くそ!急にあいつが変なこと言い出すから準備に手間取っちまったじゃねえか!
「ちょっと出てくるからよ」
おふくろになるべく平静を装って、いつものトーンで、いつもの顔で俺は言った。
「なあにあんた。やけに嬉しそうじゃない。デート?」
「ちちちちちげえよ!なんだよデートって藪から棒に!おかしいだろうが!」
「違うの?だってその革ジャン、ちょっといいやつでしょう?」
「たまには着てやんねえと埃かぶっちまうだろうが!……ったく。じゃあ行ってくるからな!」
俺はおふくろの二の句を待たずに、家を飛び出した。それから店のすぐ外に置いてある原付バイクに、急いでまたがった。海の一件でいい加減懲りて、速攻で免許を取ってやったのだ。これでもうあんなキツイ目にあったりはしない、はずだ。
しかし、まったく何なんだあのばばあ。どんだけ俺のことが読めるんだよ。今度一回問い質さないとダメだ。俺ってそんなに顔に出てるのか?んなこたねえだろ……
※省略されてません。続きが読みたければ「うーんいいじゃなーい?」と書き込んでください。
5分で書いた。正直反省している。
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∩_∩ . . . .: : : ::: : :: ::::::::: :::::::::::::::::::::::::::::
/:彡ミ゛ヽ;)ー、 . . .: : : :::::: :::::::::::::::::::::::::::::::::
/ :::/:: ヽ、ヽ、 ::i . .:: :.: ::: . :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
/ :::/;;: ヽ ヽ ::l . :. :. .:: : :: :: :::::::: : ::::::::::::::::::
 ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ ̄ヽ、_ノ ̄ ̄ ̄ ̄
完直妄想が邪魔してうまく神社が書けんお……
なおも進化する記事↓↓
あまりにもアレな所には後から人知れず修正入れてます。
ご了承ください。
「ちょっと出てくるからよ」
おふくろになるべく平静を装って、いつものトーンで、いつもの顔で俺は言った。
「なあにあんた。やけに嬉しそうじゃない。デート?」
「ちちちちちげえよ!なんだよデートって藪から棒に!おかしいだろうが!」
「違うの?だってその革ジャン、ちょっといいやつでしょう?」
「たまには着てやんねえと埃かぶっちまうだろうが!……ったく。じゃあ行ってくるからな!」
俺はおふくろの二の句を待たずに、家を飛び出した。それから店のすぐ外に置いてある原付バイクに、急いでまたがった。海の一件でいい加減懲りて、速攻で免許を取ってやったのだ。これでもうあんなキツイ目にあったりはしない、はずだ。
しかし、まったく何なんだあのばばあ。どんだけ俺のことが読めるんだよ。今度一回問い質さないとダメだ。俺ってそんなに顔に出てるのか?んなこたねえだろ……
※省略されてません。続きが読みたければ「うーんいいじゃなーい?」と書き込んでください。
5分で書いた。正直反省している。
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完直妄想が邪魔してうまく神社が書けんお……
なおも進化する記事↓↓
あまりにもアレな所には後から人知れず修正入れてます。
ご了承ください。
「ん?げえっ!」
くだらない自問自答をしながらふと時計を見て、俺は凍りついた。約束の時間まであと何分もない。これじゃ制限速度ギリギリで飛ばしても、時間通りに着くか五分五分だ。
「だーくっそ!!」
俺はメットを大急ぎでかぶり、バイクのエンジンをつけた。風よけに、クマ公からもらったグラサンをかけた。
「っしゃあああああああああああ!!」
なけなしの金で買った愛車が火を噴くぜ!俺は前後左右をきちんと確認し、フルスロットルの半分くらいで発車した。
この上さらに道交法違反でパクられたら遅刻どころじゃねえからな。それだけはぜってえ避けてえ。
約束の沖奈市までは少し大きい道路も通るし、安全運転でいかないと捕まりやすいのだ。そろそろと、俺は公道を走りだした。
しかしあんまりとろとろやってる暇も、自分にはない。少し飛ばしてやろうと、俺は大きい道路に出ようとした。
「ん?」
だがまたも、俺の歩みを止めるバカどもが目に入った。
工事中だあ??は!天下の巽完二様を舐めるんじゃねえよ!
この辺は族の奴らとやりあった時に、熟知していた。そんじょそこらの稲羽の人間とは土地勘がちげえんだよ土地勘が。
俺は交通整理で止められる前に、すぐ手前の路地に入っていった。ここなら、工事が終わっているその先の道路に出て、なおかつ近道のはずだ。ぬかりはねえ。
ぬかりはねえ。はずだった。
「ああん?ありゃー……」
路地に入って少し行った所で、俺は妙な光景を目にした。
ガキが、一人。それに、私服の……大学生くらいの男たちが、ガキを囲んでいた。
「何やってんだありゃ」
ガキの不安そうな顔を見ると、兄弟や知り合いというわけじゃなさそうだ。男たちも、ガキに詰め寄って穏やかじゃなさそうな空気だった。
「んぐぐぐぐぐ……っ」
しかし俺には、約束があるのだ。たぶんあいつ自身も勇気を出しての今日のはずなのだ。それを無下にすることは、俺には出来ない。あいつの勇気を、俺は買ってやりたい。それに、いつもと違うはずの格好のあいつを待たすのは、まずい気もする。いや、ものすごいまずい気がする。
【杭全を応援する言葉が、
物語の真実の姿を段々と映しだしていく……っ!】
「ぐぐぐぐぐぐ……ぐうううううう……だあああああああああああああああああああ!」
俺は気付くと、バイクを止めていた。
ああ、くそ!止まっちまったんならしょうがねえ!
「おいテメーら!何やってんだ」
ズカズカと俺は男どもに寄っていった。今日の俺はいつもの数倍優しくねえぞ。これでくだらねえ事だったら、絶対許さねえからな。
俺の声に振り返ったリーダー格っぽい男は、俺を見ても怯まずに睨み返してきた。
「ああ?誰だテメーは」
そいつ自体はここらで見たことが無いやつだったが、取り巻きの奴らにはちらほらと見覚えのある顔がいた。狭い町だから、誰だろうと何となく見たことがあるかないかぐらい分かる。
「別に誰でもいいだろーが。何やってんだって聞いてんだよこっちは」
「かんけーねーだろテメーには!」
「あ?」
「何なんだよテメーこそ」
メンチをきりあってる間に、ふとガキが目に入った。震えた手で、涙ぐみながらサッカーボールを抱えているそいつは、乞うような目で俺を見上げていた。
目の前のこいつは、この調子だとどうせ喋らねえだろう。このままじゃ埒があかねえし、なんとかこいつに何があったか聞いてみるか。
「おいお前。何があった。何にもしねえから、とりあえず俺に言ってみろ」
「なに無視してんだよてめえコラ」
リーダー格の男をおしのけ、俺は震えているそいつになるべく優しく聞いた。
「オラ、言ってみろ。何があった」
「てめ……っ」
ったく。こういうやつはやることがほとんど一緒だな。なんかそういう指南書とか定型文みたいなもんでもあるのか?
