しばらくホールの女性達と呆けていた俺だったが、彼女がだるそうに階段に腰掛けた時にようやくハッと我に返り、彼女に駆け寄った。
「ど、どしたのエクレア。何かボロボロになってるけど……」
もはや燃え尽きたボクサーみたいになっているエクレア氏にそう声を掛けてみると、彼女は力なく頭を上げ、疲れ切った顔を俺の方に向けた。
「何があったの? まさか面接でそんな消耗する訳ないよね?」
するとエクレアは、「あ~」と言い淀みつつ頬をかく。
「まあ、何ていうかなあ……。これも一応面接のうちになるのかな。ちょっと特殊な感じの面接だった、かな」
「ええ……? マジで面接なの? どんな面接なのそれ……」
と、俺がガチで引いていると、そこで突然彼女がゴメン! と手を合わせた。
「な、何?」
「いやさっきの話! さっき君に情報売るって言ったじゃない? あれ無理になっちゃった! ゴメン!」
「え、そうなん? 何で?」
聞くと、彼女は黙ってすっと自分の右手を前に差し出した。
「実はその……口止めされちゃって。ここであったことは口外しないようにって」
そう気まずそうに言ったエクレアの右手には、いくらかの金が乗っていた。銀貨1枚と、あとそれ以下の硬貨が数枚。
「……マジか」
口止めとは穏やかではない。それはつまり、隠したい何かがあるということだ。
この感じだと結構やばいことが起きてる感じがする。どうする、帰るか? もうカンニングもできないし。しかし帰っても何ができるわけでなし。ぐぬぬ……。
悩んでいると、また階段右のドアからあの執事っぽい人が現れる。
「では次の方、どうぞ」
しかし彼がそう声を掛けても、動く人はもちろん皆無。
そりゃそうだ。こんな怪しい面接普通受けれん。
「次の方、いらっしゃいませんか? 我こそはマグナース家ご息女の導師にふさわしい。そう思う方は、ぜひとも挑戦していただきたく存じます」
再び彼が発破をかけるようにそう呼びかけたが、前に出る人はやはりいなかった。それどころか、
「すみません。私、辞退します」
女性達の一人が意を決したようにそう切り出すと、他の女性達も「私も、私も」とどんどんとそれに追随していく。
これにはさすがの彼も明らかに眉をひそめたが、別段それを咎めることはなく、ただ頷いた。
「それは残念です。竜車を待機させておりますので、辞退される方はそちらをご利用ください」
彼のその言葉に、彼女達は肩の荷が下りたかのようにほっとした表情を見せ、ぞろぞろと連なって外へと出て行ってしまった。
残されたのは、俺とエクレアの二人だけだ。
「あなたはどうされますか?」
皆がいなくなれば、当然矛先は俺へと向かう。
問われた俺は、思わず救いを求めるようにエクレアの方を見てしまった。
よっぽど不安に駆られた顔をしていたのかもしれない。彼女は俺の顔を見ると、
(大丈夫だよ)
と、自分の方がボロボロな状態にも関わらず、優しげなささやき声で答えてくれた。
(正直ちょっと大変な仕事だと思うけど、君ならできるんじゃないかなあ。何となくだけど)
非常に根拠に乏しい激励である。しかしその彼女の言葉は、なぜか心の奥深く、芯にまで響いた。
会ったばかりの人間の言葉が、どうしてこうも刺さるのか。理由は分からなかったが、何にせよ予想外に力強い後押しがもらえた。
胸に手を置き、一度大きく深呼吸する。そうして俺はようやく心を決め、そばに佇む彼に向き直った。
「受けます。よろしくお願いします!」
※※※
「どうぞ。こちらです」
彼に促されるまま、俺は後ろ髪を引かれつつもその部屋に足を踏み入れた。
エクレアはさっきの女性達と一緒に近くの街に戻るらしい。しばらくはその街を拠点にするとのことなので、また会えればいいなと思う。
