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 何か長くて巨大なものが、物凄いスピードで僕の左横から迫ってきた。身を引いたと言うよりは、そのものが起こす風圧で僕がふっ飛ばされた形だった。そのまま5,6メートル程ごろごろと坂道を転げ落ちて、体中をしこたま地面に打ち付けた。

「ぐうう……いってえええ……っ!」

 久々の感覚だった。よく外で遊んでいた子供の頃なんかは、無茶をやってこういう痛みに襲われる事もあった。おにごっこか何かをやっていて、急いで駆け上がろうとした階段の角にスネを勢い良くぶつけてしまったり、よじ登ったフェンスから真っ逆さまに背中から落ちたりしてしまった事もある。そしてそんな時は、激烈な痛みに悶絶し、その場からしばらく動けなかったのをよく覚えている。

 しかし、今は当然そんな機会はほとんどない。すっかりその辺りの痛さに無縁になった今、この痛みには正直こたえた。

「うぐっ……!」

 無防備に立ち上がろうとして、すぐにそれを後悔した。ついた手の所に小さな石があって、そこに思い切り体重をかけてしまった。畜生。
 悪態を心の中でつきながら、それでも僕は何とかまた這いずってさっきの場所にまで戻った。好奇心とは恐ろしい。ニュースか何かを見ていて、危険を顧みない野次馬が出てくるといつも嘲りの言葉を送っていた自分だったのに。今は好奇心に意識を取られ、馬鹿みたいな事に、幾分痛みが和らいだ気さえしている。

 とにかく今度は、慎重にそうっと首だけ伸ばして、顔の上半分だけを出した。こうすればいつでも引っ込められる。何が来ても大丈夫。いつでも来やがれ。

「!うおお!」

 早速同じように、何かがこちらに向かって勢い良く向かってきた。今度は右から。しかし今回は準備していたから、さっきみたいな大事には至らない。頭を抱えて、その場に伏せた。

「ナツキ君!?」

 聞いた事のある声に名前を呼ばれ、恐る恐る顔を上げた。
 まことさんが、こちらに背を向けて立っていた。彼は右腕を横に伸ばして、空中に浮いている巨大な何かに手を付けている。
 大木が、宙に浮いていた。

「何だあ?……ってうわあっ!」

 不可解な絵に面食らった僕だったが、ふとその奥に目を向けてまた驚いた。仁王像のような巨人が、ものすごい形相でこちらを睨んでいたのだった。
 丸太のような太さの、筋骨隆々の腕に大木が抱えられている。その得体の知れない怪物が大木を抱え上げていたせいで、僕の目にはそれが浮いているように見えたのだった。
 あまりの迫力にひっくり返りそうになりながら、僕は地面を掻き乱した。

「どこへ行くんじゃ」
「ひっ!」

 その場からいち早く退散しようとしていた所に、急に耳元で声をかけられた。僕はまた別の何かがいるのかと思って、小さくではあるが悲鳴を漏らしてしまった。

「ああああ何だやた丸かよ!マジびびったわ馬鹿!」

 見た事のある、ツヤツヤ毛並の黒猫が目に入り、僕はバクバク鳴る胸をとりあえずほっと撫で下ろした。
 喋る猫を見たら普通ビビるが、逆にちょっと安心するってどういう事だ。

「何だよあれ!聞いてねえぞあんなの出るなんて!」
「何を言っとる。ちゃんと言ったじゃろうが」
「言ってねえよ!」

 見知った顔に安心しつつも、まだまだ訳の分からない状況に動転してついやた丸に捲し立ててしまった。すると、

「ぉぐっふぉ……っ!!」
 猫の少し硬めの肉球が、僕の左頬にめり込んだ。
「落ち着け阿呆。いとも簡単に恐怖に支配されるとは、最近の童はやはり軟弱じゃのう」
「いてててて!いてえって!」

