陶器のように滑らかで、薄く透き通った白い肌。大きな目に小ぶりの鼻、口。そしてまだ幼さの残る丸みのある顔のライン……。
俺が間違えるはずがない。この顔は、俺が愛してやまない妹のそれだ。
「……そこまで食い入るように見つめられると、さすがのわらわも少し思うところがあるな」
しかしそうして彼女が俺に顔を向けると、その蒼い瞳が、俺を真っ直ぐに射抜いた。
「色々言いたいことはあるかもしれんが、少し待て。これからしばしの間森に入り、悪路を走る。下手に喋ると舌を噛むぞ」
荷台が少し揺れる度に、その絹のように滑らかな青白磁色の髪が、陽の光を受けてははつらつと煌めく。
(こりゃ一体……)
妹がコスプレを始めたなんて話は聞いていない。それにコスプレにしては、彼女の立ち振る舞いは堂に入り過ぎているように見える。
(違う、な。確かに似てるけど、妹じゃない)
地下アイドル兼業のレイヤーなんかを散々見てきた俺には、何となく分かるのだ。
彼女はキャラを演じてなどいない。カラコンもウィッグもしていない。ただ目の前に、彼女は彼女として存在している。本物の、実在する人間として。
(素晴らしい……)
そして俺は、ついにほお、と感嘆の声までをも漏らしてしまった。
なぜなら彼女は、その稀有な容姿にあぐらをかくことなく、俺のようなドルオタを惹きつけるためのヌケの要素までをもきっちりとその身に備えていたのである。
彼女は、片側のもみあげ辺りの髪を綺麗に編み込んでいた。普通の女の子がやってもそれはただのワンサイド三つ編みでしかないが、彼女のような圧倒的器量を持つ女の子がやると、全く話は違ってくる。
度が過ぎた綺麗さは、近寄り難さを生むもの。しかし彼女はそれを知ってか知らずか、三つ編みという普通の女の子がやりそうな可愛らしいスタイルを自身に混ぜ込むことにより、見事にその近寄り難さを中和し、またそれによって自身の魅力をさらに高めているのだ。
この仕上がりなら、素で舞台に上がってもその日のうちにセンター獲得からのトップアイドル入りまであり得そうだ。マジでやばい逸材ですよこれ……。時代が変わる可能性すらある。
「おっと」
「ぶへっ!」
と、そうしてぼーっとしながら彼女に見とれていたら、彼女が言った通り悪路に入ったのか、荷台が大きく揺れてまたも俺は顔を荷台の縁に打ちつけてしまう。
涙目になりながら彼女に目を向けると、彼女はくすりと苦笑を漏らした。
「ふふ。まるで幼子のような目じゃな。どれ、今外してやるから待っていろ」
彼女は飼い犬にでも話しかけるかのような口ぶりでそう言うと、すぐに俺の後ろに回り、ムチを外してくれた。
「ん? この右手は何じゃ。何か妙なものが付いておるが……」
言われて久しぶりに解放された自分の右手を見ると、そこには何か透明なものが……。
「あ!」
そこで俺は、ようやく思い出した。
「あっつ! あつつつつ! 痛い痛い!」
そうだった。俺の右手にはまだスライムが取り付いていたんだった。急に場がどたばたし出したせいですっかり忘れていた。
幸い状態はそれ程悪化してはいないらしく、俺の右手はまだ無事そうだった。
しかし現状取る方法が全く分からないので、まだ楽観視出来る状態ではない。これ以上放置したら、さすがにどうなるか分からない。
そう思っていたら、ふいに腕をぐいと引っ張られた。
「見せてみろ」
その全く遠慮のない距離の詰め方に、俺は思いっきりきょどってしまった。
「ぁ……」
モテないオタクの悲しい性である。リア充と違って女子とまともに触れ合ったことのない俺は、この近さは嬉しさよりもプレッシャーを感じてしまう。
何かの花? の香りだろうか。俺の鼻先でやたらといい匂いを漂わせながら、彼女はふむと思案顔で顎に手を当てた。
「何かと思えばスライムか。よもやおぬしずっと取りつかれておったのか? 大事には至っていないだろうが、やけどくらいはしているやもしれんな」
彼女はそう言うと、おもむろに俺の右手をその白い両手で包み込んだ。
(おうふ……っ!?)