俺は飛んできた拳を軽く受け止め、少し強く握ってやった。
「い゛い!?」
「なあ。おい。ほら、言ってみろ」
最初はおろおろとしているだけのガキだったが、辛抱強く待ってやると、少しづつ事の次第を話しだした。
どうも、ここで壁相手にサッカーの練習をしていたら、あさっての方向にボールが飛んでいってしまい、ここのいるリーダー格の男の顔に当たってしまった、ということらしい。
「んだそりゃ」
俺は盛大に、ため息をついてみせた。
やっぱりくだらねえじゃねえか!ガキの蹴ったボールがちょっと顔に当たったくらいで、大の大人がこんなちいせえガキ囲みやがって。ちょっと土がついてるくらいで、あとは大して傷も付いてねえじゃねえか。
どうしようもねえバカどもだぜ……ガキいじめて何が楽しいんだよ。マジでバカ軍団だろ、正直。
「よおく分かったぜ。てめえらがクソだって事がな」
固く拳を握ろうとすると、リーダー格の男が叫んだ。
「いぃってえええぇええええええええええ!!!!」
「あ」
相手の拳を握りこんでいたのを忘れていた。かなり強く握ってしまったようだ。
「あーわりい忘れてたわ」
パッと手を離してやる。すると、黙って見ているだけだったその他の連中が、にわかに騒ぎだした。
「こ、こいつ……まさか……」
「この三白眼見たことあるぞ俺……」
ああん?誰が三白眼だ。
「まさか……この辺の族全部シメたっていうあの……巽完二!?」
この反応は、少し新鮮だった。テレビで放送されてしまってから、俺はもう町のどこにいっても名前を覚えられていたから。俺のことを少しでも知っている人は、大体困った笑い顔を俺に向けて声をかけてくれたりもするが、俺の顔と声ぐらいしか知らないやつは、俺の顔を見るなり目をそらすか、隣のやつとヒソヒソ話しながら陰気な顔を向けてきやがったりする。こいつらはそれと比べると少し違う、というか変な反応だった。
なんでだ?と考えて、俺はすぐに思い当たった。
「あー。もしかして、これか?」
俺はかぶったままだったヘルメットを外してみせてやった。すると、
「う、わーーーーーーーー!!この今時趣味の悪いオールバック金髪!!!絶対そうだ!」
「やべーーー!!おい俊!!行くぞ!」
「お、おいなんだよ急に」
慌てすぎなのかあまりの恐怖なのかは分からなかったが、何人かが臆面もなく俺のことを指差して、口々にクソ失礼なことを言ってのけた。
やっぱり俺の考えは当たっていた。どうやら俺を知らないやつに記号化された自分は、三白眼とオールバックの金髪がセットでやっと実体化するらしい。俊と呼ばれたリーダー格の男が、俺の正体を知って慌てふためく仲間達に引っ張られていく。
「くそ!なんだってんだお前ら!」
「いいから来い。もういいだろ」
留まろうとするそいつを、仲間が無理やり引きずっていく。こいつはもしかすると、元々稲羽の人間ではないのかもしれない。別に自慢じゃないが、自分の顔はここじゃもう知らないやつはいないくらいなのだ。知った上でこうも突っかかってくるやつは、今までいなかった。
何となく不完全燃焼に終わってしまった拳を、俺はゆっくりと開いた。
まぁ、帰ってくれんならそれが一番早くていいけどよ……
かなり時間を使ってしまった。そう思って確認しようと時計に目を落とす瞬間、しかし俺は、見逃さなかった。
(あの野郎……)
ただ引きずられているだけだった俊とかいうリーダー格の男。あいつが、去り際に一瞥くれやがった。こういう目をして俺を見てきたやつが、いろんな意味で厄介だったのを俺は覚えている。
【さすがセンセークマ。
2わっふるなのにこんなにうpしちゃうなんて!】
(くそ。めんどくせえな)
俺は、未だに震えながら見上げてくるガキに目を落とした。
「おいガキ」
びくっと肩を震わせるそいつを見て、俺はしまったと思った。
苛ついてる声色で話しかけたら、端から見てあいつらとやってることが一緒じゃねえか……
「ビビんなって。なんもしねえよ俺は」
努めて優しく言ってやると、そいつはおずおずとしながらも返事を返してきた。
「本当?」
「あー本当だ。俺はあいつらの仲間でも何でもねえからな。それよりよ、まさかとはおもうんだが……」
首が痛くなってきて、俺はその場にしゃがみこんだ。
「お前、携帯持ってるか?」
乗りかかった舟だ。最後まで面倒見てやるのが大人ってもんだろう。
あの手の人間は、たぶん粘着してくる。自分も昔、かなりしつこく追い回されたりしたから分かるのだ。
「?持ってるよ?ほら」
「やっぱ持ってんのか。マジ世知がれえ世の中だな」
俺がこんくらいのガキん時なんか、そんなの必要なかったのにな。どうせGPSも付いているんだろう。今はこんなのがないと、きっと気軽に外で遊べもしねえんだ。
……まあ、ちょっと前にあんな事件がありゃあ仕方ねえのかもしんねえけど。
「よし。番号の登録の仕方分かるか?」
「分かるよ」
「じゃあ俺の番号送るから登録しとけ。んで、もしまたさっきみたいな風になりそうになったらすぐ俺に電話しろ。いいな?」
「でも……」
「気にすんな。ガキは遠慮せずに、大人に施しを受けときゃいいんだよ」
「でも…お母さんが……」
なおも渋り続けるそいつ。じれってえな。なんだってんだ。
「お母さんが、知らないおじさんの言う事は聞いちゃダメだって」
「誰がおじさんだ!!泣かすぞコラぁ!!!!!」
……優しくして損した気分だぜ。
そいつは俺の急な大声でびっくりしたのか、ひっ、と肩をすくめて涙ぐんでしまった。
ああああもうめんどくせえな。これだからガキは扱いに困る。
「あー……わりい。今のはあれだ。ただのツッコミだから泣くな……あー!てめえ!鼻水を手で取ろうとするんじゃねえ!」
俺はポケットからティッシュを取り出し、そいつの鼻を拭ってやった。きったねえなマジで。どういう教育されてんだよ……
涙もハンカチで拭ってやると、そいつはまだ少しぐずつきはしたが、なんとか泣き止んでくれた。
「番号なんていつでも消せるんだからよ。家に帰って母親にでも見せて、俺の名前見て気に入らねえようなら消してもらえ。それなら問題ねえだろう」
そこまで言って、そいつはようやく首を縦に振った。今時にしては少し野暮ったいデザインの携帯を取り出すと、そいつはそれを俺の携帯にかざし、赤外線で番号を送信してきた。
続いてすぐに俺も送信しようとしたが、俺はある一点が気になって、簡単なはずの操作を何度も間違える羽目になった。
「おい」俺は我慢できずに言った。「お前、ストラップとか付けねえのか?随分味気ねえじゃねえか」
そいつの携帯は野暮ったい上に全く飾り気がなくて、俺にはまるで、時代についていけていないどっかのじじいの携帯のように見えて仕方なかった。どうも最近、こういうのが気になってしまう。
そいつは、俺の言葉に下を向いて答えた。
「うん。友達は色んなストラップとか付けてるんだけど、僕んち貧乏だから」言いながら、ボールに付いた汚れを手で拭う。「このボールもやっと買ってもらえて、それで嬉しくて僕、公園に着く前に蹴って遊びながら来てたんだ。そしたらあの人達が……」
……そういう事かよ。
事の全貌が分かって、俺はようやく溜飲が下がる思いだった。
まぁ、こいつもいくらか悪いかもしんねえけど、でもあの程度でいちいちキレられちゃかなわねえよな。こいつは嬉しくてしょうがない気持ちを抑えられなかっただけ。そういうのって、子供の時はすげえ一杯あるもんな。
俺は鼻から大きく一度息を吐いてから、またポケットをまさぐった。
「……手ぇだせ」
「え?」
「手ぇだせってほら」俺はぐいっとそいつの手を引っ張って、それを握らせた。「それやるから付けろ。春の新作だ。ありがたく思えよ」
昨日作ったばかりの人形が、手元にあった。本当は、同じように味気ない携帯を持つあいつにやろうと思って持ってきたものだが、この際仕方がない。こいつにやることにする。
「うわー……おじちゃん何これ。雪だるまのお化け?すごい可愛いね。くれるの?」
「おじちゃんはやめろ!……ああ。やるよ。お前運いいなあ」
やったー!とか言いながらそいつは嬉しそうにそれを携帯につけようとするが、不器用なのか、うまく付けられずにいた。
こんくらいのガキにゃ、ちょっとむじいか。
「……ったく何やってんだ。貸してみろ」
俺はそれを付けてやりながら、ちょうどいいのでまた念を押してやった。
「おい。この人形の黒いとこ見えるか?『巽屋』ってタグついてるだろ?もし今日のことを親に話して、んで俺の番号とか見て嫌そうな顔したり、文句がありそうだったりしたらここに来いって親に言え。俺は大体いつもここにいるからよ」
そう言うと、そいつはコクリと頷いた。
本当に分かってるのかは疑問だったが、このストラップを見せればあとは親が勝手に推し量ってくれるだろうし、特に問題はないだろう。
これでやっと、少し肩の荷が下りた。ゆるゆると俺は立ち上がり、言ってやった。
「さって。じゃあ俺は行くからよ。なんかあったらすぐ電話しろよ。いいな?」
うんうん頷くそいつの頭をぐしゃぐしゃと撫ででやってから、俺は早々にバイクの置いてあるところへ戻った。
分かっていたことだが、時計はすでに約束の時刻を指してしまっている。かなり長居をしてしまったツケだった。
もうとっくに確定していた。飛ばしていったとしても到底遅刻を免れる事は出来ない。ワープでも使わない限り。
……マジやべえよ。やべえとかいうレベルじゃねえよこれ。
長々とため息をつきながら、俺はバイクに跨った。半ばヤケになりかける気持ちを押し殺して、なんとかスロットルに手をかける。
言い訳なんてしたくねえしな……黙ってボディーブローとかですまねえかな……
そんな相手のキャラに合わない結末を考えながら発車しようとすると、後ろで声が響いた。
「おじちゃんありがとー!これ、絶対大事にするからー!」
ミラーに、両手で大きく手を振りながら叫んでいるあいつの姿が映った。俺は少し迷ったが、振り返ることはせずに、自分が見てなくても手を振り続けるそいつにぐっ、と見えるように親指を立ててやった。
バカだな俺も。原付なんかじゃ、全然サマにならねえってのに。
出発してあいつが見えなくなる頃には、不思議と絶望的な気分が少し和らいでいた。まあ、なんだ。しゃあねえよな。最悪土下座でもなんでもしてやるっつの。
腹を決めてしばらくすると、おかしなゾーンにでも入ったのか、そうやって何だか楽しい気分にまでなれた。しかしやっぱりと言うべきか、目的地の沖奈市が近づくにつれ、その気持ちは段々となりを潜めていった。
こめかみの辺りがひくひくした。眉間に皺を寄せすぎたのか、顔の筋肉も疲れて痙攣してしまっている。終いには、腹の奥がどんよりと重くなってキリキリと痛みだした。
……やっぱ全然だめじゃねーか!くそ!
