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(くまたそブログ)
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「ほんと、せっかく君の誕生日なのに、どうしてこうなっちゃうかなあ」

千枝は一緒に作った料理を見て、ちょっと落ち込んでいる。

「いや、唐揚げなんかは味付けは悪くないし食べられる。他のものも、食べられないことはない」

少し前の千枝からすると、すごい進歩だ。そうフォローしたが、千枝の顔は晴れなかった。彼女は自分の作ったものを見ながら、しばらくぐぬぬ、と唸っていた。
俺はそれを横目で見つつ、別に全然気にしなくていいのにな、などと思いながら皿に料理を取り分け始めた。
食べ始めれば、きっと千枝も余計なことは考えなくなるはずだ。今日の料理には、自分の自信作だってたくさんあるのだ。
と、その時の千枝の顔を想像して少しニヤニヤしてしまいながら配膳していると、そうして唸っていた千枝が突然、何かを決心したかのような顔で、俺に言った。

「ちょっと、待ってて」

なぜか真っ赤な顔でそう言ったかと思うと、千枝は2階の俺の部屋へと引っ込んでいってしまった。

一体なんだろうと首を傾げながら、俺は配膳を進めた。
今日はすでにプレゼントをもらっているが、もしかして他にサプライズプレゼントでもあるのだろうか。
そんな暢気な考えを頭の中で展開していると、割とすぐに千枝は階下へと戻ってきた。

配膳の手を止め、彼女にどうしたんだと声をかけようとした瞬間、俺は千枝を見て固まった。
いつもツッコミ役に回ったり、普段は割と常識人の彼女だったが、予想のつかない斜め上の行動をする時というのも、実はあるらしい。
千枝が、とんでもない姿でそこに立っていた。

こんなシチュエーションが本当にあるのかと疑問に思いながらも、やっぱり自分も男だから、ちょっと見てみたいな、ぐらいには思っていた。実際に見てみると、何というか非現実感があって、インパクトがある。
思わず手を伸ばしかけたが、何とか引っ込めた。正面からだと少し分かりづらいが、たぶん千枝は、素肌にエプロンという、いわゆる裸エプロンと呼ばれる姿でそこに立っていた。

「あんまり見ないで……って言うのも、ちょっとおかしいけどさ……」

絶句している俺を見て、あはは、と頬を掻きながら、千枝は弁明した。

「なんか、全然役に立たなくてごめんね。他に何かあたしに出来ることないかなって考えたら、こんなことくらいしか思いつかなくて。男の人って、こういうのが好きなんでしょ?」

どういう所からそういう知識を得ているのだろうか。まあ間違ってはいないのだが、実際に彼女にこういうことをされると、どうにも困ってしまう。
いじらし過ぎるにも程がある。だから、今すぐ手を伸ばして抱きすくめたいと思っても、憚られた。肌の露出が多すぎて、どこをどう触っていいかも分からない。
そうして自分の中の天使と悪魔がせめぎ合ってなんとか耐えているのに、千枝はまた、こんなことを言う。

「でもごめん。ちょっと中途半端かも。上はなんとか脱げたけど、下は……ちょっとやっぱり無理だった。完全再現は恥ずかし過ぎて……」

思わず目頭を手で抑えた。
言い方が生々し過ぎる……。見たところ今日履いてきたはずのスカートは履いていないし、一応下着にまではなってしまっているようだ。かなり恥ずかしがりな千枝なはずなのに。
自分のためにこんなに頑張ってくれた彼女に、やっぱり簡単に手は出せない。そう思った俺は、その小さな形の良い頭の上にポンと手を置いて、言ってやった。

「気にしなくていいのに」

近づいてみると、やっぱり恥ずかしさからか、彼女は熱っぽく涙目になってしまっていた。

「嬉しく……なかった?」

そうして見上げてくる千枝にまた少しぐらついたが、俺は首を振った。

「いや、そんなことないよ。彼女がここまで自分の為にしてくれたって考えたら正直……理性が飛びそう。今も、色んなこと耐えてる」

そう言うと、千枝はやっ、と慌てて腕を交差して、顔を赤らめた。
その顔は逆効果だからやめた方がいいと言おうと思ったが、あまりにそれが可愛かったから、黙っていた。
代わりに、俺は千枝の額を指でつんと小突いた。

