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赤くなっているのが自分で分かっているのか、直斗はかぶっていたキャスケットを両手で握りしめ、それで目から下を覆い隠した。
「あ、あの」
体を小さくして、目をぐりぐり泳がせながら見上げてくる。

(おいおいおいおいおい)

俺はそんなこいつに、ほとんど戦慄に近い感情を抱いていた。
……なんだその仕草殺す気か!
直斗は、そうしてまた死にそうになってる俺には当然気付かずに続けた。

「あの、すみません……何か急に変な感じになってしまって……」
「い、や!別に気にしてねえし……っ!」
俺はこの顔をいち早くやめさせるために即答し、無理やり話を進めようとした。
「それより、次はどこ行くんだよ。また駅前に戻ってきちまったけど」

自分でも分かるくらいにわざとらしく目を背けてしまってから、俺はそれをごまかすように、そのまま周りを見回した。

この映画館の隣の交番の先には、その辺によくあるような、何の変哲もない本屋がある。そして逆に向かうと、洒落た感じの茶店があったり、それからいかにも今時の女向けの服屋があったりする。駅前が、やっぱり一番店が集中している。


無いものなんかほとんど無いと言っていい。しかし俺には、どれもピンとこなかった。こいつは一体どこへ行く気なのか。思わず首を傾げたくなる。
推理小説が好きだと言っていたから本屋かと一瞬頭をよぎったが、別にあのくらいの本屋は稲羽にもあるし、わざわざここで行く意味は薄い。とすると、あとはせいぜい茶店くらいだろうか。まさかあんな感じの服屋には、こいつは用はないだろうし。

俺は少し焦りながら、ポケットをまさぐった。
あそこの茶店は、ちっと高いんだよな確か。前にセンパイが『とんでもない味』だったとか言ってたから、たぶんそうだ。こいつもそれを聞いて、行ってみたくなったという可能性は大いにある。

しかしまいった。まだ金あったっけか。さっきちょっと使っちまったからやべえっぽいな……後から金無いとか言ってこいつに払わすとかくそだせえしな……

そうしてどこかに金でも潜んでいないかと俺が体中まさぐっていると、直斗が言った。

「……じゃあ、今度は僕の買い物に付き合ってもらってもいいですか」
「買い物?」

予想していなかった答えに、つい聞き返してしまう。

「買い物って……本とかか?」
「いえ……」

おずおずと、直斗は俺の後ろの方を指差した。本屋とは真逆の方だ。

「あの店です」

まさかそんな。そう思ったが、振り返ってみるとやっぱりだった。
『CROCO*FUR』
直斗が差したのは、こいつの趣味とは全くタイプの違うモノを売りそうな、あの服屋だった。ピンクとか、オレンジとか、原色系のアイテムの多いディスプレイが目を引く。

「……間違いねえのか?」
あまりの違和感に俺がまたそう言ってしまうと、
「まあ、言いたい事は何となく分かります。でも間違いじゃありませんよ」と、直斗はなぜかまた、困ったように笑って答えた。「ダメですか?」
「いや、ダメってこたないけどよ」

確かにまあ、今の直斗の姿だったら全然問題なんか無いのだろうが、普段のこいつを知っている俺からしたら違和感バリバリな訳で。
しかし直斗は、じゃあ行きましょうかと、俺が何か言うより先にさっさと店へと向かって行ってしまった。
あいつはそのまま、全く澱みない足取りで店のガラス戸の前に立ち、躊躇なく店の中へ入っていった。普通に。自然に。一度も振り返ったりする事無く。

周りからしたら、別におかしい所なんて何も無い景色だろう。普通の女が、普通に店に入っていっただけなのだから。
でも、たったそれだけの事が俺にはかなり意外だった。直斗みたいなタイプには結構入りづらい所だと思っていたのに、全くためらわずに入っていった所を見ると、そうでもないらしい。てっきり一緒に入ってくれとか言い出すのかと思っていたから、肩透かしを食らった気分だった。