うそみたいに柔らかくて、じんわりと温かい……。
え? 何これフラグ? ついにわいにも異世界設定特有のチョロインによって春が訪れるん?
そう思って内心ドキドキしていた俺だったが、彼女は俺と目を合わせることはなく、あくまで手元だけを見ていた。残念ながら、これ以上甘い雰囲気になりそうな気配はない。
「火はあまり得意ではないんじゃが、これくらいならどうとでもなろ」
何をするのかと思っていたら、彼女は俺の手を包み込んだまま、急にぶつぶつと口上のようなものを述べ出した。
「我が深淵の底にて燃ゆる真なる意志よ、我がマナをもってその片鱗を顕現せよ。イグニース・ラーカ」
彼女がその詠唱を終えると同時に、それは起こった。
ボッ、とガスに着火した時のような低い音がしたかと思うと、彼女の手の内側、つまり俺の右手の周囲で炎が上がった。
「ひっ」
決して大きくはない炎ではあったが、普段目にするライターやキッチンのガスの火なんかよりは断然大きい。
恐怖で思わず手を引いてしまったが、彼女によるその施術は、もうその瞬間に終わっていた。
「あ」
あれだけ痛めつけてもびくともしなかったスライムが、突然力を失ったかのように俺の右手からだらりと垂れ、そのまま荷台の床にびちゃりと落ちる。
それきりスライムは動く気配を見せず、ただの水になったかのように力無く床の上に広がっていき、やがて木の床に染み込むようにして消えていった。
どうやらスライムは、熱に弱かったらしい。
(ってことは俺一人だったら完全に詰んでたな。片手塞がった状態じゃ火なんてゼロから起こせないし。あっぶねえ……)
さすさすと自分の右手をねぎらってやっていると、彼女が言った。
「ふむ。そこそこの時間取りつかれておったはずじゃが、その割にはあまりやけどをしておらんな。おぬし手袋でもしておったのか? 普通はもっと灼かれていてもおかしくないんじゃが」
彼女にそう訊かれ、俺は少し困惑しながらもふるふると首を振った。
確かにここに来る前は手袋をしていた。しかしあれは禊を行おうとした時に自らで外し、ここで起きた時にはもう着けていなかった。つまり俺の右手は全くの裸状態だったはずだ。
(……あ)
いや、違うな……。
そうだ。俺は手袋以外にも、右手に纏っていたものがあった。
たぶんこれ、俺の垢のせいですね。ずっと洗わないで積もり積もってしまった分厚い垢が、スライムの酸による捕食をギリギリで防いだんじゃないだろうか。外した時それはもうガビガビになってすごい状態になっていたからあり得る。
しかもあれだけかぐわしい芳香を放ってたはずが、今は全然臭わなくなってるしな。これはもう間違いない。我ながらキタナスwwwwwww
(なんてこった……)
全てを理解した俺は、もうただの床のしみと化してしまったスライムを思いながら、心の中で拝んだ。
あいつがいなかったら、右手の臭さのせいで彼女とのこのフラグ(?)は一切立たなかったかもしれん。やつとの邂逅は痛みをともなうものであったが、それだけは感謝せねばなるまい。
すまんスライム。お前の命は無駄にはしない。俺、絶対幸せになっから! お前のこともずっと忘れねえから……!