「でもそこまでしなくてもさ。誕生日を好きな彼女と過ごして、一緒に楽しく料理してって出来れば、もうそれだけで嬉しいんだよ俺は。そんな頑張らなくたって」
しかしそう言っても、千枝は口を尖らせながら、恨めしそうに俺を見た。
「……その料理に、物体Xがあっても?」
その言葉に、俺は苦笑した。普段はあっけらかんとしているように見えて、実は料理が下手なのを結構気にしていたのかもしれない。
ぶすっとしたその顔も可愛くて、俺はまたその撫でやすいマッシュルーム頭を、優しく撫でてやった。
「今回は、物体Xなんかじゃないから。確かに見た目はよくないかもしれないけど、ちゃんと味見もしたし、大丈夫」

だから早く服を着て、千枝が一生懸命作った料理を食べよう。
そうまで言ったのに、しかし千枝は引き下がらなかった。
なにやら俺をじっと見つめたかと思うと、今度は盛大に溜息をつきながら、千枝は言った。

「……あたしって、魅力ないかな?」
「え?」
急に変なことを言い出す千枝に、思わず気の抜けた返事をしてしまった。
「そりゃありせちゃんとか雪子みたいに女の子っぽくないし、直斗くんみたいにナイスバディじゃないけどさ」
まずい。
「もうちょっと、その……がっついてくれてもいいかなって」
ちょっと変なスイッチが入ったかもしれない。
「そういう風にクールで、落ち着いたところも好きだけどさ。あたしも割と、色々と覚悟してこの格好になったから、ちょっとショックかなって……」

千枝はたまに、こういう風にネガティブになることがある。いつも元気な彼女だったから、最初はてっきり四六時中そうなのかと思っていたのだが、どうもそれは違うらしいのだ。
基本的には、彼女はとても強い人だ。でもそんな彼女にも、やっぱり歳相応の普通の女の子な部分はある。だから当然、自分に自信が持てないところだってあるのだ。

それは分かっていたからはっきり言ったつもりだったが、まだ足らないということだろうか。
じゃあ、もっとはっきり言ってみればいいのだろうか。

「魅力ないとか、本気で言ってるのか?」
「だって」
「俺がクールとか、落ち着いてるとかも、そんなの装ってるだけだから。がっつかないのも、嫌われたくないだけだし。本当は今すぐにでも千枝を抱えて、俺の部屋に放り込みたいと思ってるんだけど」
「え!?」

それは本当のことだ。なんで肉ばかり食べてるとか言ってるのに、そんなに肌が白くて綺麗なのか。男とは絶対的に違う、その彫刻みたいな、あるいは陶器みたいな、きめ細やかで滑らかそうな肌。ここまで肌色をさらされると、触ってみたくてうずうずする。
しかし俺はふるふると頭を振って、その煩悩を散らした。
そうするのは、まだ早い。と言うより、もったいないと思った。
俺は固まっている千枝に寄り、その頬を撫でた。

「でも俺はもっと、ゆっくりでいいんじゃないかと思うんだ」

千枝の頬にうっすらとついていた小麦粉を拭ってやる。俺を喜ばせようと一生懸命やってくれた証みたいで、そんな小さなことでも愛おしくて、胸が温かくなる。
俺は千枝に言った。こんな今を、俺はとても大事にしたいと思っていると。
自由に触れ合えるようになった後も、きっと素晴らしい時間になるのだろうとは思う。だけどそうなる前のこういう時間だって、きっと同じように貴重で大事な時間なんじゃないか。そう思うんだと、俺は彼女に言った。

「最高の料理が目の前にある時に、それを味わわないでガツガツ食べちゃうのは、なんかもったいないだろ?ゆっくり噛みしめるように食べる方が、俺は絶対いいと思う」

ふとした拍子に肌が触れてしまって慌てたり、互いに苦労して繋いだ手の、意外な感触に驚いたり……。
つい最近のことだけでもこれだ。まだまだ他にもたくさんあるだろう。そういう全てを味わわずに、一足飛びに先に行ってしまうのは、もったいない。