俺は早くしないとやばい事になるという一心でバイクを駆った。そのおかげか、何とか少し時間を過ぎたくらいで沖奈市に着くことが出来た。大急ぎで俺はバイクを駅前に停め、もうすでに待っているはずのあいつを探した。
(あーあーあーあーやべえよどこだよまじで)
確かメールによると、あいつは映画館の前辺りにいるはずだった。しかし実際には、そこにはちらほら人がいるくらいで、それっぽいやつが来ている様子はなかった。
なんだよ。あいつも遅刻かよ。急いできて損したぜ。
「ちょっくらごめんよ。邪魔するぜ」
さっきの件もあって、俺はたぶん少し浮き足立っていた。一度自分を落ち着けようと、俺は怖がられないよう近くにいた女に一応声をかけてから、そいつと同じように映画館前のUFOキャッチャーの近くの壁にもたれかかった。
【っく……たその妄想完直成分が膨らんでいく……
こっからはシャレじゃねえ……!堪えれるやつだけ進むんだな!】
やっぱ来てねえよな、あいつ。
程よく冷えた壁が、興奮して火照った体を背中から冷やした。血が上り気味だった頭もいくらかクールダウンして、少しは冷静にものを考えられるレベルにまで回復した。
改めて、俺はぐるりと辺りを見回した。休日にしてはやっぱり人がまばらで、いつもより人通りも落ち着いているような気がした。
近くの立て看板に、今やっている映画の上映時刻が書いてあるのを見つける。つられて俺は、時計に目を落とした。
AM10:12。
俺は納得した。今は映画が始まったばかりの時間で、おそらくここで上映を待っていた連中がはけていったんだろう。また上映時刻が近くなれば、ここも人でごった返すということだ。なるほど。これをあいつは想定していたということなのかもしれない。
しかし同時に、俺は首を傾げる。当の本人がきていないのはどういうことだ?と。
約束の類を忘れたり、反故にしたりするやつでないことは明らかだった。そう長くはない付き合いだが、それくらいは俺にだって分かる。あいつはいつだって手帳を持ち歩いていて、事あるごとにそれを開いているのを見たし、たぶん仕事のせいもあって、かなり几帳面な方だと思う。
じゃあ一体、何でなんだ?
ヒントはそこかしこにあった。いつもの自分なら、もしかしたら答えを見つけることも出来たのかもしれない。
「…………ったですね」
隣の女が、急にぼそりと漏らした。
俺はけげんに思って、分からないようにちらっとだけそいつの方を見た。携帯で誰かと話し始めたのかと思った。
……ああ?
しかし、手には何も持っていないのだった。なのにかぶっている帽子の奥で、なおもそいつはぼそぼそとしゃべりはじめた。
「どうして遅れたんです?」
そいつの声を改めて聞いて、俺はビックリしすぎて思わず壁から背を離した。
……………………は?
俺の頭から必要以上の血が引けていった。もう壁にはもたれていないのに、体から熱という熱が逃げていく。背筋が凍るとは、まさにこの事だった。
「今日だけは!絶対に遅れないでくださいって言ったじゃないですか!!」
帽子を乱暴にはぎ取ってから、そいつは俺を思い切り睨みつけた。……ちょっと涙ぐみながら。
俺は、はっきりと見た今でも信じられなかった。でも注意深く見てみると、確かにそいつは俺のよく知ってるあいつに、色んな各パーツが似ているのだった。
「な……おと?」
俺は恐る恐る口に出したが、そうやって名前を呼んだ後でも、まだ半信半疑だった。先輩たちにだってきっと分からないと思う。普段の面影はほとんどないと言っていいくらいなのだ。
「……そうですよ。やっぱり変ですか?」
さっきの剣幕を恥ずかしく思ったのか、一転静かに、こいつは目を背けた。帽子を深くかぶり直すしぐさは、確かにいつものあいつのものだった。
今日のこいつ。直斗は、本当にいつもと全く違うイメージの格好をしていた。ジャケットにパンツスタイルしか知らない自分は、こいつがこういう格好をするという想像が全く出来なかったのだった。
俺は、目をそらされているのをいいことに、改めて上から下までこいつをまじまじと観察してみた。
でも逆に見れば見るほど、信じられなくなった。
落ち着いた色のキャスケットをかぶっているのが、唯一直斗らしいといえばらしかったが、この……なんだ。ちょっとスカートっぽいショートパンツに、黒タイツか?それにブーツ。4月でまだ肌寒いからか、薄手のグレーのタートルネックセーターにジャケットを羽織っている。おまけに、ちっこいポシェットまで首から提げていやがったりする。
分かるか?これ分かるか?
……ぜってー分かんねーよ!
