「今日は何をお探しですか~?」
奥にいたはずの店員がいつの間にかそばにまで来ていて、直斗に話しかけた。
「あ、はい」
今日は特に探しているものはない。そう直斗が店員に少しぎこちない笑顔を向けると、そいつはそれに営業スマイルで返し、
「そうでしたか~」
事も無げに言い放った。
「今日は、彼氏さんと一緒なんですね~」
俺は、たまたま目の前にあった棚に並んでいた服に、盛大に吹き出してしまった。
「か、かかかかか……っ!」
今まさに、ちょうどどんぴしゃりな内容を考えていたという事もあって、俺は平静を装うべき所を過剰に反応してしまう事となった。目の前の服も、見るも無残に俺の唾まみれとなってしまっている。……ああ、くそ。こりゃ買取だ。
こういう店にありがちな接客なんだろうと思う。フレンドリーさをウリにして仲良くなっていって、さり気なく商品を買わせていく。まあ、商売人としては間違ってないのかもしれない。
でも俺は、やっぱりこういう売り方が好きになれそうにない。ずかずかと土足で家に踏み込まれたような気分になる。
男女が一緒に居るからと言って彼氏とは限らないだろうが。百歩譲ってフレンドリーは良いとしても、ちょっとは考えてものを言えっつうんだ……。
そうしてむかむかとしながらも、俺はとりあえず、直斗に目を移さざるを得なかった。
やっぱり、興味が無いとは言えなかった。こんな踏み込んだ物言いをされたら、さすがの直斗も……
ところがあいつは、その店員の言葉には答えずに、傍にあったマネキンの着ていたものを指差して言った。
「……これ。試着してみていいですか?」
「あ、こちらですか?はい。大丈夫ですよ~」
どうやら試着してみるらしい。直斗に特に変わった様子は見られなかったが、こいつにしては、ちょっと思い切ったチョイスをしたような気はする。
「この形のものは何着持っててもいいですからね~色々使えますし」
「そうですね」
でも少し、上の空のように見えた。同じ商品と思われるものをいそいそと店の奥から持ち出してきた店員に、直斗はなぜか、呆けた顔を向けた。
「えっ」
「試着室はこちらになります」
「ちょ、ちょっと待って下さい」直斗は店員の持ってきたものを見るやいなや、急に慌て出した。「それは……?」
「?お客様が試着されたいとおっしゃったので、同じ物をお持ちしたんですけども……?」
どうも様子がおかしい。
「え……あっ……」
何か恥ずかしかったのか、一瞬だけ俺に目を向けて、慌てて逸らした。遠目から見ても、顔が赤くなっているのがはっきり見てとれた。
やっぱりまだ、こういう所に完全に慣れたという事ではないのかもしれない。
「す、すいません。お願いします」
「ええ。ではこちらに。きっとお似合いになりますよ~」
店員はこういう客にも慣れているのか、直斗のおかしな様子にも至って普通に対応し、ちゃっちゃと手際よく試着室を用意した。なかなかにスピーディな動きだ。忌々しい店員だったが、ここは及第点をやってもいいかもしれない。
「どうぞ~」
「は、はい」
それより直斗は、一体どういうつもりなのだろうか。ここにいる間に、何か心変わりのようなものがあったのだろうか。そんな訳無いだろうに。
俺は、改めて直斗が試着しようとしている、マネキンが着ているワンピースをしげしげと眺めてみた。
…………ちょっと、じゃねえなこれは。あいつにしては、かなり思い切ったチョイスだ。
今日の服装も相当なはずだが、その白のワンピースはもう、『直斗』という人間が持つイメージからは完全にかけ離れた代物であると言わざるを得なかった。
だって、フリフリなのだ。もうどこもかしこも、どういう言い訳をしようとも絶対に覆せないくらい、女子の着るものなのだ。今日くらいの服なら、まだ学校のやつに見られたとしても弁解の余地もあるかもしれないが、これはもう完全に八方塞がりだ。言い訳のしようがない。
「あの、これ下の方ちょっと透けてるんですけど……」
……温かいものが鼻の奥にこみ上げてきた気がして、俺は黙って腕を組み、さり気なく少し上を向いた。