「時間はこれからいくらでもある。だから……」

と、続けようとした所で、ふと俺は気付いた。
いつの間にかまた千枝が、宙の一点を見据えながら、固まってしまっていたのだ。

「千枝……?」

名前を呼ぶと、そこでようやく千枝の目の焦点が合う。

「あ……あっはははー……」

そして目が合うと、千枝はびゅん、と結構な勢いで俺から目をそらした。
気付くと彼女の顔は、本当にさっきまで二人で切っていたトマトのように赤くなっていて、耳まで真っ赤だった。普段から照れ屋な所はあるが、これ程の顔は初めて見る。

「どうした?」
なぜこんな顔をするのか分からなくて、率直に訊いた。
「い、いやー……」
それでもまだこちらを向かないまま、千枝は自分の頭を撫でるように掻いた。
「さては、今になって恥ずかしくなってきた?だったら俺はもう十分堪能させてもらったし早く……」
「いや、違くて、さ……」

なぜか煮え切らない彼女に、俺は首を傾げてしまった。
他に何か、彼女がこんな顔になるようなことがあっただろうか。

なんだろうと思って辛抱強く待ってみる。そうしてこちらが完全に待ち体制に入ると、千枝はそれに気付いたのか、何とか話し出そうと努力し始めた。
それでもうー、あーなどとさんざん躊躇したが、しばらくすると、千枝はようやく観念したかのように真っ赤な顔をこちらに向け、言った。

「えっと……ごめん。嬉し過ぎて、頭がショートしちゃってた。……あはは!なんかくすぐった過ぎて、顔がどうしても熱くなっちゃう。誉められ慣れてないせいかなあ。変なの」

千枝はぱたぱたと自分の顔を手で仰ぐが、そう言われても、俺には何が何やら分からない。
何が嬉しいのかと訊いてみる。すると千枝は潤んだ瞳で、俺を真っ直ぐに見据えた。
そして、彼女は遠慮がちにぽそりと呟くように、俺に言った。

「君にとって、あたしは“最高の料理”なんだ?」

それを聞いた瞬間、彼女がついさっき好きだと言ってくれたばかりの『落ち着いた自分』が、もろくも崩れ去ってしまった。
一体何のことだと自分の言葉を反芻してみて、すぐに思い当たったのだ。
今度はこちらが真っ赤なトマトになる番だった。血液が逆流したみたいに、頭の方に血がどんどんと昇っていってしまう。

それは自分にとって、全くの無意識の言葉だった。意識的に言った言葉はさして恥ずかしくもないのだが、より本当っぽくなってしまうからか、これは恥ずかしい。いつも言ってる言葉だって、決して嘘ではないのだけれど。

そうしてもうこれ以上ないくらいに顔が火照っているところに、今までのお返しとばかりに、追い打ちもかけられた。

「え……っ」

思わず俺は、頬を撫でさすった。
もうすでに千枝の顔は元の場所にあったが、確かに自分の頬には、その柔らかな感触が残っていた。
優しく、触れるようなキスだった。だけど痺れるような疼きが、確かにそこには残っていた。

千枝は言葉を失っている俺を見て、頬を染めながら、満足そうににへらと笑った。

「……えへへ。そんな顔もするんだね、君。いつも私ばっかりあわあわさせられてたから、やっとお返し出来たかも」

そして千枝はおもむろに俺に寄り、

「そうだね。まだまだいっぱいこういう初めてがあるのに、急いじゃうのはもったいないね」

びっくりするくらい小さな声でそう言うと、千枝は俺の腰に手を回して、その顔を俺の胸に埋めた。

「ち、千枝……?」

細くて白い肩が目の前にあった。加えて腹の辺りには、何だか柔らかい感触もする。ドキドキと彼女の鼓動も伝わってきて、その余りの近さにおかしくなってしまいそうだった。
どうにも出来なくて、俺の両手は宙に浮いたまま、虚空を彷徨った。

「君の言ってること、すごい分かる。素敵だと思う。あたしもそうしたい。でも今は……」
熱っぽい瞳が、ふいに俺を射抜いた。
「優しく抱きしめてくれると、嬉しいな……」