店のガラス越しに、直斗が店員に軽く挨拶をしている絵が見えてまた驚いた。
自然だ。マジで、自然過ぎる。一体どうなってやがるんだ……

と、直斗がこちらに視線を移した。俺がまだ外にいるのを見て、小さく手招きをして見せる。
俺は溜息を漏らしながら、しぶしぶとそちらに足を向けた。
こうなっては仕方がない。手芸屋に付きあわせてしまった手前、このまま直斗をほうっておく訳にもいかない。正直気乗りはしなかったが、俺は店の中へと入っていった。

「いらっしゃいませー!!」

店内に入り終わるよりも早く、店員は俺に向かって声を張り上げた。その一種金切り声のようなそれに、思わず耳を抑えそうになるのをかろうじてこらえる。しかし分かってはいたが、「やっぱりな」と思ってしまうのは、どうしてもこらえられなかった。

……全く。なんだってこういう店っつうのは、うるさくするのかね。商品に自信があるなら、そんな過剰に声を張り上げなくても自然と売れるだろうに。自分だったら絶対にやらない。店の格が、何となく下がるような気さえする。つかここは、なんか特別うるせえな……

自営業の家に生まれたせいか、外に出るとどうもこういう目線でものを見てしまうことが多い。しかし、入るやいなやそうしてげんなりしている俺とは対照的に、直斗の方は、それなりに嬉しそうに商品の物色を始めていた。

ここはどうやらセレクトショップのようで、一目見ただけで色々なブランドのものがあるのが分かった。モノ的にも、靴や鞄から、財布のような小物まで扱っているようで、なるほど、女には楽しい所だろうなと俺は思った。

そう。普通の女には。
俺は、店を歩きまわるその姿がどうにも腑に落ちなくて、そろそろと直斗に寄り、ささやいてみた。

「なあ」
直斗は、前に置いてあった白シャツを広げながら答えた。
「どうしました?」
目線はそのまま、吟味するように目の前に置かれていた白シャツの細部をチェックしている。
「いや、お前、何。結構こういう店来たりするのか?」
「ええ。ごく最近からですけどね」
そう言われてもまだ俺は、確認せずにはいられなかった。
「……マジで?」
すると直斗は、持っていたシャツをパサリと手から落とし、俺にまん丸な目を向けた。
「?ええ」

今まで、というかほんとに今日そんな格好するまで、こんな趣味の店に来るようになった感じなんて、一切出してなかったじゃねえか。……元々興味あったのか?
さすがに意図が伝わらなかったかと俺は一言加えようとしたが、直斗は丁寧にシャツを元のように折りたたみながら、その途中で何かに気付いたかのようにぷっ、と小さく吹き出して言った。

「ふふ。そう言えば、まだ何も言ってませんでしたね。まあ、そうです。もちろん君が思っているように、僕が自発的に来るようになった……という訳じゃないです」
やっぱりこいつは、頭がいい。
自嘲気味にそう言いはしたが、それから少し嬉しそうに、直斗は話し出した。

「ここには、久慈川さんとよく来るんです」

あの事件が終わってからというもの、俺達は事あるごとに集まったり遊んだりして、まるで昔からのダチみたいに毎日を過ごしていたが、こいつに言わせると、女達の方は俺が思っている以上に仲が良くなっていたらしい。
里中先輩や、天城先輩はもちろんの事。特にりせとは最近かなり仲良くなったらしく、アイツの事を話す時の直斗は、とても楽しそうに顔をほころばせた。

「可愛いですよね彼女。久慈川さんと一緒にいると、本当に楽しいです」

まるで外国の方といるみたいで。と直斗は加えたが、その例えは俺にもよく分かった。くるくる変わる表情と、少し過剰気味なスキンシップがそう思わせる。俺なんかはうっとうしいと思う事もあるが、こいつには、それが逆にいい方に働いているらしい。

それから延々と、こいつはりせの良い所について語り始めた。内容はやれ優しいだの気が付くだの、割と誰にでも当てはまりそうなものばかりだったが、こいつがあいつのことをいかに大事に思っているかは伝わってくる。物凄く嬉しそうに話すので、しばらくそのまま好きに喋らせた。

本当に、こいつだってこの頃は、いろんな表情をするようになった。
少し感慨深く最近の事を思って上の空で聞いていると、しかし途中でこいつの話の大部分に冠がつくのに気付いて、俺はすぐに現実に引き戻された。