 なおもぐりぐりと頬に足をめり込ませてくる。爪が微妙に立ってんだよ爪が!
 こいつ鬼か。やはり物の怪の類か。

「落ち着いたか?この頃の人間は焦ったりした時なんかに、よく頬をつねったり叩いたりして冷静さを取り戻すのじゃろ?本で読んだぞ」

 何とか僕は身体的な痛みで我を取り戻したが、それにしてもやり方がひどかった。ふふんと胸を張るやた丸が腹ただしい。他にいくらでも方法あるだろ……。
「ぐぬぬ……」
 しかし僕は、抜きかけた矛を鞘に収めた。虫の居所の悪い飼い猫にちょっとひっかかれたのだと思えば、まあ飲み下せない事もない。今はそれどころじゃないのだ。
 こみ上げるイライラを噛み殺し、ジンジンする頬をさすりながら、僕はやた丸に訊いた。

「……で?何なのあれ。つかここに居て平気なの俺」

 あまり細部まではよく見えなかったのだが、あの巨人はどう見ても3メートル以上はあった。その時点でどう考えても人間ではない訳で、しかも何かすごい怒っていた。すぐにでも逃げないとまずいだろうと今でも僕は思うのだが、やた丸の方は、全然ちっとも腰を浮かす気配がない。

「まぁ、まことがいるからの」
「!?そうだよまことさん!」

 僕に向かってきた、今さっきそこらで折ってきたかのようなあの大木。あれは、横から来た。……横だぞ?
 状況から察するに、あの何かの怪物は、前方一帯をあの大木でなぎ払ったのだと考えられる。それが至極普通の推理となるはずなのに、そうすると、しかし新たな問題が生まれてくるのだ。
 ……避けられないだろ。あんなの。

 明らかに害意を持って放たれている。当たったらまず即死。そんな考えるのもおぞましい攻撃が、僕の知っている限りでもう二度も行われている。なのに、当の本人はけろっとした顔で立っていた。
 一体何が起こっている?僕の中に性懲りもなく、好奇心が首をもたげ始めた。

 意を決して僕は、暢気にも毛繕いを始めていたやた丸をぐいっと横に押しのけて、またも広場に顔を出した。今度こそ、最低でも何が起こっているのかくらいは絶対見てやる。それに、危険な目にあっている人がいるのに何もしないでいるのは、男が廃る。
 そう息巻いて、そうしたはずだった。

「あ!!!」

 なのに僕は、
 
「ナツキ君危ない!!」

 情けない事に、気付いた時には、腰を抜かしてしまっていた後だった。

「あ……う……」

 瞬間、まるで水揚げされたばかりの魚みたいに、さっきまで普通に出来たはずの呼吸がうまく出来なくなった。体も全然動かない。世界から音が消える。キィン、という耳鳴りだけがし続けて、僕は白い世界に置いてけぼりにされてしまった。

 本当に怖いものを見た時、人はこうなるのか。
 大部分は痺れて役に立たないが、ばかに冷静な部分のある頭で他人事のようにそう思う。
 なるほど。少し分かった。走馬灯とは、きっとこんな状態になってしまった頭で起こる現象なのだろう。

「むう……っ」

 僕が成す術なくどうにも出来ないでいると、くぐもった声が、世界に割り込んできた。
 まことさんが小さく唸った。すると、自分と目の前のもの以外何もなかった世界に、徐々に背景が戻ってくる。
 僕の目の前で、本当にもう、僕の頭からあと1、2メートルという所で、その大木はぴたりと止まっていた。まことさんは右腕を高く掲げるようにして、僕の頭上の大木に手を当てている。

「ちょっとちょっと!危ないって言ってるでしょう!!」

 いや、違う。そうじゃない。まだ頭は少しぼーっとしているが、それは何とか分かる。
 彼は手を当てているんじゃない。それは変な表現だ。

「溜め込むなっていつも言ってるのにさあ……何で言わないかな」

 まことさんが、ぶつぶつと怪物に向かって何か言ったかと思うと、彼は掲げている方の腕を少し曲げるだけで、まるで虫でも払うかのようにして大木を上へと投げ出した。怪物がこれ以上ないくらいにぷるぷる震えて、今にもその振り下ろした大木で、そのまままことさんを押し潰さんとしていたのにも関わらず、だ。