突如異世界に放り込まれたという不安が今さら出たのか、そうしてバカみたいな一人脳内劇場を繰り広げてしまっていると、彼女が少し訝しそうに俺を見た。
「何やら思うところがありそうじゃが……まあよい。もろもろ突然のことで不安もそれなりにあろうが、とりあえずしばらくは大人しくしていろ。悪いようにはせん」
そう言うと、彼女は視線をふと正面に向けた。
「ひとまずは……。いや、お前が望むのなら、この国が未来永劫お前のことを守ってくれよう。だから何も心配はいらぬ」
何やら少し感慨深げに目を細める彼女に釣られ、その視線を追う。
(う、お……)
何気なくそうした俺だったが、そこに広がっていた光景に、俺は釘付けになってしまった。
薄暗い森を抜け、眩しい陽光と共に眼前に現れたのは、見渡す限りの草原だった。
昼下がりの青々とした空と陽の光を反射した緑達が、眩しくも目に心地いい。
しかしその景色は、その中心に鎮座するものの引き立て役でしかなかった。
(城……だよなアレ)
だと、思う。おそらく。たぶん。
形としては一般の西洋に存在する城という感じではあった。しかしそのスケール感が一線を画していて、それと断定することをどうしても躊躇してしまう。
「マジで……異世界なんだな」
と、いよいよそんなセリフが口から漏れてしまうくらい、それは常軌を逸した代物だったのである。
点在する塔一つとっても、そのそれぞれが東京タワーくらいはありそうな程高い。敷地面積で見ても、東京ドーム何個分かの世界であるのはほぼ間違いない。
(……すげえ)
そして何より、それは美しかった。
その圧倒的物量によるダイナミックさと、全体に施されたガウディ建築を思わせる緻密な意匠には、賞賛を通り越して呆れにも似た感情が湧いてくる。
一体どれだけの時間をかければ、こんな代物が出来上がるのか。想像すらも容易ではなく、ただあんぐりと口を開ける他ない。
城の本丸らしき場所からはプールのスライダーのようなものがぐるりとその周囲を回り、足元の城下町と思しき所にまで伸びている。
なぜだかキラキラと光るそれは、パティシエの作る飴細工のようにも見えた。見事に円形に立ち並ぶ城下町と、その外側を覆っている高い壁のせいも相まって、芸能人なんかが披露宴で使うやたらと豪華なウェディングケーキにも見えてくる。
見慣れているだろう人間達でも、この光景にはやはり思うところがあるらしい。早駆けだった馬のスピードをゆるゆると落とし、しばらくの間完全に足を止め、全員でその光景に見入る。
一団の馬達も、その威容に敬意を示すかのようにいっせいにいなないた。
「やはり綺麗じゃな、この国は」
三つ編みをわずかに揺らしながら、そう思わんかと彼女が俺を見る。
よほど自分の国が自慢なのか、ちょっと誇らしげに綻んだその笑顔は可愛らしさに満ちていて、思わず俺は目を見張ってしまう。
(うほっ……)
可愛い。これはやばい。
やっぱり彼女は分かってる。男というのは、こういう無防備な笑顔に弱いのだ。彼女みたいにちょっとミステリアスで、あまり感情を表に出さなそうなタイプだと特に。
彼女がもしアイドルだったなら、百万単位の金を注ぎ込んでも惜しくはないと思った。彼女のためだったら、俺は毎日喜んでもやしとカップラーメンで生活する。それくらいする価値が、彼女にはある。
友達だとか彼女になってくれだとか、そんなおこがましいことを言うつもりはない。ただいつも、彼女のことを見ていたい。貢ぎたい。それがどこへ行っても変わることのない、ドルオタたる俺の魂の生き様なのだから……。
再び馬が動き出してからも、そんなことを思いながら彼女の横顔を見つめていた。彼女の方もそれから言葉を紡ぐことはなく、ただ眼前のパノラマに想いを馳せるように目を細めていた。
(ふむう……やはり絵になる)
草原の爽やかな風と、そばには美少女の横顔。俺の人生にこんな美しい時間があっていいのだろうかと思いつつも、何も言わない彼女に甘えてありがたくそれを享受させていただく。
本当に尊いわこの子……マジで何者なんだろう。一人称からして一般人では絶対ないんだろうけど……。
「……お?」
と、しばらく彼女に夢中になりつつどんぶらこと馬車に揺られていたら、ふと日が陰った。
木の下でもくぐったかななどと暢気にも思ったが、見上げてみると、全く違った。
壁だ。巨大な壁。ゆうにうん十メートルはあろうかという壁が、縦に横に、視界一杯に広がっていた。
