「おお……」
王都から幌竜車に揺られること数時間、俺はついに仕事の面接の場、マグナース邸へとたどり着いた。
ファンタジーの貴族の家だからめちゃくちゃでかいのだろうと身構えていたのだが、実際に見てみるとそれ程途方もない大きさではなかったので少し安心した。
しかしそれでも門から数十メートル離れたところにやっと家が建っているので、やっぱりそれなりにでかくはある。
そうしてお上りさんのように門前できょろきょろしていると、ふいに正面から誰かに話しかけられた。
「いらっしゃいませ」
「うわっ!?」
「当家に何の御用でしょうか」
突如として眼の前に現れたのは、この屋敷の執事みたいな人だろうか、品のいい髭を生やした初老の男性だった。
黒系のタキシードっぽい服をかっちりと着こなし、真っ直ぐと伸ばされた背すじが油断のなさを感じさせる、すこぶるカッコいいイケおじだ。
白髪が混じってはいるが、少し硬そうなその灰色の髪のオールバックと意志の強そうな太眉により、年齢をほとんど感じさせない。180を越すだろうその身長も相まって、非常にエネルギッシュな印象を俺にびしびしと与えてくる。
彼はそのすらりとした長身を折ると、ビビってその場に転んでしまった俺を覗き込んだ。
「驚かせてしまいましたかな?」
「あ、いえいえ。全然大丈夫です」
と、尻をはたきながら立ち上がろうとすると、少し離れたところからまた声が掛かった。
「むぐむぐ……どしたの君? そんなところで尻もちなんかついちゃって」
そう言いながら現れたのは、屋敷に到着してからなぜか姿が見えなくなっていたエクレアだった。
手には何かの木の実が握られていて、彼女はしゃくしゃくと小気味のいい音をさせてそれにかぶりついていた。
しかし俺の前に人がいるのを見つけると、「あ、やば」みたいな顔をしてさっとそれを後ろに隠した。
「や、やーすみません。私達ここに仕事の面接に来た者なんですけど、今日って面接は……」
と、きまずそうに下から伺うようにエクレアが問うと、
「面接はいつでも開催されております。ご安心ください」
彼はそう言って俺達にニコリと朗らかな笑顔を見せた。
それを見て、「よかったバレてないみたい……」みたいな視線を俺に送って来たエクレアだが、どうですかねえ。バレバレな気がしますけども。
て言うか俺にそんな意味深な目配せ送らないでね。共犯みたいになっちゃう。
「ではどうぞこちらへ。本日午後の部の面接は間もなく始まります」
しかし彼は全くそれを不審に思わなかったようで、俺達をそのまま中へ招き入れてくれた。ひゅ~あぶねえあぶねえ。
敷地内は道部分が綺麗な石で舗装され、適度にガーデニングなどもなされているという、いかにもな貴族らしい庭が広がっていた。
やっぱ金持ちなんかなあ……と、その整えられた庭をエクレアと二人でほえほえ言いながら歩いていると、後ろ手に前を歩く彼が言った。
「本日もたくさんの方がいらっしゃっております。お嬢様の導師就任への道、大変険しいかと思われますが、ご武運をお祈りしております」
「は、はあ。ありがとうございます」
ご武運とはまたずいぶんとおおげさな言葉だなあとは思ったが、とりあえずお礼は言っておく。
って言うかそれより今、たくさんの方って言いました? そんなにいるの? 悪名高い掲示板の仕事なのに?
「こちらです。どうぞお入りください」
んなばかな、と思ったが、そうして彼に促されて屋敷に入ってみると、その言葉が嘘ではないことがすぐに分かった。
そのだだっ広い玄関ホールには、何ともうすでに10人以上もの人が集まっていたのである。
「……あら~」
これには能天気キャラっぽいエクレア氏もさすがに苦笑い。おいおいエクレアさん? 話が違うんじゃないですかね~え?
