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「う、うーん……」

 俺は寝ぼけ眼をごしごしと擦りながら、いつものように枕元の時計に手を伸ばした。
 しかしあるはずのそれはそこにはなく、俺の手は空を切る。寝ている間にどこかへやってしまったか。しつこく手を振って探してみたが、やっぱりない。

 手のひらがベッドに触れた瞬間、なぜかひんやりとした冷たい感触が返ってきてびっくりする。やばいな窓開けっ放しで寝ちまってたかなと思い、仕方なく起き上がる。すると……。

「起きたぞ! 陛下をお呼びしろ!」

 なぜか俺は、どことも知れない広間で大勢の人間に囲まれていた。

「え! なになに!?」

 誰かが大声を上げたのを発端に、周囲がざわざわと色めき立つ。中世の貴族のような格好をした人達が、全身ねずみ色のスウェット姿の俺を興味深そうに見つめてくる。

 四方八方を囲まれ、その視線から逃れることができないとは分かりつつも、しかし俺はじりじりとその場で後ずさる。
 自分の部屋では絶対にない。自分の尻の下にはベッドではなく、滑らかな感触の赤い絨毯が敷かれていた。

(え、マジでどこなんここ……)

 全面石造り。その縦長の広間の奥には、何やらものものしい椅子が置かれていた。
 少し小高くなった場所に置かれたそれは、まるでファンタジー映画に出てくる王様が座るような、豪奢極まる代物だった。 
 一体どこの成金セレブのための椅子なんだしょうもねえと思いつつそれを見上げていると、広間に大きな重々しい音が響き渡った。

 発生源は後ろ。びびりながら振り返ると、数メートルはありそうな巨大な扉がゆっくりと開かれるところだった。

「女王陛下のおなりである!」

 同時に上がった大声に、周囲の人間達が一斉にその場に膝をつく。

(女王陛下だって……?)

 んなバカな。そんなもの日本にはいない。映画か何かの撮影か?
 いやでも、そんなとこに俺が放り込まれる理由はないしなあ。意味が分からん。デブが急遽必要になったとしても、そんなんそこらのデブタレ使えばいいわけだし……。

 そう不審に思いながらも、小心者な俺は同調圧力に屈して端に寄り、同じように膝をつく。
 とりあえず長そうなものには巻かれておけ精神は、どんなところでも有用である。たとえそれが実際には短かったとしても、俺はそれ以上に短いものである自信があるので、全く問題はない。

 開ききった扉の外には、鎧を着た兵士のような人間が両サイドにずらりと並んでいた。
 フルヘルムをかぶっていて個々の表情は伺い知れないが、それがかえって俺の不安を煽る。腰には長物、剣のようなものをそれぞれ帯びていて、遠くにいても威圧感が半端ない。

 俺なら物怖じしてしまいそうなそんな景色の中、その中央を堂々とした足取りで歩く影があった。
 全員が微動だにしない。時が止まったかのようなその世界で、ただ一人歩みを進める。その姿を見れば、彼女がその女王陛下、絶対者であるということに、もはや疑問を挟む余地はなかった。
 
(どうなってんだ……映画の撮影でもないだろこんなの)

 それにしては、全てが真に迫り過ぎている。
 一体こりゃあ何なんだ。そもそも俺は何でこんなところで寝てたんだ。クロロフロムでも嗅がされて拉致られたんか? 
 そうして一人苦悩していると、ふと、額にふわりと風がよぎった。

(ふおおっ?)

 その風に誘われるように顔を上げると、ちょうど彼女が俺の前を通りかかったところだった。
 甘い匂いの花とミントが合わさったかのような、何とも言えない清涼な、それでいて強烈に女の子を感じさせる香りが漂ってきて、思わず鼻をハスハスしてしまう俺。
  
「……えっ?」

 しかしその時、俺に電流走る……!
 そのまま通り過ぎるのかと思いきや、彼女は俺の前で立ち止まり、こちらを見下ろす。
 その顔が、俺の知っている人物によく似ていたのだ。

(さやちゃん!?)