ともあれ、今は目の前の面接だ。ケツに力を入れて姿勢を正すと、正面のいかにも高そうな数人掛けのチェアに座った人から声を掛けられた。
「ようこそ当家へ。どうぞこちらへお掛けください」
年齢は俺と同じで20代半ばくらいだろうか。見事な金髪碧眼だが顔の彫りは浅めで、日本と欧州辺りのハーフのような感じの美青年だ。青を基調とした燕尾服のようなシルエットの服装が、いかにも異世界の貴族といった感じでよく似合っている。
神様は本当に不公平だなあと思いながらそのイケメンぶりに見入ってしまっていると、彼がその形のいい眉を上げつつまた俺を促した。
「どうぞ?」
「あ、はい。失礼します」
言われて俺は彼が座っているチェアとテーブルを挟み、対面のチェアに腰を下ろした。
(エクレアの様子からしてどんな面接なんだよと思ってたけど、今のところ別に普通だな……)
置かれている家具や調度品の類は貴族らしく豪華な部類に入ると思うが、全体的に見ると普通の応接室といった感じで、部屋にも特におかしなところはない。
ただその中に一つだけ、異様な空気感を出しているものがあった。
俺が呆気にとられながらそれを見上げていると、彼がその視線を追い、ああ、と声を漏らす。
「あの剣が気になりますか?」
「え、ええ。まあ」
部屋の壁に備え付けてある暖炉の上に、身の丈3メートルはあろうかという巨大な剣が水平に飾られていた。
その太い刀身だけを見れば、一見無骨な品のようにも見えた。しかし鍔や柄部にはかなり細かい細工も施されていて、全体を見ると一種の芸術品のように見えなくもない。
「すごい剣ですね。儀礼用の剣とかですか?」
もしくは日本で言う家紋と言うか、この家のシンボルみたいなものなのかしら。そう思って何となく質問した俺だったが、彼はそれにあははと軽く笑って返すと、少し困ったように頬をかく。
「そうですね。確かに今はもう飾りみたいになってしまってますけど、昔は実戦で使える者もいたんですよ」
「えっ」
マジで? 何か巨人族とかそういうのじゃなくて??
と、驚愕の顔を向けたはずの俺だったが、彼の方はそれについて深く話す気がないのか、さらりと流されてしまった。
「まあその話はまたいずれ。貴方がこちらで導師として働いていただけた時に折を見て、ということで」
ふむ。少し不完全燃焼感はあるが仕方ない。何かあんまり言いたくなさそうだし、ここは引いておくことにしよう。
開いたままになっていた口をつぐんで見せると、彼はニコリと微笑みつつ、さて、と手を叩いた。
「早速ですけど、自己紹介から始めましょう。すでにご存知かと思いますが、私がこの家の主、レオナルド・マグナースです」
「僕はお……いや、ドルオタ・デヴです。本日はよろしくお願いいたします」
「ドルオタさん、ですか。こちらこそよろしくお願いします。では一応お持ちになった魔鋼紙にお名前を書いて、こちらで預からせてください」
キラキラネームも真っ青のふざけた名前のはずだが、彼はただそう言ってにこやかに応じてくれた。
俺はリュックから魔鋼紙を取り出し、それに差し出されたペンでサインをして彼に手渡した。
今のところ悪い印象は与えていないはずなので、このままの感じで行きたいところだ。
「ふむ。しかしドルオタさんというのは珍しいお名前ですね。どの辺りの出身
なんでしょうか」
両手を膝の間で合わせ、軽く前のめり。完全にしっかり聞く体勢で、彼は俺にそう言った。
(……来たか)
面接と聞いた時にまず聞かれるだろうなと思った質問である。
一応これには秘策がある。しかしこれがちゃんと通用するか。それが問題だ。
まだ不安もあったが、もうやるしかない。彼に分からないように鼻で深く深呼吸してから、俺は彼に向かった。
「どの辺り、というのはちょっと難しいのですが、かなり遠くの方にある、黒髪の人間達が住む地からやってまいりました」
