夕刻。雨の降りしきる、寒い晩秋の日であった。
インターホンが部屋に鳴り響き、我が愛犬が吠え出す。誰かが来るたびにこれなものだから、結構大変だ。番犬気取りなのだろうが、それならどっしりと構えて欲しいものだ。小心者丸出しではないか。
そんな愛犬の悪癖に少々げんなりしながらも、私はインターホンに出る。
「荷物でーす」
どうやら、宅急便である。そのかなり低い声に「は~い」と返事して、私は玄関に出た。
「ここやで、ここ」
ぽんぽんと、受取確認欄を指差す彼。 西 濃 は 神 。
本当は、クロネコさんだった。豪雨の中配達しているせいで、荷物もちょっと濡れてしまっている。私は軽いねぎらいの言葉をかけ、判を押して荷物を受け取った。
部屋に戻り、少し滲んだ配達票を確認する。
「お?」
そこには、『任天堂』の文字。こ、これはまさか!!!!!!!!!!!!!!!!
そう。奴が帰ってきたのだ。真っ赤な暴れん坊。地元で最強だった、彼だ。
私は逸る気持ちを抑え、箱を開封した。箱は粉々になった。
内容物は何点かあった。
まず、保護シートが目についた。おそらく修理の際に剥がしたのだろう。きっとまたこれを貼ってくれということなのだ。
次に、こちらから送った保証書や、コノザマの納品書などの書類。それから折られてよく見えないが、たぶん修理の内訳書も入っていた。
そして、厳重にくるまれて帰ってきた、彼だ。赤いボディが緩衝材に包まれていてもはっきりと分かる。本当に、帰ってきたんだ。
私は涙が出そうになるのをぐっとこらえ、内容物をよく確認することにした。不備があってはまずいのだ。また任天堂のお世話になってしまうかもしれない。よくよく、確認した。
「…………ふう」
だがしかし、どうやら不備はないらしかった。私は一息ついて、コーヒーでも淹れようと、最近買ったコーヒーメーカーのスイッチを入れた。すぐにごぽぽぽ、という音が部屋を支配する。
ごぽぽぽぽ……
くくくく……
ごぽぽぽぽぽぽ……
くくくくく……
はじめは、気のせいだと思っていた。しかし、メーカーの運転が止まった時、それは確かな違和感となって顕れた。
くくくくく……
くくくくくく……
おかしい。どう考えてもおかしい。耳を澄ますと、いや、澄まさなくとも聞こえる。低くて、少し自分に酔ったかのような笑い声が聞こえる。
私は、出所を探した。どう考えても、こんなおかしな声を出すようなものは、自分の部屋にはなかったはずなのだ。
PC…………じゃない。アイポ…………はイヤホンを指していないし、音を出せる状態ではない。およそ音を出すような機器を片っ端から調べる。それでも、音の出所は見つからない。
あとは、さっきまで無かったもの。彼くらいしか…………と思って手にとって、驚愕した。
「くくくく……」
「え!?」
はっきりと、聞こえた。まさに漫画の吹き出しをつけるならここ!と言わんばかりにはっきりと彼から聞こえた。
「くくく……おめでたいなくまたそ……」
( ^ω^)「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
彼が、喋った。私は驚いて、思わず一歩下がってしまう。
おかしい。彼はこんな口調ではなかったはず。こんな薄ら寒いナルシストのような笑い方はしなかったはず……
私は、かました。
「貴様だれだ!!!閃空剛衝波!!!!!!」
彼を包んでいる緩衝材に向かって、私は技を繰り出した。その一撃で、ぷちぷち緩衝材は跡形もなく砕け散った。
だが、中の彼には傷一つつけてはいない。紳士なのだ。私は。
「くくく……見事だくまたそ」
「御託はいい!!誰なんだお前は!」
私が大声でそう言っても、彼は意に介さず、さも冷静に佇むだけである。赤いボディに、部屋の照明が反射する。
「くくく……修理内訳書を見てみるがいい」
何だというのだ、一体。彼は修理で人格まで操作されてしまったということだろうか。
私は、言われるがままに内訳書に目を通した。
『ご依頼の件、確認しますた。保証を適用し、本体交換させて頂きました』
本体、交換……………………?
