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男にそう言われても、シノは彼の後ろから出ることが出来ずにいた。ネズミだと思っていたものが急に目の前でライオンになったら、だれでも普通は驚く。彼女のこの反応は、仕方ないことと言っていい。
しかしそうしてとまどいを隠せずにいるシノに対して、彼の方は冷静だった。しっかりとその一挙一動を観察し、男を分析していたのである。

放たれた凄まじい拳そのものもそうだが、注目すべきは地面に残った男の足跡の方だ。男の履いている靴の形そのままに、深く抉られたように地面がへこんでいる。
拳に力を効率よく載せるためには、上半身の動きを練る必要がある。そう考えてしまいそうなものだが、実際はそうではない。足の踏ん張り、踏み込みが最も重要な要素となる。
男はこの点において、恐るべき程に秀でていた。足から腕へ力を伝える。もしそれが拙いものであれば、力の分散によって地面は広範囲にわたって抉られてしまうはず。こんなにくっきりとした靴跡などは残らないはずなのだ。力の集約のさせ方が半端ではない。

「……じいさん。あんた一体……」

そして最も恐るべきことは、これ程の圧倒的な力を見せておきながら、この男は……。

と、そうして彼が、男にその確信を投げかけようとした時だった。
そばにあった階段から慌てたそぶりで顔を覗かせた人物が、彼の言葉を遮った。

「うひゃあ、何だったんだ今の突風は」

それに気付いたシノが声を上げる。

「あ、先生!」

彼女が持つ考古学の知識は、ほとんどが彼の元で修められたものである。
ウォン・ホァン。彼女の考古学の師にして、確かな遺跡発掘実績のある人間にのみ与えられる称号、“プロフェッサー”の称号を持つ考古学の第一人者である。

「やあ、シノ。新しい護衛の人とは合流出来たかい?」

小レンズの丸メガネの奥から、彼はニコリとシノに笑いかけた。
そうしていつもニコニコとしている柔らかな物腰と、その広い額を晒したオールバックの髪型のせいで、年齢より少し老けて見える。彼自身は特に気にしていないが、実際は、シノより一回り上程度の年である。

「ああ、くまたそも一緒なんだね」彼はメガネの中央をくいと上げながら言った。「そちらは?」

彼の視線が、二人の奥にいる老齢の男に行く。シノがその視線を追って、ああ、と困ったように答えた。

「あの、何か……あの人が今日来る護衛の人だったみたいなんですけど」

と、なぜかもごもごとはっきりしないシノに、彼は首を傾げた。

「何か問題が?」
「いえ、特に問題はない……とは思うんですけど」
その答えに、ますますウォンは首を傾げた。
「一体何なんだい?」

シノは、今あったことと、自身が迷っている理由を彼に話した。
さっきの突風はあの人が起こしたもので、護衛が出来るような力はありそうに見える。しかしどうにも浮世離れした力なので、本当に彼が力を持っているのか分からない。彼女はそう正直に、彼に言った。

「ふむ。なるほど」
ウォンは顎に手を当て思案した後、彼に言った。
「くまたそ。君はどう思う?」
「ん?」
じっと二人の会話を見ていた彼は、突然そう問われて、組んでいた腕を解いた。
「どうって何ぞ?」
「君から見て、あの人はどう思う?実際護衛は出来そうなのかい?」
「……んー」

彼は男に目を移す。その視線に気付いた男がニッと白い歯を見せると、彼は頭をぽりぽりと掻いてから視線を戻し、ウォンに答えた。

「まあ……問題ねえと思うぜ。ぶっちゃけ、こっちから頼みたいくらいだな」

正直な所、得体は知れない。しかし、興味がある。
見せかけの力なら、見れば分かる。彼には男の実力が確かなものであることはすでに分かっていた。だがその力の“源泉”が、どうしても分からなかった。
それならいっそ、護衛としてそばに置いて、様子を見てみたい。彼はそう思い、一応その辺りの懸念は伏せて、ウォンに男をとりあえず雇ってみることを勧めた。