いつもはどちらかと言うと男っぽいところも確かにある。しかしだからこそと言うべきか、時々こうして出てくる乙女な彼女は、どうしようもないくらい反則的に可愛い。
もはや我慢の限界だったが、それでも俺は、ぐっと自分の中の獣を押さえつけた。
さっきの自分の言葉を、嘘にするわけにはいかないのだ。自分は本当に、彼女のことを大事に思っているのだから。

俺は彼女の頭を優しく自分の胸に寄せ、その素肌の腰を軽く抱いた。
また天使と悪魔のせめぎ合いを堪えなくてはならない。そう思っていたが、いざそうすると、不思議なことが起こった。
彼女の鼓動はいつの間にか穏やかになっていて、祭りの太鼓みたいにどんどん鳴り響いていたはずの自分の鼓動も、彼女のそれに引っ張られるかのように同調して、静かになっていったのだ。

彼女はこんな状況なのに、安心しきっていた。五体全てを母に預ける赤ん坊のように、ただ俺に身を任せていた。
俺はそれが嬉しくて、彼女が愛おしくてたまらなくなってしまった。そのせいで体の中の毒気が全て抜かれて、全ての邪な考えがどこかへと吹き飛んでしまったのだった。
どれだけ俺を信用していたら、こんなことが出来るのか。鳩尾の辺りからどんどん嬉しさの塊があふれ出してきて、叫び出したいくらいだった。

そうしてしばらくすると、千枝は少し名残惜しそうに俺の胸にぐりぐりと顔を押し付けてから、ゆっくりと俺から離れた。

「えへへ……ありがと」

まだ少しだけ赤かったが、もうほとんどいつもの千枝の顔に戻っていた。
少女っぽく、何の裏表もない。女の子特有の打算などとは全く無縁の彼女は、そうしてにいっと、俺に笑いかけた。

「料理、冷めちゃったかな」

周りの状況を見て我に返ったのか、少し気恥ずかしそうに言う千枝に、俺は首を振った。

「大丈夫だよこれくらい。それに俺の料理は、冷めても美味い」

もちろん千枝のだって。そう言うと、千枝は柔らかく微笑んだ。

「あたしもさ、頑張ったら君みたいに料理作れるようになるかな?」
「なるさ。絶対」
「えへへー、だよねえ」

そして彼女は俺の顔を覗きこみながら、いたずらっぽくにひっと笑った。

「“時間はこれからいくらでもある”んだもんね?君がずっと一緒にやってくれるんだもんね?」

だったら絶対出来るようになるよね。私でも。
また俺の言葉尻を捉えて、ニコニコしながら千枝はそう言う。
正直言ってもう、可愛くて仕方がなかった。だけど俺は、今度はすっとそれに返してやった。

「ああ。そうだな」

すると千枝は、つまらなさそうに口を尖らせた。

「あ、何~。もう恥ずかしがんないの~?」

だったら、と千枝は、二人で作った料理が配膳されているテーブルのところまで行って、座布団をバスバスと叩いて俺をそこに座るように促した。
なんだと思って素直にそこに座ると、千枝は置いてあった箸を持ち、

「んっふっふ~」

さすがにこれは恥ずかしいでしょう。そう言って、彼女は俺の口元に唐揚げを持ってくる。
恋人同士がよくやるアレをやろうと言っているのだろう。ん?ん?としてやったりな顔で、千枝は俺にせまってきた。こんなことで恥ずかしがるだろうと思ってしまう、千枝の子供みたいな無邪気さが本当に可愛らしい。
あえて唐揚げを選んだのは、彼女が単純に肉が好きだということと、今日一番の出来だったからだろうな、と多分間違ってない考えに至ってしまうと、俺はこらえることが出来なくて、吹き出してしまった。

「な、なんで笑うの!?」
「いやだって、こんなの何も恥ずかしくないし。むしろありがとうって感じだよ」
「あーー!!とか言いながら今胸の方見たでしょ!もう!!」

と、彼女は乱暴に、俺の口に持っていた唐揚げを押し込んだ。

彼女とのこんな日常は、楽しくて仕方がない。ずっとこんな日々が続けばいい。
そう思ったら、千枝が一生懸命作ったそれを、すぐには飲み込めなかった。隅々まで大事に、噛みしめるようにして味わった。

二人で初めて作ったその唐揚げは、ちょっと焦げ臭かったが、とても美味しかった。





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