まことさんに採用だと言われた後、僕は喫茶店の通常業務以外に、別の仕事を頼まれた。やた丸が、まことさんに何か耳打ちした後だった。
「私のもう一つの仕事の方も手伝って欲しい」と、カウンター奥の事務所らしき所に引っ込んでいって、なぜか華麗に山伏に変身して帰ってきたまことさんが言った。「もちろんやるかどうか決めるのはナツキ君だけど、一応これくらいは時給アップ出来るかな」
そうして提示された条件は、もうほとんど高校生に出すような金額ではなかったが、僕はすぐには飛びつかなかった。
「何やらす気なんですか……」
簡単に想像出来たからだ。こんな金額は、絶対にまともな仕事じゃない。世間に顔向け出来なくなるような、なにか後ろめたい仕事をやらされるか、もしくはそれどころじゃない、とんでもない悪の片棒でも担がされるに決まっているのだ。
しかし、彼はそれをすぐに笑って否定した。
「いやいや、そんな大変な事じゃないよ。ただ、一仕事終えて疲れた私を背負って帰ってきて欲しいんだ。それだけ。ほんとにそれだけ」
やた丸の存在を隠そうとした時とは違って、特に彼に不審な様子は見られなかったけれど、それでもやっぱり、僕はすぐに信じてはいと頷く事は出来なかった。
どれだけの時間拘束されるのかがまるきり分からないのと、もしこの格好の彼を背負って町中を歩く羽目になったりしたら、周りになんと言えばいいか分からない。僕の住んでる町はそんなに大きくはないし、次の日には学校中で噂になってる可能性だってあるのだ。それが何より、今の僕にはつらい。なるべくしばらくは、学校では大人しく息を殺して過ごしていたいのだ。
そうやっていつまでも唸りながら熟考している僕をじれったく思ったのか、やた丸が言った。
「実際にやってみた方が早いんじゃないかの。ここで色々説明したって、どうせこやつは信じられないじゃろうし」
その一言が、全てを決めたのだった。結局僕は、今日の分の日当も払うよ、というまことさんの言葉もあって、のこのこと彼らについて来てしまったのだった。明日の昼の飲み物代も危ない僕にとっては、その申し出は正直魅力的過ぎたのだ。
まぁ、あんまりきつかったり危なそうだったりしたら、断ればいい。それはどこまで行っても変わらない。喫茶店の仕事だけでも十分美味しいのだ。あくまでも今日はお試しなのだから、深刻に考える事もないのかもしれない。
そうやって自分の身の上を整理していると、少し気持ちが楽になった気がした。僕は上がってしまっていた顎をくっ、と引いて、体に重く溜まってしまった疲れを逃がすように、深く息を吐いた。
「もう近いんですよね?」
隣を涼しい顔で歩くまことさんに何となく声をかけると、
「うん。もうすぐそこだよ」
と、これまた涼やかな笑顔で返された。
そうして僕がすっかり安心し、もう少しだと自分を奮い立たせて足に力を込めた時。まことさんが上に振り返った時だった。
「いぃ!?」
僕は、気付いた時にはアルマジロみたいに反射的に身を丸くしていた。
突如大きな音が辺りに響き、耳をつんざいた。まるで花火大会を間近で見ているかのように、何度も何度も耳を貫く。
「なななな何だぁ!?」
鈍くて重い迫撃砲のような音と、何かが軋む音が繰り返され、時折ぎしぎしっ、と何かが裂ける音がした。聞いた事がある音だった。それは、自分の家の近くの古くなった木造住宅が取り壊されていた時の音に、よく似ていた。
まことさんはその音がしてから急に険しい顔になって、いきなり上に向かって駆け出した。
「ごめんナツキ君先に行く!ゆっくり○☓△■※!」
「え!?何です?どこ行くんですか!?」
腹に響く程の轟音のせいで、よく聞こえない。僕が言い終わる頃には、もうまことさんは遥か先にいた。階段を何段か飛ばしていくみたいに、斜面を駆け上がっていく。
「えっ、はええ!」
信じられなくて目をゴシゴシ擦っている間に、あっという間に見えなくなってしまった。
あんな下駄を履くくらいだから、少し運動神経がいいのだろうくらいに思っていたのだが、とんでもない。見間違いじゃなければ、まことさんの身体能力は、人間が本来持てるレベルを余裕で超えていた。映画なんかで誇張表現された、忍者みたいな動きだった。
やた丸も、それに負けず劣らずの速さでまことさんに付いて行ってしまった。