俺は喉元いっぱいで、何とかその言葉を押しとどめた。
「や、別に、変じゃ……ねぇよ?」
直斗は、俺のその言葉に心底ほっとしたように胸を撫で下ろした。どうやら相当張り詰めていたみたいで、深く深く息を吐いていた。
俯くと、まぶたの下に睫毛の影が落ちた。ごく薄くではあるが、メイクもしているようだった。
メールを貰った時から今に至るまでずっと分からない。一体こいつは、何がしたいんだ?何で急にこんな……あ、こっち見んなバカ。そんなうるうるした目を俺に向けるんじゃねえ。
「そ、そうですか……。なら、いいんです」それでも恥ずかしそうに、こいつはまぶたを伏せた。「不安で仕方なかったんです。急にすみません。怒鳴ったりして」
謝らないといけないのはこっちなのに、俺は「お、おう」などと気の抜けた返事しか返すことが出来なかった。
クソ情けねえ……。こういう時、きっと先輩なら上手いこと言えてしまうんだろう。完全には無理だということは分かっているが、ああいう風になりたいといつも思っているのに、未だに少しも自分を変えれている気がしない。
……マジで、成長しねえな。俺。
直斗は、まだ不安感が拭い切れないのか、いつもよりいくらか高いトーンで続けた。
「でも本当に恥ずかしかったんですよ?なぜか人にはじろじろ見られるし、さっきは男の人に急に声をかけられて、やり過ごすのが本当に大変だったんですから」
「わ、わりい!マジで!」俺は精一杯、謝罪の言葉を並べることしか出来なかった。「ちっと急な用事が入っちまって!ほんとにわりい!何でもすっから許してくれ!」
そりゃ、見られるわな。そんな完成度だったら。
俺の最大の失敗は、認識が甘過ぎたことだった。少しくらいなら大丈夫かもしれないと頭に少しでもあったから、あんな寄り道が出来たのだ。この様子を見ると、こいつを一人で待たせたのはやっぱりまずかったと今になって思う。
しかし俺も、まさかここまでとは思わなかったのだ。これはもう、一瞬たりとも男だと見紛うこと自体許してくれない、ほぼ完璧な…………
そう。言ってみれば、ほとんど変装と言っていい出来栄えだった。
いや、マジやべーだろこれ。正直りせなんかよりよっぽど……
しばらくその、一つの作品とも言える完成度に呆けていると、あの特徴的なハスキーボイスが不意に鼓膜を揺らした。
「何でも、ですか?」
俺はふるふると頭を振り、雑念を払ってから再び直斗と向かい合った。
そのつもりで言ったので別に問題はないが、直斗はしっかりと俺の終わりの言葉を拾った。狙ってなのか天然なのか、上目遣いで俺を見上げながら。
「お、おう。どんとこいや」
どうせ俺にはもう、それ以外の選択肢は無いのだ。あとは覚悟を決めて、流れに身を任せるだけだ。こいつはぜってー言わねえだろうけど、ふんどし一丁で町内一周くらいだったら、喜んでやってやるぜ。
俺はやる気満々でそう思っていた。一つや二つのムチャぶりくらい、この俺にはどうってことはない。もう色々恥ずかしい所も見られてしまっているし、取り繕っても今更というものだから。
しかしこいつが次に言った言葉は、そんな俺の考えをことごとく裏切るものだった。
【クマも行きたかったクマ……
高校生に戻ってマックとか行きてえなおんどれクマぁ……】
「では巽君。君の……」一度小さくコホンと咳払いをしてから、俺の目をまっすぐ見据えて言った。
「君の一日を、僕にください」
深く、帽子をかぶり直す。こいつはいつの間にか落ち着きを取り戻して、ちょっと低くて耳元をくすぐる、あの不思議な声でそう宣った。
気付くと、帽子の奥で光る目も、すでにいつものものだった。皆で集まって何かの推理をしていた時のように、一種楽しげな光を帯びたあの目を、こいつは俺に向けていた。
それを見て、普段なら絶対に挙がらないはずの考えが、俺の頭に浮かんできていた。
……ああ?もしかして俺、嵌められたのか?まさか、さっきの涙も……
不器用なこいつにそんな事が出来るはずがない。でも考え始めたら、もしかしたら、という考えが拭えなくなっていった。
今日のこいつは、どう見ても普通の女なのだ。あの事件を乗り越えた今、もう全てを克服して、普通の女がやりそうなことも、実は普通に出来てしまったりするんじゃないか。そう思った。
そしてこの頼みも、よく考えるとかなりたちが悪いのだ。最悪一日中引き回されて、何かある度にこいつの言う事を聞いていかなければならないかもしれない。下手に何かを頼んでしまうよりも、これならより多くの事をさせられる。そういう頼み方だ。これは。
自分が考えるよりも遥かにこいつは上を行く。そんな事、とっくに分かっていたはずだったのに……
俺は悔しくて、すまし顔で返答を待つこいつに言ってやった。
「き、きたねえぞ……」
するとこいつは、今更わざとらしく目を見開いた。
「は?汚い?何がです?」
いいっつの。分かってんだ。分かってんだよ俺にはもう。
だが、仕方ねえ!男に二言はねえんだ。漢巽完二の生き様、お前にとくとみせてやろうじゃねえか!
俺はこいつに向かって、仁王立ちをかましてやった。
「何でもねえよ!わーった!この巽完二の一日、お前にくれてやるぜ!煮るなり焼くなり好きにしな!」
思い切りよく言い放つと、こいつは俺のその圧倒的な胆力に恐れを為したのか、急に周りを気にしてオロオロし始めた。
「た、巽君!声が大きいですよ……っ!」
それでも、俺は引かなかった。こういうのは先にイモ引いた方が負けなんだよ。
「さあ!まずは何だ!なんでも来むぐっふぉっ!」
容赦のない一撃。続けようとした所に、直斗の右手がバチンと俺の口元に突き刺さった。
身長が違いすぎるせいで距離感が掴めなかったのか、それとも単に感情をこめたらこうなったのか。分からなかったが、どちらにしろ結構なものをもらってしまった。
くっそ、油断した。結構いてえぞ……。
「もう!声が大きいって言ってるでしょう!何なんですか!?」
「むぐぁ……いやお前もだけどな……」
釣られて声が大きくなっているのに、こいつは気付いていないようだった。
そんなに心配しなくても、ここはちょうど通りからは影になっているし、特に目立つこともないだろうに。別に誰か見てきやがったら、ちょっとひと睨みしてやれば解決じゃねえか。何をそんなにびびってやがる。
こいつは俺が大人しくなったのを見てやっとその手を離したが、またいつでも抑えられるように両手を準備して俺を見上げたままでいる。
……つか、空気に触れたらヒリヒリしやがる。これ赤くなってるだろぜってー。
「何を勘違いしているのか分かりませんが、とにかく巽君の答えは、OKということでいいんですね?」
俺はもう、こいつの言う事にただ黙って頷いた。いくら俺が喧嘩慣れしてると言っても、平手に当たれば痛いものは痛い。角度的にも見切りにくいんだよ、こいつの攻撃。
俺の返答に、なぜかこいつはまたほっとしたような顔を見せていた。そっちの方が断然立場は強いんだから、堂々としていればいいものを。
今日のこいつは、やっぱりちょっとおかしい。コロコロ態度が変わりやがる。
「で、どうすんだよ。具体的に何すりゃいいんだ。やる事あんなら別に保留でもいいけどよ。つか今日って何するんだ?」
俺は改めて、こいつに聞いてみた。
元々送られてきていたメールにも、実際何をやるのかについては何も書いていなかったのだった。ただ10時きっかりにここに来てくれという事と、あとはちょっといつもと違う格好をしてみるのでよろしくという旨の事が書かれていただけだった。
後者については事前にりせのやつがごちゃごちゃ言ってきていたので、こいつが女の格好をしてみるんだろうという事自体に察しはついていたのだが……
しかしやっぱり、肝心の目的が分からない。
マジで、何なんだこれ?つかそもそも何で俺だけしか呼んでねえの、こいつ。
言えない事でもあるのだろうか。直斗は、返答に困っているようだった。
「そ、それはその……」
まさか、こうまでしてノープランって訳じゃねえだろ。
「決めてねえのか?何も」
「い、いえ!そういう訳では」
「じゃあ、早く行こうぜ。ずっとここにいるのも変だしよ」
チケット売り場のスタッフが、さっきからずっとそわそわこっちを見ていた。客かもしれない人間が何もせずにその場にい続けたら、気になって落ち着かないだろう。
視線で俺がそれを教えてやると、察したのか、やっとこいつはまともに話し出した。
「巽君は」
「あん?」
「巽君は何か用事はないんですか?せっかく沖奈にまで来たんですから」
「いや俺は別に」
「僕の方はそう急ぎでもないので、もしあればそちらから行きましょう」