 思わず叫びそうになったが、その名前はすんでのところで喉元に引っかかって止まった。

(いや……)

 別人、か?
 大きな目に小ぶりの鼻、口。そしてまだ幼さの残る丸みのある顔のライン。確かにパーツや造形は彼女──我が妹の織部さや──のそれに激似だったが、同時に全く似ても似つかないところもあって判断がつかなかった。
 まず瞳が、日本人には絶対にいない綺麗な蒼色をしている。加えて髪色もおかしい。

「ふむ。成功……のようじゃな」

 彼女がそう何事かをぽつりとこぼすと、その不思議な色をしたロングヘアーがきらりと煌めく。
 白髪……と言うには、それはあまりにも綺麗過ぎた。光をよく反射する艷やかなその髪は、角度を変えると、美しい陶器のような青白磁色がほんのりとのっているのが分かった。
  
 妹がコスプレを始めたなんて話は聞いていない。それにコスプレにしては、個々のパーツが浮いた感じが全くしない。むしろ完全にハマっている。俺には彼女が、ただそこに自然に存在しているようにしか見えなかった。

(こりゃ一体……)

 彼女は俺をひとしきり見回すと、ふいに俺に顔を寄せた。
  
「突然のことで混乱していることと思う。しかし今は、わらわがこれから言うことにうまく合わせて欲しい。悪いようにはせぬ」

 それだけささやくと、彼女は俺が聞き返す間もなくすぐに踵を返し、きびきびとした足取りでまた歩を進めてしまう。

「苦しゅうない」

 そして何を思ったか、彼女は周囲に向けてそう言った後、歩きながら器用に服を脱ぎ始め、

「楽にせよ」

 あっという間に下着姿になる。すると、両サイドから侍女のような人達が慌てた様子でわらわらと出てきて、これまた器用に彼女に服を着せていく。
 彼女が壇上にあるあの椅子──おそらく玉座なんだろう──に座るまでの、たった数十秒。その短い間に、彼女は華麗に変身を遂げた。

 羽衣のような、淡い水色のドレスだった。
 丈は膝が少し隠れるくらいで、首元も大胆にさらけ出されているが、あくまでも全体は上品にまとめられている。シルクのような光沢を放つそのドレスは、彼女の青白磁色の髪と白い肌とが相まってよく映えた。

 そこらの少女が少しおめかしをした……なんて形容は間違ってもできなかった。可憐の一言で済ますには、彼女が纏うその空気は静謐に過ぎる。
 まるで悠久の時を生きる、妖精か何かの王のようだった。たとえどれだけ演技に長けていようとも、この雰囲気はそこらの女子高生が出せるものでは断じてない。

 そこから導かれる答えは、もはや一つしかなかった。
 彼女は妹でも、ましてやどこかの映画俳優なんかでもない。
 ……“本物”だ。

「わらわがこのファルンレシア王国の王、ソフィーリア・ネティス・ファルンレシアである」

 組まれたおみ足が美しい。
 いくらか高さがあるが、そのスカートの奥は全く見通せない絶妙な角度だった。
 まあさっきモロに着替え見ちゃったけどね。でも一瞬で隠されちゃったし、モロ見えとパンチラは全く異質のものなので残念なことに変わりはない。っちい!

「ようこそ客人。ようこそ黒の賢者よ。我が国はそなたを歓迎する!」

 彼女のよく通るソプラノの声が、部屋中に響き渡った。するとその声に呼応するように、後ろの入り口付近からうおお! と歓声のようなものが上がる。先程の兵士のような人達だ。

(あわわわ……)

 周囲の貴族のような人達もそれに触発され、ざわざわとなにがしかを周りの人間と話し出す。しかしその視線だけは全て俺の方に向けられていてマジで怖い。
 そんな一種異様な雰囲気の中、彼女のそばに控えていた人物に手招きされた俺は、恐る恐る玉座の方へと向かう。
 うう、視線がちりちりと痛い。頬がいい感じに焼けてチャーシューになりそう……。

 玉座から数メートル程離れた場所で止まれというようなジェスチャーを受け、言われた通りに止まる。
 一応膝もついておく。こんな空気の中でボッ立ちではいられん。
 そうして俺の準備ができると、彼女がさっと腕を上げる。すると、一瞬で場が嘘のように静まり返った。