「僕とは違って」

すべての話に、こんな言葉が直接的ではないにしろ付されていた。そして俺は、楽しそうに話をする中に、微妙な表情を浮かべる直斗がいるのにも気が付いた。

「実は今日着ている服も、大体彼女が選んでくれたものなんですが……」自分の全身を、体をひねってまで確認しながら直斗は言った。「少し時間が経てば変わるかなと思っていましたが、やっぱり全く慣れません。なんだか気持ちがうわついてしまって、落ち着かない感じです」

そう言ってこいつは俺を見上げた後、恥ずかしそうにふいっ、と視線をはずした。

「巽君はおかしくないと言ってくれましたが、やっぱり僕には、こういう系のものは似合わない気がして。……ほら、この白いシャツにジャケットを着て、スラックスとか細めのジーンズを履いたりだとか。そういう形の方が僕には何となく楽だし、自分に合っている気がするんです。最近頑張ってちょっと勉強してはいるんですが、どうも女性の服は色んなテンプレートがあり過ぎて、これを着ていたら大丈夫、という形が無いせいで難しくて」

あれ、見てくださいと続けて言われ、俺は後ろに向いた。
首からかぶる……あれだ。ポンチョ?アレを着たマネキンを指差して、直斗は言った。

「すごくないですか。あんなの、僕にはどう頑張ってもコーディネートに取り入れられる気がしません。久慈川さんみたいなタイプが着たら可愛いんだろうなあとは思いますけど」

自分を卑下するような言葉が続き、いい加減何か一言言ってやりたくなって俺は口を開いたが、それは続く直斗の言葉にかき消されてしまった。
「スカートの丈にしたって、あれ、何種類あるんですか」などと直斗はブツブツ言い、まるで推理をしている時みたいに、その場で深く考え込み始めてしまったのだ。

もう何度も見た事があるその様子を見て、俺はいつものように呆れながら深く、鼻から息を吐いた。
またか、と俺は少し思っていた。こいつには、結構こういう所がある。
一見どうでもいいような事を、馬鹿正直に考え出す事がままあるのだ。前に俺が『おっとっと』のシークレットを自慢しようと見せた時にも、こいつは興味津々にそれをしげしげと見つめた後、こう言ったのだった。

「これは、確かに珍しいですね。魚介類の中にあえて潜水艦とは。……これは一体、どういう意図で選ばれたものなんでしょうかね?」

どんな時でも共通しているのは、こいつは至って大真面目であるという事だった。探偵業の習性なのかは分からないが、こいつはただ一生懸命に、その場で湧いた疑問を考察しているに過ぎないのだ。
真剣な所を適当に茶化したりする事も出来ない。だからこうなってしまったら、俺は黙ってこいつがまた元通りになるのを、傍らで待っているしかないのだった。

時折素の笑顔をこぼすようになったという他に、こいつがこうなってしまう頻度も、同時に少し上がっていると思う。前者ははっきりと誰かのせいという訳ではなくて、きっとこいつの周りにいる皆のせいだと思うが、後者については、ほとんど考えるまでもなくあいつのせいだと俺は確信を持っていた。

あいつに、りせに色々吹きこまれたせいなのだろう。直斗に向かって何か講釈のようなものを垂れているのを、最近よく見かける。内容についてまでは全然聞く気になれないのだが、それは大体決まってりせの「女の子っていうのはね……」という台詞から始まる所から見るに、直斗にとって最も苦手な部類の話には違いなかった。そのせいで多分こいつは、色々急いで考えなくてもいいような事にまで、思考を取られる事が多くなってしまっているのだと思う。

何となく、心配だった。りせは決して悪いやつじゃないが、ちょっと尖ったステータスの持ち主だから不安なのだ。あいつも、普通にそこらにいる俺達の世代の女とは、やっぱり少し違う。俺なんかがどうこう言う権利なんて無いだろうが、直斗にはもうちょっと段階を踏んでくれる、ソフトに付き合ってやれるような女友達の方が、まず必要なんじゃないだろうかとどうしても思ってしまう。