開いたままになっていた口にやっと気付いて、慌てて閉じた。呆気にとられているような場合じゃない。こんな所に置いていかれたら、下手すると遭難しかねないぞ……
よたよたしながら、何とか立ち上がる。見ず知らずの土地に捨て置かれた不安からか、それとも意外に非常時に強い性分だったからなのか。僕の足は、こんな状況でも自然にさっさと動き始めていた。
音は、一定のリズムではなく、無秩序に鳴り響いている。少し間があったかと思えば、また急に再開する。おまけに地響きまであるもんだから、常に体を強張らせていないと立っていられない。まるで演奏中の太鼓の中にでも放り込まれたみたいだ。
と言っても、いくらか連続して音が響くと、次の音が鳴るまでに少しのラグがあるようではあった。僕は音が鳴るごとにうずくまって、止むまで待ってから歩く事にした。
僕は彼らとは対照的に、一歩ずつ着実に上を目指した。両手を耳を塞ぐのに使っているので、どうしてもそうせざるを得なかった。苔のびっしり生えた石に足を取られたり、木の根にけつまずいたりしながらも、何とか斜面を上がっていく。
(…………これが正しいよな?)
じりじりした歩みを強制されて、つい心の中で呟いてしまった。我ながらおかしな事に不安になるもんだな、と僕は思った。
やっぱり自分はちょっと心が弱いのだろうか……?と少し落ち込みかけたが、思い直した。誰だって急に少数派にカテゴライズされれば、いくら自信があった事でも、実は自分の方が間違っているんじゃないかと思わされてしまう事だって、きっとあるだろう。常識とは、いつも多数派に決定されてしまうものなのだから。
自分で言うのもなんだが、僕は決して運動神経が悪い方の人間ではない。50mは7秒を余裕で切っているし、ジャンプ力だって相当ある。学校で運動系の行事があれば、まずひっぱりだこになるのだからそれは間違いない。
でも、こんな歪な悪路を駆け上がるなんて、僕には到底出来ないのだ。無理してやったとしても、転びまくって全身打撲のアザだらけになるのが目に見えている。僕に出来ないのだから、大多数の普通にそこらにいる人にだって、それは同じのはずだ。
世界の最前線にいるようなアスリートになら出来るかもしれない。じゃあ、そこらの子供なら出来るか?野生児なら出来るかもだが、このご時世、そんなのはごく少数派だ。答えは否。町のおばさんにあんな事が出来るか?スーパーを往復するだけの足には無理だ。否。サラリーマンは?同じような理由で否。
否、否、否。そら見ろ。出来ないヤツの方が、断然多い。
僕は改めて考えて、また思い直した。
うん。やっぱり僕が変なんじゃない。彼らが変なのだ。
しかし僕は、とっくに見えなくなってしまった彼らの方を見上げ、ため息をついた。
別にそんな事が分かった所で、彼らと僕の差が埋まる訳ではないのだ。そんな考えてもどうしようもない事よりも、もっと考えた方がいい問題が目の前にあるだろう。変に負けず嫌いなのも考えものだ。また考察したくなるのをぐっとこらえて、僕は頭を切り替えた。
彼らは、本当にこんな何も無い山の中に来て、一体何をしようというのだろうか。それに彼のもう一つの仕事とは、一体何なのか。ここに来てから暇さえあれば考えてきたというのに、結局分からないままだ。
もはやまことさんが青年実業家なのだという、希望的観測に満ちた線はとうに消えてしまっていた。スーツにでも着がえてくれていればまだ望みはあったのに、よりにもよってあの格好では……
彼の仕事は何かと言うよりも、まず彼は何者か?という方に考えをシフトしなければならないかもしれない。あの身体能力は、絶対普通じゃないのだから。
と、考えながら歩いていて、また僕は何かに足を取られて前のめりになり、その場に手をついてしまった。
慌てて手の土を払って、すぐに耳を抑えた。また無防備に耳を晒していると、いい加減潰されかねない。早く彼らに追いつかないとまずい事になるとは思ったが、少しの間僕は、その場で身を縮めてじっとしていた。
くそ。もうたぶんあと少し登ればって所なのに。この音は一体何なんだ。本当に馬鹿でかい重機で工事でもやってたりするのか?盗伐にしてはちょっと大々的にやりすぎだしな……
(…………って、あれ?)