「客人におかれては、急にこうした形でこんな場所に連れてこられ、大いに混乱していることと思う。まずはそれについて詫びたい。すまなかった」

 そう言って彼女が頭を少し下げると、しかし少しだけどよめきが起こる。
 「陛下が頭を下げることなんて滅多にないのに!」みたいな感じ? やだなあ。居心地悪いなあ……。
 何も言えずにびくびくとしていると、彼女がふむと息を吐く。

「何、そう怯えなくともよい。少し話をしたいだけなのじゃ。遠い異世界から来たそちに、相談があってな」

 彼女は狼狽しきっている俺を見かねたのか、少し表情を和らげてそう言った。
 しかし俺は彼女の口から出て来たその言葉に不信感を覚え、より一層警戒心を強めてしまう。

(異世界……だと?)

 いきなり何を言っているんだ、このお人は。
 確かにここは日本っぽくはない。女王様は雰囲気からして本物っぽいし、周囲の人間も日本人離れした顔、格好をしている。
 でもだからと言って、急に異世界というのは俺からしたらあまりにも突飛過ぎる。まだどこかの海外に拉致られたとかの方が説得力がある。

 でも、ファルンレシア王国なんて国は聞いたことないんだよなあ……。

「どうした客人。何か言いたそうに見えるが」
「えっ……いや、まあ」

 もちろん言いたいことだらけっすよ。ただそれを真っ直ぐに聞いた場合、どういう反応が返ってくるか分からんから怖いんだよなあ。やぶへびになったら元も子もない。あと言いたいことが多過ぎて、正直何から聞いたらいいか分からん。  

(まあでも……)

 まずここだけは、やはりしっかり聞いておかなければなるまい。

「異世界と言……おっしゃいましたが、ここは僕がいた世界とは違う場所なんですか?」

 こんな超絶アウェイ環境の中、陰キャな俺にしては割とはっきりと言葉にできたと思う。
 しかし彼女は、そんな俺の渾身の言葉に対して大きく首を傾げた。何でなん。

「ふむ。やはり何を言っているのか分からんな」
「えっ」

 うそん。めっちゃ日本語ですやん。絶対通じてますやん。
 そう思ったが、しかし彼女の顔は真剣そのものだった。

「マール。ちょっと彼をみてやってくれ」

 彼女がそう言うと、横から一人の人間がはいはい、と漫才の入りのように軽い感じで出て来る。

 少年なのか少女なのか、判断に困る出で立ちをしていた。ポンチョのような貫頭衣を羽織っていて体型が分かりにくく、さらに声も変声期のようなハスキー声。さらさらな金髪と白い肌は女の子っぽかったが、丈はショートボブくらいの長さだし、やっぱりどちらとも取れるので断定できない。

「ふむう……ほほお……」

 そのマールと呼ばれた人物は俺の前へと来ると、やたらと近い距離で俺の体を興味深そうに眺め回す。
 女王様は妹と同じく凛とした優等生のような美人さんだが、こちらは純粋に可愛らしい顔をしている。そのポンチョが揺れる度、風に乗ってちょっといい匂いが漂って来て、少し複雑な気分になった。

 その新しい刺激につい俺は鼻息を荒くしてしまったが、目の前の彼女だか彼だかの方も、かなり興奮した様子で俺を舐め回すように見る。
 デブが珍しいのかな? ハハッ、ワロス!

「なるほどなるほど。こいつは興味深いですね~」
「何とかなりそうか?」

 女王様がそう声を掛けると、マール君さん(?)は、「はい! もちろんです!」と小学生のような元気のいい返事をする。

「ではでは早速」

 元気っ子キャラなのかな? 可愛いじゃない。などとのんきに構えていると、その可愛い顔がふいにこちらにぐりんと振り向く。
 その顔に、俺は何か不穏なものを感じた。

「な、何でつか……?」

 顔は本当に可愛らしい。しかしそこに浮かべられた笑顔が、どうしようもなく俺を不安にさせた。
 何だろう。とてもマッドサイエンティスト感のある笑顔である。正直ちょっと怖い。
 そんなことを考えていたら、案の定俺に悲劇が起こった。

「一体何を……ってコポォwwwwwwwww」

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