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『あんた、何も無いじゃない』

 腐るほど反芻してる言葉が、飽きもせず頭の中に湧いて出てくる。このクソ暑い中、他の思考のほとんどは停 止しているというのに、全くご苦労なことだ。少しはサボってみるっていうのも、可愛げが出ていいんじゃないですか?……などと心の中で嫌味を言ってみて も、もちろん効果は無いわけで。

「はぁ」

 こんな調子で、気分転換にバイトでもしようなどとは聞いて呆れる。頭の中は昨 日と何にも変わっちゃいない。行く先々で、あの言葉が不意に現れては僕の心を抉っていく。本当にこんな調子で、僕は残りの高校生活を元いたラインに戻す事 が出来るのだろうか。このまま何もせずに青春ドロップアウトなんて、考えただけで寒気がする。

 時間は待ってはくれない。その事だけは、親から再三のように言われて育ってきたから、僕はまだぐちゃぐちゃなままの頭で考えて、この現状を打破するための結論をとりあえず出した。それが、当面のバイトだった。

  バイトだったら、動きたくないと思っても動かざるをえない状況なわけだ。仮にも仕事でお金も貰うのだから、フケるわけにもいかない。華の高校生活が、傷が 癒えるまで待っていたらいつの間にか終わっていた、なんて状況には少なくともならない。無理やり出したにしては、この考えは悪くないはずだった。

 学生の縛られた時間の中では、学校だけが生活の全てになってしまいがちだが、それでは見聞は広がらないだろう。……というのは建前で、もちろん本音はあの事を忘れたかったからだった。
  僕みたいに学校で何かやらかしてしまった人間の場合、何か別の場所が必要なのだ。逃げ場が一切無いのはやっぱりまずい。バイトでも課外活動でも、習い事で も、何でもいい。いろいろな顔を持つのが、このストレスフルな現代社会を渡っていく上で重要なメソッドなのだ。そう考えて、今僕はここに立っているのだけ れども……

 新しい環境に入る時の緊張感もなんのその。全部はねのけて、あの言葉は今もどかっと頭の真ん中に陣取って、ふんぞり返っている。この感じだと、もうバイト程度では消えてくれないのかもしれない。と言うより、消える日が来るのかどうかさえも疑わしかった。

 順調だった僕の人生に暗雲が立ち込めている。そう思ったら、計ったかのように空の入道雲が太陽を隠し、辺りを少し暗くした。
 約束の時間まではまだあるから急ぐ必要は無かったが、それを見て、僕は思わず歩を速めた。

 ここの夏の夕立は、太く短く降る。そういうまさにバケツをひっくり返したような降り方の雨の中、自分がそれに降られている様子を頭に描いたら、あまりの展開の安さに愕然とした。
 そんな典型的な傷心野郎のシーンを再現したくはなかった。僕は急いで件の建物を探そうと、躍起になった。

 言われた所を曲がって路地に入ってみると、朝顔の鉢植えが家と家との間にずらりと並んでいた。
 出張った屋根に遮られて行き場をなくしたのだろうか。がむしゃらに成長したつるは、太陽が少しでもあたる方向に向かって伸びに伸びて上で交差し、狭い路地からでも見えるはずの空を覆い隠していた。

 特異なシーンのせいか、異世界に迷い込んでしまったような、変な違和感を感じた。空気も少し変わったような気がしたが、振り払うように一歩強く踏み出したら、その感じは消えた。そのまま朝顔のアーチをくぐって行くと、はたと家が途切れる所があって、広い道に出た。

「おお?」

 思わず、声を漏らした。そこにはちょっとした光景が広がっていたのだった。

「へー、こんなとこあったのか」

 狭かった空が一気に大きくなったせいか、また少し立ち眩みを覚えた。
 左を見ると、自分の住んでいる街が全て見下ろせた。結構勾配のある坂には一切家が建っていなくて、ただ低い背の草が生い茂っている。さすがに自分の家までは分からないが、よく行く最近出来たショッピングモールの頭の部分くらいは分かった。

 しばらくぼーっとその景色を見ていると、遠くの雷の音に正気に戻らせられた。大きな雲が、自分の真上に覆いかぶさらんとしていた。悠長な事を言っている場合ではなかった。このままでは本当に雨に降られてしまう。急がなければ。

 しかし、それらしい建物が見つからない。と言うか、建物が全くと言っていい程無いのだった。
 家を立てるには、この辺りは少し勾配がありすぎるのかもしれない。両サイドにあるのは草と砂利だけで、あとは、なんだかゴミ山みたいなものがあるだけだった。