しかし、そうは言っても、だ。俺は喉元まで来て出かかっていたそれらの懸念を、何とか飲み下した。せっかく仲良くなったと言っている所に水を差すのは、俺としても本意ではないのだ。
さて、どう言ってくれようか。悩みながら黙って直斗を見下ろしていると、こいつはそうしている俺にやっと気づいたのか、ハッとしてこちらを向いた。

「あ……すみません。またやっちゃってましたね」
「ああ……まぁ、気にしてねえから。って言ったけどよ前にも」

もう慣れたし、俺は別にいい。でもこいつは、このままでいいのだろうか。

教室で俺と話している時にも、こいつは何かの拍子でこうなってしまう。その度、少し不自然な絵がそこで展開される事となり、俺はいつも誰かに取り繕う事になるのだった。

黙ってるこいつのそばに、同じように黙ってる俺がいる。何かしてる訳でもなく、話すでもなく。前に教室でそんな状況になってしまった時、クラスの女子達が、急に俺に話しかけてきた。

「あの、たつ、み君?」
「あぁ?」
普通に返事をしたはずだったが、俺がそう言うと、その女子は小さく「ひっ」と声を漏らし、体をビクつかせた。
「なんだ?何か用か?」
声をかけてきた癖に後が続かないそいつに、仕方なく俺からそう言ってやると、そいつはゴクリと音が聞こえてきそうな程の大層な嚥下をして見せてから、ようやく話し出した。

「あの……直斗くんと話したいんだけど……いい?」
「あん?いやいいも何も……」俺は何度も繰り返されるやりとりにいい加減少しめんどくさくなってきていて、直斗の方にあごをしゃくって言ってやった。「別に普通に話せばいいじゃねえか。つかなんで俺に聞くんだよ」

すると、そいつと周りにいたやつらは顔を見合わせ、声を揃えて言ったのだった。

「え?二人って付き合ってるんじゃないの?」と。

マジで耳を疑った。聞いた瞬間、俺はそばに本人がいる事もあって気が気じゃなく、真っ向から否定してやった。
全くどこをどう見たら、そんな話が出てくるというのか。言い出したやつを連れてこい。きゅ、っとシメてやっからよ!本当にそう、その時は思った。

しかし、後で冷静になってよくよく考えてみると、そう思われても仕方ない状況には一応あるんだという事に、馬鹿な俺はそこまで言われてやっと気が付いたのだった。

あえて口に出さないではいるが、もう皆、こいつが女だという事を知っているのだ。そんな中で、例えばちょっと都合が合わないからと言って直斗とだけ一緒にいたり、下校したりなんかしていれば、そういう風に見られてしまう事があるのは当たり前と言えば当たり前なのだ。今日はちょっと特別だが、いつもの服装でだって雰囲気が柔らかくなっていると感じる事もある。周りももう、こいつの事を自然に女として扱い始めていたとしても、全く全然おかしくはないのだ。

「……巽君?」
「ん……ってうお!!」

急にそばで声をかけられて我に返ると、不思議そうな顔をした直斗が、俺の顔を覗き込んでいた。
「どうしました?ぼーっとして。体調でも悪いんですか?」

ちけえちけえちけえちけえ!馬鹿!そんなに顔寄せんな!
どうやら思考に夢中になっているうち、こいつを無意識に凝視してしまっていたらしい。そのせいか、距離がかなり近くなって、しかもこいつが背伸びまでして顔色をうかがってくるもんだから、異常な近さにまで顔が来てしまっていてぎょっとした。
「い、いや……っ!何でもねえ!」

慌てて俺は適当にはぐらかし、せっかく来たんだしいいから服見てろよと直斗に促した。
馬鹿か俺は。これじゃ俺も人の事言えねえじゃねえか……。気をつけねえと。

少し怪訝そうな顔を直斗に向けられたが、他には特に何も言われずに済んだ。今度は、きっちりと直斗が物色を再開するのを見計らって、それから上の空にならないよう慎重に、俺は思考を再開した。