頑なに言わねえなこいつ。まあ、そんなに言いたくねえなら聞かねえでおいてやるか。
そう言えば、昨日また何個か力作を生み出してしまったせいで、もう編み物の材料がそこをつきそうになっていたのを思い出した。急がないなら、ちょっとあそこに寄らせてもらうか。
「あー……、ちっと、手芸屋に行きてえかも」
未だに小さい声になってしまうが、こいつは特に気にせずに答えた。
「ああ!ではまず、そこに行きましょう。どの辺りですか」
「駅の向こう側なんだよな。ちと歩くな」
そう言うと、構いませんよ、と直斗はいつものように目を瞑り、早速前を歩き出した。
こういう風にいつもの感じで受け答えすると直斗なんだけどな。と、前を歩く直斗に何となく目を落として、俺はドキリとした。
肩が異常に薄い。後ろから見ると、余計に女にしか見えなかった。普段はパットが入っているような制服とかジャケットを着ているせいで、どうにも俺から見ると違いが目立ってしまう。これでもしハイネックじゃなくて普通のシャツなんか着ていたとしたら、ますます細い首と相まって女っぽさに拍車がかかってしまうだろうと思う。
「あ、あー……つか今日って、何で俺だけなんだ?他のやつは?」
俺は、釘付けになってしまった目を何とかそらしてこいつに並び、思い切ってもう一つの疑問をぶつけてみた。
するとこいつは、それには特に躊躇もせずすぐに答えた。
「先輩方は、皆用事があるようでした。天城先輩はご実家の手伝いで、里中先輩と花村先輩は、学年末にやった実力テストがちょっとダメだったみたいで、補習を受けているようですね。クマ君は、花村先輩がいない代わりにジュネスでお仕事を頑張るみたいで」
まるであらかじめ用意していた回答を読み上げるかのように、すらすらと言った。
「……りせは?」俺がなるべく怪訝な色を込めないように続けて聞くと、
「久慈川さんは、今稲羽にいないんです。なので必然的にこうなってしまって。すみません、やっぱり皆いた方が良かったですよね」と、直斗は視線を落とした。
「いや、別にそういう事言ってるんじゃねえけど」
まあ、ちょっと変な状況だなとは思ってるけどよ。でもそれよりよ。
迷い足になったこいつを見て、俺は少し前に出てやった。
「そうじゃなくてよ。俺が言いてえのは、お前はいいのかって事だ。別に俺しか空いてなかったんなら、無理して今日じゃなくても良かったんじゃねえの」
更に俺がそう突っ込んでやると、やっぱりこいつの歯切れは悪くなった。
「それは……」
長くなってきているのでこちらにまとめ直しました。
くだらない自問自答をしながらふと時計を見て、俺は凍りついた。約束の時間まであと何分もない。これじゃ制限速度ギリギリで飛ばしても、時間通りに着くか五分五分だ。
「だーくっそ!!」
俺はメットを大急ぎでかぶり、バイクのエンジンをつけた。風よけに、クマ公からもらったグラサンをかけた。
「っしゃあああああああああああ!!」
なけなしの金で買った愛車が火を噴くぜ!俺は前後左右をきちんと確認し、フルスロットルの半分くらいで発車した。
この上さらに道交法違反でパクられたら遅刻どころじゃねえからな。それだけはぜってえ避けてえ。
約束の沖奈市までは少し大きい道路も通るし、安全運転でいかないと捕まりやすいのだ。そろそろと、俺は公道を走りだした。
しかしあんまりとろとろやってる暇も、自分にはない。少し飛ばしてやろうと、俺は大きい道路に出ようとした。
「ん?」
だがまたも、俺の歩みを止めるバカどもが目に入った。
工事中だあ??は!天下の巽完二様を舐めるんじゃねえよ!
この辺は族の奴らとやりあった時に、熟知していた。そんじょそこらの稲羽の人間とは土地勘がちげえんだよ土地勘が。
俺は交通整理で止められる前に、すぐ手前の路地に入っていった。ここなら、工事が終わっているその先の道路に出て、なおかつ近道のはずだ。ぬかりはねえ。
ぬかりはねえ。はずだった。
「ああん?ありゃー……」
路地に入って少し行った所で、俺は妙な光景を目にした。
ガキが、一人。それに、私服の……大学生くらいの男たちが、ガキを囲んでいた。
「何やってんだありゃ」
ガキの不安そうな顔を見ると、兄弟や知り合いというわけじゃなさそうだ。男たちも、ガキに詰め寄って穏やかじゃなさそうな空気だった。
「んぐぐぐぐぐ……っ」
しかし俺には、約束があるのだ。たぶんあいつ自身も勇気を出しての今日のはずなのだ。それを無下にすることは、俺には出来ない。あいつの勇気を、俺は買ってやりたい。それに、いつもと違うはずの格好のあいつを待たすのは、まずい気もする。いや、ものすごいまずい気がする。
【杭全を応援する言葉が、
物語の真実の姿を段々と映しだしていく……っ!】
「ぐぐぐぐぐぐ……ぐうううううう……だあああああああああああああああああああ!」
俺は気付くと、バイクを止めていた。
ああ、くそ!止まっちまったんならしょうがねえ!
「おいテメーら!何やってんだ」
ズカズカと俺は男どもに寄っていった。今日の俺はいつもの数倍優しくねえぞ。これでくだらねえ事だったら、絶対許さねえからな。
俺の声に振り返ったリーダー格っぽい男は、俺を見ても怯まずに睨み返してきた。
「ああ?誰だテメーは」
そいつ自体はここらで見たことが無いやつだったが、取り巻きの奴らにはちらほらと見覚えのある顔がいた。狭い町だから、誰だろうと何となく見たことがあるかないかぐらい分かる。
「別に誰でもいいだろーが。何やってんだって聞いてんだよこっちは」
「かんけーねーだろテメーには!」
「あ?」
「何なんだよテメーこそ」
メンチをきりあってる間に、ふとガキが目に入った。震えた手で、涙ぐみながらサッカーボールを抱えているそいつは、乞うような目で俺を見上げていた。
目の前のこいつは、この調子だとどうせ喋らねえだろう。このままじゃ埒があかねえし、なんとかこいつに何があったか聞いてみるか。
「おいお前。何があった。何にもしねえから、とりあえず俺に言ってみろ」
「なに無視してんだよてめえコラ」
リーダー格の男をおしのけ、俺は震えているそいつになるべく優しく聞いた。
「オラ、言ってみろ。何があった」
「てめ……っ」
ったく。こういうやつはやることがほとんど一緒だな。なんかそういう指南書とか定型文みたいなもんでもあるのか?
俺は飛んできた拳を軽く受け止め、少し強く握ってやった。
「い゛い!?」
「なあ。おい。ほら、言ってみろ」
最初はおろおろとしているだけのガキだったが、辛抱強く待ってやると、少しづつ事の次第を話しだした。
どうも、ここで壁相手にサッカーの練習をしていたら、あさっての方向にボールが飛んでいってしまい、ここのいるリーダー格の男の顔に当たってしまった、ということらしい。
「んだそりゃ」
俺は盛大に、ため息をついてみせた。
やっぱりくだらねえじゃねえか!ガキの蹴ったボールがちょっと顔に当たったくらいで、大の大人がこんなちいせえガキ囲みやがって。ちょっと土がついてるくらいで、あとは大して傷も付いてねえじゃねえか。
どうしようもねえバカどもだぜ……ガキいじめて何が楽しいんだよ。マジでバカ軍団だろ、正直。
「よおく分かったぜ。てめえらがクソだって事がな」
固く拳を握ろうとすると、リーダー格の男が叫んだ。
「いぃってえええぇええええええええええ!!!!」
「あ」
相手の拳を握りこんでいたのを忘れていた。かなり強く握ってしまったようだ。
「あーわりい忘れてたわ」
パッと手を離してやる。すると、黙って見ているだけだったその他の連中が、にわかに騒ぎだした。
「こ、こいつ……まさか……」
「この三白眼見たことあるぞ俺……」
ああん?誰が三白眼だ。
「まさか……この辺の族全部シメたっていうあの……巽完二!?」
この反応は、少し新鮮だった。テレビで放送されてしまってから、俺はもう町のどこにいっても名前を覚えられていたから。俺のことを少しでも知っている人は、大体困った笑い顔を俺に向けて声をかけてくれたりもするが、俺の顔と声ぐらいしか知らないやつは、俺の顔を見るなり目をそらすか、隣のやつとヒソヒソ話しながら陰気な顔を向けてきやがったりする。こいつらはそれと比べると少し違う、というか変な反応だった。
なんでだ?と考えて、俺はすぐに思い当たった。
「あー。もしかして、これか?」
俺はかぶったままだったヘルメットを外してみせてやった。すると、
「う、わーーーーーーーー!!この今時趣味の悪いオールバック金髪!!!絶対そうだ!」
「やべーーー!!おい俊!!行くぞ!」
