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(くまたそブログ)
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「くまたそ。聞いてる?」

彼は複雑な顔のまま、その彼女の言葉に曖昧に返事をする。そしてそれをごまかすように、彼女の前をゆっくりと歩き出した。
彼はもちろん、最初からフリーであった。だから彼女の言う苦労というのは、微塵もしていない。それが少し後ろめたくて、彼は言葉を濁した。

彼女はそれを少し訝しんだようだったが、デリケートなことだからか、それ以上彼に追求することはしなかった。

「……ていうか、あんたって結局何の亜人なの?たぬきかなんか?あんたみたいなのって全然見たことないんだけど」


彼は幾度かの人との邂逅を経て、自分がタソ族であるということは周りに伏せておくことにしていた。これだけ亜人に風当たりが強いとなると、具体的に種族名を言った場合にどれだけのやぶへびになるか分からなかったからだ。
少なくとも、この世界のことをもっと深く知るまでは伏せておく方が良い。彼はそう考え、この頃では元の姿にも戻っていない。

質問を変えてもそうして黙る彼をさすがに変に思ったのか、彼女は彼の隣に並んで、その顔を覗きこんだ。
彼女の促されるような目線に晒されると、彼は気付かれないように小さく嘆息し、やっと重い口を開いた。

「……分からねえ。気付いたら一人だったしな。でも少なくともたぬきじゃあねえはずだ」

嘘をつくのは後ろめたいが、仕方ない。
彼女はそれを聞くと、やはり訝しそうにじっと彼を見つめた。しかしそれ以上は何も返ってこないことが分かると、つまらなさそうに言った。

「……ふぅん。まあ、別にどうでもいいんだけどね。あんたが何であろうと」

がくりと肩を落とす彼を見て、彼女は満足したように笑う。そこでようやく彼女は彼に絡むのを止めて、黙って歩き出した。

彼らの目の前には、巨大な半月状の公衆劇場のような街並が広がっていた。段々畑のように切り立った崖に、建物が横に連なるように建っている。
これ程巨大な街を目にしたことのない彼には、この景色が今でも信じられない。それら全てがミニチュアのハリボテか何かのように見え、まるで現実感がなかった。
彼が目を奪われるのも仕方がない。その光景は、田舎者の彼にとっては一大スペクタクルだったのだ。

街の中心には湧き出た温泉が川のように流れ、そこかしこで湯気が上がっていた。この街の全ての人間は、この温泉のおかげで一年中凍えることがない。誰も彼もが、余裕に満ちた表情を浮かべている。生活に追われている人間など、この街には存在しないのだ。
彼はその光景を、少し眩しそうに見つめながら歩いた。いつも寒々としていた自分の故郷とは、裕福さに天と地程の差がある。彼にはそれが、少しだけ羨ましかったのだ。

長い階段を上っていく。するとようやく、拠点にしている宿が見えてくる。崖に埋め込まれるように建っているから分かりやすいと、シノが選んだ宿だった。
彼らはその赤いレンガ造りの宿に入ると、すぐに待ち合わせに設定していたロビーに目を走らせた。

待ち合わせている人間は二人。一人は新しい護衛で、もう一人はシノの元々の同行者である。
ロビーにはいくらかの人間がいたが、彼らがきょろきょろと周りを伺ってみても、まだどちらもここには来ていないようだった。

「まだ来てないみたいね」
「みたいだな」

そうして彼らがロビーにあるソファに腰掛け、一息つこうとした時だった。

「もしかして、おぬしがシノ・ミズキさんかな?」
「え?」

二人は思いもよらない人物から声を掛けられ、顔を見合わせた。
シノくらいの身長しかない、小柄な男だった。

「あの……?」

知り合いなのかと彼はシノを見たが、彼女も首を傾げていた。どうも知り合いではないらしい。

と言っても実際は、顔がよく見えないので分からないと言った方がいいかもしれない。長く伸びきった白い髪を後ろで束ねたはいいものの、うまくしばりきれなかったのか、これまた長い前髪がだらりと目と鼻の辺りまでを覆ってしまっていて、うまく顔が見えないのだ。
しかし声から察するに、若い人間ではないことはすぐに分かった。かなりの年齢を感じさせる、かすれ声だったのだ。

「……何でしょう?どちら様ですか?」

だから彼女がこういう対応をするのも、無理からぬことであった。まずこの場で彼らに話しかけてくるはずもない人間だからである。
しかしその男は、彼女がシノであるということが分かると、

「わし、護衛の仕事を紹介されて来た者なんぢゃが」

そう言って、ニッと白い歯を出しながら笑うのだった。
二人は改めて、その男を見つめた。しかしその男は、どう見てもただの好々爺でしかなかった。一応動きやすそうな武闘着のようなものを着てはいるが、それ以外はとても護衛が務まるような人間には見えない。
二人は再び、顔を見合わせた。

「あの……すみませんが……」

何かの手違いだろうと思ったのか、シノはそうして早々に断りを入れようとした。
仕方がないと彼も思った。どう考えても役不足なのだ。この男のためにも、他の仕事を探させた方がいい。

やんわりとした口調でシノが断りを入れる。
すると男は、その長い前髪の奥で小さく溜息をついた。

「……ふうむ。やっぱり見せなきゃだめかのお」

そして男はおもむろに入り口に向かって歩き出し、二人に手招きして、自分について来るように促した。
問答無用で帰すのも悪いかと、シノは男のそれに黙って従った。彼女がそうするならと、彼もそれに倣う。

男は外に出ると、とことこと後ろ手に歩いた。そして街を見下ろせるぎりぎりの所に立ってから、彼らの方に振り向いた。

「のお、シノさん」
「?はい」
「たぶんおぬしは、わしに護衛なんか出来ないと思っとるんぢゃろうが、そんなことはないぞい」
「え?」

彼女が呆けた顔を男に向けると、すぐ。
男は再び街の方に振り返り、右足を引いて、構えのようなものをとった。
そして。

「ふんっ!!」

そうして突然街の上空に向かって放たれたのは、ただの正拳突き。
しかしそれを端で見ていた彼は、途中ではっと何かに気付き、シノの前に割って入った。

「きゃあああ!?」

彼は体の前で腕を交差して、シノの盾となった。しかしそれでも彼女は、悲鳴を上げながら後ずさった。
男が拳を放つと同時。男を中心に、周りにすさまじい爆風が起こった。以前彼が見せた技、空気打ちの全方向版のようなものだ。一方向ではないので威力はそれだけ分散されているようだったが、それでもそれは瞬間的な竜巻が起こったかのような衝撃を、彼らに与えた。

そして今日は、不幸にも晴天なのだった。そのせいで、住民達が外に干していた洗濯物が、どれもこれも宙に高く舞ってしまう。
突然のその突風に、なんだなんだと家から出てきた住民達。彼らはすぐにその惨状に気付くと、たちまち右往左往、てんやわんやの大騒動に陥り出した。
街中に立ち上る湯気のせいで、ここでは洗濯物は乾きにくい。洗濯し直しとなると、ことなのだ。乾ききらなかった湿った服を、しばらく着るはめになってしまうかもしれないからだ。

「とまあ、こんな感じぢゃ」男はその阿鼻叫喚の図を背に、またとことこと彼らの方に歩いてきて、しれっと言った。「護衛、出来そうぢゃろう?」







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