一分か、もう少しの間僕はじっとしていた。しかし何だか様子が変だと思い、僕は試しに、恐る恐る耳から手を離してみた。
大気を揺るがすような音だったはずなのに、気付くと自分の周りは平穏そのものだった。さっきまでブルブル震えていた細めの木に、何事もなかったかのように何かの鳥が枝に留まって、周りをキョロキョロうかがっている。
そのまましばらく待ってみても、やっぱり音が鳴る気配は無かった。
もしかして、先行した彼らが何かしたのかもしれない。
僕は、急いで這い上がるようにして山道を登っていった。好奇心が僕を突き動かした。
案の定無理が祟って、すぐに膝と手は真っ黒になった。木の根に足を取られ、低木の枝で腕を少し切ってしまう。下ろし立てのジーンズも、見るも無残な程に汚れきってしまった。
だけど、あと少しだった。あと少しで、僕のこのどうしようもない好奇心を満たす事が出来る。そうするためにはこんなもの、どうという事はない犠牲だ。……ジーンズは少し心配だったが。
最後の一登り。息も絶え絶えになりながら這いずって、目的地と思われる、一際開けた場所に向かって右手を掛けた。
そこで勾配は終わっていた。やっぱりどうやら、広場のようなものがあるようだった。
息を整えながらぐいっと体を上に押し上げ、顔だけそこから出した。
そして僕は、その瞬間そこから思い切り身を引いた。
「うおおおおおおおおおお!?」
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「私のもう一つの仕事の方も手伝って欲しい」と、カウンター奥の事務所らしき所に引っ込んでいって、なぜか華麗に山伏に変身して帰ってきたまことさんが言った。「もちろんやるかどうか決めるのはナツキ君だけど、一応これくらいは時給アップ出来るかな」
そうして提示された条件は、もうほとんど高校生に出すような金額ではなかったが、僕はすぐには飛びつかなかった。
「何やらす気なんですか……」
簡単に想像出来たからだ。こんな金額は、絶対にまともな仕事じゃない。世間に顔向け出来なくなるような、なにか後ろめたい仕事をやらされるか、もしくはそれどころじゃない、とんでもない悪の片棒でも担がされるに決まっているのだ。
しかし、彼はそれをすぐに笑って否定した。
「いやいや、そんな大変な事じゃないよ。ただ、一仕事終えて疲れた私を背負って帰ってきて欲しいんだ。それだけ。ほんとにそれだけ」
やた丸の存在を隠そうとした時とは違って、特に彼に不審な様子は見られなかったけれど、それでもやっぱり、僕はすぐに信じてはいと頷く事は出来なかった。
どれだけの時間拘束されるのかがまるきり分からないのと、もしこの格好の彼を背負って町中を歩く羽目になったりしたら、周りになんと言えばいいか分からない。僕の住んでる町はそんなに大きくはないし、次の日には学校中で噂になってる可能性だってあるのだ。それが何より、今の僕にはつらい。なるべくしばらくは、学校では大人しく息を殺して過ごしていたいのだ。
そうやっていつまでも唸りながら熟考している僕をじれったく思ったのか、やた丸が言った。
「実際にやってみた方が早いんじゃないかの。ここで色々説明したって、どうせこやつは信じられないじゃろうし」
その一言が、全てを決めたのだった。結局僕は、今日の分の日当も払うよ、というまことさんの言葉もあって、のこのこと彼らについて来てしまったのだった。明日の昼の飲み物代も危ない僕にとっては、その申し出は正直魅力的過ぎたのだ。
