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(くまたそブログ)
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くそ!急にあいつが変なこと言い出すから準備に手間取っちまったじゃねえか!

「ちょっと出てくるからよ」

おふくろになるべく平静を装って、いつものトーンで、いつもの顔で俺は言った。

「なあにあんた。やけに嬉しそうじゃない。デート?」
「ちちちちちげえよ!なんだよデートって藪から棒に!おかしいだろうが!」
「違うの?だってその革ジャン、ちょっといいやつでしょう?」
「たまには着てやんねえと埃かぶっちまうだろうが!……ったく。じゃあ行ってくるからな!」

俺はおふくろの二の句を待たずに、家を飛び出した。それから店のすぐ外に置いてある原付バイクに、急いでまたがった。海の一件でいい加減懲りて、速攻で免許を取ってやったのだ。これでもうあんなキツイ目にあったりはしない、はずだ。

しかし、まったく何なんだあのばばあ。どんだけ俺のことが読めるんだよ。今度一回問い質さないとダメだ。俺ってそんなに顔に出てるのか?んなこたねえだろ……

「ん?げえっ!」

くだらない自問自答をしながらふと時計を見て、俺は凍りついた。約束の時間まであと何分もない。これじゃ制限速度ギリギリで飛ばしても、時間通りに着くか五分五分だ。

「だーくっそ!!」

俺はメットを大急ぎでかぶり、バイクのエンジンをつけた。風よけに、クマ公からもらったグラサンをかけた。

「っしゃあああああああああああ!!」

なけなしの金で買った愛車が火を噴くぜ!俺は前後左右をきちんと確認し、フルスロットルの半分くらいで発車した。
この上さらに道交法違反でパクられたら遅刻どころじゃねえからな。それだけはぜってえ避けてえ。
約束の沖奈市までは少し大きい道路も通るし、安全運転でいかないと捕まりやすいのだ。そろそろと、俺は公道を走りだした。

しかしあんまりとろとろやってる暇も、自分にはない。少し飛ばしてやろうと、俺は大きい道路に出ようとした。

「ん?」

だがまたも、俺の歩みを止めるバカどもが目に入った。
工事中だあ??は!天下の巽完二様を舐めるんじゃねえよ!
この辺は族の奴らとやりあった時に、熟知していた。そんじょそこらの稲羽の人間とは土地勘がちげえんだよ土地勘が。

俺は交通整理で止められる前に、すぐ手前の路地に入っていった。ここなら、工事が終わっているその先の道路に出て、なおかつ近道のはずだ。ぬかりはねえ。

ぬかりはねえ。はずだった。

「ああん?ありゃー……」

路地に入って少し行った所で、俺は妙な光景を目にした。
ガキが、一人。それに、私服の……大学生くらいの男たちが、ガキを囲んでいた。

「何やってんだありゃ」

ガキの不安そうな顔を見ると、兄弟や知り合いというわけじゃなさそうだ。男たちも、ガキに詰め寄って穏やかじゃなさそうな空気だった。

「んぐぐぐぐぐ……っ」

捨て置け、捨て置け、と心の中で念仏のように唱えた。俺には、約束があるのだ。たぶんあいつ自身も勇気を出しての今日のはずなのだ。それを無下にすることは、俺には出来ない。あいつの勇気を、俺は買ってやりたい。それに、いつもと違うはずの格好のあいつを待たすのは、まずい気もする。いや、ものすごいまずい気がする。

「ぐぐぐぐぐぐ……ぐうううううう……だあああああああああああああああああああ!」

俺は気付くと、バイクを止めていた。
ああ、くそ!止まっちまったんならしょうがねえ!

「おいテメーら!何やってんだ」

ズカズカと俺は男どもに寄っていった。今日の俺はいつもの数倍優しくねえぞ。これでくだらねえ事だったら、絶対許さねえからな。
俺の声に振り返ったリーダー格っぽい男は、俺を見ても怯まずに睨み返してきた。

「ああ?誰だテメーは」

そいつ自体はここらで見たことが無いやつだったが、取り巻きの奴らにはちらほらと見覚えのある顔がいた。狭い町だから、誰だろうと何となく見たことがあるかないかぐらい分かる。