「黒髪の人間達が住む? それはどういう意味でしょうか」
「そのままの意味ですよ。こちらでは黒髪の人間は珍しいようですが、僕のいたところではほとんどの人が黒髪でした。僕のこれも染めている訳ではなく、生まれ持ったものなんですよ」
内心ドキドキしていたが、俺がそう言った瞬間、彼は劇的な反応を見せてくれた。
「な……それは本当ですか!?」
よほど信じられなかったのか、彼はその場に勢いよく立ち上り、その大きな目をより見開いて俺を見下ろした。
よしよし。いい流れだぞ。
「本当ですよ。貴族の方に対して嘘をつく度胸は僕にはありませんし」
まあ問題はそれを証明することなんですがね。それができないことには俺のこの秘策はたぶん通らない。
さてどうしよう。異世界から来たこととか全部ばらしちゃうか? でもそれも結局信じてもらえないと意味ないしなあ。
と、そうしていろいろ頭の中でシミュレーションしていたのに、事態は俺の思いもよらない方向に進んで行った。
「素晴らしい! まさかあの伝説の黒の賢者の一族が当家に来てくださるなんて! ぜひとも我が娘の導師を引き受けていただきたい!」
「えっ」
「早速詳しいお話をしたいのですが、まずは娘に会っていただいた方が話が早いでしょう。バーンズ! 娘を呼んで来てくれ!」
彼がそうして入り口の方に声を上げると、さっきの執事っぽい人がかしこまりましたと礼をして部屋を出て行く。
(えっ、そんなんでいいの……?)
何だか話が一足飛びに進んだ感がある。普通ここはもっと疑うとこなんじゃないの? 探しても黒髪の人全然いないからって、女王様が異世界から召喚してまで呼んだのが俺なんですよ? そんなそこら辺に転がってる訳なくない?
まあでもどうやって信じてもらおうかというのが問題だったから、ありがたいと言えばありがたい。ここは口を挟まずにおくのが正解だろう。ん~簡単でしたw
「いやしかし、まだお若いのに立派なお屋敷ですねえ。僕はほとんどその日暮らしみたいな感じなので、羨ましい限りです」
娘さんが来るまでの間に何か聞かれるのもまずいと思い、そこできっちり先手を打つ俺氏。抜け目がない。
と、世間話にでもなればと何となく聞いた話題だったのだが、彼がそれに笑って返した言葉は衝撃的だった。
「いえいえそれほどでも。若いと言いましても、もう今年で34にもなりますからね。これくらいの人はいくらでも……」
「え、34!?」
顔若過ぎい! 俺と同い年くらいだと思ってたのに10歳も上かよ! 顔面格差だけでもうお腹一杯なのに!
絶句する俺を見て、彼はしかし落ち着いた物腰で淡々と答える。
「ええ、もういい年ですよ。体も万全ではありませんし、これ以上は出世もあり得ません。本当に、そんなに大したものではないんですよ私は」
言いながら、少し肩を落とす。直前まであった彼の体全体を覆う覇気が、その台詞を口にした時だけいくらか陰ったように見えた。
見たところ五体満足に見えるが、どこか悪いのだろうか。異世界だから、もしかしたら俺の知らない病気とかもあるのかもしれない。
こういう時、ツッコんでいいのか悪いのかが人生経験の乏しい俺には分からない。
「あ、そう、なんですか。あははは……」
と、そうして気の抜けた返事をしてしまった時。
コンコンと、助け舟のように部屋にノックの音が響いた。
「来たようですね」
俺が入ってきた後ろの扉ではなく、左にあるもう一つの方の扉が開く。
「やあすまないねティア。今日は珍しく二人目の方が面接を受けてくれたから、もう一度自己紹介をお願いしてもいいかな?」
ゆっくりと姿を表したその人物に、彼が柔らかな笑みを見せつつ声を掛けると、彼女はそれにコクリと頷いて見せた。
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