「くくく…………理解したか……?」
そんな、まさか……
私は、彼をひっくり返し、シリアルナンバーを確認した。
(;^ω^)「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
違う。修理前とはナンバーが違う。つまり、これの意味するところは……
「私は、彼ではない。彼はもう、いない……くくく…………」
私は、膝から崩れ落ちた。フローリングにもろに膝を打ち付けるが、その痛みが脳まで届かない。私の頭の中を、悲しみが支配していた。
「そんな……そんな……私はいい京都観光が出来ると思って彼を……」
送り出したのに……
良かれと思って、送り出したのに……
指先がチリチリする。口の中はカラカラだ。目の奥が……熱いんだ……
「くくく……涙……?そんなはずはない。そんなものが出るわけがない。なぜならお前は……」
消費者だ……
彼の言葉が頭の中にガンガン響く。しばらく私は、orzの形で絶望に打ちひしがれた。
可能性が無かったわけではない。無かったわけではないが、これしきの修理以来で、まさか本体交換などという神対応をするはずがない。そう思ってしまったのが、私のミスだ。任天堂の神対応を嫌というほどネットで見てきたのに、それを忘れていたのだ。
私は、涙を拭った。
「今彼は……?」
「…………分解され、また新しい3DSをリユニオンするための部品となった」
「そう……か……」
それならば、よい。廃棄さえされなければ、またリユニオン出来るのだ。新しい消費者のもと、きっと彼も楽しくやれているだろう。
「すまない。それならいいんだ」
「くくく……そうか」
「改めて、よろしく頼む」
「くくくく……ああ、大事に使ってくれたまえ」
本当のところは分からない。廃棄かリユニオンかなんて、ただの彼のような末端の携帯機には分かるはずもないのだ。
ただ、彼のついた優しい嘘が、これからの3DS生活に一条の光を与えてくれた。今は、それでいい。
それで、いい。
『我が3DSは京都旅行の夢を見れたのか』 END
インターホンが部屋に鳴り響き、我が愛犬が吠え出す。誰かが来るたびにこれなものだから、結構大変だ。番犬気取りなのだろうが、それならどっしりと構えて欲しいものだ。小心者丸出しではないか。
そんな愛犬の悪癖に少々げんなりしながらも、私はインターホンに出る。
「荷物でーす」
どうやら、宅急便である。そのかなり低い声に「は~い」と返事して、私は玄関に出た。
「ここやで、ここ」
ぽんぽんと、受取確認欄を指差す彼。 西 濃 は 神 。
本当は、クロネコさんだった。豪雨の中配達しているせいで、荷物もちょっと濡れてしまっている。私は軽いねぎらいの言葉をかけ、判を押して荷物を受け取った。
部屋に戻り、少し滲んだ配達票を確認する。
「お?」
そこには、『任天堂』の文字。こ、これはまさか!!!!!!!!!!!!!!!!