「別に誰でもいいだろーが。何やってんだって聞いてんだよこっちは」
「かんけーねーだろテメーには!」
「あ?」
「何なんだよテメーこそ」

メンチをきりあってる間に、ふとガキが目に入った。そいつは震えた手で、涙ぐみながらサッカーボールを抱えていた。
目の前でいきり立ってるこいつは、この調子だとどうせ喋らねえだろう。このままじゃ埒があかねえし、なんとかこっちのガキに何があったか聞いてみるしかない。

「おいお前。何があった。何にもしねえから、とりあえず俺に言ってみろ」
「なに無視してんだよてめえコラ」

リーダー格の男をおしのけ、俺は震えているそいつになるべく優しく聞いた。

「オラ、言ってみろ。何があった」
「てめ……っ」

ったく。こういうやつはやることがほとんど一緒だな。なんかそういう指南書とか定型文みたいなもんでもあるのか?
俺は飛んできた拳を軽く受け止め、少し強く握ってやった。

「い゛い!?」
「なあ。おい。ほら、言ってみろ」

最初はおろおろとしているだけのガキだったが、辛抱強く待ってやると、少しづつ事の次第を話しだした。
どうも、ここで壁相手にサッカーの練習をしていたら、あさっての方向にボールが飛んでいってしまい、ここのいるリーダー格の男の顔に当たってしまった、ということらしい。

「んだそりゃ」

俺は盛大に、ため息をついてみせた。
やっぱりくだらねえじゃねえか!ガキの蹴ったボールがちょっと顔に当たったくらいで、大の大人がこんなちいせえガキ囲みやがって。大して傷も付いてねえじゃねえか。

どうしようもねえ野郎だぜ……ガキいじめて何が楽しいんだよ。マジでバカ軍団だろ。正直。

「よおく分かったぜ。てめえらがクソだって事がな」

固く拳を握ろうとすると、リーダー格の男が叫んだ。

「いぃってえええぇええええええええええ!!!!」
「あ」

相手の拳を握りこんでいたのを忘れていた。かなり強く握ってしまったようだ。

「あーわりい忘れてたわ」

パッと手を離してやる。すると、黙って見ているだけだったその他の連中が、にわかに慌てだした。

「こ、こいつ……まさか……」
「この三白眼見たことあるぞ俺……」

ああん?誰が三白眼だ。

「まさか……この辺の族全部シメたっていうあの……巽完二!?」

この反応は、少し新鮮だった。テレビで放送されてしまってから、俺はもう町のどこにいっても名前を覚えられていたから。俺のことを少しでも知っている人は、大体困った笑い顔を俺に向けて声をかけてくれたりもするが、俺の顔と声ぐらいしか知らないやつは、俺の顔を見るなり目をそらすか、隣のやつとヒソヒソ話しながら陰気な顔を向けてきやがったりする。こいつらはそれと比べると少し違う、というか変な反応だった。

なんでだ?と考えて、俺はすぐに思い当たった。

「あー。もしかして、これか?」

俺はかぶったままだったヘルメットを外してみせてやった。すると、

「う、わーーーーーーーー!!この今時趣味の悪いオールバック金髪!!!絶対そうだ!」
「やべーーー!!おい俊!!行くぞ!」
「お、おいなんだよ急に」

慌てすぎなのかあまりの恐怖なのかは分からなかったが、何人かが臆面もなく俺のことを指差して、口々にクソ失礼なことを言ってのけた。
やっぱり俺の考えは当たっていた。どうやら俺を知らないやつに記号化された自分は、三白眼とオールバックの金髪がセットでやっと実体化するらしい。俊と呼ばれたリーダー格の男が、俺の正体を知って慌てふためく仲間達に引っ張られていく。

「くそ!なんだってんだお前ら!」
「いいから来い。もういいだろ」

留まろうとするそいつを、仲間が無理やり引きずっていく。もしかしたらこいつは元々稲羽の人間ではないのかもしれない。自慢じゃないが、自分の顔はここじゃもう知らないやつはいないくらいなのだ。知った上でこうも突っかかってくるやつは、今までいなかった。

何となく不完全燃焼に終わってしまった拳を、俺はゆっくりと開いた。
まぁ、帰ってくれんならそれが一番早くていいけどよ……
かなり時間を使ってしまった。そう思って確認しようと時計に目を落とす瞬間、しかし俺は、見逃さなかった。

(あの野郎……)

ただ引きずられているだけだった俊とかいうリーダー格の男。あいつが、去り際に一瞥くれやがった。こういう目をして俺を見てきたやつが、いろんな意味で厄介だったのを俺は覚えている。