しかもそれだけじゃなく、気になることがもう一つ。
俺はエクレアに身を寄せ、耳打ちしてみた。
「あの~……。何か女の人しかいないっぽいんだけど、これってたまたま? それともなんか理由あんの?」
そう聞いてみると、彼女は「え?」と少し驚いたような声を上げた。
「知らなかったの? たまたまじゃないよ。導師って教える子の性別と同じ人がやるのが普通だから」
「え! そうなの!?」
マジかよ。じゃあ俺門前払いされるんじゃないの。
「まあでも、絶対ダメって訳じゃないから。あの執事っぽい人も中に入れてくれたんだし、そこは別に大丈夫なんじゃない?」
「ふうむ……。まあ、そうか。ちなみに一応確認なんだけど、導師っていうのは要するに、先生みたいなことをする人ってことでいいんだよね?」
「それで合ってるよ。先生よりはもっと広くいろいろ教えるって感じだけどね」
ですよね。字面からまあ大体そんな感じの仕事だろうとアタリをつけていたが、大きく外れていなくてよかった。
まあこの世界に来たばかりの俺では、もちろん魔法を教えたり勉強を教えたりはできない。しかし日本だろうと異世界だろうと、人の世の理にそう隔絶した違いはないだろう。それなら少しは教えられるものもあるはずだ。
「なるほどね。まあなかなか難しいかもしれないけど、何とかなるだろ! よーし、やってやるぜ!」
そうして決意を新たにする俺氏。そんな俺を見て、エクレアがおお~と感心したような声を漏らす。
「いいねえいいねえ。やる気満々だねえ」
「ふふ、まあね。これ落ちたら結構本気で仕事ないし、命かかってるからね」
マジでね。言葉通りにね。
「なるほどなるほど~。そんなドルオタ君にいい話があるんだけど、どうだい? ちょっと聞いてくれないかな?」
「うん? いい話?」
そう返すと、エクレアは何やら意味深にニヤリと笑った。
それから周りを気にするそぶりを見せると、肩を縮めつつ俺に寄り、耳打ちした。
「あたしがさ、何とか最初の方に面接に潜り込むから、君はその面接の情報を買ってくれない?」
「え? 情報? どんな?」
「いやほら、面接なら先に聞かれること知っておいた方が得じゃない? だからあたしが先に行ってそれを聞いて来て、君に教える。そして君は順番を最後の方にして、皆が面接を受けている間にその対策を練る。どうかなこれ」
「な!? そ、それは!?」
天才か? いいじゃんそれ。それで行こうよ。
「え、でも、たぶんこれって一人しか受からない仕事だと思うんだけど、エクレアはそれでいいの?」
一応そう聞いてみると、彼女はふるふると首を振りつつ言った。
「や~、いいのいいの。掲示板の仕事はもうコリゴリだってさっき言ったでしょ? でも君はそれを聞いても行くって言うから、じゃあ何かあたしにもできないかな~って考えたのがコレなんだから。気にしなくてよし!」
ははあなるほど、そういうことか。と、俺はそこで手を打った。
全然辻褄の合わない行動を取るからアホの子なのかなと思ってたけど、ちゃんと考えて動いてたのね。ごめんね勝手にアホの子認定して。
さすがは異世界人。俺なんかより全然したたかに生きてるのかもなあと感心していると、エクレアが続けて言った。
「で、どうする? 買う? そんなに大変なことじゃないし、今回は特別に銀貨1枚でいいよ」
「ふむ、銀貨1枚か……」
うーん。銀貨1枚ねえ。
まだ金の価値があんまり分かっていないので、こういう場合の相場というのもよく分からない。彼女は結構いい人そうだけど、実は割とまたぼられてたりするんじゃないだろうか。ううむ……。
しかしこの仕事に賭けている俺からしたら、やっぱり面接の内容が事前に知れるのは大きい。ここはケチケチせずに投資すべきだろう。命が掛かっている以上、四の五の言ってる場合じゃない。
「よし分かった! その情報買うよ!」
「毎度ありぃ!」