「お、おいなんだよ急に」
慌てすぎなのかあまりの恐怖なのかは分からなかったが、何人かが臆面もなく俺のことを指差して、口々にクソ失礼なことを言ってのけた。
やっぱり俺の考えは当たっていた。どうやら俺を知らないやつに記号化された自分は、三白眼とオールバックの金髪がセットでやっと実体化するらしい。俊と呼ばれたリーダー格の男が、俺の正体を知って慌てふためく仲間達に引っ張られていく。
「くそ!なんだってんだお前ら!」
「いいから来い。もういいだろ」
留まろうとするそいつを、仲間が無理やり引きずっていく。こいつはもしかすると、元々稲羽の人間ではないのかもしれない。別に自慢じゃないが、自分の顔はここじゃもう知らないやつはいないくらいなのだ。知った上でこうも突っかかってくるやつは、今までいなかった。
何となく不完全燃焼に終わってしまった拳を、俺はゆっくりと開いた。
まぁ、帰ってくれんならそれが一番早くていいけどよ……
かなり時間を使ってしまった。そう思って確認しようと時計に目を落とす瞬間、しかし俺は、見逃さなかった。
(あの野郎……)
ただ引きずられているだけだった俊とかいうリーダー格の男。あいつが、去り際に一瞥くれやがった。こういう目をして俺を見てきたやつが、いろんな意味で厄介だったのを俺は覚えている。
【さすがセンセークマ。
2わっふるなのにこんなにうpしちゃうなんて!】
(くそ。めんどくせえな)
俺は、未だに震えながら見上げてくるガキに目を落とした。
「おいガキ」
びくっと肩を震わせるそいつを見て、俺はしまったと思った。
苛ついてる声色で話しかけたら、端から見てあいつらとやってることが一緒じゃねえか……
「ビビんなって。なんもしねえよ俺は」
努めて優しく言ってやると、そいつはおずおずとしながらも返事を返してきた。
「本当?」
「あー本当だ。俺はあいつらの仲間でも何でもねえからな。それよりよ、まさかとはおもうんだが……」
首が痛くなってきて、俺はその場にしゃがみこんだ。
「お前、携帯持ってるか?」
乗りかかった舟だ。最後まで面倒見てやるのが大人ってもんだろう。
あの手の人間は、たぶん粘着してくる。自分も昔、かなりしつこく追い回されたりしたから分かるのだ。
「?持ってるよ?ほら」
「やっぱ持ってんのか。マジ世知がれえ世の中だな」
俺がこんくらいのガキん時なんか、そんなの必要なかったのにな。どうせGPSも付いているんだろう。今はこんなのがないと、きっと気軽に外で遊べもしねえんだ。
……まあ、ちょっと前にあんな事件がありゃあ仕方ねえのかもしんねえけど。
「よし。番号の登録の仕方分かるか?」
「分かるよ」
「じゃあ俺の番号送るから登録しとけ。んで、もしまたさっきみたいな風になりそうになったらすぐ俺に電話しろ。いいな?」
「でも……」
「気にすんな。ガキは遠慮せずに、大人に施しを受けときゃいいんだよ」
「でも…お母さんが……」
なおも渋り続けるそいつ。じれってえな。なんだってんだ。
「お母さんが、知らないおじさんの言う事は聞いちゃダメだって」
「誰がおじさんだ!!泣かすぞコラぁ!!!!!」
……優しくして損した気分だぜ。
そいつは俺の急な大声でびっくりしたのか、ひっ、と肩をすくめて涙ぐんでしまった。
ああああもうめんどくせえな。これだからガキは扱いに困る。
「あー……わりい。今のはあれだ。ただのツッコミだから泣くな……あー!てめえ!鼻水を手で取ろうとするんじゃねえ!」
俺はポケットからティッシュを取り出し、そいつの鼻を拭ってやった。きったねえなマジで。どういう教育されてんだよ……
涙もハンカチで拭ってやると、そいつはまだ少しぐずつきはしたが、なんとか泣き止んでくれた。
「番号なんていつでも消せるんだからよ。家に帰って母親にでも見せて、俺の名前見て気に入らねえようなら消してもらえ。それなら問題ねえだろう」
そこまで言って、そいつはようやく首を縦に振った。今時にしては少し野暮ったいデザインの携帯を取り出すと、そいつはそれを俺の携帯にかざし、赤外線で番号を送信してきた。
続いてすぐに俺も送信しようとしたが、俺はある一点が気になって、簡単なはずの操作を何度も間違える羽目になった。
「おい」俺は我慢できずに言った。「お前、ストラップとか付けねえのか?随分味気ねえじゃねえか」
そいつの携帯は野暮ったい上に全く飾り気がなくて、俺にはまるで、時代についていけていないどっかのじじいの携帯のように見えて仕方なかった。どうも最近、こういうのが気になってしまう。
そいつは、俺の言葉に下を向いて答えた。
「うん。友達は色んなストラップとか付けてるんだけど、僕んち貧乏だから」言いながら、ボールに付いた汚れを手で拭う。「このボールもやっと買ってもらえて、それで嬉しくて僕、公園に着く前に蹴って遊びながら来てたんだ。そしたらあの人達が……」
……そういう事かよ。
事の全貌が分かって、俺はようやく溜飲が下がる思いだった。
まぁ、こいつもいくらか悪いかもしんねえけど、でもあの程度でいちいちキレられちゃかなわねえよな。こいつは嬉しくてしょうがない気持ちを抑えられなかっただけ。そういうのって、子供の時はすげえ一杯あるもんな。
俺は鼻から大きく一度息を吐いてから、またポケットをまさぐった。
「……手ぇだせ」
「え?」
「手ぇだせってほら」俺はぐいっとそいつの手を引っ張って、それを握らせた。「それやるから付けろ。春の新作だ。ありがたく思えよ」
昨日作ったばかりの人形が、手元にあった。本当は、同じように味気ない携帯を持つあいつにやろうと思って持ってきたものだが、この際仕方がない。こいつにやることにする。
「うわー……おじちゃん何これ。雪だるまのお化け?すごい可愛いね。くれるの?」
「おじちゃんはやめろ!……ああ。やるよ。お前運いいなあ」
やったー!とか言いながらそいつは嬉しそうにそれを携帯につけようとするが、不器用なのか、うまく付けられずにいた。
こんくらいのガキにゃ、ちょっとむじいか。
「……ったく何やってんだ。貸してみろ」
俺はそれを付けてやりながら、ちょうどいいのでまた念を押してやった。
「おい。この人形の黒いとこ見えるか?『巽屋』ってタグついてるだろ?もし今日のことを親に話して、んで俺の番号とか見て嫌そうな顔したり、文句がありそうだったりしたらここに来いって親に言え。俺は大体いつもここにいるからよ」
そう言うと、そいつはコクリと頷いた。
本当に分かってるのかは疑問だったが、このストラップを見せればあとは親が勝手に推し量ってくれるだろうし、特に問題はないだろう。
これでやっと、少し肩の荷が下りた。ゆるゆると俺は立ち上がり、言ってやった。
「さって。じゃあ俺は行くからよ。なんかあったらすぐ電話しろよ。いいな?」
うんうん頷くそいつの頭をぐしゃぐしゃと撫ででやってから、俺は早々にバイクの置いてあるところへ戻った。
分かっていたことだが、時計はすでに約束の時刻を指してしまっている。かなり長居をしてしまったツケだった。
もうとっくに確定していた。飛ばしていったとしても到底遅刻を免れる事は出来ない。ワープでも使わない限り。
……マジやべえよ。やべえとかいうレベルじゃねえよこれ。
長々とため息をつきながら、俺はバイクに跨った。半ばヤケになりかける気持ちを押し殺して、なんとかスロットルに手をかける。
言い訳なんてしたくねえしな……黙ってボディーブローとかですまねえかな……
そんな相手のキャラに合わない結末を考えながら発車しようとすると、後ろで声が響いた。
「おじちゃんありがとー!これ、絶対大事にするからー!」
ミラーに、両手で大きく手を振りながら叫んでいるあいつの姿が映った。俺は少し迷ったが、振り返ることはせずに、自分が見てなくても手を振り続けるそいつにぐっ、と見えるように親指を立ててやった。
バカだな俺も。原付なんかじゃ、全然サマにならねえってのに。
出発してあいつが見えなくなる頃には、不思議と絶望的な気分が少し和らいでいた。まあ、なんだ。しゃあねえよな。最悪土下座でもなんでもしてやるっつの。
腹を決めてしばらくすると、おかしなゾーンにでも入ったのか、そうやって何だか楽しい気分にまでなれた。しかしやっぱりと言うべきか、目的地の沖奈市が近づくにつれ、その気持ちは段々となりを潜めていった。
こめかみの辺りがひくひくした。眉間に皺を寄せすぎたのか、顔の筋肉も疲れて痙攣してしまっている。終いには、腹の奥がどんよりと重くなってキリキリと痛みだした。
……やっぱ全然だめじゃねーか!くそ!