(くそ。めんどくせえな)

俺は、未だに震えながら見上げてくるそいつに目を落とした。

「おいぼうず」

びくっと肩を震わせるそいつを見て、俺はしまったと思った。
苛ついてる声色で話しかけたら、端から見てあいつらとやってることが一緒じゃねえか……

「ビビんなって。なんもしねえよ俺は」

努めて優しく言ってやると、そいつはおずおずとしながらも返事を返してきた。

「本当?」
「あー本当だ。俺はあいつらの仲間でも何でもねえからな。それよりよ、まさかとはおもうんだが……」

首が痛くなってきて、俺はその場にしゃがみこんだ。

「お前、携帯持ってるか?」

乗りかかった舟だ。最後まで面倒見てやるのが大人ってもんだろう。
あの手の人間は、たぶん粘着してくる。自分も昔、かなりしつこく追い回されたりしたから分かるのだ。

「?持ってるよ?ほら」
「やっぱ持ってんのか。マジ世知がれえ世の中だな」

俺がこんくらいのガキん時なんか、そんなの必要なかったのにな。どうせGPSも付いているんだろう。今はこんなのがないと、きっと気軽に外で遊べもしねえんだ。
……まあ、ちょっと前にあんな事件がありゃあ仕方ねえのかもしんねえけど。

「よし。番号の登録の仕方分かるか?」
「分かるよ」
「じゃあ俺の番号送るから登録しとけ。んで、もしまたさっきみたいな風になりそうになったらすぐ俺に電話しろ。いいな?」
「でも……」
「気にすんな。ガキは遠慮せずに、大人に施しを受けときゃいいんだよ」
「でも…お母さんが……」

なおも渋り続けるそいつ。じれってえな。なんだってんだ。

「お母さんが、知らないおじさんの言う事は聞いちゃダメだって」
「誰がおじさんだ!!泣かすぞコラぁ!!!!!」

急に出たその言葉に、ほとんど脊髄反射みたいな早さで俺が叫んでしまうと、そいつは俺の急な大声でびっくりしたのか、ひっ、と肩をすくめて涙ぐんでしまった。
ああああもうめんどくせえな。これだからガキは扱いに困る。

「あー……わりい。今のはあれだ。ただのツッコミだから泣くな……あー!てめえ!鼻水を手で取ろうとするんじゃねえ!」

俺はポケットからティッシュを取り出し、そいつの鼻を拭ってやった。きったねえなマジで。どういう教育されてんだよ……
涙もハンカチで拭ってやると、そいつはまだ少しぐずつきはしたが、なんとか泣き止んでくれた。

「番号なんていつでも消せるんだからよ。家に帰って母親にでも見せて、俺の名前見て気に入らねえようなら消してもらえ。それなら問題ねえだろう」

そこまで言って、そいつはようやく首を縦に振った。今時にしては少し野暮ったいデザインの携帯を取り出すと、そいつはそれを俺の携帯にかざし、赤外線で番号を送信してきた。

続いてすぐに俺も送信しようとしたが、俺はある一点が気になって、簡単なはずの操作を何度も間違える羽目になった。

「おい」俺は我慢できずに言った。「お前、ストラップとか付けねえのか?随分味気ねえじゃねえか」

そいつの携帯は野暮ったい上に全く飾り気がなくて、俺にはまるで、時代についていけていないどっかのじじいの携帯のように見えて仕方なかった。どうも最近、こういうのが気になってしまう。
そいつは、その俺の言葉に下を向いて答えた。

「うん。友達は色んなストラップとか付けてるんだけど、僕んち貧乏だから」言いながら、ボールに付いた汚れを手で拭う。「このボールもやっと買ってもらえて、それで嬉しくて僕、公園に着く前に蹴って遊びながら来てたんだ。そしたらあの人達が……」

……そういう事かよ。

事の全貌が分かって、俺はようやく溜飲が下がる思いだった。
まぁ、こいつもいくらか悪いかもしんねえけど、でもあの程度でいちいちキレられちゃかなわねえよな。こいつは嬉しくてしょうがない気持ちを抑えられなかっただけ。そういうのって、子供の時はすげえ一杯あるもんな。