店員は、直斗がなにか言う度にかいがいしく世話をし、しかしその度にここぞとばかりに別の商品を持っていって着させているようだ。全く抜け目がない。
「どうでしょうか?着れました?」
「あ、はい……」
たっぷり10分くらい時間をかけて、ようやく直斗は渡されたものの試着を終えたようだ。
「サイズなどは大丈夫そうですか」
3、4回は商品を追加していたから、もうほとんどトータルコーディネイトのレベルにまで達してしまっていると思う。ここまでされてしまうと後で断りにくくなりそうなものだが、まああいつはこんな感じの服を着るのには慣れていないのだろうし、これはこれで正解なのかもしれない。
しかし直斗は、店員に大丈夫だと告げてから一向に試着室から出てくる気配がなかった。どこか納得のいかない事でもあるのか、何かゴソゴソと中で動き回っているような音がする。気になったが、まさかこちらから開ける訳にもいかないし、ただ待っているしか無い。
すう……はあ……
……すう……はあ……
店内の小さめのBGMが少し途切れた時、耳を澄ませていた訳でもないのに、深い息遣いが聞こえてきた。なぜか、中で直斗は深呼吸をしているようだった。
俺と店員は、思わずどちらともなく顔を見合わせてしまった。
いや、何してんだよマジで。……大丈夫か?
「あの、お客様……?」
見かねた店員が先に直斗に声をかけるが、返事はない。
おいおい。マジでなんか様子変じゃねえか?
そう思った瞬間、頭から一切合切が抜け落ちた。まずい、と思っていたはずだったのに、俺の体はそれを完全に無視して動き出していた。
「直斗!!」
原因は分からないが、過呼吸でも起こしてんじゃねえか、と一瞬頭をよぎってしまった。もしそうなら、早く対処しないと大変な事になるかもしれない。直斗から開けるのを悠長に待っている訳にはいかない。こういうのはとっさの機転が重要なのだ。
試着室のカーテンを強引に、半ば毟り取るように開ける。すると……
奥にいたはずの店員がいつの間にかそばにまで来ていて、直斗に話しかけた。
「あ、はい」
今日は特に探しているものはない。そう直斗が店員に少しぎこちない笑顔を向けると、そいつはそれに営業スマイルで返し、
「そうでしたか~」
事も無げに言い放った。
「今日は、彼氏さんと一緒なんですね~」
俺は、たまたま目の前にあった棚に並んでいた服に、盛大に吹き出してしまった。
「か、かかかかか……っ!」
今まさに、ちょうどどんぴしゃりな内容を考えていたという事もあって、俺は平静を装うべき所を過剰に反応してしまう事となった。目の前の服も、見るも無残に俺の唾まみれとなってしまっている。……ああ、くそ。こりゃ買取だ。
こういう店にありがちな接客なんだろうと思う。フレンドリーさをウリにして仲良くなっていって、さり気なく商品を買わせていく。まあ、商売人としては間違ってないのかもしれない。
でも俺は、やっぱりこういう売り方が好きになれそうにない。ずかずかと土足で家に踏み込まれたような気分になる。
男女が一緒に居るからと言って彼氏とは限らないだろうが。百歩譲ってフレンドリーは良いとしても、ちょっとは考えてものを言えっつうんだ……。
そうしてむかむかとしながらも、俺はとりあえず、直斗に目を移さざるを得なかった。
やっぱり、興味が無いとは言えなかった。こんな踏み込んだ物言いをされたら、さすがの直斗も……
ところがあいつは、その店員の言葉には答えずに、傍にあったマネキンの着ていたものを指差して言った。
「……これ。試着してみていいですか?」
「あ、こちらですか?はい。大丈夫ですよ~」
どうやら試着してみるらしい。直斗に特に変わった様子は見られなかったが、こいつにしては、ちょっと思い切ったチョイスをしたような気はする。
「この形のものは何着持っててもいいですからね~色々使えますし」
「そうですね」
でも少し、上の空のように見えた。同じ商品と思われるものをいそいそと店の奥から持ち出してきた店員に、直斗はなぜか、呆けた顔を向けた。