俺は早くしないとやばい事になるという一心でバイクを駆った。そのおかげか、何とか少し時間を過ぎたくらいで沖奈市に着くことが出来た。大急ぎで俺はバイクを駅前に停め、もうすでに待っているはずのあいつを探した。
(あーあーあーあーやべえよどこだよまじで)
確かメールによると、あいつは映画館の前辺りにいるはずだった。しかし実際には、そこにはちらほら人がいるくらいで、それっぽいやつが来ている様子はなかった。
なんだよ。あいつも遅刻かよ。急いできて損したぜ。
「ちょっくらごめんよ。邪魔するぜ」
さっきの件もあって、俺はたぶん少し浮き足立っていた。一度自分を落ち着けようと、俺は怖がられないよう近くにいた女に一応声をかけてから、そいつと同じように映画館前のUFOキャッチャーの近くの壁にもたれかかった。
【っく……たその妄想完直成分が膨らんでいく……
こっからはシャレじゃねえ……!堪えれるやつだけ進むんだな!】
やっぱ来てねえよな、あいつ。
程よく冷えた壁が、興奮して火照った体を背中から冷やした。血が上り気味だった頭もいくらかクールダウンして、少しは冷静にものを考えられるレベルにまで回復した。
改めて、俺はぐるりと辺りを見回した。休日にしてはやっぱり人がまばらで、いつもより人通りも落ち着いているような気がした。
近くの立て看板に、今やっている映画の上映時刻が書いてあるのを見つける。つられて俺は、時計に目を落とした。
AM10:12。
俺は納得した。今は映画が始まったばかりの時間で、おそらくここで上映を待っていた連中がはけていったんだろう。また上映時刻が近くなれば、ここも人でごった返すということだ。なるほど。これをあいつは想定していたということなのかもしれない。
しかし同時に、俺は首を傾げる。当の本人がきていないのはどういうことだ?と。
約束の類を忘れたり、反故にしたりするやつでないことは明らかだった。そう長くはない付き合いだが、それくらいは俺にだって分かる。あいつはいつだって手帳を持ち歩いていて、事あるごとにそれを開いているのを見たし、たぶん仕事のせいもあって、かなり几帳面な方だと思う。
じゃあ一体、何でなんだ?
ヒントはそこかしこにあった。いつもの自分なら、もしかしたら答えを見つけることも出来たのかもしれない。
「…………ったですね」
隣の女が、急にぼそりと漏らした。
俺はけげんに思って、分からないようにちらっとだけそいつの方を見た。携帯で誰かと話し始めたのかと思った。
……ああ?
しかし、手には何も持っていないのだった。なのにかぶっている帽子の奥で、なおもそいつはぼそぼそとしゃべりはじめた。
「どうして遅れたんです?」
そいつの声を改めて聞いて、俺はビックリしすぎて思わず壁から背を離した。
……………………は?
俺の頭から必要以上の血が引けていった。もう壁にはもたれていないのに、体から熱という熱が逃げていく。背筋が凍るとは、まさにこの事だった。
「今日だけは!絶対に遅れないでくださいって言ったじゃないですか!!」
帽子を乱暴にはぎ取ってから、そいつは俺を思い切り睨みつけた。……ちょっと涙ぐみながら。
俺は、はっきりと見た今でも信じられなかった。でも注意深く見てみると、確かにそいつは俺のよく知ってるあいつに、色んな各パーツが似ているのだった。
「な……おと?」
俺は恐る恐る口に出したが、そうやって名前を呼んだ後でも、まだ半信半疑だった。先輩たちにだってきっと分からないと思う。普段の面影はほとんどないと言っていいくらいなのだ。
「……そうですよ。やっぱり変ですか?」
さっきの剣幕を恥ずかしく思ったのか、一転静かに、こいつは目を背けた。帽子を深くかぶり直すしぐさは、確かにいつものあいつのものだった。
今日のこいつ。直斗は、本当にいつもと全く違うイメージの格好をしていた。ジャケットにパンツスタイルしか知らない自分は、こいつがこういう格好をするという想像が全く出来なかったのだった。
俺は、目をそらされているのをいいことに、改めて上から下までこいつをまじまじと観察してみた。
でも逆に見れば見るほど、信じられなくなった。
落ち着いた色のキャスケットをかぶっているのが、唯一直斗らしいといえばらしかったが、この……なんだ。ちょっとスカートっぽいショートパンツに、黒タイツか?それにブーツ。4月でまだ肌寒いからか、薄手のグレーのタートルネックセーターにジャケットを羽織っている。おまけに、ちっこいポシェットまで首から提げていやがったりする。
分かるか?これ分かるか?
……ぜってー分かんねーよ!
俺は喉元いっぱいで、何とかその言葉を押しとどめた。
「や、別に、変じゃ……ねぇよ?」
直斗は、俺のその言葉に心底ほっとしたように胸を撫で下ろした。どうやら相当張り詰めていたみたいで、深く深く息を吐いていた。
俯くと、まぶたの下に睫毛の影が落ちた。ごく薄くではあるが、メイクもしているようだった。
メールを貰った時から今に至るまでずっと分からない。一体こいつは、何がしたいんだ?何で急にこんな……あ、こっち見んなバカ。そんなうるうるした目を俺に向けるんじゃねえ。
「そ、そうですか……。なら、いいんです」それでも恥ずかしそうに、こいつはまぶたを伏せた。「不安で仕方なかったんです。急にすみません。怒鳴ったりして」
謝らないといけないのはこっちなのに、俺は「お、おう」などと気の抜けた返事しか返すことが出来なかった。
クソ情けねえ……。こういう時、きっと先輩なら上手いこと言えてしまうんだろう。完全には無理だということは分かっているが、ああいう風になりたいといつも思っているのに、未だに少しも自分を変えれている気がしない。
……マジで、成長しねえな。俺。
直斗は、まだ不安感が拭い切れないのか、いつもよりいくらか高いトーンで続けた。
「でも本当に恥ずかしかったんですよ?なぜか人にはじろじろ見られるし、さっきは男の人に急に声をかけられて、やり過ごすのが本当に大変だったんですから」
「わ、わりい!マジで!」俺は精一杯、謝罪の言葉を並べることしか出来なかった。「ちっと急な用事が入っちまって!ほんとにわりい!何でもすっから許してくれ!」
そりゃ、見られるわな。そんな完成度だったら。
俺の最大の失敗は、認識が甘過ぎたことだった。少しくらいなら大丈夫かもしれないと頭に少しでもあったから、あんな寄り道が出来たのだ。この様子を見ると、こいつを一人で待たせたのはやっぱりまずかったと今になって思う。
しかし俺も、まさかここまでとは思わなかったのだ。これはもう、一瞬たりとも男だと見紛うこと自体許してくれない、ほぼ完璧な…………
そう。言ってみれば、ほとんど変装と言っていい出来栄えだった。
いや、マジやべーだろこれ。正直りせなんかよりよっぽど……
しばらくその、一つの作品とも言える完成度に呆けていると、あの特徴的なハスキーボイスが不意に鼓膜を揺らした。
「何でも、ですか?」
俺はふるふると頭を振り、雑念を払ってから再び直斗と向かい合った。
そのつもりで言ったので別に問題はないが、直斗はしっかりと俺の終わりの言葉を拾った。狙ってなのか天然なのか、上目遣いで俺を見上げながら。
「お、おう。どんとこいや」
どうせ俺にはもう、それ以外の選択肢は無いのだ。あとは覚悟を決めて、流れに身を任せるだけだ。こいつはぜってー言わねえだろうけど、ふんどし一丁で町内一周くらいだったら、喜んでやってやるぜ。
俺はやる気満々でそう思っていた。一つや二つのムチャぶりくらい、この俺にはどうってことはない。もう色々恥ずかしい所も見られてしまっているし、取り繕っても今更というものだから。
しかしこいつが次に言った言葉は、そんな俺の考えをことごとく裏切るものだった。
【クマも行きたかったクマ……
高校生に戻ってマックとか行きてえなおんどれクマぁ……】
「では巽君。君の……」一度小さくコホンと咳払いをしてから、俺の目をまっすぐ見据えて言った。
「君の一日を、僕にください」
深く、帽子をかぶり直す。こいつはいつの間にか落ち着きを取り戻して、ちょっと低くて耳元をくすぐる、あの不思議な声でそう宣った。
気付くと、帽子の奥で光る目も、すでにいつものものだった。皆で集まって何かの推理をしていた時のように、一種楽しげな光を帯びたあの目を、こいつは俺に向けていた。
それを見て、普段なら絶対に挙がらないはずの考えが、俺の頭に浮かんできていた。
……ああ?もしかして俺、嵌められたのか?まさか、さっきの涙も……
不器用なこいつにそんな事が出来るはずがない。でも考え始めたら、もしかしたら、という考えが拭えなくなっていった。
今日のこいつは、どう見ても普通の女なのだ。あの事件を乗り越えた今、もう全てを克服して、普通の女がやりそうなことも、実は普通に出来てしまったりするんじゃないか。そう思った。
そしてこの頼みも、よく考えるとかなりたちが悪いのだ。最悪一日中引き回されて、何かある度にこいつの言う事を聞いていかなければならないかもしれない。下手に何かを頼んでしまうよりも、これならより多くの事をさせられる。そういう頼み方だ。これは。
自分が考えるよりも遥かにこいつは上を行く。そんな事、とっくに分かっていたはずだったのに……
俺は悔しくて、すまし顔で返答を待つこいつに言ってやった。
「き、きたねえぞ……」
するとこいつは、今更わざとらしく目を見開いた。
「は?汚い?何がです?」
いいっつの。分かってんだ。分かってんだよ俺にはもう。
だが、仕方ねえ!男に二言はねえんだ。漢巽完二の生き様、お前にとくとみせてやろうじゃねえか!