俺は鼻から大きく一度息を吐いてから、またポケットをまさぐった。

「……手ぇだせ」
「え?」
「手ぇだせってほら」俺はぐいっとそいつの手を引っ張って、それを握らせた。「それやるから付けろ。春の新作だ。ありがたく思えよ」

昨日作ったばかりの人形が、手元にあった。本当は、同じように味気ない携帯を持つあいつにやろうと思って持ってきたものだが、この際仕方がない。こいつにやることにする。

「うわー……おじちゃん何これ。雪だるまのお化け?すごい可愛いね。くれるの?」
「おじちゃんはやめろ!……ああ。やるよ。お前運いいなあ」

やったー!とか言いながらそいつは嬉しそうにそれを携帯につけようとするが、不器用なのか、うまく付けられずにいた。
こんくらいのガキにゃ、ちょっとむじいか。

「……ったく何やってんだ。貸してみろ」

俺はそれを付けてやりながら、ちょうどいいのでまた念を押してやった。

「おい。この人形の黒いとこ見えるか?『巽屋』ってタグついてるだろ?もし今日のことを親に話して、んで俺の番号とか見て嫌そうな顔したり、文句がありそうだったりしたらここに来いって親に言え。俺は大体いつもここにいるからよ」

そう言うと、そいつはコクリと頷いた。

本当に分かってるのかは疑問だったが、このストラップを見せればあとは親が勝手に推し量ってくれるだろうし、特に問題はないだろう。
とにかくこれでやっと、少し肩の荷が下りた。ゆるゆると俺は立ち上がり、言ってやった。

「さって。じゃあ俺は行くからよ。なんかあったらすぐ電話しろよ。いいな?」

うんうん頷くそいつの頭をぐしゃぐしゃと撫ででやってから、俺は早々にバイクの置いてあるところへ戻った。

分かっていたことだが、時計はすでに約束の時刻を指してしまっている。かなり長居をしてしまったツケだった。
もうとっくに確定していた。飛ばしていったとしても到底遅刻を免れる事は出来ない。それこそワープでも使わない限り。

……マジやべえよ。やべえとかいうレベルじゃねえよこれ。
長々とため息をつきながら、俺はバイクに跨った。半ばヤケになりかける気持ちを押し殺して、なんとかスロットルに手をかける。

言い訳なんてしたくねえしな……黙ってボディーブローとかですまねえかな……
そんな相手のキャラに合わない結末を考えながら発車しようとすると、後ろで声が響いた。

「おじちゃんありがとー!これ、絶対大事にするからー!」

ミラーに、両手で大きく手を振りながら叫んでいるあいつの姿が映った。俺は少し迷ったが、振り返ることはせずに、自分が見てなくても手を振り続けるそいつにぐっ、と見えるように親指を立ててやった。

バカだな俺も。原付なんかじゃ、全然サマにならねえってのに。
出発してあいつが見えなくなる頃には、不思議と絶望的な気分が少し和らいでいた。まあ、なんだ。しゃあねえよな。最悪土下座でもなんでもしてやるっつの。

腹を決めてしばらくすると、おかしなゾーンにでも入ったのか、そうやって何だか楽しい気分にまでなれた。しかしやっぱりと言うべきか、目的地の沖奈市が近づくにつれ、その気持ちは段々となりを潜めていった。

あいつの顔を想像すると、こめかみの辺りがひくひくした。眉間に皺を寄せすぎたのか、顔の筋肉も疲れて痙攣してしまっている。終いには、腹の奥がどんよりと重くなってキリキリと痛み出した。

……やっぱ全然だめじゃねーか!くそ!
俺は早くしないとやばい事になるという一心でバイクを駆った。そのおかげか、何とか少し時間を過ぎたくらいで沖奈市に着くことが出来た。大急ぎで俺はバイクを駅前に停め、もうすでに待っているはずのあいつを探した。

(あーあーあーあーやべえよどこだよまじで)

確かメールによると、あいつは映画館の前辺りにいるはずだった。しかし実際には、そこにはちらほら人がいるくらいで、それっぽいやつが来ている様子はなかった。

なんだよ。あいつも遅刻かよ。急いできて損したぜ。

「ちょっくらごめんよ。邪魔するぜ」

さっきの件もあって、俺はたぶん少し浮き足立っていた。一度自分を落ち着けようと、俺は怖がられないよう近くにいた女に一応声をかけてから、そいつと同じように映画館前のUFOキャッチャーの近くの壁にもたれかかった。


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