まぁ、あんまりきつかったり危なそうだったりしたら、断ればいい。それはどこまで行っても変わらない。喫茶店の仕事だけでも十分美味しいのだ。あくまでも今日はお試しなのだから、深刻に考える事もないのかもしれない。
そうやって自分の身の上を整理していると、少し気持ちが楽になった気がした。僕は上がってしまっていた顎をくっ、と引いて、体に重く溜まってしまった疲れを逃がすように、深く息を吐いた。
「もう近いんですよね?」
隣を涼しい顔で歩くまことさんに何となく声をかけると、
「うん。もうすぐそこだよ」
と、これまた涼やかな笑顔で返された。
そうして僕がすっかり安心し、もう少しだと自分を奮い立たせて足に力を込めた時。まことさんが上に振り返った時だった。
「いぃ!?」
僕は、気付いた時にはアルマジロみたいに反射的に身を丸くしていた。
突如大きな音が辺りに響き、耳をつんざいた。まるで花火大会を間近で見ているかのように、何度も何度も耳を貫く。
「なななな何だぁ!?」
鈍くて重い迫撃砲のような音と、何かが軋む音が繰り返され、時折ぎしぎしっ、と何かが裂ける音がした。聞いた事がある音だった。それは、自分の家の近くの古くなった木造住宅が取り壊されていた時の音に、よく似ていた。
まことさんはその音がしてから急に険しい顔になって、いきなり上に向かって駆け出した。
「ごめんナツキ君先に行く!ゆっくり○☓△■※!」
「え!?何です?どこ行くんですか!?」
腹に響く程の轟音のせいで、よく聞こえない。僕が言い終わる頃には、もうまことさんは遥か先にいた。階段を何段か飛ばしていくみたいに、斜面を駆け上がっていく。
「えっ、はええ!」
信じられなくて目をゴシゴシ擦っている間に、あっという間に見えなくなってしまった。
あんな下駄を履くくらいだから、少し運動神経がいいのだろうくらいに思っていたのだが、とんでもない。見間違いじゃなければ、まことさんの身体能力は、人間が本来持てるレベルを余裕で超えていた。映画なんかで誇張表現された、忍者みたいな動きだった。
やた丸も、それに負けず劣らずの速さでまことさんに付いて行ってしまった。
開いたままになっていた口にやっと気付いて、慌てて閉じた。呆気にとられているような場合じゃない。こんな所に置いていかれたら、下手すると遭難しかねないぞ……
よたよたしながら、何とか立ち上がる。見ず知らずの土地に捨て置かれた不安からか、それとも意外に非常時に強い性分だったからなのか。僕の足は、こんな状況でも自然にさっさと動き始めていた。
音は、一定のリズムではなく、無秩序に鳴り響いている。少し間があったかと思えば、また急に再開する。おまけに地響きまであるもんだから、常に体を強張らせていないと立っていられない。まるで演奏中の太鼓の中にでも放り込まれたみたいだ。
と言っても、いくらか連続して音が響くと、次の音が鳴るまでに少しのラグがあるようではあった。僕は音が鳴るごとにうずくまって、止むまで待ってから歩く事にした。
僕は彼らとは対照的に、一歩ずつ着実に上を目指した。両手を耳を塞ぐのに使っているので、どうしてもそうせざるを得なかった。苔のびっしり生えた石に足を取られたり、木の根にけつまずいたりしながらも、何とか斜面を上がっていく。
(…………これが正しいよな?)