俺はこいつに向かって、仁王立ちをかましてやった。
「何でもねえよ!わーった!この巽完二の一日、お前にくれてやるぜ!煮るなり焼くなり好きにしな!」
思い切りよく言い放つと、こいつは俺のその圧倒的な胆力に恐れを為したのか、急に周りを気にしてオロオロし始めた。
「た、巽君!声が大きいですよ……っ!」
それでも、俺は引かなかった。こういうのは先にイモ引いた方が負けなんだよ。
「さあ!まずは何だ!なんでも来むぐっふぉっ!」
容赦のない一撃。続けようとした所に、直斗の右手がバチンと俺の口元に突き刺さった。
身長が違いすぎるせいで距離感が掴めなかったのか、それとも単に感情をこめたらこうなったのか。分からなかったが、どちらにしろ結構なものをもらってしまった。
くっそ、油断した。結構いてえぞ……。
「もう!声が大きいって言ってるでしょう!何なんですか!?」
「むぐぁ……いやお前もだけどな……」
釣られて声が大きくなっているのに、こいつは気付いていないようだった。
そんなに心配しなくても、ここはちょうど通りからは影になっているし、特に目立つこともないだろうに。別に誰か見てきやがったら、ちょっとひと睨みしてやれば解決じゃねえか。何をそんなにびびってやがる。
こいつは俺が大人しくなったのを見てやっとその手を離したが、またいつでも抑えられるように両手を準備して俺を見上げたままでいる。
……つか、空気に触れたらヒリヒリしやがる。これ赤くなってるだろぜってー。
「何を勘違いしているのか分かりませんが、とにかく巽君の答えは、OKということでいいんですね?」
俺はもう、こいつの言う事にただ黙って頷いた。いくら俺が喧嘩慣れしてると言っても、平手に当たれば痛いものは痛い。角度的にも見切りにくいんだよ、こいつの攻撃。
俺の返答に、なぜかこいつはまたほっとしたような顔を見せていた。そっちの方が断然立場は強いんだから、堂々としていればいいものを。
今日のこいつは、やっぱりちょっとおかしい。コロコロ態度が変わりやがる。
「で、どうすんだよ。具体的に何すりゃいいんだ。やる事あんなら別に保留でもいいけどよ。つか今日って何するんだ?」
俺は改めて、こいつに聞いてみた。
元々送られてきていたメールにも、実際何をやるのかについては何も書いていなかったのだった。ただ10時きっかりにここに来てくれという事と、あとはちょっといつもと違う格好をしてみるのでよろしくという旨の事が書かれていただけだった。
後者については事前にりせのやつがごちゃごちゃ言ってきていたので、こいつが女の格好をしてみるんだろうという事自体に察しはついていたのだが……
しかしやっぱり、肝心の目的が分からない。
マジで、何なんだこれ?つかそもそも何で俺だけしか呼んでねえの、こいつ。
言えない事でもあるのだろうか。直斗は、返答に困っているようだった。
「そ、それはその……」
まさか、こうまでしてノープランって訳じゃねえだろ。
「決めてねえのか?何も」
「い、いえ!そういう訳では」
「じゃあ、早く行こうぜ。ずっとここにいるのも変だしよ」
チケット売り場のスタッフが、さっきからずっとそわそわこっちを見ていた。客かもしれない人間が何もせずにその場にい続けたら、気になって落ち着かないだろう。
視線で俺がそれを教えてやると、察したのか、やっとこいつはまともに話し出した。
「巽君は」
「あん?」
「巽君は何か用事はないんですか?せっかく沖奈にまで来たんですから」
「いや俺は別に」
「僕の方はそう急ぎでもないので、もしあればそちらから行きましょう」
頑なに言わねえなこいつ。まあ、そんなに言いたくねえなら聞かねえでおいてやるか。
そう言えば、昨日また何個か力作を生み出してしまったせいで、もう編み物の材料がそこをつきそうになっていたのを思い出した。急がないなら、ちょっとあそこに寄らせてもらうか。
「あー……、ちっと、手芸屋に行きてえかも」
未だに小さい声になってしまうが、こいつは特に気にせずに答えた。
「ああ!ではまず、そこに行きましょう。どの辺りですか」
「駅の向こう側なんだよな。ちと歩くな」
そう言うと、構いませんよ、と直斗はいつものように目を瞑り、早速前を歩き出した。
こういう風にいつもの感じで受け答えすると直斗なんだけどな。と、前を歩く直斗に何となく目を落として、俺はドキリとした。
肩が異常に薄い。後ろから見ると、余計に女にしか見えなかった。普段はパットが入っているような制服とかジャケットを着ているせいで、どうにも俺から見ると違いが目立ってしまう。これでもしハイネックじゃなくて普通のシャツなんか着ていたとしたら、ますます細い首と相まって女っぽさに拍車がかかってしまうだろうと思う。
「あ、あー……つか今日って、何で俺だけなんだ?他のやつは?」
俺は、釘付けになってしまった目を何とかそらしてこいつに並び、思い切ってもう一つの疑問をぶつけてみた。
するとこいつは、それには特に躊躇もせずすぐに答えた。
「先輩方は、皆用事があるようでした。天城先輩はご実家の手伝いで、里中先輩と花村先輩は、学年末にやった実力テストがちょっとダメだったみたいで、補習を受けているようですね。クマ君は、花村先輩がいない代わりにジュネスでお仕事を頑張るみたいで」
まるであらかじめ用意していた回答を読み上げるかのように、すらすらと言った。
「……りせは?」俺がなるべく怪訝な色を込めないように続けて聞くと、
「久慈川さんは、今稲羽にいないんです。なので必然的にこうなってしまって。すみません、やっぱり皆いた方が良かったですよね」と、直斗は視線を落とした。
「いや、別にそういう事言ってるんじゃねえけど」
まあ、ちょっと変な状況だなとは思ってるけどよ。でもそれよりよ。
迷い足になったこいつを見て、俺は少し前に出てやった。
「そうじゃなくてよ。俺が言いてえのは、お前はいいのかって事だ。別に俺しか空いてなかったんなら、無理して今日じゃなくても良かったんじゃねえの」
更に俺がそう突っ込んでやると、やっぱりこいつの歯切れは悪くなった。
「それは……」
長くなってきているのでこちらにまとめ直しました。
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