「えー……?地図だとさっきのとこ曲がったらすぐっぽいように書いてあるのになんでねーんだよ……」

 あるのは本当にこのゴミ山くらいで……
 と思って近くまで来てみて、僕は絶句した。

「ゴミ山…………じゃない?」

 てっきりそうだとばかり思っていたものが、実際には違う事に気付く。それは、目の前に来た今でもちょっと信じられないが、“建物”だった。

「えっ……マジか……」

 何だかよく分からないものが、上から下まで積まれていた。それがそこにあるはずの、嫌だけど、信じたくはないけれど、僕のバイト先になるかもしれない場所を隠してしまっていたのだった。だってもう他には、本当に建物らしいものがないのだ。

 確認するため、僕はそれを端々まで見て歩く事にした。しかし見れば見るほど、何かの間違いだろうという考えが拭えなくなっていった。

 置かれているモノのほとんどが何だか分からなかったが、何となく分かるモノもあった。ただのガラクタ、というわけでもないのかもしれない。
  どれもこれも錆びついて原型を留めていないモノが多かったが、例えばあそこにぶら下がっているのは、今でも有名なお菓子メーカーのシンボルキャラクターの 看板。女の子が舌をぺろっと出しているあれだ。僕が知っているものよりかなり古臭い絵だけれど、確かにあれだ。あとは、そこにどかっと置かれているのは薬 メーカーか何かの象をモチーフとしたキャラクターの置き看板。で、あっちが…………。なんだろう。ランプ?

 とにかく、そんなようなモノが無造作にあちらこちらに置かれていた。悪く言えばゴミ。良く言えば、レトロなもの。僕みたいなゆとり世代や興味のない人間からしたら、ゴミ山と見間違っても仕方がないものだった。

 そして、僕はそれらを流し見ているうちに、とうとう見つけたくなかったものを見つけてしまったのだった。

 野晒しにされてすっかり色褪せたモノの中に、一つだけぽっと綺麗なモノがあった。木彫りに白い文字の看板。意外とポップなフォントで、『杭全屋』と大きく書かれていた。
 杭全《くまた》は、この辺りの土地の名前だ。えらく安易なネーミングだと今も思うが、ここが僕の目指していた場所なのは間違いなさそうだった。

「いやー…………マジか」

 しかし。それにしても、である。 

  僕はどうしても信じられなかったのだった。仮にも食べ物を提供する所が、こんな見るからに不衛生そうでいいはずがないのだ。僕ならこんなの見た瞬間踵を返 すし、間違っても中に入ってみようなどとは思わない。入るのはせいぜい店主自身と、あとは変に冒険心のある馬鹿野郎ぐらいじゃないだろうか。

 でも、そうやってこれから雇われるかもしれない場所を罵倒するだけ罵倒してしまってから、僕ははたと思いついた。

(や、ちょっと待てよ)

 僕は改めて、ここまでの地図が書いてある紙を指で伸ばし直した。
 そう。僕なら店構えを見て二秒で帰る。几帳面とは程遠い僕でもそうするのだ。それなら、普通の客なんかほとんど来ないんじゃないだろうか。立地も悪いし、誰も寄り付きすらしないんじゃないだろうか。そう思った。

 だが、しかしだ。持ってきた地図の傍らに小さくある求人情報には、確かにこう書かれているのだった。


『喫茶店スタッフ募集。
時給1000円~ 高校生以上。
未経験でももちろん大丈夫ですv(*'-^*)』


 時給千円。時給千円である。この不景気に、高校生を時給千円で雇おうという神が、他にいるだろうか。しかもこんな、見るからに人が来なさそうな所での楽なバイトに、だ。

 いいや、そんなのそうそういるわけがない。
  考えてみると、物凄くおいしいバイトのような気がしてきたのだった。客商売はそりゃ難しいだろうが、客が来なけりゃ関係ない。おそらくは、埃がたまらない ようにカップや食器を改めて洗うくらいしか仕事はないはず。そしていよいよやることが無くなったら、あとはもう文庫本でも読んで暇を潰していればいいん じゃないだろうか……

 ものは考えようなのだ。
 そうだよ、自分は客じゃないんだからその方がいいじゃないか。きっとここは、どこかの成金か何かが道楽で始めたぬるい店なのだ。この一見するとただのゴミ山にしか見えないこれも、たぶんその人の趣味で、実は価値があるものだったりするのだろう。

