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さっきからずっとひょこひょこと歩きづらそうにしていたブーツのせいではなく、こいつは目に見えて歩みを遅くし、顔を曇らせた。
何か後ろめたいことでも隠しているような感じだったが、俺はその顔を見て、もうこれ以上何も聞かないことに決めた。肩で風を切って歩けとまでは言わないが、せっかくこんな格好をしているのに下を向きながら歩いてしまうのは、少し勿体無いような気がした。

「ま、別にいいけどよどうでも。ちっと気になっただけだしな」

そうやってわざわざ気がないように言ってやったというのに、こいつはまた、ばつが悪そうに目を伏せるばかりだった。

途中、何度も何かを言いかけてはやめるという動作をこいつは繰り返したが、結局最後まで何も言わず、その間に目的地の手芸屋にさっさと着いてしまった。
ジュネスよりは小さいが、最近できたばかりのショッピングセンターの一角に、その店はあった。

「よ、よーしここだ。着いたぜ」
何となく、気を使ってしまう。俺は相変わらず下を向くこいつの手を無理やり取って引っ張り、早く入れと促した。

「た、巽君!?なんですか!?」
「いいから早く入れ。いつまでもんな辛気くせー顔してんじゃねえよ。ここはクリエイティブな空間なんだ。もっといい顔して入れよ」

稲羽にも同じような所はもちろんあるが、こっちにしかないものも結構あったりするから、たまに時間がある時はこっちに来ることもある。

そういや、誰か人と来たのって初めてか。なんか変な感じだな。
俺は直斗の背中をぐいぐい押しながら、中へと入っていった。

「も、もう分かりました!分かったんで押さないでください!」
「あぁ?そうか?お、これだこれだ」
俺は入ってすぐのコーナーにあった一つの毛糸を取りながら言った。
「白と青と……あと黒か。あー……あと何か減ってた気がすんだよなー。なんだっけな」

布は腐るほどあったけど、今風のじゃねんだよなあ。そっちも見てくか。そういや目とかもそろそろ……
頭の中に在庫を思い浮かべていると、すぐ隣で直斗が言った。

「ああ、あみぐるみの材料ですか?」そこらから適当に毛糸を取り、眺めた。「巽君のはすごいですよね。前に菜々子ちゃんにあげていたものは、もう完全に売り物にしか見えませんでした」

幾分いつもの調子に戻ったようで、少し安心した。
直斗は毛糸を戻して俺に軽く笑いかけた後、なぜか俺の腰辺りに視線を落とした。

「それは?」
「あん?」

ポケットの辺りを指差される。

「それも巽君が作ったんですか?」

どうやら、ポケットから出ていたあみぐるみの携帯ストラップが目に入ったらしい。言われて俺はポケットに手を突っ込み、携帯を取った。

「ああ、これな」

俺はそのあみぐるみの表面を撫でさすった。失敗した部分が少し浮き出てしまっているのが、どうしても気になってしまう。

自慢じゃないが、俺はあみぐるみにはかなり自信がある。しかしそれでも、少なからず失敗はあるのだ。
俺はまず一つのデザインを思いついたら、まずそれをとにかく形にしてみるようにしている。それを何度か繰り返して、最終的に納得のいくものを作り出す。だから途中で出来るものは、やっぱり少し人に見せるのが恥ずかしいものも結構あったりする。今日付けているこれも、そういう“ちょっとしっぱいぐるみ”の一つだ。

でも毎回丹精込めて作っているものだから、捨てるのは少し忍びない。だから、自分で付けているのだ。
そう教えてやると、こいつは言った。

「これで失敗なんですか??巽君は自分に厳しいですね」
「いややっぱそこは妥協出来ねんだよ。特に人にやるやつとかは100%完全なものにしてえだろ?」

答えると、ふうむ、と口の辺りに手を当てながらちょっと見てみていいですかと言われ、俺は仕方なく携帯ごと渡してやった。

「いや、すごいですねこれ。ほんとに」

あんま見んなよ。恥ずいんだよ色々と。
言いたかったが、そのあまりの熱心さに俺は口をつぐむしかなかった。
たっぷり一分くらい黙ってあみぐるみを眺め回した後、こいつは言った。

「実は、前から頼みたいことがあったんですが、いいですか?」と、手の平であみぐるみを転がした。
俺は聞いた瞬間、ついに来た、と身構えた。
これから大変な無茶ぶり祭が始まるかもしれない。気を引き締めねえと。そう思ったのに、しかしこいつはなんともぬるいことを言い出すのだった。

「僕に教えてくれませんか。これの作り方」俺に携帯を返して、またそばにあった毛糸を何個か手に取る。「前からやってみたかったんですが、なかなか機会を持てなくて。巽君さえよければ少し教えて欲しいんですが……。ダメですか?」