そう。奴が帰ってきたのだ。真っ赤な暴れん坊。地元で最強だった、彼だ。
私は逸る気持ちを抑え、箱を開封した。箱は粉々になった。
内容物は何点かあった。
まず、保護シートが目についた。おそらく修理の際に剥がしたのだろう。きっとまたこれを貼ってくれということなのだ。
次に、こちらから送った保証書や、コノザマの納品書などの書類。それから折られてよく見えないが、たぶん修理の内訳書も入っていた。
そして、厳重にくるまれて帰ってきた、彼だ。赤いボディが緩衝材に包まれていてもはっきりと分かる。本当に、帰ってきたんだ。
私は涙が出そうになるのをぐっとこらえ、内容物をよく確認することにした。不備があってはまずいのだ。また任天堂のお世話になってしまうかもしれない。よくよく、確認した。
「…………ふう」
だがしかし、どうやら不備はないらしかった。私は一息ついて、コーヒーでも淹れようと、最近買ったコーヒーメーカーのスイッチを入れた。すぐにごぽぽぽ、という音が部屋を支配する。
ごぽぽぽぽ……
くくくく……
ごぽぽぽぽぽぽ……
くくくくく……
はじめは、気のせいだと思っていた。しかし、メーカーの運転が止まった時、それは確かな違和感となって顕れた。
くくくくく……
くくくくくく……
おかしい。どう考えてもおかしい。耳を澄ますと、いや、澄まさなくとも聞こえる。低くて、少し自分に酔ったかのような笑い声が聞こえる。
私は、出所を探した。どう考えても、こんなおかしな声を出すようなものは、自分の部屋にはなかったはずなのだ。
PC…………じゃない。アイポ…………はイヤホンを指していないし、音を出せる状態ではない。およそ音を出すような機器を片っ端から調べる。それでも、音の出所は見つからない。
あとは、さっきまで無かったもの。彼くらいしか…………と思って手にとって、驚愕した。
「くくくく……」
「え!?」
はっきりと、聞こえた。まさに漫画の吹き出しをつけるならここ!と言わんばかりにはっきりと彼から聞こえた。
「くくく……おめでたいなくまたそ……」
( ^ω^)「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
彼が、喋った。私は驚いて、思わず一歩下がってしまう。
おかしい。彼はこんな口調ではなかったはず。こんな薄ら寒いナルシストのような笑い方はしなかったはず……
私は、かました。
「貴様だれだ!!!閃空剛衝波!!!!!!」
彼を包んでいる緩衝材に向かって、私は技を繰り出した。その一撃で、ぷちぷち緩衝材は跡形もなく砕け散った。
だが、中の彼には傷一つつけてはいない。紳士なのだ。私は。
「くくく……見事だくまたそ」
「御託はいい!!誰なんだお前は!」
私が大声でそう言っても、彼は意に介さず、さも冷静に佇むだけである。赤いボディに、部屋の照明が反射する。
「くくく……修理内訳書を見てみるがいい」
何だというのだ、一体。彼は修理で人格まで操作されてしまったということだろうか。
私は、言われるがままに内訳書に目を通した。
『ご依頼の件、確認しますた。保証を適用し、本体交換させて頂きました』
本体、交換……………………?
「くくく…………理解したか……?」
そんな、まさか……
私は、彼をひっくり返し、シリアルナンバーを確認した。
(;^ω^)「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
違う。修理前とはナンバーが違う。つまり、これの意味するところは……
「私は、彼ではない。彼はもう、いない……くくく…………」
私は、膝から崩れ落ちた。フローリングにもろに膝を打ち付けるが、その痛みが脳まで届かない。私の頭の中を、悲しみが支配していた。
「そんな……そんな……私はいい京都観光が出来ると思って彼を……」
送り出したのに……
良かれと思って、送り出したのに……
指先がチリチリする。口の中はカラカラだ。目の奥が……熱いんだ……
「くくく……涙……?そんなはずはない。そんなものが出るわけがない。なぜならお前は……」
消費者だ……
彼の言葉が頭の中にガンガン響く。しばらく私は、orzの形で絶望に打ちひしがれた。
可能性が無かったわけではない。無かったわけではないが、これしきの修理以来で、まさか本体交換などという神対応をするはずがない。そう思ってしまったのが、私のミスだ。任天堂の神対応を嫌というほどネットで見てきたのに、それを忘れていたのだ。
私は、涙を拭った。
「今彼は……?」
「…………分解され、また新しい3DSをリユニオンするための部品となった」
「そう……か……」
それならば、よい。廃棄さえされなければ、またリユニオン出来るのだ。新しい消費者のもと、きっと彼も楽しくやれているだろう。
「すまない。それならいいんだ」
「くくく……そうか」
「改めて、よろしく頼む」
「くくくく……ああ、大事に使ってくれたまえ」
本当のところは分からない。廃棄かリユニオンかなんて、ただの彼のような末端の携帯機には分かるはずもないのだ。
ただ、彼のついた優しい嘘が、これからの3DS生活に一条の光を与えてくれた。今は、それでいい。
それで、いい。
『我が3DSは京都旅行の夢を見れたのか』 END
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