俺が返事をするやいなや、彼女は嬉しそうに揉み手をしつつ、元気よくそう言って笑った。
と、俺達の謀略が完成を見たちょうどその時、周りで動きがあった。
入り口から見て右側のドアから誰かが出て来る。さっきの執事っぽい人だ。
彼はそれから俺達を一度見回すと、小さな鐘のようなものをチリンチリンと鳴らす。
「ではこれより、面接の方を始めさせていただきたいと思います。順番等はこちらでは特に決めませんので、始めたい方からこちらの部屋にお入りください」
ホールに低いながらもよく通る彼の声が響く。
しかしそれを聞いても、全員お互いに牽制するように見合って誰も動こうとはしない。
まあ、そうなるよな。こっちの世界の人からしたらこれは悪名高い掲示板の仕事なんだし、とりあえずちょっと様子を見たいなあとなるのは仕方がないところだ。
ただその理屈は、そもそも面接に受かる気のない人には全く関係がない。
「はいはーい! あたし一番ね~!」
その理の外にいる人物、エクレアはそう元気に手を挙げると、てってこてってこ両足を大げさに上げつつ彼の元へと歩いていった。
「ふむ。あなたが一番ですか」
突如能天気な感じで立候補した彼女に、彼はやや目を細めたように見えた。
しかしそこは執事的な人である。一瞬でその怪訝な表情は消え失せ、彼はエクレアを実に紳士的な所作で部屋に案内した。
「どうぞこちらです」
「よろしくお願いします!」
二人がそうしてドアの向こうへと消えていくと、ホールにまた元の静けさが戻った。
さて、しばらく待ちか。暇だな。どうするか。面接ってどれぐらいかかるんだろな。普通の企業とかだったらまあ10分から20分くらいだと思うんだけど、はてさて。
ホールの方に目を向けてみれば、集まった女性達は自分が一番にならなくてよかったという安堵からなのか、心なしかほっとしているように見えた。
若い人もいれば、結構なお年寄りもいる。皆普通の人っぽく見えるが、掲示板の仕事に手を出す辺り、何か事情がある人達なんだろう。
今はいくらか弛緩した表情を見せているが、眉間にシワが寄せられたままだったり、口が引き結ばれていたりと、誰もが何かしらの部分で余裕のなさをうかがわせる表情をしていた。
うーん。緊張感あるね。こいつはかなり気合入れないと勝てなさそうだ。やっぱりエクレアにカンニングを頼んだのは正解だったかもしれん。
と、そんなことを考えながら壁にもたれかかって人間観察すること15分程。
いい加減腰が痛くなって来たので、行儀が悪いとは思いつつもそこにしゃがみこもうとした、まさにその時だった。
少し遠くの方から、突然ドーンという何やら重々しい音が地響きと共に聞こえて来た。巨大な何かがどこかにぶつかったような音だ。
「な、何だぁ?」
大砲でも撃ち込まれたのか? と周りを伺ってみたが、同じように混乱したような顔でおろおろとする女性達が目に入るだけで、別段異状はない。
もしかして外か? いや、あの音の響き方からすると、中のようにも聞こえる。どっちだ? 外に逃げた方がいいのか? それともここにいた方が安全なのか?
と、いろいろな可能性を頭の中でぐるぐる回していると、ふと、ホールの2階へ向かうための中央階段から誰かがが下りてくるのが目に入った。
「……エクレア?」
力なく肩を落とし、一段一段とぼとぼと階段を下りてくるのは、間違いなく彼女だった。
何だかすごい疲れ切った表情をしている。しかもなぜか髪がすごいボッサボサになってるし、服も全体的にホコリをかぶったみたいに汚れている。
「こりゃ一体……」
ホールの女性達も彼女に気づいたのか、ざわざわと色めきだつ。
俺も訳が分からず、そのボロボロになったエクレアを呆然と見つめるほかなかった。
何これ。爆発コントでもさせられたの?
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