(こいつはまた、べらぼうなもんを……)
どうやらいつの間にか、件の街に到着していたらしい。出迎えは高い文明力を感じさせる、綺麗な石造りの城壁だった。
先行している一団の一人が手を上げて合図のようなものを出すと、その足元にあったこれまた重厚そうな門が音を立てて開く。
この大所帯だと街に入るのは時間がかかるかもなあなどと思っていたが、やたらと間口が広いその門のおかげで、数分もしないうちに自分達の番がやって来る。
壁が分厚いせいか、ちょっとしたトンネルのようにもなってしまっているそこをゆっくりと抜けていく。すると──。
「ほわぁ……」
眩しい陽光と共に、“幻想”が目の前に現れる。
誰もが一度は思い描いたことのあるはずの、あの風景がそこにはあった。
(想定通りと言えば想定通りなんだけど、ガチのやつだとやっぱ何か違うなあ……)
木造や石造りの家が大通りに沿って整然と立ち並び、かと思えば、簡素ながらも色鮮やかな衣服に身を包んだ人間達が、活気を振りまきながら雑然と道を闊歩している。
人が居て、家がある。構成要素は同じものなのに、そこに漂う空気感が全く違う。
ここが日本ではないということを、改めて強く意識させられた。
(どっかの何とか村なんかじゃあこうはいかんよなあ)
マンガやアニメでこうした中世ヨーロッパのような世界は見慣れているつもりではあったけれど、本物は何と言うか、熱が違った。今そこにある感が半端ない。
どうやらここは市場のような場所になっているらしく、そのせいで人がごった返しているらしい。そこかしこから上がる威勢のいい声の合間を、買い物客だろう人々がせわしなく縫っていく。
(……おろ)
そんな人々の営みを物珍しさからきょろきょろと伺う俺だったが、しかしその視線移動の途中で、より気になるものが目に入ってきた。
元々この世界の人間であるはずの隣の彼女も、なぜか俺と同じように熱を帯びた視線で彼らを見つめていたのだ。
(見た感じ妹と同じくらいの年なんだけどねえ……)
よくこんな顔ができるなあ、と思ってしまう。
眩しそうに目を細め、口元には慈母のような微笑。もしダヴィンチがここに居たら、彼はきっと描きかけのモナリザを放り出して彼女の方を題材にするだろう。そんな風に思ってしまうくらいに、人々を見つめる彼女の瞳は、一種の美しさを覚えてしまう程の慈愛に満ちあふれていた。
(この齢にして母性を会得しているとは……。これが今流行りのバブみというやつなのだろうか)
まさかこんな子が現実に存在するなんて……と今さらながらに思った。
これはいよいよマジで見つけてしまったのかもしれない。俺のドルオタ生命、ひいてはモノホンの命までをも賭けるべき存在が。
父さん母さん。今まで散々くすぶっておりましたが、ついに俺も出す時が来たようです。本気の本気というやつを……。
やはり異世界に来てテンションが上がっているのか、そうしてらしくない決意を新たにしている間にも、馬車はどんどんと街の奥へと進んでいく。
市場から少しすると、住宅街へ。そこからゆるい坂道を上っていくと、ラフな格好をした人間達が行き交う職人街らしき場所へと行き着く。
強面のあんちゃん達が怪訝そうにこちらを見てきて怖かったけれども、その中にやたらとピッチリした白シャツの職人お姉さんもいてとても眼福でした。
後でもう一回来れたら来よう。うん。そうしよう。絶対来よう。
そして馬車は職人街を抜け、いよいよ城へと到達する。
ちょっと見上げるくらいの時間はあるかなと思ったが、それは叶わず。馬車はさっさと厩舎のようなところへと入ってしまい、その威容を足元で体感することはできなかった。
何もすることがなくなり、仕方なく忙しく動き出す騎士達を眺めていると、
「そら」
「んうぇ?」
ふいに俺の体が後ろから持ち上げられ、宙に浮いた。
「え、何何? 何スか? 誰スか?」
突然のことにびびり、情けなく上ずる声を上げてしまう俺。
そのまま何事かと首を捻る暇もなく、俺はどこかへと連れ去られて行く。
どこ行くの? ねえどこ行くの? マジ嫌な予感するんですけど?? まさか牢屋とかじゃないよね? 違うよね?
て言うか俺100キロ近くあるんですけど、こんな子供持ち上げるお母さんみたいな持ち方できるっておかしくない? スモウレスラーか何かなの?
一体どんな強面が俺を運んでいるのか。ごつごつとした手に脇の下をくすぐられつつ、俺はなおもいずこかへと連行されていく。
(牢屋ではない……かな?)