しかしこの件については、注意しなければならない一つの事実があるのだ。
その現象は俺と直斗だけではなくて、俺とりせにまで飛び火する事がある。という所だ。

つまり、何の事はない。それは深く考えて誰かが言い出したものではないのだ。俺と直斗が、特別その、カップルのように見えたからとかそういう訳では無く、最初は本当にただ一緒にいるというだけで出た、ほとんど根拠の無い噂だったのだ。たぶんそれが人づてに伝わって大きくなり、あんな台詞をクラスの女子に言わせた、というのが本当の所なのだろうと思う。

その事には、すぐに気付けた。そしてその解決方法も、至って簡単なはずだった。直斗がさっきみたいな状態になってしまったら、単にその場から離れていればいい。そうすれば、必然的に俺と直斗が無言状態で一緒にいるという一番変な、怪しい状態だけは免れる事が出来る。だからこれさえ無くせば、かなり変わってくるはずだった。

そう。今考えてみても、至って簡単な事だ。
……しかし現実には、俺は何も出来ないでいる。実行に移そうとする所で、いつも俺の足が止まるからだ。どうしても、俺にはそれが出来なかった。
寂しそうに俯く直斗の顔が、頭の中にちらつくせいで。

少し考えると、やっぱりそれはやるべきじゃねえな、と俺は思ったのだった。
だって、それまで二人で普通に話してて、急に片方が黙ったからって声も掛けずに居なくなるのって、変だろ。特に直斗は、多分その時周りが見えていないし、我に返った時いつの間にか俺やりせが居なくなってたら、なんかこう……やだろ。たぶん。それにこいつは結構いろんな事を考えてしまう人間だから、俺やりせがそういう事をしたら、悪い事をしたと思って割と本気で落ち込むだろうし。我に返ってから毎回俺に謝ってくるのが、その良い証拠だ。

結局俺は、そう考えてただ直斗のそばにいる事にしていた。思考の邪魔もしたくないし、落ち込ませたくもない。なら、こうするのが一番なはずだ。その結果人に噂される事になろうと、そんなの自分は慣れてるし、別に構わないのだ。

しかし、俺の思考はいつもここでさっきの問いに戻る事になる。
でも、こいつは?こいつはどう思ってるのだろう。このままでいいのだろうか、と。

ふと気になって、あいつの方を見た。直斗は顎に手を当てながら、じっくりと商品を値踏みしている所だった。

「ん、これは……あれがこうなるからいいかも……いや……」

たぶんこいつは、噂されているその事自体に気付いてないんだろうな、と俺は思っていた。自分の周りの事には無類の頭の良さを発揮するが、どうもこいつの能力は、肝心の自分に関係する事には全く反映されないらしい。まだ一年にも満たない付き合いではあるが、分かってきた。こいつはかなり自分に疎い。過小評価していると言ってもいい。自分を客観的に見れていないのだ。

いい加減教えてやらねえとな、とは思っている。俺はこういう噂をされる事自体嫌でも何でもないが、こいつはたぶん違う。俺なんかとそういう風に見られるのは、きっと嫌だろう。
しかしそう思っても、結局俺はこいつに何も言わないできた。それは全くの俺の、どうしようもないわがままな理由からだった。

前は怖いものなんか全然無かったのに、この一年でそれが一転してしまった。心地いい世界を知ってしまったせいか、今は一人になる事が少し怖くなってしまったのだ。前は全く平気だったというのに。

もし直斗が、この噂に気付いてしまったらどうなるか。
考えるまでもなかった。ゼロにはならないにしろ、そうなったらきっと、こいつと一緒にいる時間は減ってしまう。あの不思議と心地いい時間が、失われてしまうのだ。

他の事はいい。でもそれだけは嫌だった。
こいつと一緒にいると、自分が何となく成長していくのを感じる。一緒に居てそんな風に思えるやつが、そう何人も世間にごろごろいるとは思えない。

幸い、なぜか直斗に直接噂について聞く人間がいないから、このままでいれば、直斗が変に意識するような羽目になる事はないだろう。だからしばらくは、このままでいようと思う。俺から何か言い出さない限りは、たぶんこの状態でずっといられるはず。

しかし、そうして現状を確認し、思考に一応の区切りをつけて安堵した時だった。
最初に入ってきた時よりは大分ボリュームは落ちていたが、あの甲高い声が再び耳を突いた。



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