 全ての点が繋がった気がして、いつしか僕の迷いは消えていた。新しい出会いでもあればいいなあとか思っていた当初の予定とは大分変わってしまったが、これはこれでいいように思えた。諦めかけていた新しいバイクも、この時給ならもしかしたら買えるかもしれないのだ。

 壮大な夢を描き出した僕。まずは、入り口を見つけなければ始まらない。このごみごみした中ではまた少し体力が奪われるだろうと覚悟したが、予想に反して、それはすぐに見つけることが出来た。
 『杭全屋』の看板の近くに、階段があるのを見つけたのだ。どうやら店自体は半地下のようになっているらしく、ちゃんと薄暗くなり過ぎないように電球色の灯りがついていた。奥まで覗き込んでみると、『CLOSE』表示のミニ看板の掛かった、入り口らしいドアが目に入った。

(あれ、意外と……)

 僕は少し驚いた。こんな佇まいだからどんなおどろおどろしい所かと思ったら、中は意外にも綺麗で、しっかりした木造の店構えが垣間見えた。手入れもきちんとされているようで、照りのある木壁が結構いい雰囲気を出しているのだった。

(こりゃあてが外れたかな)

 まあ別に、それならそれでいいのだ。結局この立地では、おいしいバイトだという事実にはさして影響はないはずだ。
 時間は少し早かったが、僕は中へと入っていった。なぜかドアの上と下に1つずつ付いている鈴が同時に揺れて、涼しげな音が鳴る。

「すみませーん。バイトの面接に来た藤ですけど」

 第一印象が大事だと思った僕は、いつもよりかなり声色を変えて、無愛想にならないように努めた。時節は男にも愛嬌を求めている。このいろんな事が成熟しきった時代に、男だ女だ言ってられないのだ。

 中は、やっぱり結構おしゃれだった。椅子やテーブル、カウンターまで、全てが木製のもので統一されている。
 正面にはテラスがあるようだった。ちょうど雲の切れ間に入ったのか、そのテラスへと出れるであろうドアのガラスに太陽が反射して、店内を明るくしている。
 思わず眩しくて目を細めている僕に、彼は言った。

「おぉ?君がフジ君?早い到着だね」

 ちょうどコーヒーを淹れていた所だったようで、カウンターの中から高めのハスキーな声で迎えられた。
 コーヒーの香ばしい匂いが、辺りに充満していた。

「あ、はい。一応早めにと思って……」

 彼が目に入った瞬間から、僕はある一点が気になって仕方なくなっていた。あんまり変な風に思われないようにしたかったが、どうしても気になってしまう。

 彼は僕のそのいぶかしげな視線に気付いたのか、言った。

「何?何かついてる?」
「や、そのー……」
「何何?」

 言いながら彼は、体を捻って確認しようとした。その度に、何だか見るからに上等そうな下駄がカラカラ鳴る。いやいや、明らかにちょっとおかしな点が他にあるだろう……

「いや、着物なんですね、と思って」面倒くさいので、僕はもうはっきり言った。「もしかしてここってそれが制服なんですか?」

 僕は全然着物の事なんかよく分からないが、ちょっと現代的なシルエットのようには見える。彼は渋めの紺色の着物を、さも普段から着ていますとでも言うように、きっちりと着こなしていたのだった。
 まさか僕もこれを着る事になるのかと思ったら、確認せずにはいられなかった。少し着てみたい気もするにはするが、水仕事の時なんかはどうにも袖が邪魔になりそうに思える。

「あーなるほど!そういう事ね」

 彼がそう言って軽くポン、と手の平を拳で叩くのを見て、僕はちょっと新鮮さを感じた。本当にこんな仕草をやる人を、実は初めて見たかもしれない。
 彼は、僕のその隠せていないだろう好奇の目にも全く構わず話し出した。

「私はそう思ってるんだけどね。嫌かな?」
「いやー嫌ではないんですけど」
「私はこれでやろうと思っているから、それならいっそ統一しようと思ってたんだよね。まぁ今の若い子には慣れないものだろうし、強制じゃなくてもいいかなぁ……。どうしようか」

 なぜそれを僕に聞く。

「いやー……というか、その前に面接を先に……」

 さっきから俺いやーしか言ってねえんだけども……
 大体、やろうと思ってるってなんなんだ。まだオープンしてないのか?でもそんな事一言も書いてなかったし、それならそれで普通オープニングスタッフとか書くべきだろう。開店は結構大変なんだろうし……

 当然の事をやらずにもう決定事項のように話を進める彼に、僕は多大なる不安を覚え始めていた。これはもしかすると、とんでもない地雷かもしれないぞ……



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