騎士達は俺をともないながらいくつかの階段を上がり、上へ上へと歩を進めていく。
牢屋なんかは地下にあるのが普通だろうから、この分だといきなり投獄されるということにはならなそうだ。まあ異世界だし、全然全く油断はできないけど。
階段を上がっていけば上がっていく程、周囲の石材や絨毯なんかの調度品のレベルもどんどんと上っていく。
おいおいこれ以上豪華になってったら秀吉の茶室みたいになっちゃうんじゃないのと思い始めた頃、俺を含めた一団は、一つの大きな扉の前にたどり着いた。
細やかな彫刻が刻まれた巨大な扉。それも驚嘆に値する代物だったが、俺達の前を先導していた数十人の騎士達がそこで見せた動きも圧巻だった。
俺達に道を譲るような形で両脇にはけた騎士達は、統制された動きで真一文字に縦並びになる。そして彼らは一斉に腰に帯びていた剣を構えた後、そのままそれを足元の正中に据え、柄の部分に手を置いて胸を張った。
(か、かっこいいけどさあ……)
威圧感がパない。彼らはそれから甲冑の置物のように微動だにしなかったが、逆にそれが怖かった。もしここで何らかの狼藉をはたらこうものなら、突然動き出して一瞬にして斬り伏せられそうな雰囲気である。
そんなに頭がいい方ではない俺でも、ここまで見せられれば分かった。
この先、王様か何かが居る部屋ですね。はい。間違いないです。
(ここに来てから即拉致されたし、何か裁かれるような悪いこととかする暇もなかったっちゃなかったんだけど……。それでもこういう王政みたいな感じの国だと、最悪謁見中に裁判とかなしでいきなり切り捨て御免なんてこともあり得そうだからコエエなあ……)
しかし身柄を拘束されている俺は心の準備すらもできず、ただその重々しい音を立てて開く扉の奥へと連行される。
(うへぇ……)
そこに入ってすぐに目に入ってきたのは、先程の騎士達と同じように部屋のサイドに控える人間達だった。
老若男女揃い踏みといった感じだが、その表情はどれも硬い。特に俺を見ると、露骨に顔をしかめるようなやつもいた。
予想はしてたけど、やっぱりあんまり歓迎されてないっぽい。とほほ。
(こりゃあやばいかもなあ……)
中はオーソドックスな形をした、おそらく予想通りの謁見の間だった。ロイヤルな感じの赤い絨毯が部屋を縦断し、奥の少し高くなっている場所には、これまたロイヤルな感じの玉座らしきものがある。
ただ不思議なことに、そこに王様と思われる人間は座っていなかった。やっぱり一番偉い人は最後に現れないとね! みたいな感じなのだろうか。あんまりもったいぶられると俺の心臓がもたないんですがね……。
と、その場の無言の圧力にきょろきょろとしながら言葉を失っていたら、突然脇の拘束が解かれた。
「──あばっふ!」
ふいを突かれ、俺は体勢を維持できずに床に思い切りすっ転んでしまう。扱い雑過ぎい!
「女王陛下のご帰還である!」
抗議の声を上げようとしたものの、そうしてどこかから上がったバカでかい声に、俺は仕方なくもごもごと口をつぐんだ。
何はともあれ、王様のご登場らしい。期せずしてひざまづく形になった俺に追随するかのように、控えていた人間達も膝を折る。
(……え?)
一体どんな人なんだろうと玉座を見つめていたが、その人物は以外なところから現れた。
皆がひざまずいている中、一人歩き出したのはそばに居た彼女だった。
彼女は俺に一瞥、ふっとほんの薄く笑いかけたと思うと、すぐに一転キッと口を引き結び、キビキビとした足取りで歩みを進める。
「苦しゅうない」
そして彼女は何を思ったか、歩きながら器用に服を脱ぎ始め、
「楽にせよ」
あっという間に下着姿になると、両サイドから侍女のような人達が慌てた様子でわらわらと出てきて、これまた器用に彼女に服を着せていく。
彼女が壇上にある玉座に座るまでの、たった数十秒。その短い間に、彼女は華麗に変身を遂げた。
ついさっきまでの地味なフード服姿はどこへやら。彼女は豪華なドレスに身を包み、玉座からこちらを見下ろしていた。
「わらわがこの国の王、ソフィーリア・ネティス・ファルンレシアである」
高らかにそう自己紹介する彼女を、俺は呆気にとられながら見上げることしかできなかった。
なるほどね。そう、来ましたか……。
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