 僕は見ていた。はっきりと。今度こそ事の一部始終を確かに見た。腰を抜かしても目だけは開いていたおかげで、目の前で何が起こっていたのかをやっと理解する事が出来たのだ。
 当たり前と言えば当たり前だが、彼は、単に手を大木に当てていた訳ではなかったのだった。

 僕が広場に顔を出した時、怪物はちょうど僕の真正面にいた。両腕で大木を持ち上げて、まさにそれを振り下ろそうとする瞬間だった。
 まことさんは、当然今度はそれを横に避けるつもりだったのだろう。すでに体を横に向けている状態だった。なぎ払いじゃないなら、それが一番簡単な避け方だから当然だ。

 縦に振り下ろされる大木。順当に避けようとするまことさん。刹那、しかし最悪な事に、僕はこの時まことさんの視界に入ってしまった。だから彼は、その瞬間方針を変えた。たぶん、僕のために。

 彼は一体どうしたか。
 全く、目の当たりにした今でも信じられないのだが、よりにもよって彼は、一番やってはいけないはずの選択をしたのだった。

 怪物の攻撃を、『受け止める』事を選んだのだ。

「ナツキ君ちょっと下がってて。すぐ終わるから」

 まことさんの落ち着いた声に、僕はやっと怪物の方から視線をそらす事が出来た。焦りの色の欠片もない声が、僕を少し安心させてくれた。
 しかし、そうして僕が、緊張しきってしまった体をちょうどふにゃふにゃと弛緩させようとした時だった。またも怪物が、まことさんに向かって攻撃を繰り出してきた。

 全く息つく暇もない。そうしてまたも声なき声を上げてしまう僕とは対照的に、まことさんの方は落ち着いていた。さっきと同じく、怪物は水平に大木を操ってまことさんを薙ぎ払おうとしたが、彼はいとも簡単に、ピタリとその攻撃を止めた。……片腕で。

 何かがおかしいと、ずっと思っていた。しかし今のまことさんの動きで、その疑問の正体も分かった。
 大木が操られる度に、当たり前だが風が発生する。あれだけの質量のものを素早く動かせば、まあそうなるだろう。実際に僕も何度か受けているし、そこには特に疑問はない。
 ……しかしおかしいだろう。その風以外の音が、全くしないのは。

「ほっ」

 まことさんが、また怪物の振り下ろしを止める。無音だ。それを見て頭にきたのか、怪物は何度も何度も彼に攻撃を浴びせたが、全て結果は同じだった。無音だ。

 目の前で起こっている事についてもうほぼ答えは出ていたが、それでも、僕は一応周りを伺ってみた。
 テストなんかで分からない問題があると、僕なんかはなんとか無理やり提供された情報から答えを導き出そうとする。でも、ちょっと論理的に筋が通っている答えがその場で出たとしても、大抵そういうのは間違っているのだ。そういう場合は、あくまでも慎重に。記入欄に書く前に少し深呼吸でもして、よく吟味する事が必要なのだと僕は思う。

 一つの可能性が捨てきれなかった。要するに、この怪物はなんらかの機械で作られた幻で、でかい扇風機か何かで瞬間的に風を発生させて、本物の怪物がその場に本当にいるかのように偽装しているんじゃないかと。『杭全屋』からここに至るまでをも、全てドッキリか何かで、そうなるとあのバイトの募集も、そのピエロを募集するための罠で……

 ふと、上を見る。
 怪物が僕らを見下ろしていた。相変わらず仁王像か、もしくは鬼瓦のような物凄い形相だが、一応パーツは人の顔だ。頭には、2本の猛々しいツノが逆ハの字に伸びて、それがよりいっそう凶悪なイメージを強くしている。首も太すぎて、頭から即体みたいに見える。
 さっきから暑い暑いと思っていたら、その怪物の上下する肩から、湯気が立ち上っている事に気付く。全く恐ろしいと言わざるを得ない。このクソ暑い熱帯雨林みたいな所でそんなものが湧くなんて、一体どれほどの温度だと言うのか。あまりの熱に、周りの空間が少し歪んで見える。