「……ふむ」ウォンはまた顎に手を当てたが、今度は特に迷うそぶりも見せず、すぐに言った。「まあ、くまたそがそう言うなら大丈夫なんだろうね」

実際には、彼がシノとウォンに会ってからというもの、彼らが圧倒的に危険な事態に陥る、といったことはまだなかった。それでも彼は、二人から護衛として高く評価されていた。
シノの頭上に落ちそうだった岩を排除したり、発掘に邪魔な障害物を除去したりで、単純な腕力の高さを示す機会は何度かあった。それが功を奏して、何とか彼はシノにもかろうじて認められている。

「じゃあ、採用ってことでいいか?」

彼がそう訊くと、ウォンがうん、と頷く。
それを確認すると、彼は男の方に向き直り、手を差し出した。

「よかったな爺さん。採用だ。しばらくの間よろしく頼むぜ」

すると男は、嬉しそうに彼の手を取って、朗らかに笑った。
その乾いた手は意外にも分厚く、まるで幾多の戦をくぐり抜けてきたかのように、いくつもの傷跡があった。
何となく男の持つ力が伝わってくるようで、彼はその男の手を、力強く握り返した。

「俺は護衛のくまたそ。で、あれが考古学者のシノとウォンだ。爺さんはなんて言うんだ?」

そう訊くと、なぜか少し逡巡するような間があったが、男は彼に答えた。

「リ……ムカイ・リぢゃ」

そうしてふっと男が顔を上げた時、彼が何かに気付く。

「あれ?爺さん……」じろじろと男を見回して、彼は言った。「どっかで会ったことねえか……?」

男はそう言われて、んん?っと前髪を上げて、彼を見た。

「…………はて?」
「ああ、あれだ。ほら、ここから近い村の。あのシスターに給料もらう場所で、俺に話しかけてきたじゃねえか。頑張ってるんじゃのおとか言って」

亜人の労働者が珍しいと、場がどよめいたあの時のことだ。男が話しかけてくれたおかげで、その妙な空気が少しの間で済んで助かったのを、彼は覚えていた。
彼のそれに、男はしばらく首を捻っていたが、やがて。

「ああ!あの時の!」と、ようやく合点がいったようにポンと手を叩く。「お前さんぢゃったか。何とも偶然ぢゃのお」
「え?知り合いだったの?」と、そこにシノが不機嫌そうな顔をしながら割って入った。「先に言ってよ」
それを見て、慌てて彼は弁解した。
「いや俺も今気付いたんぞ。しかも知り合いっちゃあ知り合いって程度だし」
そのやりとりを見て、ウォンはへえ、と嬉しそうに頷いた。
「それはいいね。全く知らない人よりはやりやすいんじゃないかな。何が起こるかわからないし、うまく連携してくれると助かるよ」

さてさて、と今度はウォンが手を叩き、自身に注目を促した。

「じゃあ皆揃った所で、今度の発掘についてとか色々教えておかないといけないし、どこかで話そうか」

そのウォンの一声で、互いの自己紹介もそこそこにして、落ち着いて話せるところに移動することにする。ひとまず、宿に戻ることになった。

そうして一行が宿のロビーに戻ってみると、先程の騒動のせいか、そこはすっかり様変わりしてしまっていた。
客はもちろん、洗濯物を干していたのだろう従業員があらかた出払ってしまったようで、宿の運営に響くのではないかと彼が心配になるくらい、閑散としていたのだ。

しかし護衛任務という性質上、あまり会話の内容を他人に聞かれるのは避けたいところであったので、好都合ではある。
彼がそう思っていると、ウォンもこれはちょうどいいとばかりにロビー中央の大きなソファに陣取った。
そして、他の三人も同じようにそこに腰を下ろし、早速会議が始まった。







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たそ 2014/11/15(Sat) 編集
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