が、天井の高いドーム状になっているその洞窟に、大きく響き渡った。その声に、二人はすぐに自身の構えを解いた。
彼女に何かあったのか。一瞬彼はそうして慌てたが、すぐにそれを思い直した。
その声に、焦りなどは感じられなかった。おそらく、雑用か何かで呼ばれただけだろう。
「くまたそーー!!どこーーー??」
場に似つかわしくない暢気な声色のそれに、二人は顔を見合わせる。
どちらともなく、鼻からふっと息を吐いた。すると、彼らの間にあった張り詰めた空気は、それを合図に次第に綻んでいった。
「……一時休戦、じゃな」
ムカイがそう言うと、彼もやれやれと首を撫でつつ言った。
「……そうだな」
彼の頭が急速に冷めていく。彼は頬を掻きつつ、さっきまでの自分を反省した。
ムカイは、自分に仇なす敵などではない。よかれと思って意見を言ってくれているのだ。そんな人間に対して肩をいからせて向かっていくのは、どう考えても間違っている。
誰にでもつっかかっていってしまうのは、もうやめよう。彼はそう思いつつ、幾分柔らかい声で、ムカイに言った。
「ちょっと、行ってくるわ。爺さんは一応ウォンの方頼む」
彼のそれに、ムカイは別段気にした様子も見せず、うむ、とだけ答えた。
後に大陸を大きく揺るがす二人。彼らの最初の手合わせは、そうして少々の禍根を残しつつ、終わりを告げたのだった。
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