「えっ」
「試着室はこちらになります」
「ちょ、ちょっと待って下さい」直斗は店員の持ってきたものを見るやいなや、急に慌て出した。「それは……?」
「?お客様が試着されたいとおっしゃったので、同じ物をお持ちしたんですけども……?」
どうも様子がおかしい。
「え……あっ……」
何か恥ずかしかったのか、一瞬だけ俺に目を向けて、慌てて逸らした。遠目から見ても、顔が赤くなっているのがはっきり見てとれた。
やっぱりまだ、こういう所に完全に慣れたという事ではないのかもしれない。
「す、すいません。お願いします」
「ええ。ではこちらに。きっとお似合いになりますよ~」
店員はこういう客にも慣れているのか、直斗のおかしな様子にも至って普通に対応し、ちゃっちゃと手際よく試着室を用意した。なかなかにスピーディな動きだ。忌々しい店員だったが、ここは及第点をやってもいいかもしれない。
「どうぞ~」
「は、はい」
それより直斗は、一体どういうつもりなのだろうか。ここにいる間に、何か心変わりのようなものがあったのだろうか。そんな訳無いだろうに。
俺は、改めて直斗が試着しようとしている、マネキンが着ているワンピースをしげしげと眺めてみた。
…………ちょっと、じゃねえなこれは。あいつにしては、かなり思い切ったチョイスだ。
今日の服装も相当なはずだが、その白のワンピースはもう、『直斗』という人間が持つイメージからは完全にかけ離れた代物であると言わざるを得なかった。
だって、フリフリなのだ。もうどこもかしこも、どういう言い訳をしようとも絶対に覆せないくらい、女子の着るものなのだ。今日くらいの服なら、まだ学校のやつに見られたとしても弁解の余地もあるかもしれないが、これはもう完全に八方塞がりだ。言い訳のしようがない。
「あの、これ下の方ちょっと透けてるんですけど……」
……温かいものが鼻の奥にこみ上げてきた気がして、俺は黙って腕を組み、さり気なく少し上を向いた。
店員は、直斗がなにか言う度にかいがいしく世話をし、しかしその度にここぞとばかりに別の商品を持っていって着させているようだ。全く抜け目がない。
「どうでしょうか?着れました?」
「あ、はい……」
たっぷり10分くらい時間をかけて、ようやく直斗は渡されたものの試着を終えたようだ。
「サイズなどは大丈夫そうですか」
3、4回は商品を追加していたから、もうほとんどトータルコーディネイトのレベルにまで達してしまっていると思う。ここまでされてしまうと後で断りにくくなりそうなものだが、まああいつはこんな感じの服を着るのには慣れていないのだろうし、これはこれで正解なのかもしれない。
しかし直斗は、店員に大丈夫だと告げてから一向に試着室から出てくる気配がなかった。どこか納得のいかない事でもあるのか、何かゴソゴソと中で動き回っているような音がする。気になったが、まさかこちらから開ける訳にもいかないし、ただ待っているしか無い。
すう……はあ……
……すう……はあ……
店内の小さめのBGMが少し途切れた時、耳を澄ませていた訳でもないのに、深い息遣いが聞こえてきた。なぜか、中で直斗は深呼吸をしているようだった。
俺と店員は、思わずどちらともなく顔を見合わせてしまった。
いや、何してんだよマジで。……大丈夫か?
「あの、お客様……?」
見かねた店員が先に直斗に声をかけるが、返事はない。
おいおい。マジでなんか様子変じゃねえか?
そう思った瞬間、頭から一切合切が抜け落ちた。まずい、と思っていたはずだったのに、俺の体はそれを完全に無視して動き出していた。
「直斗!!」
原因は分からないが、過呼吸でも起こしてんじゃねえか、と一瞬頭をよぎってしまった。もしそうなら、早く対処しないと大変な事になるかもしれない。直斗から開けるのを悠長に待っている訳にはいかない。こういうのはとっさの機転が重要なのだ。
試着室のカーテンを強引に、半ば毟り取るように開ける。すると……
PR
この記事にコメントする