じりじりした歩みを強制されて、つい心の中で呟いてしまった。我ながらおかしな事に不安になるもんだな、と僕は思った。
やっぱり自分はちょっと心が弱いのだろうか……?と少し落ち込みかけたが、思い直した。誰だって急に少数派にカテゴライズされれば、いくら自信があった事でも、実は自分の方が間違っているんじゃないかと思わされてしまう事だって、きっとあるだろう。常識とは、いつも多数派に決定されてしまうものなのだから。
自分で言うのもなんだが、僕は決して運動神経が悪い方の人間ではない。50mは7秒を余裕で切っているし、ジャンプ力だって相当ある。学校で運動系の行事があれば、まずひっぱりだこになるのだからそれは間違いない。
でも、こんな歪な悪路を駆け上がるなんて、僕には到底出来ないのだ。無理してやったとしても、転びまくって全身打撲のアザだらけになるのが目に見えている。僕に出来ないのだから、大多数の普通にそこらにいる人にだって、それは同じのはずだ。
世界の最前線にいるようなアスリートになら出来るかもしれない。じゃあ、そこらの子供なら出来るか?野生児なら出来るかもだが、このご時世、そんなのはごく少数派だ。答えは否。町のおばさんにあんな事が出来るか?スーパーを往復するだけの足には無理だ。否。サラリーマンは?同じような理由で否。
否、否、否。そら見ろ。出来ないヤツの方が、断然多い。
僕は改めて考えて、また思い直した。
うん。やっぱり僕が変なんじゃない。彼らが変なのだ。
しかし僕は、とっくに見えなくなってしまった彼らの方を見上げ、ため息をついた。
別にそんな事が分かった所で、彼らと僕の差が埋まる訳ではないのだ。そんな考えてもどうしようもない事よりも、もっと考えた方がいい問題が目の前にあるだろう。変に負けず嫌いなのも考えものだ。また考察したくなるのをぐっとこらえて、僕は頭を切り替えた。
彼らは、本当にこんな何も無い山の中に来て、一体何をしようというのだろうか。それに彼のもう一つの仕事とは、一体何なのか。ここに来てから暇さえあれば考えてきたというのに、結局分からないままだ。
もはやまことさんが青年実業家なのだという、希望的観測に満ちた線はとうに消えてしまっていた。スーツにでも着がえてくれていればまだ望みはあったのに、よりにもよってあの格好では……
彼の仕事は何かと言うよりも、まず彼は何者か?という方に考えをシフトしなければならないかもしれない。あの身体能力は、絶対普通じゃないのだから。
と、考えながら歩いていて、また僕は何かに足を取られて前のめりになり、その場に手をついてしまった。
慌てて手の土を払って、すぐに耳を抑えた。また無防備に耳を晒していると、いい加減潰されかねない。早く彼らに追いつかないとまずい事になるとは思ったが、少しの間僕は、その場で身を縮めてじっとしていた。
くそ。もうたぶんあと少し登ればって所なのに。この音は一体何なんだ。本当に馬鹿でかい重機で工事でもやってたりするのか?盗伐にしてはちょっと大々的にやりすぎだしな……
(…………って、あれ?)
一分か、もう少しの間僕はじっとしていた。しかし何だか様子が変だと思い、僕は試しに、恐る恐る耳から手を離してみた。
大気を揺るがすような音だったはずなのに、気付くと自分の周りは平穏そのものだった。さっきまでブルブル震えていた細めの木に、何事もなかったかのように何かの鳥が枝に留まって、周りをキョロキョロうかがっている。
そのまましばらく待ってみても、やっぱり音が鳴る気配は無かった。
もしかして、先行した彼らが何かしたのかもしれない。
僕は、急いで這い上がるようにして山道を登っていった。好奇心が僕を突き動かした。
案の定無理が祟って、すぐに膝と手は真っ黒になった。木の根に足を取られ、低木の枝で腕を少し切ってしまう。下ろし立てのジーンズも、見るも無残な程に汚れきってしまった。
だけど、あと少しだった。あと少しで、僕のこのどうしようもない好奇心を満たす事が出来る。そうするためにはこんなもの、どうという事はない犠牲だ。……ジーンズは少し心配だったが。
最後の一登り。息も絶え絶えになりながら這いずって、目的地と思われる、一際開けた場所に向かって右手を掛けた。
そこで勾配は終わっていた。やっぱりどうやら、広場のようなものがあるようだった。
息を整えながらぐいっと体を上に押し上げ、顔だけそこから出した。
そして僕は、その瞬間そこから思い切り身を引いた。
「うおおおおおおおおおお!?」
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