 絵に描いたような体現の仕方だった。その上気した顔と、熱と。歯ぎしりをしながら鼻で大きく息を吐く事により、こいつは体全体で叫んでいるのだ。
 俺は怒っているのだ、と。
 僕は頭を振った。またも渦巻いてしまった下らない考えを、頭の隅に追いやった。
 この迫力は、違う。本当にこの怪物は、今目の前に存在している。絶対に絶対に、幻なんかじゃない。

「ふんっ」

 じゃあそうすると……

「ほい」

 この人はやっぱり本当に……

「よっ」

 この怪物の攻撃を、いとも簡単に止めているという事になるのだが……。

 インパクトの時に音がしないのは、彼がそういう風に受け止めているからだった。腕を伸ばし、攻撃が手に触れた瞬間腕を曲げる。徐々に力を殺して、腕を曲げきる頃には力を相殺している。これを彼は、その場からほとんど動かずにやってのけている。
 何かしらの武道、合気とか古武道とか、そんなようなものに見えなくもないが、あれは相手の力を受け流したり利用したりするものだから、彼のやってる事とは全然違う。彼は単に、受け止めているのだ。こんな事、少なくとも相手と同じような力を持っていなければ、出来ない芸当のはずなのに……。

 ことごとく攻撃を止められる事に焦れたのか、怪物が、今度は直接腕でまことさんを殴りに来た。地球もろともぶち抜くつもりかのように、思い切り後ろまで拳を振り上げる。
 しかし、そうして彼に向かって数発打ち下ろした拳も、全て空を切った。最後の一撃は勢いが余ったのか、僕の数メートル前の地面にめり込んだ。

「うわっ!」

 爆散する土から身を守るのが精一杯の僕と違い、まことさんはすぐ次の行動に移っていた。
 彼はその怪物の腕を素早く肩に抱え、一本背負いのような態勢をとった。

「んんんんんんんん!!」

 さすがに無茶だ。いくら何でも質量差があり過ぎる。そう僕は思ったが……。
 僕の口はすぐに、開いたまま塞がらなくなった。程なく怪物の巨体が宙に浮き始めたのだ。

「それ!!!!」

 柔道技のような綺麗な投げ方ではなく、ただ力任せに投げた感じだった。まことさんは掛け声とともに、怪物を上空に向かって放り出した。まるでぬいぐるみのようにふわりと重量感無く、巨体が空中に綺麗な弧を描く。
 そのまま怪物は、広場を囲んでいた一際大きな一本の大木に向かって飛んで行き、そこに思い切り背中から叩きつけられた。さっきまでの馬鹿でかい音と変わらない轟音が、辺りに響き渡る。
 やっぱり怪物にはちゃんと質量があり、そこに確かに存在しているのだ。彼の暢気な掛け声と、特殊な攻撃の受け止め方のせいで勘違いを強いられたが、それはもう確定と言っていいだろう。

「あ、あんた一体……」

 でも、あんなものを投げ飛ばす事が出来る人間なんて、僕は見た事がない。プロレスラーや相撲取りだって、せいぜい同じくらいの体重の人間をその場に投げ飛ばすくらいが精一杯なのだ。あんな自分の体重の何倍もあるようなデカブツを、あんな風に軽々と投げてのける事は絶対誰にも出来ないはずだ。

 結局、ここに戻ってくるのだった。見た目は普通の人間。だから余計に、ある意味喋る猫や、この怪物よりも不思議な存在。本当に、一体彼は……

「何者……?」

 僕のその呟きに気付いたのか、ぱんぱんと手に付いたホコリを落としながらまことさんは僕の前にやってきて、頬をかいた。
 どう言ったものか……といったように思案する彼だったが、しばらく待ってみて出た言葉は、やっぱり僕の理解力を余裕で超えるものだった。

「えー……その……」

 頭をゆるゆると撫でながら、彼は言った。

「私は杭全まこと。一応この辺りの土地を総括する、テングです。改めてよろしくね、ナツキ君」



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