キャスケットの奥から、すがるような目で見上げてくる。

だから、『教えろ』と言って当然の権利を行使してしまえばいいだけなのに、なんでそんな顔をする必要があるのか。
今日のこいつは、本当にマジで全然、分からない。

「別にだめじゃねえけど……」

そんなの、言ってくれりゃいつでも教えたのによ。こんな強権発動しなくても。

「でも何でまた。実は可愛いもの好きだったのか?早く言えよそういう事は」

そう言うと、こいつは軽くははっ、と少年ぽく笑った。

「いえ、確かに可愛いものは嫌いではないんですが、それよりも」ポシェットから何かをごそごそと取り出し、言った。「これ、何だか分かりますか?」

見せられたのは、小さな六角形のバッジのようなものだった。

「何だあ?これ」

促され、俺は直斗の手からそれをつまんで取り、見てみた。

「バッジ……だよな?」
「ええ」

どう見ても、ただの小さなバッジ。金属っぽい表面に何かのマークみたいなものが彫ってあり、裏には服に付けられるように針がある。本当に、どこにでもあるようなただのバッジだった。
そう言ってやると、こいつはまたごそごそとポシェットを漁り、もう一つ同じ物を出した。

「もちろんただのバッジじゃありません。側面にスイッチがあるのが分かりますか?」

言われて見てみると、確かにあった。よく見ると完全な正六角形ではなく、少し膨らんでいる所がある。厚さはほんの数ミリしかないバッジだったが、六辺の中の一辺が少しだけ浮いていて、スイッチのようになっているのだった。

「押してみてください」

言われるがまま、俺はそこを押した。
するとこいつは、持っていたもう一つのバッジを握って、口元に持っていった。

『あ、あー。巽君。応答願います』

急にこいつがそう喋ったかと思うと、自分の持っているバッジからも同じ声が聞こえ、びっくりして俺は目を見張ってしまった。

「なななななんだぁ!?どうなってんだこれ」

音の振動が伝わってきて、思わず持っていたバッジを落としそうになる。
そんな俺を見て、こいつはまた楽しそうに笑った。

「ああ、そこまで驚いてもらえると作者冥利に尽きますね」

よほど俺のリアクションが面白かったのか、こいつはそのままくくくっ、と笑いを収めることが出来ずにいた。
俺は少し悔しくて、どこかしらにケチでもつけてやろうとバッジを舐め回すように見たが、やっぱり見つからなかった。
自分から見ても分かるのだ。これはもう、ほとんど職人レベルに達したものの仕事だった。
つか無線ってなんだよ。こんなもん自分で作れるもんなのか?

「これお前が作ったのか?」にわかには信じられなくてそう俺が聞くと、
「ええ。巽君のとはかなり毛色は違いますが、一応僕の趣味みたいなものです」と、こいつは少しはにかんだ。

小さい頃、探偵に憧れているうちにいつの間にか作るようになったと言う。最初は簡単なものだけだったはずが、段々手の込んだものに手を付け始め、気付くとこのバッジのような本格的な探偵道具を自作するようになっていた、ということらしい。

俺は、改めて感嘆の声を漏らしてしまった。
なんだよ。すげえの持ってんじゃねえかこいつ。こんなすごい工作ができるのに、何でまたあみぐるみに興味を持ったんだ?これ極めればいいじゃねえか。
そんなような事を言ってやると、こいつは言った。

「ええ。好きな事なので、これからもこれはやり続けるとは思います。でもたまに、全く違うことをやってみたくなるんですよ。探偵なんてやってると、なおさら」バッジを握りしめて、目を瞑る。「人が残した軌跡を追ったり、洗ったり。結局僕がいつもやっていることは、元々あるものを“解釈”しているに過ぎないんです。積み木を組み立てることはあっても、積み木自体を作ることはない。そんな事ばかりやっていると、時折羨ましくなるんです。何かを0から生み出すような事をやっている人達が」

「お前も作ってるじゃねえか。こういうの」
少し寂しそうに言うこいつに、ついフォローをいれてしまう。
するとこいつは、困ったように眉を寄せて、無理に笑った。

「そうですね。でも違うんです。僕がやっていることは、そういうのとは少し性質が違うような気がするんです」手のひらに目を落とし、バッジを人差し指で転がす。「おかしいですよね。僕には、さっき巽君がちょっと言いましたが、クリエイティブな事をしているという感覚があまりないんです。実用性ばかり気にしてしまうのがいけないのかもしれませんが、やっていることは同じなはずですよね」

一体何が違うんでしょうね。そう続けて、こいつは顔を上げた。

「やってみれば理由が分かる気がするんです。なので、頼めませんか?あみぐるみ。作ってみたいんです」



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